第七話 戦死者
ちょっとダーク回。
軽め?(作者基準)の残酷な表現があります。
題名通りの展開になるのでご注意ください。
ステータスの感力が上昇したことにより、大体の敵数を瞬時に把握する天鐘。
後方(来た道)の数は十五体。前方(進むべき道)からは八体。前は囮(釣り)で本命は背後と判明すると天鐘は迷うことなく後方へ向かう。
「後方の敵は俺一人で対応します。前方の敵数は八。そちらは辻巡査達に任せます」
「本気か!? 後方の方が足音が多いぞ」
「大丈夫です。体中から力がみなぎってますし、ゴブリン一匹当たりの討伐適正レベルは生身の成人男性、戦闘系能力者基準でレベル2から3。プルの後ろで行動をつぶさに観察していたんですが、全くと言っていいほど負ける気がしません。それに俺、素手レベル1を所持してますので!」
「おい! あまがね――!」
天鐘は颯爽と前進し、空気の波をかき分けながら瞬く間に暗闇へと消えた。
デイジーはこんなチャンス滅多に来ないと、レベルアップ対策として身に着けているワンピースのスカート付近を破り、スカーフのようにして口元を塞ぎ撮影する気満々だ。
仕方ねぇなと辻巡査は覚悟を決め、いつものフォーメーションを組んで柊巡査に指示を出す。
「ひいらぎぃ! 敵の姿が見えたら構うことはねぇ――躊躇せずに脳天にぶち抜いてやれ!」
「了解です。辻巡査!」
「やれやれ。体育会系じゃない情報処理の部署で毎日働いていたのに散々な日だよ。今日は特にね」
文句を言いながらも腰の警棒を手に握り、前に出て同期の辻巡査と双璧をなす大鐘巡査。良い取れ高が期待できると胸に手を当て、ぎゅっと力強くスマホを握るデイジー。
三者三様もとい四者三様になぞられた思考で、陣形を組み、その場で待機する。
緊張感が高まる中、天鐘の方角から色々な叫び声が次々と耳に届いた。
♤ ♢ ♡ ♧
致命傷を負う危険性が高い短剣を所持したゴブリンに狙いを定め、自ら集団の中に飛び込み、ダンジョン初の素手での近接戦闘を開始する天鐘。
狩る側だと信じて疑わなかったゴブリン達は、眼前に現れ急接近して拳で攻撃を仕掛けてくる天鐘の行動に対して後手を踏んだ。
川を流れる水のように、流麗な動作で仲間の脇をすり抜けて、顔面、顎、横腹、鳩尾を強打し、壁や他者のゴブリンに対して角度調節しながら吹き飛ばしていく。
「ほっ! はい、つぎぃ――!」
短剣を持った最後のゴブリンが天鐘の正面から腹に向けて突きを繰り出す。『短剣レベル1』の効果が適用され剣の通り道が簡単に把握でき、間合いを完全に見切り最小限の動きで『格闘術レベル1』の効果と現在の筋力ステータスが合わさったスピード重視の縦拳で殴打し数メートルノックバックさせ、壁にぶつけて再起不能にする。
プルからの情報通り、思い通りに自然と体が動く天鐘は一連の動きを楽しみ始めていた。
(やばいなこれは。完全に生まれ変わった感じだ。レベルアップ効果は偉大だな)
交戦して僅かの間にゴブリンの数は半減、激減していた。相手の実力に怖気づき最初の戦意が嘘のように消えているゴブリン達。
「うわぁ、すっごぉ! 速すぎて画面からはみ出しちゃう! これがレベル10の強さなの!?」
デイジーはゴブリンの悲鳴が聞こえてきた方角を、『電波』で暗視機能を強化したスマホで同級生の天鐘を動画撮影していた。そこに映し出された同級生である天鐘の身体能力の高さに思わず舌を巻く。
少しグロテスクなのも否めないがモザイクを掛ければ大丈夫だろうと続行を決意すると近くから怒声が聞こえてきた。
デイジーは右に切り返し、辻巡査方面にスマホを傾けた。
「ひいらぎ! そっちに三体抜ける。何とか対処してくれ!」
「ちょっと、多いですよぉ!!」
警官達の泣き言を初めて聞いたデイジーは迫りくる危機に心臓が飛び跳ねた。
