第六十七話 エスケープタブレット
校内にいる生徒を避けて学校敷地内から外に出ると、空から天音が降りてきた。
【学校周辺を探して分かったんですが、藤原学園の生徒が三人一組になってマナを探しているようなんです】
「完全に厄介ごとに巻き込まれてそうです。まず捜査の基本として彼女の自宅周辺を調べましょう」
【そうですね。通君の背後から道案内しますので先に進んでください】
怪しまれないよう常人の走る速度で移動すると、先週までは見かけなかった数の不良っぽい学生が、目的地に辿り着くまでのあいだに、数十人単位で通学路を我が物顔で歩いていたのを見かけた。
これだけの数を投入できる奴が相手となると、不良の元締めか側近にあたる藤原学園のカースト上位が、直接指示だしをしていることだろう。
「真奈美さんの家、ドラッグストアを経営しているんですか」
【そうですよ。この地域で中規模ですけど、訪れるお客さんは多いようです】
遠方から覗くと駐車場に止まっている車が数台ある。そこに相応しくない不良達少年が従業員たちと何か話し合っている。
「あれ、真奈美さんのことを聞き込みしているのかな」
【わたし、こっそり盗み聞きしてきます】
天音が宙に浮いて、彼らの頭上近くまでいって確認。良いことがあったのか急いで通のもとに戻ってきた。
【通君。新情報です。どうやらマナは明朝、家から外出してまだ帰っていないらしいです】
その後、事実確認するために天音にドラッグストアと自宅内部を調べてもらい真実だと確定。天音から立ち寄りそうな場所をピックアップ。探し回る。
【マナは趣味で裁縫を嗜んでいるので、よく通う洋服店に匿ってもらっているかもしれないです】
そして隣町で真奈美を探して三時間半が経過。午前十一時だというのに不良学生の数が減った様子がない。
「病欠で休みを取って、生徒総出で探してたりして…………」
【……それは笑えない冗談ですよ通君。そこまで彼らを駆り立てるのはなんなんでしょう】
「俺に相談しなければ生存できないって、よっぽど切羽詰まった内容なのは違いないですね。今思えば本来、警察に頼るのが筋なのですが、俺を頼りにしているのも謎が深まるばかりです」
【それについては少し心当たりが】
天音の話す内部事情。
隣町の警察官が悪事に手を染めているかも知れないとの情報。確信はないが、チラホラと怪しいネタを年配方が掴んでいるのを耳にしたことが一度あるらしい。警視庁も監査に入るがしっぽを出さないので真相は闇の彼方なのだそうだ。
――――ブルル! ブルル!
【こんな時に誰からですか?】
「それがですね。さっき電話番号を交換した小田健太からです」
いい情報か、悪い情報か? 通は複雑な心境で通話の画面をタップした。
「おれだ、おれ! 元気にしてたか天鐘?」
「三時間足らずで体調は崩れないよ。それで用件は何?」
露骨に嫌そうな口調で応対するが、それでも小田は話を区切らない。
「分かってるだろ? 真奈美の件だ。そっちは進展あったか?」
「いいや。これといった手掛かりはなし。そっちは?」
「ないから連絡したに決まってるだろ! 今回、上級生が俺達全員に臨時召集してる。今年始まって以来、初めてのことで皆ピリピリしてんだよ! 昼までに探し出せなかったら俺達が酷い目に遭うから同級と下は必死こいて血眼になって探してる」
そこまでして真奈美を見つけ出したい理由。非常に気になるが彼は知らない。それならと通は言葉を選び、小田に尋ねた。
「誰が号令出してるの?」
「そりゃ、俺らのトップだ。名前ぐらい知ってるだろ?」
「興味ないから知らないね」
素っ気なく返すと小田は「別にいいけどな」と、特別な思い入れがないことが分かる。猿山の番長と言ったところか。
「互いに情報は無しか――――つかえねえな天鐘は」
「その言葉、そっくり返すよ。貴重な時間を割いた俺が馬鹿だった」
「へへっ、お前いい奴だな天鐘。悪態つきつつも学校をサボって俺たちに協力するなんてな! もうお前、藤原学園に入学しろよ」
「はあっ!?」
「髪も青く染めてるから舐められる心配はない。それに、お前となら気が合いそうだからな」
無理だとわかっているだろうに、いつのまにかスカウトされるまで相手に好感を持たせている。
本来、犬猿の仲で決して相容れない者同士。相手の立場になれば、通の行為は驚くべきことなので無理はない。
