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スライムサモナー  作者: おひるねずみ
第1部第1章 愛別離苦のアウロラ
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第六十八話 桜坂真奈美①

 本日2話投稿します。両話、真奈美視点になっています。

※68、69話ともにヘイトが高いです。

 

 私の日常が一瞬で崩壊していく。

 非現実はすぐ隣に潜んでいたのだと、気づいた時はすでに手遅れだった。

 地元で学舎の距離が近く手芸部があり、友達がそこに通う理由で選んだ男女共学の私立藤原学園。

 両親がドラッグストアを経営していることもあり、お金に困らずに簡単に推薦入試試験をクリアして無事入学。

 男子生徒の大多数が不良と言える、特に上級生からは、触れば切れるナイフのように危険な雰囲気を纏っていた。

 それから一年の月日が経ち、身内には優しい学園の空気に慣れて平穏な日々を満喫。六月の快晴で気温が上昇した月曜日の朝、私の人生に転換期が訪れた。


「そこのちびっ子、お――い、無視すんなよ」


 後ろからの声に反応した私はムッと顔を膨らせて振り返り、奴に罵声を浴びせる。


「ちび、ちび、うるさいですねぇ――! 私には真奈美という、両親から貰った名前があるのです! 名前で呼ばない奴には返事をしません!!」

「悪かったな。俺、もの覚え悪いんだよ」


 白々しい。ムカつく奴の名は小田健太おだけんた。私のクラスの隣の席に座る男子生徒。いつも私にちょっかいを出して子供扱いするロリコン。


「もっと食べろよ? でないといつまでも小さいままだぞっ!」

「っ!? また! 私の柔肌を触りました!? 今日という今日は許しませんよ!!!」

 

 背後からお尻を触って逃げていく、イエス、ロリータ、ノータッチの掟を破るロリコンの風上にもおけない変態紳士以下の男。

 待ちなさいとあとを追いかけるが、憎たらしいことに健太のほうが足が速い。追いついたと掴もうと手を伸ばすがヒラリと躱して腕が空を切る。女子だけなら上からかぞえたほうが速いのに――――一度も勝てた試しがない。

 正直迷惑しているので彼のことは嫌いだ。

 

「ムキィー! もうアイツ死ねばいいのに!」


 同じ所をぐるぐる回り、最終的に逃げ切られた悔しさから地団駄を踏んでいると、一緒に登下校している親友が笑いながら近づいてくる。


「まあ、まあ、落ち着いてマナ」


 隣を歩く親友の朋美ともみいさめられ、校舎の中に入ろうとしたとき、それは起きた。

 世界中で騒いでいるダンジョン沼が学園内に発生。

 興味本位で私と親友を含む、多くの学生たちがクラスメイトと共に沼に沈んだ。

 もし私が過去に戻れるなら、なんて愚かな選択をしたのかを自分で自分に言い聞かせてやりたい。

 沼の底に辿り着き薄暗いダンジョンに到着。その時に製作技能【錬金】を習得。聞いたことも無いような、知らない知識が頭に流れ込み、動画のようにその身に力が宿ったのを身体で感じ取った。

 周囲の女子友も同様で驚いて最初は呆然となっていたが、ふと意識を覚醒させて見つめ合い、喜び抱き合って私も含めた全員が、キラキラと瞳を輝かせていた。

 それから一緒に潜り込んだ上級生たちと共に数百人でダンジョン内を探索。藤原学園、理事長の孫、学園不良トップである藤原気ふじはらちからが十人の側近幹部と共にダンジョンボスを倒し、ダンジョンを制覇。

 私は無事にレベル1ダンジョン沼から生還。

 多数の質問を学校側に聴取されてから、学園ただ一人の珍しい技能保持者と分かると藤原気の自宅へ拒否権なく招待され、私の生存を脅かす相手は、ゴワゴワしていそうな革製の、年季が入った茶色いソファーに腰をかけて待っていた。


「桜坂真奈美だったか?」

「はっはいぃ!」


 彼の父親は指定暴力団組織の組長を務め、近所では有名な、大きな屋敷をきょとして構えている。

 ちからの隣には直立不動で佇んでいる大人二人がいた。

 瞳はガラス玉みたいに人の血が通っていないような冷酷な眼差し。

 腕には入れ墨が彫られていて、逆らったら何をされるかわからない。


「錬金の技能を所持しているらしいな。その能力で物質に活力を与えて品質を向上させることが可能と、技能識別能力者から聞いた。間違いないな真奈美?」

「…………」


 私は彼の凄みを利かせた音声を聞いただけで鳥肌が立った。人生で初めて、人の発する声を心から拒絶。

 初対面の一瞬で嫌悪感が湧き上がり本能が理解してしまった。この人とは分かり合えることはないと。


「おい、若が訪ねてるんだ、返事ぐらいしたらどうだ?」


 恐怖で微動だに動けない私のもとに、ちからを護衛する大人がビジネススーツの懐から光がチラつく物を手に握った。

 それが刃物だとわかり、血の気が引いた私は間髪いれず、うわずった返事をしてその場を切り抜ける。


「例の物を持ってこい」


 控えていた大人に命令して、一分も経たないうちに運ばれてきた、緑色の粉末。


「真奈美……これが何か分かるか?」

「わ……かりません…………抹茶の粉末……ですか……」


 極度の緊張で頭が働かず、声も上手く発音できない。恐ろしい症状が私を蝕みつつあると自覚した。


「あははははは!! 真奈美はコレが健康にいい抹茶に見えるのか!! あっはははは――――!! こいつは傑作。いいね真奈美! 確かに取り扱いを熟知しているのなら健康にいいぞ」


