第七十二話 桜坂真奈美④
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私は今、リムジンで護送されて、とある場所に向かっている。
鳳月グループ総帥がフィアンセのために立案された一大プロジェクト、ダイバーシティ計画。その敷地内で私の身柄を保護をして、無償で住まわせてくれるらしい。
通さんが喋ってくれた前情報ではスケールの大きさが段違いで、テスト走行も兼ねて敷地を確保した大手自動車メーカーと面積が遜色ないと言っていた。
期待に胸を膨らませ通さん、天音お姉様とこれからについて意見を集約させていると、車内で通さん宛ての電話通知のアラームが響いた。
あからさまに嫌そうな顔をする通さんがこちらを向き、絶対に声を出さないように念を押す。私は黙って頷くと彼は通話を始めた。
「もしもし」
「……………………」
「? 悪戯なら切るけど?」
「お前が小田の指示に従っている舎弟か?」
「は? 舎弟になってないし、それに誰?」
「俺か? 俺の名前は藤原気。藤原の番を張っている。少しくらいは名が耳に入っているはずだ」
私は通話越しに聞こえた、嫌悪感あるの声で胸が詰まり息苦しくなった。
「知らないけど、ところで小田はどうしたの?」
「ああ、あいつは今、電話に出れる状態じゃないんだ」
「締めたの?」
「好きに解釈すればいい…………それと俺に不遜な態度を取るところを見ると本当に知らないようだ……まあ、この際それはどうでもいい。天鐘だったな? 俺と取引をしないか?」
「取引?」
「そうだ。側にいるだろう桜坂真奈美の身柄をこちらに引き渡せ。報酬は百万。どうだ? お前にとっても悪い話ではないはずだ」
私の身売り話が目の前で展開され、貧血の時のように視界が黒く塗りつぶされた。身体中の血液が沸騰したかのように急激に熱くなり、死んでしまうのでは? と、錯覚するインフルエンザクラスの発熱で息を吐くのも多大な労力を必要としている。
通さんの選択次第で私は地獄に落ちるが、彼はクラン資金の話を食事中にしてくれたので、そんな真似はしない。天音お姉様もいるので絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせた。
「なにか勘違いしているようだけど、真奈美さんはここにはいないよ?」
「天鐘、白を切ろうとしても無駄だぞ? 俺の指示で動いていた奴らが技能で真奈美の正確な位置を探知し、乗用車に乗り込む真奈美の姿を遠目から目撃したとの情報が入っている。場所は天鐘の表札がある家の前だ。周辺には天鐘の苗字はないから絞りやすかった――――さあ、どうする天鐘? 俺に従うか? 背くか?」
「…………嫌だねと言ったら?」
「はははははははっ……はぁ。今のは聞かなかったことにしておく。だから――――足りない脳細胞をよく働せて考えろ! 分かりやすいようにもう一度言うぞ? 何も言わずに真奈美を引き渡せ! そうすれば先ほどの言葉も含めて全て水に流す。報酬百万と身の安全を取り赤の他人をこちらに引き渡すか? それとも拒否して、俺に命を乞うくらい痛めつけられるか二つに一つ! どちらが賢い選択か言うまでもないだろう? 俺が下手に出ているうちが華だぞ天鐘!」
「じゃあもう一つ、三つ目の提案を俺から」
「なに?」
「マナさんが精神的に参っているから、これ以上は手を出さないでほしい。素直に引き下がってくれるなら、俺も今回の事には目を瞑ると約束する」
通さんが放った、言葉を選んだ遠回しの拒否で私は人心地を少しばかり取り戻すと同時に、問題を持ち込んだ酷い女と熱に苦しみながら自己嫌悪に陥る。
「世の中を理解していない甘ちゃんらしい答えだ! 取引は不成立として受け取るぞ? いいんだな?」
