第四話 生存者たち
四層を全て探索してから三層へ続く階段を上がりきった時、遠くから獣のような叫び声が耳に入ってきた。これはレベルアップの咆哮。生存者が三層にいるのは間違いない。確信した天鐘は声の方角に急行した。
通行の障害となる小鬼達を排除しながら駆け足で通路を進んでいると、前方から聞き取りやすい女性の声が聞こえてきた。
「そこで止まりなさい!」
大人しく指示に従う天鐘。コツコツと靴底を鳴らし、四人組の生存者が近づいてくる。
さきほど修得した暗視で多少距離があっても顔がくっきりとわかる。
前を歩く若い男性警官が左右に一人ずつ。一人が小型懐中電灯のライトで前方を照らし、片方が警棒を手に握りしめて警戒している。後方には同年代くらいの見覚えのある金髪女性と銃を俺に向けて構えている美人そうな女性警官。
同年代の金髪女性以外の警察官三名は制服の所々が破れていたり、溶かされていたりと傷み具合がひどい。所々で素肌が覗いている部分もある。PTを組んでいてもグループで襲い掛かってくる三層に苦戦しているのが手に取るように分かった。
天鐘は公務員の警察官に安心しきっていた。
相手の視界に天鐘の姿が確認できたところで栗毛の女性警官は「危ない」と警告を発し、天鐘の足元に向かって単発式拳銃で発砲した。
銀色の軌跡を放つ銃弾を見切り、後方に宙返りして華麗に回避するプル。
「ええっ! うそぉ!?」
「スライムが銃撃を避けただと!?」
警官がプルの身体能力に驚嘆するも、女性警官を気を取り戻し再度引き金を引こうとした。
「待ってください!」
警官の行いにたまらず天鐘はプルを庇う。生存者四人は天鐘の足元に寄り添っているスライムを見た。
次の瞬間、天鐘のジーンズにスライムがべっとりと貼りつく。一、二層でスライムと交戦した生存者たちは小さな悲鳴を上げた。
通常なら衣服は煙を上げて溶かされていくのだが、信じられないことに溶けていく気配が無い。流石にコレは変だとスライムに懐かれている天鐘から事情を詳しく聞いた。
♤ ♢ ♡ ♧
「召喚魔法ですか……ちょっとずるいですね」
天鐘の魔法をずるい呼ばわりするのは柊天音巡査。栗毛のショートカットにパッチリした瞳。スタイルも整っていて美人の部類に該当する今年警察官になった婦警。天鐘の110番通報の通話相手であり、彼女がダンジョン内部到着時に獲得したスキルは『魔弾』。魔力を込めた弾丸を生成して発射できる遠隔戦闘系の能力者だ。
「柊巡査はまだいいほうだ。俺が授かったスキルは『剣術』だぞ? いったいどこに剣があるってんだ」
悪態をつくのは柊巡査の同僚である辻健太郎巡査。ガッチリとした体格と長身の二十七才独身。腰ベルトの付属部位に剣の代わりに警棒が挿されている近接戦闘系の能力者。
「魔法か……僕もそっちが良かったな…………」
ため息交じりに呟くのは辻巡査の同期である大鐘弘巡査。標準的体系で良くも悪くも平凡で眼鏡をかけた物静かな成人男性。得たスキルは『園芸』。非戦闘能力に目覚めた彼はダンジョン内では足手まといの部類と理解しているのか口数が極端に少ない。
「ねぇ天鐘君。質問なんだけどプルちゃんを撫でても溶かされたりしない?」
軽い口調で天鐘に声をかけるのは両親の都合により年初めに留学してきた同学年のデイジー・キャンベル。金髪ポニーテールと日本人特有の浅い顔立ちでなく大人びた顔つき、制服の上からでも凸凹がわかりプロポーションも抜群なため、モデルのスカウトをされたと噂が流れるほど美しく、校内での人気は非常に高い。
今の服装は白のTシャツワンピース調で足首が見えるくらいまで裾の長さがあり、淑女のような控えめな恰好をしている。
「デイジーさんが危害を加えようと企てなければ大丈夫だと明言したいけど、自分でもプルの全容は把握しきれていない」
「それじゃあ溶かされる可能性も少なからずあるってこと?」
「いや、プルが拒絶しなければ撫でるくらいで機嫌を損ねたりしないと思う」
「なら大丈夫。プルちゃんが私を嫌がるはずないし。女は度胸だよ。うん」
「それ性別反対じゃないか」
「天鐘君。いちいち細かいことは気にしないの。そんなことではこの先大成しないぞぉ!」
一言文句を言ってから腰を下ろし、しゃがんだ姿勢でデイジーは様子見としてプルを人差し指でつつく。