「冗談じゃない。電話切るからな!」
「ああ、また連絡する」
ブツリと会話が途切れ、呼吸を乱す通。自分の格を下げてまで、嫌悪感溢れる藤原に通うメリットが何処にも無いのだから、声を荒らげるのは必然だった。
【隣で聞き耳を立ててましたが、いよいよ潜伏先がわからなくなってきましたね】
『プルちゃんのお部屋にスライムに嫌われた巡査からメッセージが届きました』
「デイジーさん……人の傷を容赦なく抉り取ってきますね」
【辻巡査がプルに嫌われた事実がありますから否定できないです】
「このことは鋼は知らないから、どんな反応するやら」
【それよりメッセージを覗いてみましょう】
辻巡査から送られてきた手紙は、上司である佐々岡警部が目覚めた技能【犬の鼻】で、辻巡査が警官服にこぼして染み付いたロマネ・コンティの匂い。
アルコール臭を正確に嗅ぎ取られ、二人してこってり絞られて始末書を書き、強くなったことを話しレベル1ダンジョン沼ぐらいなら一人でも余裕と判明すると、よ~~し!! おまえら、地元のレベル1ダンジョン沼を潰してこいと命令され、今まで二人で処理に当たっていたらしい。流石にぶっ続けで睡魔がやばいから今日は休むと連絡が入っていた。
これはまさに身から出た錆で、ロマネ・コンティを味わってみたかった天音が、彼らに同情することはなかった。
それから数分後に鳳月からも連絡がやってきてある疑惑が浮上する。
真奈美は行方をくらます前日に、ダイバーシティのオークション取引も扱っている「ダンジョン沼の秘密」のサイトで、錬金素材をダイバー証の錬金術師の肩書きを利用して優先売買権の権利を使い、二十万円分の素材を購入していたのだそうだ。
輸送先は近く、一時間以内に真奈美の家に届けられた証明のサイン、購入履歴もあり錬金していたのは極めて濃厚。
鳳月は更に先を、同職業である錬金術師と共に調べ上げ、彼女が精製したブツを突き止めた。
それは二種類あり、ひとつは下級赤ポーション。怪我を治療できるファンタジーにつきもののアイテム。
残り一つがどうやら真奈美が窮地を脱する錬金物で、名をエスケープタブレット。
錠剤型の小さな薬で逃げる怯えの感情を汲み取って発動する遅延型の錬金薬。使用材料の総量から逆算して予想される効果時間は十二時間。今日の明朝に服用した場合、最長午後五時まで潜伏できることを意味する。
効果は相手から姿を見えなくさせるだけだか、これを上手く使用して逃走していると「プルちゃんのお部屋」からキャッチ。希望的観測ができる余裕が生まれた。
【よかった…………本当によかった…………わたし、もしかしてマナはもう殺されて…………処理されてから、探しているフリをしていると考えていたんですよ……】
最悪のビジョンを口走る天音。
今まで明るかった表情にかげりが差し、天音がどれだけ胸を痛ませていたか分かる言葉に、通は「父との約束である」母を含めた女性を泣かせるなを頭で復唱。昨日、泣き崩れた時に励ましてもらったから次は自分の番だと、勇気づけるために天音へ不安をかき消す笑みを、会話しつつ作ってみせた。
「大丈夫ですよ。絶対に彼女は無事です。そしてこれは個人的な勘なんですが俺の家の庭先、玄関付近に潜んでいる気がするんです」
【っ!! そ、そうですね! 姿を消せるならあり得ます! きっと通君のおっしゃる通りですよ!!】
目を潤ませた天音が悲しみの幻想を振り切り、笑顔を通に振る舞い、約束を守れたと亡き父に報告。
帰路につこうと背を向けると、太陽の光が瞼に照射され、堪らず薄目で手のひらを日光を塞ぐ。
すると朝食の時スライム達からお願いされていた、重大なことを思い出した。
「天音さん。母に栄養供給しているスライムたちが冷蔵庫を指して食材買ってくるよう急かされていたので、買い物に行きましょう。きっと真奈美さんはお腹を空かせています。彼女の好物を多めに購入したいので是非教えてください」
これからのこともあり、一週間分の食料品を買い込む通。
量が量なので店員に相談すると、一万以上の支払いということもあり、話を聞いた店長の粋な計らいで、自宅先まで荷物と一緒に店のワンボックスカーで送迎。
両手いっぱいのビニール袋を持ち、送ってくれた人に礼を言って庭の砂利を踏みならす。




