第六十九話 桜坂真奈美②
放課後。
部活の手芸部を休み藤原学園から逃げるように自宅へ帰宅。
私は自転車のペダルを漕いで気の命令を逆らい、地元警察ではなく隣街の警察署に向かったのだか、そこにダンジョン沼が出現して現場が混乱していたため、相談できる状態ではなかった。
警察署を離れてしばらくすると……
「君、ちょっといいかな?」
背後から声をかけられた。
振り向くと人当たりが良さそうな警察官。私は彼に話す決意をして事情を少し伝えると、ここではない場所に移動することになり、パトカーに自転車を預けて乗車。昨日の麻薬関連を警察官に伝える。
しばらく自供して相手が住民に優しい警察官と分かり、彼が車の無線機でどこかに連絡を入れる。言葉の端で保護したと謳っていたため安心しきっていた、私の幻想は瞬く間に打ち砕かれた。
「着いたよ」
「ど、どうしてっ!?」
「さあ、降りて」
私は目を疑った。連れてこられたのは二度と訪れたくないと魂が拒絶した屋敷、気の自宅前。
「降りないなら、俺が無理やりにでも引きずり下ろすよ真奈美ちゃん?」
私はすぐにパトカーから下車して逃走するが、停車位置が自宅前にいた屈強な警備員の目の前だったため簡単に取り押さえられ、気が帰ってくるまで彼の屋敷で待機を余儀なくされた。
そして帰宅した気が私の下に笑みを浮かべてやってきたが、目が笑っていない。
警察の件が彼の耳にまで入っている。恐怖のあまり、唾を飲み込むのがズレて、おかしなところに入り盛大に咽せこんでしまった。
「大丈夫か真奈美? ずいぶんと顔色が悪いが、俺に隠れてやましいことをしてないか?」
咳が止まらない、私が座るソファーの隣に来て背中を労るように気が撫でてくる。背中越しから心臓を握られている錯覚に落ち、呼吸がおぼつかない。
私が約束を破ったことを承知の上で怒ることなく可愛がる、絶望の淵に叩きつける嵐の前の静けさに、ただでさえ小さい身を更に縮こませ、ブルブルと震えることしかできなかった。
「真奈美、さっき優しい人から連絡が入ってな? お前がしたことを録音した音声データが俺の手元にある。それと昨日、違法薬物を服用した動画もあるぞ? 一緒に見るか?」
胸ポケットから手に取り、私に見せつけてくる記憶媒体のUSBメモリー。逃げる場所はどこにもないと
宣告されたあと、がっちりと肩を掴まれた。
「俺は優しいから一回だけチャンスをやるぞ真奈美。自分が破ってしまった約束を、その小さな口で喋ったら許してやる」
白状してもしなくても、たどり着く終着駅は変わらない。
でも……本当に無罪になる可能性がもしかしたらあるかしれない。私は淡い期待を込めて白状した。
「けいさつに…………まやくの……こと…………密告…………ました…………」
「そうか、そうか、正直で偉いぞ真奈美」
言葉と裏腹に気の指の圧が増加し、骨が軋む音と同じくして私は痛みに耐え切れず目を閉じて悲鳴を上げると、そのまま馬乗りにされて押し倒された。
「いやあぁぁぁ――――!!」
「黙れ!」
右手だけで両手を拘束、左手で口を塞がれ、気と目が合ってしまった。気の表情は怒りで歪んでいる。
「勘違いするなよ真奈美。肉付きがない子供のお前はタイプじゃない」
そう言いつつ、私の学生服の裾を捲り、ヘソが見える形に持っていく。
そして左手の人差し指に、マッチのような小さな炎が宿った。
「火力はこれでいいか」
嫌な予感が脳裏によぎった。
「これは俺からの最終警告だ真奈美! 罰として今からへその緒に軽度の火傷を負わせる。騒いだり動いたり抵抗すれば火傷の範囲拡大させる――――じっとしていれば痛みは最小限で終わらせてやる!」
私は身体を強張らせ、火を消した気の指先がへその緒に到達するのを凝視。指に火点し、一秒で全神経に伝わる火傷の激痛を、歯を食いしばって耐え忍んだ。