「わぁぁ~~!」
彼女がつついた箇所が水滴を落としたように波紋として広がりプルの全身が波打った。
「言葉にできない不思議な感触! お姉さん感動だよ。も、もう一回触っていい?」
「……!!」
プルが上下に頷く素振りを確認し、つついて触り心地を確かめた後にデイジーは震えているプルを女性特有の細い指先で優しく撫で、つまみ、喜びに花を咲かせた表情で顔を直接接触させて頬ずり。
お気に召したデイジーは最終的にはプルへ抱き着いた。危険を顧みずデイジーがプルを抱き枕のように扱う行為に、撫でるを数段階ほど通り越した越権行為に天鐘は「度胸あるな」と少し感心するも呆れ果てていた。
「ああ。これはまさしく癒しスライムだねぇ~~」
「癒しスライム?」
ナマケモノのような顔つきで癒されている留学生。プルの肌触りを満喫し、ダンジョン内部ということを忘れ緩みきっている。
不思議な感触。癒されるスライムの素肌! その単語に反応する人物がPTにもう一人いた。
「あの、すみません天鐘君。私も触ってもよろしいでしょうか?」
今置かれた非常事態を理解しながらも、好奇心には勝てなかった女性警官の柊巡査は恐る恐る手を挙げた。
「気が済むまでどうぞ」
そっと許可を出す天鐘に感謝してデイジーの隣に腰を下ろし、柊巡査はプルの地肌に触れた。
「う、うそぉ!? 何、この感触! 赤ちゃん肌のモチモチ感よりツルツルでプニプニしてる!」
「そうでしょ柊さん。新感覚でしょ! これは流行るわよ~~。主に女性に!」
女三人寄れば姦しいというが二人でも十分に騒がしい。ダンジョンの特徴も相まって声が周囲に響き渡る。ここに誰かいるぞと敵に教えているようなものだった。
「おい天鐘」
「なんですか辻さん」
同僚を注意する気になったかと思ったが違った。
「俺も触っていいか?」
「冗談だろ?」とは口が裂けても言えなかった。相手は年上で警察官だ。それでいて長身で体格がガッチリしている肉体派。民間人を威圧する気はないのだろうが天鐘は言い知れぬ圧を感じ取った。
「好きにしてください……」
辻巡査も女性二人に混ざるように近づきプルに触れようとすると、今まで置物になっていたプルがデイジーを振りほどき、目にも止まらぬ高速移動でその場を離脱。天鐘の背後に素早く隠れた。
「これは……もしかしなくても嫌われているのか?」
プルの動きに困惑する辻巡査。それに追撃するか如く野次が飛んだ。
「ちょっと! オジサン。私達の至福な時間を潰さないでよ」
「おじさん!? この俺が!?」
「そうですよ辻巡査。あなたが威圧するからプルが逃げてしまったではないですか」
「威圧した覚えないんだがな……」
辻巡査は意気消沈して「二十七才はおじさん扱いかよ。俺は強面で怖がられやすいのは分かっていたけどさ……」とぶつぶつ呟き、部屋の外へと一人歩み始めた。
それをきっかけに辻巡査を先頭に大鐘巡査、柊巡査、天鐘、デイジー、殿をプルが務め、雑談をしながら天鐘が通ってきた道を進む五人組と一匹。
「凄い偶然もあるもんだよね。まさかダンジョン内で同級生と遭遇するなんて」
「それには同意するが、本当にスマホでダンジョン動画を収集して放映するのか?」
「もちろんよ!」
デイジーはスマホアプリを起動させて天鐘や警官の姿を納めている。事前に各個人に自己紹介をしてもらい能力を出し合っているので全員が条件付きでデイジーの案を受けいれた形になっていた。
「私が授けられた『電波』の魔法は、異次元でもスマホバッテリーを消費せずに外部と連絡がとれる秘密兵器に近い能力よ! 今はまだ力が弱いから外部に連絡できないけど個人的には満足してるわ」
「だろうな」
さっきからデイジーはスマホで天鐘の足元にいるプルの姿をズームし、画面に入れて満面な微笑みをしている。
「前を見ろよ前を。プルばかり撮影してもしょうがないだろ」
「この子、ちゃんと観察するとすっごく可愛いよね。天鐘君! よかったら私に預けてみない?」
「はなし聞いちゃいないな」
「……!!」
「んっ? なんだ!?」
プルが先頭の辻巡査の横をすり抜け、前方の闇へと溶けていく。
「おい、いったいアレはどうしたんだ?」
「多分ですが」
――――GYAAA!!
