第七十一話 桜坂真奈美③
昨日の分も含めて二話掲載します。
七十一話から再び真奈美視点になります。
藤原気の悪逆非道な罠にハマり、誰もが見捨てるだろう私が置かれた深刻な状況を親身になって聞いてくれる、通さんと天音お姉様。
相手が地元で幅を利かせている藤原財閥、暴力団組長の息子で警察に内通者もいる、気安く触れてはいけない話題。
それをどこ吹く風と、ものともせずに事情を話す私の目を見て、極めて紳士的で真剣な対応をしてくれる彼を、男として信じていいかもと思うのに時間はかからなかった。
髪を青く染めていても藤原学園の男子とは大違いで、比べることすらおこがましい。
会話を終えた頃には、私のソウルドリンクであるチーズシェイクはいつの間にか空になっていた。
【マナ。疑うわけではありませんが、完治しているか見たいので、お腹を出してください】
隣で優しく頭を撫でてくれる天音お姉様の手が離れていく。名残惜しいのを我慢して私は下着のインナーの裾を両手で持ち上げ、おへそを外気にさらした。
「天音さん、どうですか? 下級赤ポーションの力なら、軽度の火傷くらいなら治っているはずですが」
「少し待ってください……火傷の形跡は…………肌の一部の色が微妙に違う箇所があり、目を凝らしてやっと区別がつきますね。通君、これならマナを病院に連れていく必要はないです」
「大事になってなくて良かったです。マナさん、痛みはありませんよね?」
「平気です!」
私が元気に返すと、ちょうど十二時を知らせるチャイムが鳴り、通さんは私の背後に視線を向けた。
「いいよ、入ってきて」
私は首だけ動かして後ろのドアが開く瞬間を見て、ピシリと石となる。
三匹のスライムが一列になり、胴体から生えた水の腕で器用にお盆を持って部屋の中に乱入。料理を配膳する光景に、考えれば考えるほど思考の糸は煩雑に絡み合っていく。
――――ピトッ!
「ふにゃ!?」
横顔に何かが押しつけられる感触で石化が解けた。
「マナさん、俺いらないんでもう一本チーズシェイクを貰ってくれませんか?」
「良いんですか!? 貰います! 貰います!」
私を驚かせた物体の正体と、通さんの提案。三種の驚きに戸惑いながら大好きな飲み物を受け取る。
私は甘味に弱い女性。甘いものは別腹と同じ感覚で、エナジー補給をするように二本でも三本でも摂取可能。
さらにテーブルにところせましと並ぶ、タコさんウィンナーやベーコンエッグ、豆腐の味噌汁に焼き茄子といった好物たちに、頬がゆるゆるのゆるに緩んでしまう。
【どうですマナ? 私が厳選したチョイスはお気に召しましたか?】
「感動ものです! 天音お姉様!」
「それでは熱々のうちにいただいてしまいましょう」
最初は警戒してた――スライムが調理したとは思えない、家庭的な薄い味付けと品々の数々。
食事をしながら私を安心させようと飛び出す、とても信じられない根も歯もない内容が、段々と現実味を帯びてきた。
通さんはダンジョン沼と夏風邪を世に撒き散らす、宇宙人から配布された百枚限定のレベル2チケット保有者で、配られた時のレベル10は以上だったのを朋美から聞いていたので信憑性がある。
今現在、別の場所でチケットを使用してダンジョン沼にトライしている話になり、私をそこに連れていきスライム一匹を従者としてプレゼント。
スライムが持つEXプールを通して経験値を分配してくれるサービスを提供してくれるらしい。
事実無言だと言い切るのは簡単。けれど天音お姉様が通さんを弁護するので、疑いつつも信じることにした。
「マナさん、少し変な質問いいですか?」
「はい?」
「さっきから気になっていたんですが、どうしてマナさんは天音さんを…………その……お姉様呼ばわりをしているのか疑問に思いまして」
【ッ!? マ! マナ! あのことは内密! 内密にお願いしますよ!!】
(あのことですね! わかっていますとも!)
