第六十話 査定金額
担任との通話後。通は魂の契約者だけが使用可能な専用アプリ。スライムが宝石を飲み込む絵柄の「プルちゃんのお部屋」に目をやる。生みの親はアプリ名からもわかるとおりデイジーだ。
マイクが無くてもスマホ画面に向けて話をするだけで会話を拾ってくれる、ON、OFFの切り替えができて聞き専も可能。
メッセージ機能もあり、更に魂の契約者以外はアプリ通話を聞き取ることさえできない、複雑な魔技防犯機構が付与された密会に最適な改造魔技ツール。
アプリを起動すると鋼、デイジー、鳳月の三人が既にINしていた。
「お! きたきた!」
「こんばんは」
【みなさん、こんばんは。あれ、まだ辻巡査と大鐘巡査は来てないんですか? てっきり私たちが最後と】
「それが反応ないのよねぇ」
「警察署で何かあったのかもな」
「ねぇ、ねぇ、ところで通君。髪の毛、元に戻った?」
「INした直後に聞かれるとテンション下がる……」
「ってことは、黒髪にならなかったんだな通」
「ふむ。ならば私から文部科学大臣に今から一報をいれておこう」
【「「えっ!?」」】
よりにもよって、そこに電話するの!? 想定より斜め上の鳳月発言に、ありのままの声が四人いっせいに飛び出した。やりすぎでは? 時間帯も考慮すると大事になりそうな気配がビンビン伝わってくる。
「鳳月さん。俺、今しがた担任の大川先生にダンジョンでの後遺症として話を通したので、それを軸にして調整してくれればそれほど迷惑はかけないと思います」
「なるほど。通君、保険として聞くが君は母親が病から治るまでの期間、残り六日間をダンジョン攻略に時間を費やすと受け取っていいのかな?」
「ええ、一週間のあいだ諸事情で休学すると、担任に報告したのでそのつもりです」
「その間に髪の毛を戻すことも視野に入れているわけか――――よし! 後は私に任せておきなさい」
大船に乗ったつもりでいろ! そういった気概が通話越しのトーンから感じ取れた。まるで豪華客船に乗った気分だが、氷山に衝突して沈没する危険性も少なからず秘めている。泥船にならないよう、客船が海の藻屑として沈まないことを水の神様に心で祈る通。
「話は変わりますがデイジーさん。新住居の居心地はどうです?」
「マンションの部屋より開放感があって、すこぶる快適よ。それに使用人さんがいるんだけど、ほんと! 凄いのよ!!」
どう凄いのか内容を通、鋼、天音が深掘りするがデイジーの会ってからのお楽しみよ、きっと最初の自己紹介の時に話す素性を知ったら驚くわよと面白がっていて、後の楽しみにとっておくことにした。
「それで、ひと部屋私の自室としてマンションから持ってきた荷物を移したけどいいわよね?」
「部屋はたくさんありますし、デイジーさんの好きなように使用していいです。俺自身、母がいる自宅から引っ越す予定が今のところはないので。それにクランメンバーの住まいに危機が迫った時にと建設した物件でもあるんでしょう鳳月さん?」
「天鐘君の想像通りだよ。有名になったクランメンバーがダイバーシティにいるだけで犯罪抑止力が向上、地価、株価共に上昇して私にとっていいことずくめ。高レベルダンジョン沼から資源を回収してきてくれるため、住んでくれることに越したことはない。産業も好条件で誘致しやすいからね」
やはり大物実業家。これからは世界はこうなるだろう、それと同時にこうありたいといった理想を元にした先見の明があり、色々と考えているんだなと感心した。
「鳳月さん、色々と願ってもないことを平然とやってますけど、ダイバーシティ、フィアンセのためにつぎ込んだ経費はリカバリーできているんですか?」
「ははは、今のところは負債が勝っているよ。このまま推移すれば私がグループトップの座について初の責務超過、大赤字になるだろう。前年比と比べるまでもない」
それはそうだ。人材、資源を湯水のごとく投資したはず。絶賛大冒険中なのに笑い飛ばす、鳳月の人間性に感心する。
「だが国内レベル2資源を天鐘君たちとの独占取引、特効薬精製、ダイバー用の装備開発、クォーツエネルギー変換技術開発などでいくらでもペイできる。特に通君たちが成し遂げた、無傷でダンジョンモンスターを捕獲し持ち帰ってきたのがデカい。伊藤教授を含めた学者たちは大騒ぎ、海外資本もダイバーシティ関連銘柄に流入して資本金の持ち直す兆しがあり、捕獲依頼も早速だが多方面から舞い込んできている」
通はダンジョン秘蔵情報でレベル2モンスター以上から、麻酔銃や毒ガスで神経中枢を麻痺させるような現代兵器に対して耐性があることを知っていた。
ダンジョン沼の秘密サイトにも今現在掲載されていて、世界各国も知っている事実。
無傷で捕獲するには洗脳、支配、調教、使役、念能力、重力、重量操作、拘束技能のどれかが必須になる。それもモンスターが抵抗できないレベルで。
上の状態異常の条件下でテレスポットに運ばなければ、生体そのものを滅星が設置したテレスポットが拒絶するため、現実世界にまで生きた生体を運搬するには手間が非常にかかる。
管理を任される設備も考慮されて、売買が許される引取先はごく少数だが大金が動くのは確実。モルモット、観察研究対象として国が購入に乗り出すのは想像するに容易い。
「捕獲依頼に関しては、ドロップアイテム、経験値を加味して可能なら実行します。ところで捕獲依頼が来たのなら、取引はすべて終了したんですよね?」
依頼されたのなら取引購入額、適正価格を周知の事実として相手は知っていることになる。
「本当は彼らが来たら伝えようと思っていたのだが、INしてこないので話してしまうことにしよう。通君、少し前に取引金額の報告書が私の手元に届いた」
クラン運営資金を除いた一部の金額が全員に分配される重大事項。
クランメンバーが今日の仕事で得た対価がいま鳳月の口から語られる。
「まず。ソウルクォーツで二百五十万」
「ううっそだろ! 信じらんねぇ……好きな家電道具選び放題…………」
予想していたが学生には多すぎる額に、鋼の声が震えている。
通は声を上げるのを『精神安定』で踏みとどめた。ソウルクォーツより医薬資源とモンスター素材のほうが絶対に買取価格が高額だからだ。
「次に医療素材を含めた資源素材売買で六千万」
「は、はあああああ!!?」
【頭を悩ます金額ですね】
桁が違いの査定に理解が追いつかない。
「最後に捕獲したモンスターの総額も六千万。締めて、総額一億二千二百五十万がクランに入金されている」
「…………」
「鋼?」
「金額がシャレになってなくてついていけねえ」
このうち半分がクラン運転資金となり、残りを六等分した金額。およそ千万円がダイバー証を通して新たに開設された銀行宛に送金されることになった。
今日のダンジョンに潜っていた時間は報告と食事を抜いて六時間強。時給換算百五十万の収入になり、スライムの価値、通の存在が極めて重要なことは疑いようがない。
スライムによるパワーレベリングを数値として、目に見える詳細なデータとして見せつける形となった。
現実社会で力を発揮するデイジーの電波技能が有能すぎる。




