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スライムサモナー  作者: おひるねずみ
第1部第1章 愛別離苦のアウロラ
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第六十五話 擬似なる二つ名

ニョ!?

 家に上がってからスライム達に運動靴スポーツシューズの掃除を言いつけ、軽くシャワーを浴びる。

 身をさっぱりさせたあと、夏服である半袖の白いスクールシャツのボタンを留めて、上から青のネクタイを締め、黒のスラックスを履く。

 それから朝食を取っていると、スライムたちが冷蔵庫を擬似腕で指さす。

 椅子から立ち上がり、中を覗いてみると食材が心許なく、入るスペースが大きく開いている。昼の分量、一食あるかないかといった具合だ。

 これでは母の栄養供給を担当しているスライムたちが任務遂行できない。主人である通は昼の買い出しを頭に叩き込み、手早く食事を終わらせた。

 家事をそつなく消化するスライムに母の世話をお願いしたあとリビングのソファーに腰かけて、クジラの骨のことを天音と意見交換を交わし「プルちゃんのお部屋」に当時の写真を貼り付け、憶測だけで詳しいことはわからないと保留になる。

 担任から言い渡された時間まで余裕があるので、情報を得ようと新聞に目と通しながら、TVのリモコンを操作して電源を入れた。


「ゴホ、ゴホッ! ダンジョン沼から生存者が出てきました!!」


 ちょうど世田谷区のレベル1ダンジョン沼を正式にクリアした集団がTVにクローズアップされている。


【ちょっとしたデジャブ感がありますね】

「けど人数があの時と比べて多いです。国民の安全面を考えればわかりますが」


 画面に映って笑顔でピースを送る若者、木刀を持って剣道着を身に着けている男女、杖を使って歩いている年配の人など、荷を背負った自衛隊を入れたごちゃ混ぜ構成で全員が咳をしており、クリアタイムは十八時間。人数は五十人ほどいるようだった。

 その中の数人が自分の授かった技能、魔技をお茶の間に向けて披露している。

 因みにTV上部のテロップには『魔魂水晶化現象(ソウルクォーツ病)』が人類全体に蔓延して推定六十億人発症したと、世界保健機関(WHO)が今日の日本時間午前五時に世界に向けて発信したとの情報が、右から左に向いて文字が流れている。


「人のことは言えませんが――この映像をみて、今日の学校を風邪として休み、ダンジョン沼に挑戦する人が後を絶たなそうです」

【規制が解除されたので興味本位に挑戦する人は大勢いるでしょう。大人も学生同様に仕事をボイコット、情報端末で同じ目的を持った人をかき集め、武装を固めてから自衛隊抜きでダンジョンチャレンジするはずです。この世界中に溢れる現実離れしたりゅうこうの流れは、自然災害と同じで誰にも妨げることはできないですからね】


 人類全体に蔓延した『魔魂水晶化現象(ソウルクォーツ病)』を治す方法はただ一つ。ダンジョン産で採取可能な医療素材を錬金で作り出した特効薬以外に治療する方法がない。

 もはや人類の威信いしんをかけた戦いに発展している。これを止めることができるのはダンジョン沼を展開している異星人たちだけだ。


「クリア動画も人気があるのは千万回を軽く突破して出回ってますし、国民の関心度も推し量れます。それに今日の新聞記事には企業側も資源採取を主にしたダイバー募集をかけたと記載されていて、年齢十六歳以上、学問不問で面接なし、実力成果主義の募集要項なので人生の情熱をダイバーに捧げる人は後を絶たないように思えます」

【成り上がるには理想の環境とも言えますが、本当に大丈夫でしょうか?】


 レベル1ダンジョンで命を落とした天音の言いたいことは分かる。新聞を読み進めるとダンジョンで亡くなった、行方不明になった推定人数は世界で二十万人と予想されている。その被害者の大多数が知識なしで初日にダンジョン沼に捕食された人達だ。


