第四十七話 水色の髪
ギャグ話です。
「天音さん、どうやらプルが今後のことを考えて大めに霊素を供給したせいか、毛先が少し伸びてしまいましたが……」
パッと瞼を開けてから、自身の髪の毛をチェックする天音。
【本当ですね、ナチュラルショートがナチュラルボブまで伸びてしまったようです。良く気付きましたね?】
自分の髪を指先で弄り、優しく微笑み年上の余裕を見せつける婦警。
「少し違和感を覚えましたので」
【通君は凄いですね、些細な変化に鈍感な男性は多いのに、今の通君が取った行動は戦闘面も含めて私的には高評価です。それに通君の水色の髪も、とても神秘的で雰囲気にマッチしてますよ】
「ん? 水色?」
天音に教えてもらい、スライムを水溜りに変化させて水面から覗き込むもう一人の自分の髪を見て、黒々とした髪が水色になっていることに、今になって衝撃を受ける通。
「えっ、何これ……明日の学校どうすれば…………」
【もしかして! 戻せないんですか!?】
ダンジョン秘蔵情報にはジョブランクを上げる条件が簡略的に書かれていた。髪色が毛根から染まるなどの注意事項は一文も記載されていない。もう取り返しがつかない、覆水盆に返らずだ。
「アハハ、天音さん」
蜂の体液がへばりついた通から乾いた笑いが漏れ出し、病む寸前だと解釈した天音は通同様に心がこもっていない笑みを浮かべた。
「この頭の毛で通学したらどうなると思います?」
「確か……通君は公立清涼高校に通っているんですよね?」
あそこは規則正しい公立校で有名。
大きな問題もなく平和で偏差値も平均より高い、卒業生のほぼ全員が満足する県内屈指の人気と創立100年超えの由緒正しき伝統校。
今の時代。普通に考えても水色に好き好んで染める学生なんていない。論じる前からわかっていた。
【一人だけ水色で周りから浮いて悪目立ちしますし、間違いなく厳重注意されて、改善が認められなければ最悪、退学もありえそうです】
「やっぱりそうなりますよね…………」
ダンジョン沼の罠に捕まってしまった通は、やるせない気分を吐き出すよう深い息を吐いた。
【通君、私がヘアカラーを失敗した時の対処法を聞きたいですか?】
「っ!? ぜひお願いします!」
まさに天音の名前を示す天の声。こういったオシャレ関連の話題は、女性からヒントをいただいたほうが解決しやすい。実話を添えてくれるなら信憑性も高くなる。
色落ちするかはわからないがやらないよりはマシだ。
【ある日、通っている美容院の人にカラーリングを失敗した時の対応を相談したのですが、シャンプー&トリートメントを数分間パックして洗い流すやり方が最も髪に負担が少ないと聞きました。ヘアカラーが落ちてしまう、やってはいけない手法を逆手に取ったものなので、結果は言うまでもありませんよね?】
なるほどと唸る通。家で実践できそうで僅かながら希望が出てきた。
【ですか、通君の水髪は事情が少し異なるので、私のおすすめがダメでしたら黒く染めたほうが良さそうですね】
それでも問題解決しなければ手の打ちようがない。休む理由を担任に連絡して、時を稼いでいる間に錬金でカラー変更可能な物質を世に生み出してもらうか? どうしよう、どうしよう、買い物にも行けないどうしよう、と悩んでるとプルを入れた従者スライムの五匹が、主人を慰めようと駆け寄ってくる。
「……!!……(ニッコリ)」
ういやつめと通が油断しているところに、水鉄砲が上半身に向け噴射された。
「ぶっ!?」
奇襲された通は戸惑うが、ベタベタに付着した緑の体液を洗い流してくれていると理解して黙って耐える。
【フェロモンの香りに導かれて、テレスポット周りに新手がきたら厄介ですからね】
「それを考慮してベースキャンプに戻る前に、プル達にこの区画の洗浄を打診しておきます」
他のスライムたちに目を配ると、緑一色の床に転がる残骸をせっせと戦利品回収している。
綺麗好きなスライムたちに満足しているとプルたちの全身放水が止まり、擬似腕を伸ばし先っぽに美容健康促進のジェルを乗せてクネクネと蠢き出した。
別の意味で身の危険を感じた通は後ずさるが、既に時遅く五方向から包囲されている。
逃げ道を塞がれた通はダンジョン沼に拘束されたように四肢を掴まれた。
「ちょ、ちょ、ちょ!? 待ってプル! 天音さん見てるから!!」
【…………】
通の願いお構いなしに衣服の中に侵入してくる擬似腕。天音は顔に両手を当てて隠しつつも、指の隙間から見える景色をしっかり瞳に焼きつける。
その一方で、通が本気で抵抗すれば拘束を外すことは可能だが、善意でしているのがわかっているため、強く出ることはできない。
多少でも悪意が感じ取れれば全力で拒否するが、相手は主人のことを気遣って動くスライム。今まで一度の失敗もなく最後までしっかり役目を務めてきた従者たちだ。
今してる消臭殺菌も命じる前から任務目標として掲げ、忠実にこなしている。自分には勿体ないくらい優秀な部下たちを、自分の我儘で不名誉を与えてしまうのはどうしたものか? と深読みして思考を手放した。
(俺が我慢すれば丸く収まる…………!)
一連の行為を無の境地で甘んじて受け入れることにした通。
服の隙間から覗かせるチラリズム、鎖骨やおへそまわりの発展途上の若い筋肉を、天音はジェルの塗り込みが終わるまで喉を鳴らして堪能する。
それに気づいてない振りをして必死に声を押し殺す通。
――――1分後。
「……!!……」
『スライム膜のジェルコーティングが施されました』
『打撃耐性20パーセント上昇』
「左様ですか……」
揉みくちゃにされた通は、ずぶ濡れで四つん這いになり虫の息。
唯一の救いはリリーも参戦して動画を撮影されなかったことだ。
そして、髪色は依然として水色のまま…………
【通君、みなさんがここにいなくてよかったですね】
「……全くです。こんな場面、人には見せられませんよ」
【(私は幽霊なのでノーカンなんですね? ありがとうございます。これを狙わないで天然でしかけてくるあたり、学校で異性好意ランカーに入選するのも頷けますね)】