そのあと気が、へその緒に冷たい氷水を押し当ててから軟膏クリームを塗り、よくある脅し文句を囁かれた。
「いいか真奈美? 次! 約束を破ったら大麻を吸引させてハイにした後に、俺の掌で消せない火傷の痕をつけるからな?」
気は珍しい練金能力を手放したりしない。一生飼い殺しにしつつ洗脳するつもりなのだと私はハッキリと自覚し、このあとも昨日と同様に技能を使い、気を喜ばせる闇の錬金術に手を染める。私が拒否することは許されなかった。
昨日と同じように送迎され帰宅。両親の顔を見て私は泣いて抱きつき、昨日から今日にかけて体験した非日常を告げると妹を除いた、両親と私だけの家族会議が始まる。
両親は地元で絶大な権力を持つ藤原財閥を心の底から恐れていた。彼らがその気になれば銀行からの借入を強制的にストップをかけ、個人経営するドラッグストアは、たちまち資金難に陥ってしまう。
もちろん暴力団を使った経営妨害もしてくる。客離れは避けられず、経営破綻する未来が三人とも正確に予測できていた。
それでも両親は私を見据えて、相談に乗って語ってくれた。
「私達のことはいいから、真奈美の好きなようにしなさい。立ち向かうのであれば協力する。この町から離れたいのなら引っ越しの準備をする。迷う必要はないよ真奈美」
両親の言葉を聞いて勇気をもらい、涙を拭いて明日までには決めると自室に戻って一人で熟考した。
街を離れるプランを選択。
テレビドラマだと、すぐに引っ越し先の居場所がバレて嫌がらせを受ける。本当にそうなれば新規参入者の私達家族に手を貸してくれる人はいるのか? いざこざに巻き込まれたくない、保守的な日本人気質な土壌が出来上がっているので、いないと断定できる。相手は暴力団だ、可能性は高い。
次に私が犠牲になる選択。
考えるまでもなく家族全員を不幸にする。両親は自責の念に苛まれ、精神的に病むやもしれない。
私がしくじり藤原から切り捨てられ前科一犯として捕まれば、家族を見る地元住民の視線が変化するのは間違いない。私が投獄された後、居心地悪い生活を両親と妹が余儀なくされるのは、私にとっては許し難い大罪だった。
三つ目の立ち向かう選択肢。
示談で和解に持っていき決着をつけても、気の性格では約束を破った罰だと執拗に私たち家族を責めたてるに違いない。
あいつはそういった人間の部類だ。
起訴して裁判で決着をつけようものなら、藤原気が所持している私が違法薬物を飲む動画が提供、提出される。
この地点で私の中では負け。脅されたと酌量の余地はあっても、罪は罪。前科一犯は逃れられない。弁護士も有名どころを選び、勝訴を勝ち取るのも難しい。
詰みだ。
警察内部にも藤原の権力が及んでいるのなら、市役所に言っても同じこと、地元で私達家族を助けられる人はいない。
最後に親友が言っていた「絶対背後に大きな存在が控えているよ!」の言葉を信じて隣町の男性に助けを求める。
これを選択した場合、きっと彼の人生を大きく狂わせてしまうことになるだろう。
けれど何かしらの選択は選ばなければならない。じっとしていても未来はすぐそこまで迫っている。
もう、なりふり構ってられない私は一途の希望を持って、打って出ることにした。
「助けてもらうからには、私の有用性を認めさせる手土産が必要」
私はダイバー証を通じて着信されたメール。オークションサイトにて、レベル2ダンジョン沼の素材の売買が始まったと、学校帰りのホームルームで知っていた。
それを頼りに「ダンジョン沼の秘密」と言うサイトにアクセスしてメンバー登録。
