第五十六話 現実世界の闇
「デイジーさんの番だけど…………いけそう? ゴブリンが苦手なら他の相手に代える?」
「いいえ、ゴブリンをお願いするわ。ケジメをつけないと先に進めないから」
召喚されたゴブリンが間近にいたデイジーを敵と認め、飛び上がってから一秒未満に脇腹めがけて中段ローキックがめり込み、泡を吐きながら三十メートル離れた崩れやすい洞穴の壁に猛スピードですっ飛んでいき、激突して塵となり消滅した。
明らかに一人だけおかしい威力。ブートキャンプを一時中断して問い詰める。
「…………どうして?」
ミラーボードには一桁繰り上がった筋力100の文字が! 突っ込まずにはいられない。
「清々しいほどの脳筋だな。デイジーらしいと言えばらしいが……」
「デイジーさん。この筋力に特化した数値は……」
「みんなわかってないわね」
「なんだって!?」
視線を独り占めする金髪同級生が悪びれも無く言い放った。
「この世は力こそ正義よ」
言葉を失うクランメンバー。確かに圧倒的な力があれば相手を強引に黙らせることは可能だが時代錯誤もいいとこだ。やはり猪突猛進。普通、魔法を授かったらそれに関連するステータスを上昇させるはずだ。常人には理解不可能な思考回路をしている。
「想像してみて? 私のようなか弱い女性が、大の大人に対して抵抗可能な力があるように見える?」
「んっ――ありそ……いや、なんでもない……」
今さっきの蹴りを見てしまった後だと感想は変わってくる。つい喉奥まで上がってきた素直な感情を鋼は危ないところで押し留めた。デイジーが「何を言いかけたの鋼君?」と裏が見え隠れする微笑みをたっぷり送り、鋼は蛇に睨まれた蛙のように固まった。もし蹴られたら彼方に吹き飛ぶ。
「……鋼君はいつか背後から蹴り上げるとして、もし私が囚われてしまった時、自ら逃げるチャンスを自分自身で作っておきたいからよ。相手の虚をつければ救出される、脱出できる確率も上がるでしょ?」
「そこまで未来を見越しているなら何も言えないけど、捕まる前提でステータスを振ってしまうのも首をひねらずにはいられないよ」
【デイジーさん――――ひょっとして他に理由があるのではないですか?】
今まで蚊帳の外だった天音がデイジーに意見すると「実は…………みんなに伝えなければいけないことがあるの」と、筋力にポイントを割り振った事情をかいつまんで教えてくれた。
【大鐘巡査。辻巡査。これって】
「ああ、間違いない。佐々岡警部が追っている容疑者だな」
デイジーが語った情報は三日前から髪を編み込んだドレッドヘアの男性に後をつけられているとのことだった。気のせいだと感じていたが夏風邪が流行り出した月曜日の帰宅途中に声をかけられ、混乱に乗じて取引を仕掛けてきたらしい。
それは薬剤の取引。独特な雰囲気を纏う、マスクをした日本人男性は言葉巧みにデイジーに近づき薬を見せた。
「大麻で間違いなかったんだな?」
「ええ。PrivateReserveを1/8oz。高品質品を3.5グラム。街中で二万五千円で買わないかと持ち掛けられたわ。本国でも違法ドラック扱いで日本同様に認可は下りてないのに、金と同じ値段で売りつけてきた時はビックリして思考が一瞬停止したわよ」
自分たちが暮らしている街の闇を覗き込んだ通と鋼は絶句した。周囲を取り巻く環境は既に変異しつつあるとデイジーの言葉で直視する。
「かなり強引な手口で人目を憚らず接触してきたから、場慣れしていると感じたわ。その時、偶然にも現金を持ち歩いていたけど、誓って取引はしてないわよ!」
「そこは大丈夫だ、心配しなくとも俺たちはデイジーのことを疑っていない。情報提供してくれた以上、やましい考えはないだろうからな」
警察官の顔に変貌した巡査たち。少し近寄りがたい雰囲気がある。その後、デイジーは話すタイミングを見計らっていたことを正直に告白。
悩みとは打ち明けられないから悩みなのだとよく知っている通は、デイジーの勇気に心から称賛を送った。
「あの売人、私がお金を持っていることを知っているようだったし、怖くなって荷物を纏めてから通君の家に急いで駆け込んだの」
「あ――それでアポなし訪問だったわけか!」
「筋力のことも合わせて色々と腑に落ちたよデイジーさん」
麻薬に関わる、気軽に打ち明けるには勇気がいる。学生が解決できない問題を話せないでいた一人暮らしのデイジー。
警察署に電話を掛けても繋がらない。ダンジョン関連で手が回らないのなら、近場にいる頼りになる人に助けを求めるしかない。
「デイジー。話は上に通しておくから参考人として明日、学校が終わったら署に任意出頭してくれないか? 今日は半数以上がダンジョンに動員され、必要最低限の人数で業務を回している状況だ。調書を取るにしても人がいる」
「ええ。そちらの都合に合わせるわ」
「よし決まりだ」
危ない会話をすませて続行するモブハンティング。
身丈六十センチの鋭い鉤爪を持つ岩モグラ、トゥエルカ・サフラフルドを苦労せず叩きのめすクランメンバーたち。
「やっぱり魂の契約で振り分けできるようになったのが大きいわね」
「それがなかったらコイツら一発で倒れないだろうな」
「振り分けありだと実質レベル倍のステータスだから、みんなレベル50水準に近い実力になってる」
タイマンでは勝負にならない。それならと複数体の戦闘に発展。
結果、十体を相手してもかすり傷を負うことなく排除できることを知る。
全員が人間の限界を超えた身体能力に達したことで、オリンピック選手が金メダル獲得したように無邪気に大喜びして感動を分かち合う。
そこで鋼が思い切った行動を起こす。
助走をつけて洞穴の壁に向かい、スピードを殺さないまま吹き抜けの壁を駆け上がり、高さ十メートル付近で壁を蹴って、体操選手のように身を回転させながらアクロバティックな技のキレで五層地面へ痛がることなく着地。
全員がレベルアップヤバイを改めて実感した。




