第五話 忍び寄る足音
ニョキニョキ、ピョコピョコ(/・ω・)/補足説明。大鐘巡査は自分を僕。プルのことをさん付けで呼びます。
警察官の三人組が叫び声があった現場に駆けつけた。そこにあるのは四匹の他殺体。
「うっ!」
「こいつは酷いな」
「ここに身体の数か所に殺傷能力が高い何かが貫通した後があります。血痕からして散弾銃的なものでしょうか――――これは少しおかしい。散弾銃に胸部から背骨を打ち抜き貫通する威力は性質上ありえませんし、弾も残っていません。一体どのようなトリックを持ちえたのか興味が尽きません」
職業柄による習性なのかゴブリンの死体を眺め検分し始める大鐘巡査。
「これをプルの奴がひとり、じゃなく一匹でやったのか? 俺たちが辿り着くまでものの数秒だぞ」
「もしその仮説が正しければプルは可愛いだけでなく強いのですね。私、非常に興味が湧いてきました」
「僕も興味があります。柊巡査の魔弾では数発命中させなければ小鬼を倒すことが出来ませんので、彼の特殊性が際立ちます」
警察官が小鬼に対して取る行動は単純明快だった。男性陣二人が表に立ち敵意を引き受け、後方から射線が通った相手に向けて柊巡査が魔弾を充てんした弾丸を発砲する手法だった。
本物の銃弾ならば一発で倒せるのだが、あいにく弾倉の中はすでにカラで、拳銃は意味をなさないガラクタ同然のおもちゃと化していた。唯一、魔弾スキルに目覚めた柊巡査のみが魔力を充てんして疑似弾丸である魔弾を生成して後方から攻撃できる理由から、このフォーメンションでダンジョン内を通過してきた。柊巡査の隣には無力スキルに目覚めたデイジーが、警察官の勇姿を動画に収めながらだが。
「ところでプルさんはどちらに?」
三人の巡査たちは周囲を探すが、興味深いスライムのプルを見つけることはなかった。
「おかしいですね。ここで主を待っていると思っていたのですが」
「確かに姿が見当たらないな。もしかして先に進んで、やっこさんの露払いでもしているのか」
「あり得るかも知れません」
「? どういうことだ大鐘」
大鐘巡査は天鐘青年とスライムに出会って、早くも違和感を覚えていた。
「プルさんはどこかおかしいんです。考えてみてください。天鐘君がプルさんに命令を口にしたのを聞いたことがありますか?」
辻巡査と柊巡査は彼と会合してからの行動を思い返していた。
「ない」
「ないですね」
両者ともども達した結論は同じ。大鐘巡査は満足げに頷いた。
「僕たちと出会う前に、多様な指令を仕込んだ可能性は否めません。ですが召喚者である天鐘君が命令を下す前に傍を離れ、プルさんは前方にいる敵へ突撃、自ら思考し意志を持って自立行動してるんですよ。本来なら召喚者を護衛するのがプルさんの大役のはず。ここはダンジョン内部で土地鑑は相手側にあり不利な状況下。そんな中、主である天鐘君をほったらかして敵陣に特攻をするなんて、理性が働いていたとしても常軌を逸しています」
「そうですよね。天鐘君も私達も今日初めてダンジョン内部に入った人間、人類で間違いないんです。未知なる恐怖で心細くなり、私なら絶対身近にプルを配置させると断言できます」
「柊巡査の考えが保守的な日本人の良い例えです。中には例外の方もいるでしょうが」
大鐘巡査の視線が同期の辻巡査に向けられ、反応するように不敵に笑う辻巡査。
「俺の考えはお前達とは正反対だ。主人を守ってもらえる存在が現れたのなら、心置きなく前進できる。ボスを倒すか帰還アイテムを入手するしか脱出手段がないのだから、主人を救うためには進むしかない。幸いにもプルはゴブリンを瞬殺可能なレベルのようだし心配するだけ無駄だ。それに」
「それに?」
「やられたら再召喚してもらえればいいだけじゃないのか?」
当たらずといえども遠からず単純な辻巡査の答え。
「なるほど。プル自身が替えがきく召喚物として割り切っていれば最適解に近い行動原理ですね。実力があるなら蛮勇でもないですし」
「もしこれが主である天鐘君の命令の外。プルさんの一存で動いているのなら知能指数は相当高いことになります」
「つまりはあれだな。プルは俺のように男気溢れるスライムだったってことだな」
「え~~」
辻巡査の何気ない一言に柊巡査は唇を尖らせた。
「絶対違いますよ辻巡査。プルは女性です」
「どうしてだ?」
「それは……女の勘です」