錬金術師だけが購入可能な、よりどりみどりの素材の中から数品をピックアップ。預金総額の全額二十万円で決済。錬金で作成可能なポーションの容器やビーカーなどを家のドラッグストアで自腹購入。逃走経路を頭で描き、テレビ報道された沼の位置周辺までの地図を叩き込む。
「お届けもので――す」
まさかと思い、玄関に行くと母が配達員の対応に当たっていた。
たった一時間で注文した品が到着。
配達速度に私はビックリしながらサインとハンコを押して内容物を受け取り、自室で錬金を開始。
「抽出」
製作技能【錬金】から生まれた錬金技能【抽出】で、手で持ったミントの形をしたヒールハーブから薬効成分を抜くと、ヒールハーブは跡形もなく塵へと返還され、薄緑色の薬効液体がビーカーの中に溜まる。
次にダンジョンで汲み取ったであろう魔水と呼ばれる液体を錬金技能【魔素分解】で、一般人には有害物質になる魔素を除去して、服用可能にする過程を終わらせる。
仕上げに両方をビーカー内で混ぜ合わせてると赤色の液体に染まっていき、準備した容器に移して下級ポーション九本が完成。
そのうちの一本を臨床実験のため、裁縫の切れ端の生地に染み込ませ、忌まわしいへその緒につけられた火傷へ使用する。
「な、なおった!?」
効果は本物。一本で火傷の大部分が改善され目立たなくなっている。これならイケると残りの材料を駆使して、逃亡用錠剤エスケープタブレットを六個作成することに成功。
一通の手紙を書き認めて本棚の本と本の隙間にはさみ、雑草臭い部屋を換気してから汚れを落とすため入浴。
明朝、深夜、どちらの時間帯がいいのか考え、明朝に決めて就寝。
目覚ましのアラームで朝五時に目が覚め、私服に着替えてから荷物を肩掛けポシェットにまとめ、昨日買っておいたドラッグストアのカロリーメイトと飲料水を飲み干しエスケープタブレットを服用。
家族に見つからないように玄関で靴を履いていると朝が早い父に見つかり、選んだ選択肢を問われた。
他人を巻き込むのはいただけない、考え直せと引き止めにくるのはわかっていたため、私は心の中でごめんなさいと呟き、何も言わずに家を飛び出した。
それから数分間、息を切らして歩道を走っていると、目の前に黒いセダンが停車。黒ずくめのサングラスをかけた男性が車から降りてきて私に迫ってくる。
家の外で監視。
走り疲れたところを確保しようとした怪しい彼が引き金となり、遅延型エスケープタブレットの効果が発動。
私がそばにいるのに姿が見えていないのか「どこに行きやがった!」と近場の公共のゴミ箱に八つ当たりして蹴り飛ばしている。
「目標を見失った。だが携帯のGPSはここを指してる!」
彼の言葉に私は急いでスマホの電源を切った。
「んなあっ!? GPSの反応が消えたぁ!!?」
危ないところだった。
私は急いでその場を離れ、頼ろうとしている男性がクリアしたダンジョン沼発生地点周辺に到着して、タブレットの効果を解除、聞きこみを開始すると一人目で当たりを引いた。
私が目指している男性の名は天鐘通。
運がいいことに天鐘の苗字は、この辺りでは一件しか該当しない。表札さえ突き止めてしまえば楽勝。
だけど私には方向音痴という欠点があった。ここから先は困難な道のりとなる。
携帯で地図さえ見ることができない私が、無事迷わず目的地に辿り着けるだろうか?
「……後には引けない。行動あるのみです!」
情報をくれた人の証言では徒歩で五分歩けば着く距離。
グルグル彷徨い歩き、時折り藤原の生徒を姿を見かけて驚きつつも、タブレットの効果を念頭に入れ二時間歩き回っていると偶然にも天鐘の表札を発見。
照りつける日差しを避けれる庭先の建物の陰に入り、自宅前で待機をして彼の帰宅を待った。
そして昼三十分前になり、両手に大量のビニール袋を携えた家主が、私の前に姿を現した。




