表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スライムサモナー  作者: おひるねずみ
第1部第1章 愛別離苦のアウロラ
66/77

第六十六話 登校

 時刻は午前六時半。外の天気は雲ひとつない快晴で、通勤する乗用車が家の前を何台も通り過ぎていく。

 水髪を奇異な目線に晒されたくないため野球帽を被り、同じ学校に通う学生が少ない時間帯を選んで、外出中の人が装着しているものと同じマスクを付け、天音と一緒に通学することにした。


「天音さん…………どうやら今日は予想通りの展開になりそうです」

【……仕方ないですよ、国が規制していた制限を撤廃した翌日なのですから】


 まだ七時前だというのに金属バットを持った集団が、発表された近場のダンジョン沼を目指して二、三列に横へなって広がり、ゾロゾロと移動している。


【銃刀法に抵触しない野球バットがお店から消える日は近いですね】

「バックパックやサバイバルナイフ、小型の懐中電灯も何名か携帯してますよ」

【事前に役割分担が決まっているのでしょう。準備万端で歩いている雰囲気と会話からダンジョン沼に初挑戦する感じと、お見受けします】


 すでに都会ではダンジョンで活躍する道具が全店で品薄になっており、企業が増産態勢に踏み切ったと、朝一の新聞一面に記載されていた。

 中に入っていた地元いなかの折込チラシには、お一人様一個限り販売と、購入数を絞って対応している。

 だが通たち、ダイバーシティに関与しているクランメンバーには関係ない。

 鳳月に指名された選民と方針に従った選ばれし社員、医療従事者、大手取引営業員、自衛隊だけがダイバーシティ内に入ることが許可されている。

 その内部ではダンジョン沼に必要な生産体制は一カ月前から確立されており、おおよその物は入手できる。

 外部との通信販売を主に取り扱っているダイバーシティ内で手に入らないものは、国が売買を認めていない奴隷だけだ。ありとあらゆるものは「ダンジョン沼の秘密」サイトを通したりして購入することが可能。

 但し購入履歴で足が付くため、注目を浴びるような目に付く悪さをすれば、近日に鳳月の下で働く優秀な幹部社員に報告が入り、鳳月から権限を任された役員から国直轄の行政機関である警察庁に連絡が行き、鳳月から恩恵を頂いている地元警察のダンジョン沼対策本部が迅速な対応で動く。

 このように特別な処置がなされた、ダイバーシティ内部で生産された道具の購入が可能な「青い宝石」の通と天音は、そっちはそっちで大変そう――――と温かな目でレベル1ダンジョン沼に立ち向かう、彼らを遠くから見守っていた。 


 それから道なりに進み、通学路最後の曲がり角を曲がると、身の覚えのある制服を着た学生三人組がズボンポケットに手を入れ、馬鹿笑いの声を周囲にまき散らしながらやってきた。

 彼らの服装は隣町の私立藤原学園が指定する夏服―― えりがない、首元がスッキリとした白のノーカラーシャツと紺のスラックスを身につけていた。

 相手側と目が合う。髪を金、茶、白と全員が染め上げ、眉間にシワよせた表情とガニ股歩きから漂う不良の仕草。好ましくない、人を威圧する視線が三人から向けられた。

 通は関わりを持ちたくないため顔を逸らし、怯えた弱者のフリをして道路側に移動。やり過ごそうとするが、不良グループは逃がさないと行く道を塞ぐ。


「なぁお前、いま俺らのこと鼻で笑わなかったか?」

「ぜってぇ笑ってたぜこいつ!」


 面と向かってありもしないいちゃもんをつけてくる、十センチ以上の身長差がある隣町の高校生。通は暇潰しのおもちゃとして彼らに見出みいだされたらしい。周囲の人は対岸の火事のように遠くから通を見守っているだけだ。


「見ず知らずの人を笑う余裕なんて俺にはありませんよ。急いでいるので失礼します」


 彼らの脇を通りすぎようとすると腕を掴まれる通。礼儀知らずな行動に自然と目つきが鋭くなる。


「まあ待てよ。登校するにはまだ早いだろ?」

(っ!? まさかこれぽっちの力で俺を逃がさないようにしているのか!?)


 ダンジョンに潜る前と今とでは筋力に明確な差があり、こちら側が少々ちからを入れて相手を引っ張れば、百パーセントバランスを崩させることが可能というビジョンが浮かぶ。それほどまでに不良の拘束する力が、想定したよりもずっと弱かった。 


「いま俺ら、上級生からとある指令を受けててな。同級生を探してるんだよ。よく言うだろ? 困った人は助けろって」

「そうそう、俺ら困ってるからさ。探すのを君に手伝ってほしいってわけ~~。一応、言っとくけど。従わなかったらお前にヤキ入れるから、お願いじゃなく命令だから! 痛い目見たくなかったら、素直に聞いとくことだ」

「おいおい、そこまで脅したら真面目ですまし顔の、清涼高校の生徒さんが泣いちゃうだろ!」


 ギャハハハハ! とバカ騒ぎが更にエスカレートして、何故俺がここまで不快な思いをしなければならないのかと、朝っぱらから嫌な気分になる通。髪色と公衆の面前で魔技を使用できない、様々な要因から来るストレスにより苛立ちが積もる。