「勘かよ……勘弁してくれ。もしそうならスライムに振られた男性一号になりかねないぞ俺は」
「ぶっ」
柊巡査と大鐘巡査はプルに振られる構図を頭に描き、耐えきれず噴き出した。
「二人ともひでえな。こうなったら天鐘に直接問いただすぞ。プルが男性だったら何かおごれよ? お前ら」
「いいですよ辻巡査。プルが男性でしたら……」
「何の騒ぎですか?」
空気を読んでいるのかベストタイミングで登場する天鐘。声の方に振り向いた警察官三人は天鐘に喰いついた。
数秒後。プルを女性と認定していた柊&大鐘は苦笑し、辻巡査だけがショックのあまり地面に手をついて四つん這いになった。
『レベルが上がりました』
馬鹿な話をしている最中にレベルが上がり、天鐘は辻巡査のことを笑うつもりはなかったが、体中から力が湧き上がることで自然と微笑んでしまった。
「まさかダンジョンで二桁も年が離れている後輩に笑われるなんて想像もしてなかったぞ」
精神的に少し参っていた辻巡査に謝罪し、天鐘はレベルアップしたことを告げた。
「ほう! そいつはおめでとさん。で、天鐘はレベルいくつになったんだ?」
警察官三人は興味津々。その一方で天鐘の後方にいるデイジーは天鐘だけに聞こえるように「さっきの約束忘れないでよ」と小さくつぶやいた。
「いま丁度レベル10に到達したところです」
大鐘、柊巡査は賛辞を送り、辻巡査は口笛を鳴らす。
「俺たちの倍のレベルじゃないか。俺たち三人は全員レベル4になったばかりで、嬢ちゃんはレベル2だったかな」
「いえ、デイジーさんもさっきレベルが上がって3になりましたよ」
ぎょっとした表情で三人同時にデイジーを凝視した。まぶたが赤く腫れあがっているのを確認すると男性陣は「事故だよな~」と天鐘を見つめる眼が少し優しくなり、柊巡査はデイジーに近づきそっとハグをした。
「レベルアップなんかよりも恥ずかしいことは生きていればたくさんありますよ。だからデイジーさん、気を落とさないで」
「……はいっ!」
柊巡査に優しくあやされ、再び涙ぐんでポニーテールを揺らしながら柊巡査に抱き着く留学生のデイジー。百合展開された聖域に近い三人男児は、微笑ましい光景として静観していたが突如振り向いた柊巡査の視線を、鋭き眼光をその身に浴びた。
何見てるの? 見世物ではないわよ? と物語っている辛辣な眼差し。険悪ムードを避けたい年長の辻警官は雰囲気を変えようと反射的に天鐘へ質問をした。
「と、ところで天鐘はスライムを何体まで同時召喚して維持できるんだ?」
「僕もそのことを天鐘君に尋ねようとしてました」
柊巡査と抱きあっているデイジーも顔を覗かせ全員で天鐘に注目。天鐘は愛想笑いをしながら申し訳なさそうに答えた。
「期待されてるようでしたらすみません。俺が召喚できるのはプル一体だけです」
「まあ、そうだよな――ダンジョンモンスターを瞬殺できる強さのスライムを多頭飼いなんて都合のいい話、そこらに転がってるわけないからな」
「あははははっ…………付け加えると今は、ですが」
天鐘以外の全員が石像のように固まった。スキル技能を授かった四人の集団で徒党を組み、デイジー以外の警察官が身代わりになってあらゆる障害物を排除し、警官服を駄目にされたり軽傷を受けながらもダンジョンから抜け出すために前進してきた。
それに引き換え天鐘は、身だしなみも殆ど崩れておらず苦労した形跡が全く見受けられない。ダンジョン内で起こるトラブル全てをプルに一任し、まるでダンジョンが自分の庭の如くといった様子で気負った雰囲気が微塵も感じ取れない。
プル一体でこれなのだから、複数体使役可能になれば近いうちに単身でダンジョンボスを軽々倒すこともできるようになるに違いないと、デイジー以外の心情は一ミリもずれることなく正確無比に合致した。
辻巡査はチラリと傍で息絶えているゴブリンを観察。さきほどの同期の大鐘巡査が簡単に行なった検分結果は散弾銃的なものによる射殺。次々湧き出る天鐘スライムプルに対する疑問。国民的アイドル級モブモンスター『スライム』は最底辺、最弱と脳内に刷り込まれている。
一、二層で遭遇したスライムは接近される前に柊巡査が魔弾で核を正確に撃ち抜いてあっけなく片付いていたが、天鐘のスライムことプルは、驚くべき反射速度で即座に身の危険を察知して回避行動に移った。あのスライムは特別だと疑う余地はもうどこにもない。