 手を叩いて、笑い転げていた表情が瞬時に鳴りを潜め、本当に私を殺そうとしている目つきで殺気を放つ。


「じゃあ……思い切って水に溶かして呑んでみるか? 違法大麻を」

「っ!! い、違法…………大麻…………」


 それを頭が理解した途端、下半身に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまった。

 思考回路が仕事を放棄、一刻も早くここから抜け出したいと、考えが逃げ一色に染まった。


「真奈美、これを飲め」


 私が抹茶と答えた粉末が、緑色のガラスコップに入った水道水に溶け、混ざり合い、お茶と遜色無い色彩になっている。言わなければ大麻とは気がつかない。


「…………無理です!! 許してください!!!」


 私は泣き喚いて必死に彼に懇願こんがんした。けれどもちからは側仕えに指令を出して、凶器のナイフで私の頬を軽く叩いて反論を許さない。


「真奈美、おまえは盛大な勘違いをしている。この大麻はすり潰した生を、パウダー状にした粉末だ。火を通していない生の大麻ならハイになることは決してない。それよりも大麻が合法で認められてる国では健康食品扱いだ。兆円規模の巨大な市場で取り引きが盛んに行われているから心配無用。だから安心して飲め。信じられないなら携帯で調べてもいいぞ?」


 私は彼の言ったことは到底信じられないと、ネットで検索するがちからの話した通りの内容しか記載されていない。

 到底信じることができないが屋敷から出るには、緑の飲料水を飲まなければならない。私は意を決して国内で禁止されている薬物、内容物すべてを勢いよく飲み干した。その際の味は、いっさい覚えていない。


「おい、おい、おい、おい、おいィー!! 誰か全部飲めと言った? ひとくちで良かったんだぞ真奈美ぃ?」

「……だ……だって…………」


 この状況下で混乱していた私は正常な判断ができなくなっていた。


「これは弁償だな――真奈美!」


 弁償と言われて私は気が動転して、脅された恐怖で彼の言い分を素直に聞き入れ、実行してしまった。

 それは先程の粉末を錬金の製作技能【活性】で、品質向上させたことにあたる。

 彼は暴力団組員の配下に調べさせ、粉末の等級がクズから最高品質になっていると知り、舌で粉末を舐め確認。

 納得すると抵抗する気がない私に金銭を握らせ、このことを警察に相談したら家にも押しかけると思えと脅し、最後に吐き気がする気味の悪い笑みを向けてきた。


「これでお前もこちら側の人間だ。次も頼むぞ真奈美?」


 解放された私は、そのまま両親が経営するドラッグストアの駐車場まで車で運ばれて自宅の敷居を跨いだ。


「晩御飯いらないから……」

「あら、そう?」


 私は両親の顔をみずに居間を離れ、自室に引き篭もった。今の精神状態で食事など喉に通るはずがない。生きた心地がしなかった。

 両親に心配をかけたくない私は唯一相談できる、小学校から付き合いがある近所の親友ともみに麻薬も洗いざらい打ち明け、助けを求めた。

 彼女は今日のダンジョン沼が初めてではなく、土曜日に巻き込まれた第一接触者の一人で、獲得した技能は相手のステータスを知ることが可能な識別系の能力。

 その彼女がTVを付けてと言い、指定したチャンネルを表示させると、初めてダンジョン沼が世界に報道された翌日に、沼から生還を果たした四名が画面に映し出されていた。

 昨日拝見し、私が慕うお姉様が神隠しに遭ってしまったので鮮明に覚えていた。


「マナ! そこに服装が全く乱れていない男子いるでしょ? そいつ、びっくりするくらい強いよ! 文字化けしている技能持ちで、ちからよりレベルが倍高い16。しかも解析を防ぐ技能は持ち合わせていなかったはずなのに、日曜には覗けていたステータスと技能が今では閲覧不可能になってるから、何か細工があるし、絶対背後に大きな存在が控えているよ! 

 調べたらリムジンで自宅まで送られた情報をつかんだし、場所も近隣だから警察以外に頼るなら彼一択だと思うよ私。ほら、うちらの学園でちからに逆らえる男は教員含めていないからさ」


 そう藤原学園はちからの祖父である理事長が実権を握っている。逆らった者は学園にはいられない。それが真実。


「よく考えて行動してねマナ。巻き込まれる彼のことを考えれば、容易く頼ることはできない。先に警察と両親に相談したほうが絶対いい! もっと親身に聞いてあげたいけど…………」

「いいです……わかってます。相談に乗ってくれただけでも感謝です」


 それを最後に私は親友を巻き込みたくない一心で極力接触を避け、火曜日の学校生活をすごした。

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