「いったい誰を探しているんですか?」


 しょうがなく状況に流されて素直に従うふりをした通に油断した不良は、表情を緩ませてスマホ画面に表示されている一人の女性を見せた。

 撮影された場面はどこかのカフェテーブルで、シェイクをストローで幸せそうにチュウチュウ吸い付いているところだった。

 身なりは高校生にしては小柄でロリ寄りの体形。髪は外はねがあり、前髪のボリュームたっぷりの黒髪ショートレイヤーで、服装は藤原学園のもの――夏服の白ポロシャツに太ももを半分覗かせた灰色のプリッツスカート、黒のショートソックスに茶色の革靴を履いている。

 その画像と、学生を正面から撮影した身分証のような写真が送られてきて共有する通。


「この子が何かしたんですか?」

「んなのは、お前が知らなくてもいいんだよ!」

「俺達だって連れてこいとしか言われてないからな」


 下っ端には話せない事情があるのだと、ろくでもないことが起きようとしているのは確かだった。考えてみれば、隣町まで人海戦術の範囲を広げるからには余程の理由が存在する。それも他校の高校生も巻き込もうとしていることが異常だ。


「ところでお前、なんで水色の髪に色を染めているのに帽子で隠してるんだ? 俺達みたいに社会に不満があるのなら、堂々と髪を世間に見せつけてやればいいだろ?」


 どうやら野球帽で頭部を覆っても地毛がはみ出していて、彼らにはバレバレだったらしい。指摘されて通は顔を赤くして焦るが、対策しようがないので意識することをやめて放っておくことにした。


「おまえ、清涼は校則厳しいだろ? その髪で登校とか肝が据わってるな! 清涼高校始まって以来の問題児と見た!」


 現実的に学内で注目を浴びるカラーリングのため、通は何も言い返せない。


「うける! 絶対退学、中退コースだわ! マジうける!!!」

「君達も人のことは言えないヘアカラーをしているので大概だと思いますが?」

「俺達は良いんだよ。髪染めてもセンコーどもは気にすることなく日常をこなすだけだからな! 単位さえ取れてれば卒業余裕だし、遊び惚けても注意されることはねえ」


 そこまで藤原学園は乱れているのかと逆に心配になる通。


「あんま期待してねえけど、もし見つけたらこの番号に連絡してくれ」


 スマホに通話番号を記録させてから通は、不良グループのリーダー格である白髪の男に訪ねた。


「名前を教えてください」

「あー? 小田健太おだけんただ。お前は?」

「天鐘通です」


 双方が連絡先を登録。名前を教えると警戒心を引き上げたのか、小田の表情が険しくなっていく。


「くれぐれも妙な詮索はするなよ? それがお前のためでもあり、俺たちのためでもあるからな」


 それ以上、無駄な言葉を交わすことなく、場を後にする学生たち。周囲の興味本位の視線が消え失せてから背後にいた天音が、通に先ほどの捜索されている女性について口を開いた。


【通君、先ほどの女性の特徴はしっかり把握してます?】

「ええ、興味があったので瞳にきちんと焼き付けておきましたけど? どうかしましたか?」

【っ!? (興味があった!? 瞳に焼き付けた!? 通君は年上好きではなかったのですか!? まさか彼女のようなロリータも守備範囲なんでしょうか!?)】


 通を意識すればするほど沼にハマる彼女。

 ええ~~。ストライクゾーン、意外と広くありませんか通君? 色恋ボケした天音は一人で勘違いするが、違う違うと正気を取り戻す。


【実はその人が、例の錬金技能持ちである桜坂真奈美さくらざかまなみさんなんです】

「えっ! すごい偶然もあったものですね!」


 通は歩きながら配布された画像二枚をもう一度つぶさに観察する。

 小柄でジト目、なんというか美味しそうに頬を膨らませてシェイクを飲み干している彼女の第一印象は、リスのような小動物に近い。守ってあげたくなる、保護してくださいオーラを全身からかもし出している。

 そんな彼女を見て通が、隣に浮かぶ天音に一言。


「彼女、本当に俺と同年代なんですか? 顔も幼く浅いですし、身長が百四十あるかないか微妙なラインですよ」

【……同年代が、そんなに重要なんですか天鐘君?】

「いぃっ!? ど、どうしたんですか! 急に苗字で呼んで!?」


 他意のない質問だったが天音は、二人の若さにヤキモチを焼いたらしい。


「も、もしかしなくても彼女をけなしたことを怒ってますよね?」

【べ、別に私は怒ってません! それよりもマナを彼らより先に保護しましょう! 事は一刻を争うかもしれません!】


 桜坂真奈美をマナ呼ばわりする警官の天音。かなり親しい間柄あいだがらで、彼女の態度からそれが読み取れる。

 昨日の朝に天音が話した「テレビに映っていた学生に相談するしか生存する道が無い」が、記憶を司る前頭葉から引き出され、本当に言葉通りの意味なのかも知れないと、今頃になって頭で真剣に考え解釈した。