「なあ天鐘。教えてくれないか? 大鐘の見立てではプルの攻撃方法は散弾銃的なものらしい。スライムがショットガン等の物を所持してるはずがないし、取り扱いも…………いやプルなら可能か?」
「ショットガンを装備したスライムですか。命令すればプルは喜んで装着しそうですが、ちょっとシュールすぎやしません?」
五人が一斉に薄暗いダンジョン内で大笑いした。
スライムが散弾銃を身体に上部? に抱えこんでダンジョンに乗り込み制圧する。最弱底辺がダンジョン主に対して下克上。混沌すぎる絵図に腹に手を当てて盛大に笑いあう。
しばらくして天鐘はプルのスキルを簡単に紹介した。
「プルの主力スキルは『水弾』という魔技です」
「水弾?」
こくりと頷き天鐘は続きを話す。
「大まかな説明になりますが、体内にあるスライム核から魔素を僅かに抽出。魔素を圧縮させ魔力の塊を生成。それを水分に変換。体外へと弾丸状に形成して前方に射出。命中する前に小型分離化してスピードは」
「ちょっと待った!」
「なにか分からないところでも?」
「散弾銃に似た攻撃方法は理解したが、魔素ってなんだ? ファンタジー世界に登場するアレか?」
「そうです。その認識で合ってますよ辻巡査」
天鐘は不思議に思うがすぐに理解する。辻巡査だけが魔素の単語を知らない理由。それは授けられたダンジョン技能によって脳内に刻まれる情報が異なることが挙げられた。
『魔弾』『電波』『園芸』は体内に眠っている第六の力。シックスセンス、霊的要素と深い因果関係ある魔素を使用するため三人には改めて教えなくても良いが、『剣術』だけに目覚めた辻巡査は魔素の単語が不明瞭なものであり、彼はシックスセンスの開花に達していない。
つまりそれは魔法関係事象の元である魔素を視認できないと同義だった。
まずそこから天鐘はダンジョンに来て得た情報を辻巡査にわかるように叩き込んだ――――のだが。
「マジか。お前ら霊的存在を感知できるようになったのか」
「え~~! 天鐘君。私そんな重要事項、頭脳内部に記憶、保管されてないんだけど!」
「私もです」
「僕もありませんね」
「あれ?」
もしかしなくても与えられた力は平等ではないのだからと、察するには天鐘は遅すぎた。例の『封印されし多重核機能』のせいだ。
習得した情報量が膨大過ぎて『スライム召喚』だけで得た知識とプルから伝わってきた『知識転写』も合わさりごちゃ混ぜになって溶けあっている。これを正しく整理するには時間が必要だ。少なくともダンジョンクリアして生活が落ち着くまで無理だろう。
「はははっ。でもステータスの感力数値が一定以上と、とあるスキル関係を習得しなければ霊的存在は感知できませんし、それに習得してもスキルをOFFにしておけば生活に支障はないです」
「それなら良かった。もし習得しても切り替え不可だったらと思うとゾッとしますよ。私、一人でアパートの四階に住んでるんですけど天井からニョキニョキ、床からピョコピョコと幽霊が現れたら絶対悲鳴を上げてしまいます。もしかしたら失神するかも」
「静かに!」
天鐘が柊巡査にストップをかけた。にぎやかな空気が一瞬にして静寂へと変化した。聞こえるのは他者の息づかいのみ。
――――ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ。ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ。
地面を素足で歩く音が前後から近づいてくる。足音はかなりの数で団体に近い。これまで戦った五体以上を軽く上回る気配。現在の場所は曲がり角付近。逃げ場は何処にもなく、両方から数で押し込まれたら確実に乱戦になる。
戦闘能力皆無のデイジーを守って戦う余裕はなさそうと判断した天鐘は素早く【秘密技能:身体機能把握】を使い、これまでプルがモンスターを討伐することによりレベルアップして蓄えた振り分けポイント30P全てをバランスよく均等に割り振った。
名前 天鐘通
年齢17歳
職業サモナーレベル10
筋力20
体力20
速力21
魔力43
感力18
振り分け可能数0P
次回でレベル1ダンジョン回が終わり、七話で事情聴取回が始まります。
予定では七話の終わりで序章終了になりそうです。
もしかしたら変更するかもしれませんがご了承ください。