第五十ニ話 苦悩の雫
※題名から察せられる通りヘイト値が高いです。
通はリターンコールでプルを呼び出してから鳳月の前までキャスター付きのビジネスチェアを転がし、腰をかけて両者に語り始めた。
「まずは黙っていたことを謝罪します」
一呼吸置いて頭を下げると、鳳月は首を振り寛容な態度を取る。
「……天鐘君、私も歯に衣着せぬ発言をしたので同罪だ。堅苦しいのは止めにしよう」
「…………非常にありがたい申し出なのですが、誠意を見せなければ俺の気持ちが収まらないので、このまま行こうと思います」
礼儀正しい通の姿勢にケチをつける気になれない鳳月は、聞く体勢を整えて強い意志を持った通を見据えた。
「まずは鳳月さんに魂の契約書を結んでもらいます」
「魂の契約書?」
通は鳳月に端を折って契約内容と理由を伝え許可を貰い、プルを通して契約を完遂させ鳳月に【霊体視認】【霊素視認】【霊体言語】の技能を習得させた。
「っ!? ははっ…………これは、天鐘君が躊躇するのも頷ける」
鳳月は椅子から立ち上がり、通の隣で宙に浮いている青白い霊体の天音巡査を初めて視認した。
「初めましては……今更か。鳳月雅人だ」
【柊天音です。驚かせてしまって申し訳ありません】
両者が綺麗な会釈で会話し、鳳月は今のやり取りだけでドッと疲れたのか、勢いよく椅子に倒れ込む。
「ダンジョン内で亡くなった人間の蘇生か…………しかも世間体には行方不明者として情報処理されてしまっている。実に頭が痛くなる案件だな柊巡査。両親が必死になって君の安否を心配していたぞ?」
【……はい、存じております。東京からわざわざ私が勤務している警察署にまで足を運んで、騒ぎになっていましたから】
「ならいい、知っているならこの話はここまでだ。天鐘君。君は柊巡査を縛っていると自覚しているな?」
天音から語られる言葉と鳳月の追及は、通の心を深く抉る。あの場面はあれ以外、天音を救える方法はなかった。決して間違ったことはしていない。そう何度も自分に言い聞かせてきた。
結末を迎えるまで未来は分からない。不安から来る恐怖、もし蘇生が不発に終わったら? 様々な妄想が現れて泡のように消え、泡沫に沈み通の奥底に降り積もる。
それは天音も同じで蘇生が成功しなければ、永遠に通に付き従わなければならない。アクシデントに見舞われた時に霊素供給できる、信用できる知的生命体は通とプルしか存在しないのだから。
「はい…………自分が天音さんのすべてを握っている自覚はあります。人を蘇生させるなど理解に苦しみますが、情報ではそれが可能となっている――――正直、自分が怖いです。それと世界が一つにまとまっていない環境下で、人間が持つには早すぎる、人外の力が世界に拡散されていくことがたまらなく恐ろしい」
通の魔法ひとつで人間は簡単に死ぬ。どうするかは全て自分の気分次第。匙加減を違えれば惨状を生む。
蜂型に放った《改良型魔技:水乙女の月輪》には十二分にその威力があった。第二次職になった通が放つ、通常の水弾一発が掠っただけで軍人ダイバーさえも致命傷だろう。
髪色が変化して体の内から溢れ出す人外の力。
これが邪な考えをする下衆に渡れば、ダイバー同士の争いになり一般人が巻き込まれる。
世界を混沌に陥れる禁忌の技能、魔技が海外の巨悪犯罪組織の勢力の手に渡る時は、近い将来必ずやってくる。
「正直、未来を思い浮かべるほど不安になるんです…………俺はそんなに強くない人間なので」
「それは大人の私に限らず、誰もが抱える感情だ。そう悲観に暮れなくていい」
【鳳月さんのおっしゃる通りです。通君はもっと肩の力を抜くことを学びましょう。私がゲームセンターに連れていってあげましょうか? きっといい気晴らしになりますよ】
通より長く人生を経験している、社会人の気遣いを強く認識して、涙袋に雫が溜まっていくのを感じながら誰にも言えなかったことを通はゆっくりと吐露した。
「母親のことなんですが…………」
「ああ、その先は無理に答えなくていい。今しがた確認が取れた。チケット獲得者の大事な人が魔魂水晶化現象で意識を失い重症化。魔魂水晶の彫像の症状が現在進行中だと」
「…………」
「もう――――この現時点でわかっているんだな天鐘君」
「…………はい」
通は足元に目線を落とし目を閉じた。
「レベル2ダンジョン沼の素材では――――軽度の『魔魂水晶化現象』までしか治療できません」
真実を答えるのが辛い。過ぎ去っていく過去の思い出。
母と一緒に生活していた日常場面が浮かび上がり、もう二度と会話をして喜怒哀楽の反応をみることができないかも知れないと思うと、胸が押しつぶされそうな気分になる。
「重症化した母を助けるためには土曜に出現するレベル3ダンジョン沼に挑戦してAランク医療素材を入手。錬金調剤する以外、助かる道はありません」
「土曜日か…………病が発症したのは大多数が月曜の午後だ。時間は限られている」
【それに病神クレハが告げた一週間の期限も鵜呑みにすることはできませんから、残っている時間はもっと短いでしょうね】
「んっ?」
鳳月のスマホに反応があり、操作して内容を確認して表情を変えた。
「天鐘君。嫌な報告が届いた。チケット保持者の内縁の妻がたったいま彫像化したそうだ」
【「!?」】
病気の進行速度が想像以上に早すぎる。発症して一日で彫像に変質してしまった事実に、通は父を失ったとき同様のショックを受けた。
(土曜日まで……母の身が持たないのか…………)
【(そうだ……もう諦めろよ俺。叶わぬ願いだったんだ)】
脳裏に響く悪魔の甘言。素直に受け入れれば誰が母を助けることができると言うのか? 頭で堂々巡りする母の容態。
プルが張ってくれた結界で時間が引き延ばされているが、どこまで通用するのか不透明。
【(どうせ失敗するのだから立ち向かうのは愚かだ。見ただろう? 世界中に拡散させる相手の底知れぬ力を!)】
(っ!)
新たな不安材料が心に灯り、通の感情の堰は限界を迎えた。
肉親に太陽の光が夜明けの光が当たろうとも明日はやってこない、自分を置いて世界から遠ざかっていく、受け入れ難い現実。
それがたまらなく辛く、床に悲涙した粒が滲みの面積を広げていく。
【通君。今まで一人で、よく我慢しましたね】
隣に浮く内情を知った天音は、地に足裏をくっつけて触れ合える唯一の方法、全身の霊素を解放して通に寄り添う。
【こうして出会ったのも何かの縁です。私は文字通り、いつでも通君の味方ですよ。覚えておいてくださいね】
「……!!……」
プルも主人を元気づけようと、涙を擬似腕で優しく奪っていくが、後から後へと湧き上がる感情が爆発して、涙腺から新たに生み出される苦悩の雫が止むことはなかった。




