第五十三話 一枚の写真
(不憫だ。見ていられない)
無力感と罪悪感に心が折れて泣き崩れた以前の自分を思い出した鳳月は、失意の沼に沈もうとしている通を引き止めるよう呼びかけた。
「天鐘君!」
転んで泣いている幼児をなだめるように慈愛を注いでいる天音とプルの間に入る鳳月を、通は他人に見せられない痛々しい顔で見上げる。
「諦めるには早い。まだ結果が出ていないだろう! それに残された方法もある」
「それは……んっ!? …………プル……ありが……と……」
失意に沈んでいる通の嘆きの涙をプルが取り出したハンカチで綺麗に拭き取り、嗚咽混じりの震える声で通は思考せず思いつきで答えた。
「術者クレハの……殺害ですか?」
「極論だな天鐘君。我々としては彼らとの交渉が可能だと考えている」
滅星の統治者が必要とする能力の開花。これに適合すれば話し合いに応じてくれる可能性は十分考えられる。
「期限は六日を切っています。絶対に間に合いませんよ」
「ああ、理解している。『魔魂水晶の彫像』になることも避けられない可能性は高いが、これを見てくれ」
鳳月は言い切ったあと、今日の時刻が刻まれた一枚の写真を手渡した。映し出されているのは黄色い彫像。
「これは?」
「富士の魔塔の外壁に傷をつけようとした愚か者の成れの果てだ」
時刻は午前九時十一分。ダンジョン沼突入二十分前に発生していた事件だ。
「クレハの逆鱗に触れたんですね」
「その通りだが――天鐘君、よく聞いてくれ。彼は彫像になっているが生きている、生きているんだ」
「えっ? そんな……こと」
あり得るのか? 喉に出かけた言葉を飲み込み横目でプルを見る。
(嘘はついていない)
それならプルから得た「彫像=死」の情報は間違い? 疑惑が浮上し気味が悪い感覚が脳を支配していく。
「鳳月さん。本当に写真の人は生かされているんですね?」
「そこは誓って保証する」
鳳月の今までの行動、懇意からして嘘はついていないと判断し、通はある推測にたどり着いた。
(プルの魔魂水晶化現象に対する情報が古い? もしくは術者のクレハがアレンジを加えた? 確証は無いけど正解に近いはず。それよりプルの情報が違った場合、天音さんの蘇生はどうな…………いや、霊素構築、霊能力系統、スピリチュアルな事象はあるのだから蘇生も十分可能のはずだ!)
突如として湧き上がってきた活力に、通は掠れた声を振り絞り、この身に宿り、息づいた芽を鳳月に偽ることなく打ち明けた。
「彫像になっても生存しているのなら、期限が延長されるなら……俺は…………解決法を求めて最後まで足掻きます…… 死の間際の、父と約束しましたから!」
鳳月の証言が一筋の光明になり、沼から引き上げられた通の瞳から、生きている証拠の液体が頬に伝わり落ちズボンを濡らす。
「私も可能な限り全面的にバックアップしよう。手始めにレベル三の沼に移動する手段として緊急車両をいつでも乗車できるように配備しておく。サイレンを鳴らして最速で現地に向かえるようにな!」
「……ありがとう…………ございます」
本気で心配している鳳月の暖かさに触れ、通の頭上で浮かんだ予測とプルの知識を包み隠さず二人へ話すと、両者は険しい顔に変える。
「貼り直しが利かない結界で輸送不可か…………その子が病神に対抗するキーパーソンになるな」
【術式の知識をなぜもっているのか不思議ですけど、通君のスライム全般に言えることですが基本いい子ですよ】
「それは通君のプルが大きく関係しているはずた。私が知っているサマナーとは全く異なる」
興味深い、通以外の召喚者。
「まず他人と親しくなれるのが普通ではない。そもそも主人に命令されて自立行動するのがやっとな召喚生物。だが天鐘君が召喚した彼らには意思がある。伊藤教授が嫌われたようにな。あれには失礼だが声を出して笑ってしまった」
口元が歪み笑いを堪える鳳月。これ当時はツボにハマったんだろうなと簡単にわかる通と天音。肩が断続的に動いてるのが良い証拠だ。
「やっぱり俺のプルが特別なんですね」
「私の直感がプルはスライムの中では高貴な存在だと囁いている」
【プルは女性ですから姫? もしくは王女でしょうか?】
「それに準ずる者の配下なら全てに説明がつく。天鐘君のあれは一種の軍隊だ。武田少佐もテレスポットから現れた先頭を歩むプルを私と同じ感性で読み取ったはず」
軍隊のように指揮していたので、あながち間違いではない。
「世界中の国家が欲しがっているダンジョン情報に精通している天鐘君は今後、注目の的になる。漏れれば多数の面会者、刺客が送り込まれるだろうな」
「それはごめん被りたいです」
鳳月は国益を損なうことはしないさと、とても良い笑顔を返し通はそれを信用することにした。
それからクラン運転資金の相談をして、補佐役を一名つけてくれることになる。
ちょっとした三者面談が終わり、通が席から立つと
天音と二人きりで話があると、通を先に部屋から退出させ沼の入り口で待機しているよう言いつけた。