「そっちも分かってなさそうだから、さっきの言葉をそっくりそのまま返すよ。好きに解釈すればいい!」
通さんの捨て台詞のあと、気の気味の悪い、明確な悪意を受け手に植えつける狂声が超静音運転中のリムジン内に響き渡った。
「いい度胸だ、天鐘!! 俺に対して宣戦布告して五体満足に暮らせると思うなよ? 必ず今の答えを後悔させてやるからな!! 楽しみにま」
藤原気の捨て台詞を予測していたのか、言い終わる前に途中でぶった切る通さん。脅迫されていると知っていながら、最後まで己のスタンスを貫き通すストイック性を感じ取り、尊敬とカッコイイの数値が私の中で桁が繰り上がり、益々上昇していく。
通さんは、やばたにえん。彼は隠れた王子様気質の持ち主だ。
【マナ、顔色が優れないようですけど大丈夫ですか?】
「少し火照ってますが…………じきに収まると思います」
「聞きたくなかった通話を長引かせてごめんマナさん」
「いいえ、わざわざ聞かせてくれてありがとうございます……きちんと断ってくれて……安心できました」
もう私は疑わない、迷わない。ここまで道を整えてくれたのなら、私は私の役目。錬金術の製作技能で彼の背中を、歩く道を支えることに注力する。絶対に足手まといにならないように自分の意志で、衰弱しきっていた意識を切り替えた。
【藤原気でしたっけ? 不愉快極まりない方ですね! 「(天)ちゃんらしい答えだ!」と言われてましたけど――それ。私のことも入ってますよね通君?】
「そうですね…………それこそ彼が言うように、好きに解釈すればいいのでは?」
天音お姉様の表情が妖艶になり、私の火照った熱気が急速にクールダウンして失われていく。あの表情は学生同士の喧嘩を仲裁した時に一度だけ拝んだ顔。通さんは気づいていないのか自然体だった。
「天鐘様。さきほどからなのですが……」
「わかっています。黒のワンボックスカーが二台、つかず離れず距離を保ったまま後をつけてきてますね」
「えっ!?」
横のサイドミラーを、身を乗り出して見える位置で凝視。そこに映る、ヴェルファイア二台を視認した私は、追手の運転手ひとりの顔に見覚えがあった。
あれは気の屋敷にいた暴力団員。私の頬をナイフでペシペシと叩いて脅した相手。
人相は犯罪者そのもので、顔に深い切り傷がある極悪面。恐怖で脳に刻み込まれていたため、すぐに奴だと気づくことが出来た。
「いかがなさいますか? このままではダイバーシティの規約上、敷地内に向かうことができません」
リムジンを任された中年の運転手も優秀だが、通さんは更に上を行く。尾行されていることを察知しているのに動揺していない。余裕すらある。天音お姉様も同様で、通さんの指示を待っているようだった。
「こちらで対処するので、そのままのスピードで運転してください」
「了解いたしました」
(ええぇぇっ~~~~!?)
運転手が一言も追求せずに素直に通さんの指示に従う。運転手と通さんの不自然な信頼関係。本当に通さんのほうが立場が上なのだと再認識する。
「俺が露払いを務めてもいいですが、やはりここは射撃されたことすら感知することができない、天音さんの技能が適任です――――怪我人が出ないように補佐するので、俺の代行をお願いできますか?」
【狼煙をあげる先陣の大役ですね。いいですよ通君。その任、引き受けましょう。警察官とマナを尾行する悪い虫は私の《複合魔技:霊魔弾》の下位である、魔力を使用しない技能【霊弾】で責任を持って処理します】
通さんと天音お姉様のやりとりから危険な香りが漂う。降りかかる火の粉は払わなければいけない。それがボヤとなり、大きな火種の前兆となるのなら毅然とした態度で弾圧する。戦う覚悟を決めた二人の顔つき。
(二人ともかっこよすぎです!!)