【私は二十万分の一に該当するんですね……】


 稀有な病のように運の悪い抽選確率。あのダンジョン沼で命を落としたのはPTで天音ただ一人。

 数の多いゴブリンを対処する前に『トークンスライム』によるスライム多数召喚、維持が可能になっていたら悲劇は起こらなかった。プルを手元に残していれば防げた過失。

 無気力な格好で深いため息を吐き出している仕草の天音に、投げかける言葉が見つからない。


【ご、ごめんなさい。今は通君の方が辛いですよね…………】


 か弱い笑顔で母親の症状をあえて口にしない天音なりの気遣いを、言葉の裏にある優しさを感じ取る通。

 自分の培った物事の考え方が、背中に背負った責務がいま試されているような気がした。


「いいえ、霊体の体で俺たち以外から相手にされない天音さんも辛いはずです。その場にいるのに親友や知人に話しかけても通じない霊体特性。誰とも分かり合えない種類の苦しみで……俺にはその苦痛を取り除いてあげる力はありますが…………実行する勇気はありません」


 話しているうちに天音の瞳を直視できなくなり、最後には視線が足元まで下がってしまう。

 危険性を考えれば妥当な判断だが偽善じみている己を責めていると、天音が気楽な声で頭上から声をかけてくる。


【本当に真面目ですよね。そこまで私のためにネガティブ思考にならなくてもいいですよ? もっと前を見て歩きましょう! どうせなるようにしかなりませんし、通君が思っているほど悲観もしてません。私はいま幽霊生活を満喫してますから!】


 彼女の「幽霊生活を満喫」の言葉で強がっているのがわかる。

 霊体は物質に触れることはできない。例外は霊素を纏うことで魂の契約者に触れるくらい。死して自由にくたいを失った天音は、本当にやりたかったゆめが実現不可能になっている。

 その彼女が立ち止まらずに歩み続けている信条、信じている誇りは何かわからない。

 だがポジティブには幸せが宿ると言われていて、年上警官天音の笑った顔を見ているとそう思えてくる。不思議と活力が湧く錯覚に見舞われる通。


「天音さんは……強いですね。どうしたらそこまで気丈に振る舞えることができるんですか?」


 コツがあったら教えてほしいと、通が困った表情でお願いすると天音が突然慌てだした。


【え゛!? そ、それは……! 気合いですよ! 気合い! 大抵のことは気力を振り絞ればなんとかなります!】


 普段のしっかりしている時の姿と似ても似つかない、二人の時だけに見せる弱さのギャップが母性本能に直接訴えてくることと、赤い糸の件も噛み合わさり天音は冷静さを失い、自分自身も励ますように主張した。


「根性論ですか。わかりました参考にさせてもらいます」


『プルちゃんのお部屋に電子の妖精が入室しました』


「電子の妖精? デイジーさんかな?」

【恐らくそうでしょう!(デイジーさん! ナイスアシストです!)】


 いつの間にシステムアップデートしたのか気になるが、クジラの骨について議論できると意気込み、魔技アプリである『プルちゃんのお部屋』にINする二人。


『プルちゃんのお部屋にスライム製造機が入室しました』

『プルちゃんのお部屋にニョキピョコさんが入室しました』


「な、なまえが酷い……」

【えぇ…………ニョキピョコさんですか私……】

「ふっふぅっ! 早速気に入ってもらえたようね!」


 いやいや勝手に命名されたら不満しかないでしょ! と言い聞かせたいところだ。

 しかし、彼女は魔技アプリの全権限の持ち主で自称電子の妖精! 妖精なのだから悪戯は許される! とルンルンステップ、妖精の舞で目をつけ、ニヨニヨしてバージョンアップしたに違いない。