小説で登場するゴブリンと生態が一緒ならと脳裏に走り、全身に怖気が走る。
『レベルが上がりました』
「ちょッ!!」
体の底から湧き上がる堪えきれることができない解放感。100%高級絹で編まれた良い生地で口元を塞いでいたため、デイジーの漏れる声は僅かだったが――――爛れた醜い耳をヒクヒクさせたゴブリンは気色の瞳をギラつかせ、口角を上げながらギザギザの歯と舌をわざとらしく見せつけ、女性陣へと目標を変更した。
その時。デイジーのスマホに着信音が届いた。デイジーは薄目を開けてスマホに記載された情報を読み取り、それを理解した瞬間に肌が泡立つ。
『ゴブリン生態技能『色欲』が発動。身体能力が向上し、最優先ターゲットが女性へと移行します』
「こいつら!」
辻巡査が三体に重度の損傷を与え、行動不能に陥っていた内の二体の棒持ちゴブリンが、口から大量の血液を吐き出しながら殺気を駄々洩れにして立ち上がった。
凄まじい執念を感じ取ると同時に、先ほどまでこちらを舐め切っていた態度のゴブリンが変貌。血走った瞳に荒れる鼻息。触れれば切れるナイフのような獰猛さを、子供並みの大きさだが言い知れぬ圧を発していた。
「奴ら本気だぞ大鐘! 気を抜くなぁ!」
「わかってますよ」
大鐘は一体のゴブリンを戦闘不能にして残りの一体と交戦中。それを横目で視界に収め、前方のゴブリン二体と警戒心を最大にして対峙すると後方から銃声が響いた。
「近づかないでください!」
急変を遂げた気味の悪いゴブリンの眼力にやられ、震える細腕で狙いが正確に定まらず、うまく急所にクリーンヒットしない。
胴体に命中するがスピードが緩むことはなく、一体のゴブリンが運よく脳天へ銃弾がめり込み倒れたが、二体が近接戦闘の間合いに入った。
柊巡査は銃は不利と判断し投げ捨てた。間を置かずに警棒を右手で握り上体姿勢を正す。
戦闘態勢が整ったところで肌の荒れた緑色ゴブリンは、いっさい躊躇うことなく柊巡査に向けて飛び掛かった。
「ふっ!」
気合の入った掛け声と共にくりだした、護身術譲りの横殴りストレートが宙を飛ぶゴブリンの顔面に勢いよく命中し、衝撃で歯が数本抜け落ち後方へ落下していく。
しかし背後で隙をうかがっていた、もう一匹のゴブリンが柊巡査の足元を狙う行動を阻止することはできなかった。
「やめなさい」
足元にまとわりついた狂い笑うゴブリンに殴りかかるが避けられ、力強く足首と太ももをひっぱられて体勢が崩れた柊巡査を引き倒した。
柔道で身に着けた反射神経が幸いし、咄嗟に受け身を取り頭部を強打するのを防いだが、そこをタイミングよく狙われ組み伏せられた。
「くっ!」
想像以上に力強いゴブリンの力。女性の力ではどうにもできないほどに。小柄だからと完全に侮っていた柊巡査。マウントを取られていても腕さえ自由ならどうにかなっていた。
体格が同じなら足技で拘束できた――――だけど今は両腕を拘束され口から覗く鋭利な歯、異様に長い舌に恐怖し、人生で初めて身の危険を感じ取り両肩を震わせていた。
段々と顔が近づき――――荒れ狂う鼻息の風圧が届きそうな距離まで近づいた場面で、ゴブリンの顔に何かが当たり顔が横に逸れた。
「柊さんから離れなさいよ! この化け物!」
デイジーが我慢ならず、渾身のビンタをゴブリンの横顔に放った結果おきた現象だった。
状況を呑み込んだゴブリンはデイジーに振り向くが鼻で笑い一瞥し、危険因子である拘束した柊巡査に視線を戻す。
「な、なによ! まるで私に魅力がないって言ってるみたいじゃない」
わなわな震える身を必死に抑え、柊巡査を助けようと再度全力でビンタを放とうとしたが、それが放たれることはなかった。
――――BAGABUHAHAHAHAHA!