無抵抗な私を貶めた悪党のことを天音お姉様に告げ口すると「慈悲はいりませんね」の一言。
私好みの非常に強気で、頼もしい発言を頂きました。これだけでチーズケーキワンホールいけます。
【ふふっ、マナ。私は生まれ変わったのですよ!】
「あ、はい。確かに生まれ変わりました(幽霊に)」
【良い機会です。私たち青い宝石、クランメンバーの実力の一端をマナにお見せしましょう! では通君、号令を】
「…………」
【通君?】
「天音さん、今のマナさんの話を聞いたらさ、俺が号令を出すよりマナさんが鉄槌のGOサインを出したほうが気持ち的に吹っ切れそうな気がするんだけど――――どうかな?」
通さんがおかしなことを言いだした。
私は新人。通さんはクランリーダー。立場が違う。普通なら通さんの役目で、新人の私なんかお呼びじゃない。
【通君がそれでいいのなら、私は一向に差し支えないですけど】
「決まりですね、ではマナさん」
「ひゃい!」
重大な場面なのに、緊張で私の口から変声が飛び出した。恥ずかしすぎる、穴を掘って隠れたい。
「お好きなオーダーをどうぞ」
お好きなオーダーをどうぞ!? 好きなオーダーをどうぞ! オーダーをどうぞ、どうぞ、どうぞ、どうぞ、どうぞ。
さあ、さあ、さあ、さあ、さあ↑! 頭で繰り返され、反芻される母国語。
乗車している車は超高級車センチュリーロイヤル。
ウェイターと執事を務めるのは私を希望の園へ導く、隠れ王子気質な同い年の男性。
そして私の剣となり! 率先して忠実に命を遂行する忠犬。常日頃凛凛しいリスペクト女性。
迷うことなく満点です。花丸ひとつでは全然足りません!
お姫様プレイここに極まれりですよ通さん!!!
「天音お姉様! 私に構わず、遠慮なくやっちゃってください!!」
【任務了解! マナに忍び寄り、生き血を啜ろうとする社会の害虫を駆除します】
私の号令で「これは正当防衛ですよ!」と、やる気に満ちた天音お姉様がリムジンの天井に半身だけ通り抜けさせてから数秒後。
私をつけ狙うストーカー暴力団、藤原組が運転するヴェルファイア二台のタイヤの外皮全てを【霊弾】が貫いたようで、大きな破裂音が鳴り響きバースト。
瞬時にゴム部分が吹き飛び、タイヤのホイール部分がアスファルト舗装された地面と仲良く接触。
火花を撒き散らし、目障りな悲鳴を上げながらハンドルを取られ蛇行走行するも、異変を察知した変態車両は緊急停車。
通さんが補佐しようと後続車を見張っていたが、事故車に巻き込まれる危険性はないと判断して、手を下すことはなかった。
「軽い打撲程度でケリがつきましたので安心してください」
「流石です天鐘様。迅速な対応で感服いたしました」
リムジンを運転する中年運転手は、追いかけてくる相手の表情が関わったらいけない人種だと感づいていたようで、バックミラーに映る顔に疲労の色が見え隠れしていた。
無理もないと思う。直接関与してしまった私には運転手の感情はより深く理解できる。
それなのに通さん達は…………
「天音さんの射撃命中精度はお世辞抜きで素晴らしいですね。走行している八つのタイヤすべてを、斜め四十五度の角度からトレッド部分だけに狙いを定め、ピンポイントで撃ち抜いていたのを目視で確認できましたよ」
【ありがとうございます。ですが、【霊弾】の弾速を眼で捉えられる動体視力も、私はどうかと思いますよ通君?】
通さんと天音お姉様が今の演習を通して和み、褒め合っている。
まさかこれが青い宝石の日常風景? まさか……ね? きっとレベル2ダンジョン沼で学んだ経験が生きているのだと思う。
そうでなければ通さんたちと混じってやって行ける気がしない。