 そこに更なる犠牲者が乱入する。


『プルちゃんのお部屋に二百万円の男が入室しました』


「っ!!? おいっ! デイジィィー――!! なんだよこれは!! やりたい放題じゃねえか!!」

「に、二百万円の男…………俺よりひどい……くっ!」

【私のあだ名が可愛く思えますね…………ふふっ! ――――すみません。ちょっと席を外します】


 男二人は名前を元に戻してほしいと、いさかいが口論となり。天音はスゥーッと壁を通り抜け、庭先で「一億や十億ならわかるのに二百万って!!」と声を出して笑う始末。見事にチームワークがバラバラだ。

 天音がリビングに帰ってきてから話し合うがデイジーは自分の意見を曲げない。結局は通たちが折れることになった。


「それでさっき通君がペーストした写真を画像加工、暗闇を除去してから目を通したのだけれど、場所はどこなの?」


 水技能を所持していることで海に滞在できるんでしょうけどと、短い期間でデイジーが正解に近い答えに導く。


「俺も気になっていたんだよ。博物館や研究機関行きのクジラの骨だろアレ。海の中なのも辛うじて分かったが…………マジでどこだ? 撮影時間は今日の五時三十分を指しているから近海だよな?」

「正確には自宅の東にある、太平洋深海四千から五千メートル近辺の海溝の底かな」

「「は?」」


 朝駆けに想像を絶する海底へ旅立つ、訳の分からない同級生の行動に鋼とデイジーの声が同調。必然的に査問さもんすることになる。


「今日のダンジョン調査する範囲を地上にするのか。確かに強くなるならそのほうが効率は良い」

「地底ダンジョンのボスを倒せば、洞穴内のモンスターが作られなくなるなら……自衛隊のためにボスに手を出さないのは最善に等しいから私は賛成よ」

【それで地上に行く方法は? 私は霊体ですから天井を素通りすれば障害なしですみますが、皆さんはそうもいかないでしょう?】

「天音さん、リリーを通して裏道を確認済みなので心配ありません」


 移動手段を確保ずみとの回答に、伊達にリーダーをやってないわねとデイジーがお世辞を入れる。


「それで通はカーティル級に対抗する技能を習得するために、三千メートルの深海に潜って対抗策を得てきたわけだ」


 かなり強力な拘束力がある魔技と自動防衛、追尾機能を備え持っていると伝えると早く見てみたいと鋼が返し、通が楽しみにしておいてとメンバーを期待させた。


「二人が言うクジラの骨は偶然の産物なのは理解できたけど、天音さんだけが聞き取れる声とオーラは私でも理解に苦しむわ。こんなオカルトじみた実例は天音さんが霊体なこともあって前例もないでしょうし、憶測で話せる内容ではないわね――――現物を見れば推測可能かもしれないけれど、恐らく私だけの力では限度があるわ」


 手掛かりは掴めず、謎がさらに深まる形となった海底で砂に埋もれていた超巨大な骨。これ以上の進展は望めないと海底での話を中断した。


『プルちゃんのお部屋に依頼人が入室しました』


【「まとも!?」】

「おはよう、何やら私がいないうちに名前がおかしなことになっているが……」


 アプリメンバー間で格差がある。薄々と勘づいていた三人は、一言も喋らずに心を一つにした。


「デイジーさん。流石に度が過ぎるからやめてくれないかな?」


 遂に温厚だったリーダーの通が、デイジーに対して物を申した。それに対して少しの動揺を見せずに、彼女は素で対応する。


「えっ? どうして? コミュニケーションを円滑にするには必要な処置でしょ? 特に精神的に辛そうな通君の症状を緩和させるには有効なはず。笑顔になれば悩みが紛れるから、私はワザとふざけた態度を取っているのよ?」


 そこまで自分を想っていたのかと、己の影がチラついて弱っていた通は、デイジーの言葉で一瞬にして丸め込まれてしまった。

 背後にいた二人も通が楽になるなら名前ぐらい別にいいか、まで気持ちを持っていかれて大人気おとなげなかったと許すまでになる。

 これを内心でデイジーは、公式に認められたから以後も好き勝手にアプリ運営して良いわねと、受け取り喜んでいた。

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