 職業、錬金術師アルケミスト

 いまもっとも世界中から求められているジョブのひとつ。好条件の契約を結んでくれる企業は引く手数多で、国家間で取り合いに発展するのは時間の問題。

 彼女の幼い容姿からして、事件に巻き込まれそうな予感が生まれ、通の父性愛を刺激。

 今すぐに探しに向かうべきだが、おり悪く校門まで辿り着いてしまった。それに彼女の今現在の行動理念が不明だ。恐らく自分を頼りにしているのは確かだが、両者とも顔を合わせたことがない。 

 通が校門を抜けて学校敷地内に入ると、運動部員がグラウンドで夏の県大会に向けて、朝練をしている風景が目に飛び込んできた。

 人の目を逃れるように移動してから二人だけでは探し出せないと結論。職員室に続く非常階段に向けて歩き、スマホでその道のプロに任せようと「プルちゃんのお部屋」を通してメッセージを送ったあと、鳳月にヘルプの連絡を入れる。

 通の説明を受けた鳳月は桜坂真奈美の身柄確保に全力を挙げると確約して、総帥自ら各部署に指示を飛ばす。なお、写真画像を送ろうとしたら鳳月から大丈夫だと言われて転送することはなかった。


【私! 通君の用事が終わるまで学校の半径一キロメートルを探してきます!】

「わかりました。ですがくれぐれも気を付けてください。霊体を視認できる技能保持者がいるかもしれません」


 首を縦に振った天音は通のそばから離れていき、職員室に続く非常階段の鍵は開いていると聞いていたので、何を話されるのか疑問に思いながら職員室にお邪魔する。中には担任の大川先生と校長の二人だけがいて、椅子に座って会話をしている最中だった。


「おはようございます」

「天鐘くんっ!?」


 挨拶で来訪者に気づき、校長より先に立ち上がって出迎える、マスクをした大川先生。


「ちょっと、ちょっと!? 本当に髪の毛が青くなっているじゃない!?」

「…………はい。本当に困り果てておりまして……」

「身体に異常はないの?」

「髪以外は変化がなく、極めて健康体です。それより先生がたの夏風邪はどうですか?」

「私と校長はそれほどでもないみたい。時々せきをする程度で、他の先生がたと比較すれば症状は軽いわ」


 世間話をしてから帽子を取って水髪を大人二人に披露する通。何を言われるんだろうと怖くて、特に校長を直視できない。


「そんなに恐縮しなくて結構だよ――――天鐘通君だったかな?」

「はい」

「君の髪の毛に関して、文部科学大臣の荻田おぎたさんから、昨日の夜中に電文が届いてね。接点がない私は心底驚いたよ。なぜ片田舎の校長に収まっている私に、直接話が舞い込んだのか不思議で中々寝付けなかった」

「っ!?」


 本当に行動を起こしていたんですか!? 鳳月のビックリドッキリが大問題に発展しないかと恐れ、胸の動悸が激しくなり、胃も痛くなってきたのか背を丸めてお腹に手を添える通。


「通君。今から話すことは文部科学省も承認しているからよく聞きなさい」


 緊張で喉にせり上がってきた生唾を飲み込み、真剣な表情をした校長を目を見て胃の痛みを我慢。姿勢を正し話しを聞く体勢に持っていく。


「文部科学省はダンジョン沼の後遺症で変色した髪色の件を不問とすることにした。だから通君が気に病む必要はどこにもない。よって通常通り、清涼高校で学ぶことを正式に許可する。今後とも勉学に励みなさい」

「あ、ありがとうございます!!」


 後援者の働きかけにより無事に学校生活が送れる。問題が一つ解消された喜びで胸に込み上げてくるものがあり、目頭がいつのまにか熱くなっていた。


「ところで通君は文部科学大臣の荻田おぎたさんとは、どういったご関係かな? 差し支えなければ教えてくれないかい?」


 校長同様に担任の大川先生も通のことを見極めようと興味津々な顔をしている。

 こうなることは予想できていた。しかし、通は荻田さんのことを何一つとして知らない。嘘をつけば何処かで必ずボロが出る。


「期待しているようで申し訳ないですが、荻田さんとは一切面識がありません。自分も大川先生から呼び出しを受け、校長先生が話してくださるまで知りませんでした」


 ごくありふれた返答。先生たちも一生徒のために腰を折る大臣の姿を想像できないようで、通を絞りあげるようなことはしなかった。


「悪かったね、変なことを訊ねてしまって」

「いえいえ! とんでもないです。こちらこそお役に立てなくてすみません」


 気を揉みながら清涼高校トップの校長先生と会話をしていると七時の鐘が鳴り、大川先生が失礼と横から話に割って入る。


「ところで通君。今日はどうするの? それと一週間のあいだ休学する予定は取りやめることにする?」


 こっちが俺を呼びつけた本題と、通は母親の深刻な病状を告白して一週間の休学を校長の許可のもと取り付けることに成功した。

 一言も追及されることなく終わり、校長に頭を下げ野球帽を再び被り職員室から退出する。

 すいませんが、次の67話から投稿時間を0時に戻すことにします。ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