プルの進んだ先から断末魔の悲鳴が一行の耳に届いた。様子を確認するために警察官の三人は先に現場へ急行した。
「ほらデイジーさんもはやくぅ!?」
天鐘は突然のアクシデントに理解できないでいた。同級生のデイジーが何故か天鐘の胸元に顔を勢いよくうずめた瞬間『プルのレベルが上がりました』と脳内に響くと同時に彼女が我慢することなく、この場にふさわしくない大音声を胸の中で上げた。
突然の叫びと行動で一瞬にして高まっていく鼓動と体温。学内で異性として人気が高い魅力的な同級生が抱きつき、本来聞くことがないであろう色声を間近で聞いた天鐘は動揺を隠せなかった。
「天鐘君」
落ち着きを取り戻したデイジーを驚き交じりにまじまじと目開いて凝視した。涙目だった。
「今の、聞いてたよね?」
「えっ、いや、その。バッチリと?」
疑問形で答えたのがいけなかったのか、デイジーはその場で体育座りして表情を悟られないように腕を組んで丸まってしまった。
「あのデイジーさん?」
「…………」
彼女の雰囲気を感じ取りこれは長引きそうだと悟った天鐘は、公務員達が戻ってくる前にけじめをつけようと自分だけが知る情報。レベルアップの件について諭すようにデイジーに話すことにした。
「あれはレベルアップの反動で起きる本能的な反応でデイジーさんが異常なわけではないんです」
「…………」
「レベル10にでもなれば体がレベルアップの変化に慣れていき、あのような奇声を上げずに良くなります」
「…………」
「参ったな」
いっさい反応を示さない彼女をどうしようか判断に迷っているとチラリと顔を覗かせ天鐘を見た。ジト目だった。
「なんでそんな情報を持ってるの? 天鐘君はもしかしてレベル10以上なの? 正直に答えて」
疑いの眼差しを向けられている。彼女が興味を持った証でもあった。
「俺も初めてレベルアップした時はゴリラのような咆哮をしていました。ですがレベルが上がるにつれて耐性が付いたのか、次第に叫ばなくなりました。そして現在のレベルは9です」
「ふ~~ん。理解したわ。けど、ソレとコレは話が別。乙女の秘密を知ったからには天鐘君はレベル20になるまで私のレベル上げに付き合うこと」
レベル20到達。今現在の天鐘のレベルは9。正攻法で攻めた場合、いままで稼いだ経験値の数倍以上の経験値が必要になり終了期間が検討もつかない。
けれど通常では考えられないような性能のスキルと従者がいれば状況は変わってくる。パラメータを【秘密技能。身体機能把握】で必要ステータスに割り振り、チートスキルを使用可能にすればレベル20到達の手助けは比較的に容易。要求レベルは妥当だと天鐘は判断した。
「別にいいけど、もし俺が条件を呑まなかったら?」
「その時は私が叫び声を上げた後の続きを録音、再編集して、学校の親友に事の顛末を打ち明けるわ!」
少しパニックに陥っているから支離滅裂だ。強がって分かりやすい性格だと思っている天鐘の内情を読み取ったデイジーは体育座りを解き、まっすぐ起立して肩を震えさせて叫んだ。
「仕方ないでしょ!! あんな声を、特に同級生に聞かれるのが一番嫌だったんだから――――!!」