意味不明な言語の旋律を発する歯抜けゴブリン。柊巡査に最初に飛び掛かったゴブリンが完全に我を忘れ、注意力散漫になっていたデイジーの側面から襲い掛かっていた。
組み伏せられた女性陣二人が今にも襲われそうな場面を目撃し、後方のゴブリンを片付けた天鐘は全速力で急行する。
「いやぁぁぁぁ――――!!!」
一番近くで悲鳴を聞いたデイジーは横目で柊巡査の状況を瞳が魅入ってしまった。
柊巡査の首元に深々と突き刺さる鋭利な歯。首筋から赤い鮮血が地面に滴り落ちる。
魂に深々と刻まれるように、焼きつくような決して消えることのない映像をデイジーは奥底に植え付けられた気がした。
次は自分の番だと気づいた時にはマウントを取っている歯抜けゴブリンの振り上げた拳が見えた。振り下ろされる動作をした瞬間、デイジーはたまらず眼をギュッと力強く閉じた。
その時、デイジーの隣。柊巡査の方から絶叫が聞こえ、耳元に助けに来てくれた人の声が届いた。
「お前、何やってくれてんの?」
天鐘のドスの利いた低い声質に振り向く歯抜けゴブリン。
振り下ろし途中のゴブリンの腕を片手で力強く掴み、天鐘の筋力ステータスが上がった握力にゴブリンの腕は悲鳴をあげ、苦し紛れに空いた手で天鐘の顔面を不衛生な長爪でひっかこうとするが、あとわずかで接触っというところで手首をつかまれた。
「GAGOGYAGYAGYA!」
「もう黙れ!!」
歯抜けゴブリンは血をまき散らしながら威圧するが、天鐘はお構いなしに両手でデイジーの上に跨っているゴブリンを引っこ抜き、そのまま遠心力が乗ったフルスイングで、野球のバットを振るが如く振りぬきダンジョンの壁へと激突させた。
衝撃で天井からパラパラと微細な石片が埃と共に宙を舞う。
「まだこんなもんじゃない」
今ので気を失ったゴブリンを容赦なく壁へぶつけ続ける。
『レベルが上がりました』
「二人が負った傷はこんなもんじゃない!」
救出に遅れた罪悪感を紛らわすようにレベルアップ通知を無視し、次は地面に叩きつける天鐘。
いたたまれなくなったデイジーは、背後から腕を封じるように天鐘へ抱き着いた。
「もういいよ! 天鐘君。もう、死んでるから! 終わってるから!!」
デイジーの説得で天鐘は血の気が引いて我に返り、そのあとに続いた「それよりも柊さんがぁ!」の泣きじゃくる一言で視界に入った柊巡査を目の当たりにして、天鐘の心臓が縮み上がる。
柊巡査の傍には辻巡査が背後から後頭部を叩き、頭蓋を陥没させたゴブリンの亡骸が転がり、柊巡査に大量の血液が飛散。髪や警官服を真っ赤に染め上げていた。
(間に合わなかったのか……)
自分の電話を受け取り対応してくれた婦警。地面に横たわり身動き一つしない。ついさっきまで会話していた、生存していた心温まる年上女性。
「おい、ひいらぎ。悪い冗談は止せよ……お……願いだから目を開けてくれよぉ――――!!」
柊巡査を激しく揺さぶる辻巡査の、悲痛な叫びがダンジョン三層で木霊した。
『ダンジョンの主がプルに服従の意を表明。ダンジョンボスが降伏したことによりダンジョンがプルの管理下に入りました』
『ダンジョンボスがプルに帰属しました』
【魔技:従者帰還をその身に授ける】
『プルがダンジョンボスの情報解析を始めます』
『人類初のダンジョンボス屈服表明とレベル1ダンジョン5時間以内クリア達成により、特殊経験値ボーナスと職別アイテムボックスが授与されます』
この特典により天鐘は、ダンジョンボス撃破報酬経験値より多い量の経験値を全て一人で獲得してレベルが5上昇。プルに至っては8レベル上昇した。
装備品が入ったアイテムボックスはプルが飲み込み、そのままの形を保ったままスライム核内部に収納していく。
『プルが【知識転写】でダンジョンマスターの権限、情報を主に献上しました』
プルから献上されたダンジョンマスターの権限と情報を天鐘は受け取り、脳が知識情報を精査していく。それは一瞬の出来事で、皆が柊巡査に駆け寄り悲しみに暮れていることもあり、誰一人として天鐘の異変に気づいた者はいない。
ちょっとネタバレしますが、柊さんは無事復活するので安心してください。八話で復活事前準備が少し書かれています。