通さんの質疑は当然のこと。
私はカッコイイ、スタイリッシュな女性が大好物。洋服製作、読書とゲームをするのが大好き。
特にお熱なのがコスプレ衣装作り。始めは私自身が試着するサイズで製作して満足していた。
けど作るうちに体型が幼い私では限界があるとコンプレックスを抱きながら悟りを開き、思案していた時期。
コンビニ敷地内。
学生同時のいざこざに巻き込まれた際、彼女に出会う。それはまさに運命の補導だった。
殴り合っていた舞台場面に颯爽と登場。上司のおじさんと連携して止めに入り、混沌とした場を一瞬で制圧。
かっこいいぃ! コスプレ衣装を着せる人材はこの人において他にいない! と直感がビビビと働き、警察官の天音お姉さまにお近づきになり、手芸部の一環でどうしてもと、無理を承知で頼み込んで着用してもらうまでの仲になった。
天音お姉様はスタイルが理想的で何を着せても上手に着こなしてしまう、天性のスタイリスト。
最近になり私専属のモデルになってくれたので、頃合いを見計らって許可を貰い、マンションの彼女の部屋まで突入。
部屋は小綺麗で小物も沢山あり、化粧台周りも使いやすいように整頓されている。
私のために天音お姉様が飲み物を取りにいき私の前から姿を消して、一人暮らしもいいなと考えて視線を彷徨わせていたら、私がお勧めして貸し出していた本の派生先である書物を発見! これは趣味が合いますねと、乙女美談にユリ色の花を咲かせた。
天音さんは大人で私がリスペクトする憧れの存在。
私が好きで天音さんをお姉様呼ばわりしているのにすぎない。
お慕いしているお姉様の沽券に関わる例の話は通さんには隠して天音お姉様にしっかりと恩を売り、学生を制圧した場面を事細かく正確に話すと、真面目そうな通さんは「天音さんの逮捕術は痛いですからね」と実体験したらしいことを述べていた。
非礼を働いたの? と興味が湧いたが詮索はしない。私は空気を読める子! 寄らば大樹の陰! 自分を窮地に陥れるような真似はしないのだ。
♤ ♢ ♡ ♧
互いに打ち解け合ったところで食事を完食。
スライムが食器を片付ける様を見て、どうやって味噌汁をこぼさずに二階まで運べたのか理解していると通さんのスマホに着信が入り、すぐに通話を切る。
すると彼は無動作で早々と起立した。
ほんの一瞬垣間見えた、常人離れした動きにレベル差をはっきりと自覚する。
「迎えが来たのでいきましょうマナさん」
玄関までやってきて外に出るのが怖くなった私の手を通さんが握ろうとしたことに驚き、きのう気に押し倒された場面を思い出し、彼の差し出した手を反射的に振り払い、声を上げて拒絶してしまった。
窮地に陥っている私を助けようとしている通さんに、失礼なことをしたと顔を見ずに後悔しながら謝り続ける。
そんな私に声のトーンを落とすことなく、気にしていないと言い張り。再度、手を差し出してくる彼の温情に次第に胸の鼓動が高まっていく。
通さんの手をつかむと力強くもなく、かといって弱すぎるわけでもない。絶妙な力加減で握ってくれる彼の手を、私は自分の意思でギュッと握り返した。
人生の土壇場になって生まれてしまった感情に気がつき、照れ臭くも嬉しい私がいることに自分自身が一番驚いている。
(わたし…………もしかしたら、お姫様プレイに対して強い願望があったのかもしれません)
己の奥底に潜む、今まで表に現れることはなかった深層心理に戸惑い、手を引かれ先導されながら庭先に出て、瞳に入った車体にときめきを抱かずにはいられなかった。
「と、通さん!? あ、あの車はなんですか!? 私、アレに乗車できるんですか!?」
私の目を奪ったのは天皇陛下御用達のリムジンと同じ車種、四ドアのセンチュリーロイヤル。
それを知っていた私は目の前にある現実を受け止めきれず、通さんに矢継ぎ早に質問を浴びせた。
「通さんはアラブ首長国やどこかの王子か何かですか!?」
「いえ、ターバンの布を一度も巻いたことはない、ただの善良な日本国民ですよ」
「なら著名人の隠し子!?」
「確率的にあり得ませんね」
「で、では本当に!? 日本屈指の巨頭、鳳月グループが一枚絡んでいるんですか!?」
「やはり…………口頭だけで納得してもらうのには無理がありますね天音さん」
【そうですね、こればかりは鳳月総帥の生音声を聴いても心のどこかで否定するでしょうし、通君は悪くありませんよ。信じるか信じないかの指標は視覚的根拠に基づく現物を間近で見せるのが一番効果的ですから、高級車の送迎とダイバーシティ敷地内に招くのは最効率です。マナも保護できて一石…………何鳥になるんでしょう?】
絶望と希望の狭間に揺れる私に天音お姉様が「マナ、通君の話は全て真実です」と話してくれて、感無量になった。
(もう、どのようにしてくれても結構です。お持ち帰りしてください通さん。私は流れに身を任せます)
私が持つ疑心を少しでも減らそうとした配慮に、言葉で言い尽くせない興奮に包まれた。
誰がなんと言おうともリムジンは圧倒的に強い! 言葉で信用させるとは別次元の、有無を言わせない説得力がある。
都市から離れた田舎で暮らす私が、一般人には手が出せない車種であるセンチュリーロイヤルをテレビ画面ではなく生で見る機会は、人生の中で何回あるのか考えるだけで冷静さを失うのに。
更に通さんの耳通りが良い声で「マナさんを安全な場所に送るために手配しました」と聞けば、お姫様プレイの象徴である素敵なエスコートに耐性が無い私は、心臓をバクバクさせて「ほえぇぇ――――!?」と惚けてしまう。
話が上手くできすぎていて、様々な感情が私の中で主導権争いをする。
平定、戦乱、平定が盛んに繰り返し行われ、通さんに手を握られて人生初のリムジンに乗り込み、整理整頓に決着をつけてわかったこと。
それは通さんの背後には、親友の朋美が示唆に富む発言通り、巨大な勢力が存在していたこと。
私を絶望の淵に落とした地元では向かうところ敵無しの藤原財閥。たが所詮は田舎、貴族で例えれば男爵が関の山。
それに対して鳳月グループは世界にも引けを取らない名門ブランド、日本を支える大黒柱に相当する一大財閥。貴族位は王族の血統を継ぐ公爵が妥当。吹けば飛ぶ木端貴族の藤原財閥が勝てる要因は、どこにもない気がした。
(そうなると、通さんをとおして本当に専属メンバーとして所属できたことになりますね? あれれ? 私、いつの間にか人生の勝ち馬に乗ってます?)




