第三十七話 トゥエルカ地下洞穴五層
〇一章開幕
通常とは異なる方法。
滅星の統治者トリスから配布されたプレミアムチケットを使用して生み出された沼の中を移動した十六名の挑戦者は無事、レベル1ダンジョンとはうって変わった光あふれるダンジョンに侵入を果たした。
全員の視覚情報に『トゥエルカ地下洞穴五層』という地理名が追加され、一層から始まらない事実を知り、周囲を警戒しながら様子を探る。
ここまでが一般人で、スペックが少し高い人たちは空いた容量で五層に転送されたのは何故か思考する。
思えばレベル1ダンジョンはいわゆるチュートリアルでお遊びのようなもの。ワンステップ先のレベル2ダンジョンのスタート位置が一層から始まるものと決めつけている我々の固定観念自体がおかしいのだと、物事のとらえ方を柔軟にしようと身を落ち着かせる。
誘導された場所はダンジョン制作者であるトリスが権限を持っている、彼の気分次第でボス部屋からスタートしても不思議ではない。
その場合、並みのダイバーたち全員の死が確定するのだがトリスは人類に育ってほしいと願っている、スパルタじみたことはしないと考えたい。ここまでが通の脳内回路。
そこにデイジーは更に己の解釈を追加する。
異星人の価値観は人類と同じと都合が良いように解釈するのは危険であり、大多数の人類の一番は貨幣通貨である普遍的事実は変わらないが、あのような大魔法使いの一番は金でないことだけは確か。トリスは惑星を掌握する力の持ち主で人類が達していない思想の極致に達している。
要するに変態じみた異星人で馬が合うはずがないと、予想の斜め上を行く塩対応をしてくると先見し、前回のダンジョンで死にかけた彼女は表面上では平然を心掛けているが、内心ではあの出来事がまた起きるのではないかと怯えている。
そこで気持ちを悟らせないよう光源になっている、足のつけ根まで伸びて咲き乱れる向日葵と酷似した植物『サンタン』をパーティメンバーと話し合いながら観察。スマホのカメラ機能を使って人物と植物を枠に入れたり、ズームアウトしながら写真を撮っていた。
その間に自衛隊が安全確認し、リーダーの武田少佐が鳳月に報告テストを入れる。ダンジョン内で地上と本当に交信ができる事態に一喜一憂。
通信を切った後、武田少佐のよく通る地声で招集され、持ち運ばれた二台の軍用倉庫車両から、撮影機材、書画カメラと縦長テーブル机や椅子を運び出し、今後の進路方向を含めた相談が行われた。
「まずはこれを見てくれ」
武田少佐が持つ軍用スマホ画面に映る3Dの地図を書画カメラが撮り、プロジェクターを通して大画面のモニターに表示され、全員が共有できやすい態勢を整えてから理解しやすい解説をした。
「この部屋の一キロ圏内には敵影は存在しない、そして部屋から延びる東南西の三つ通路があるのを確認できるだろうか」
全員で肯定して、先を続ける。
「天鐘君が提唱したとおり班を三つに分けたいと思う。自衛隊二班と天鐘君がリーダーの企業クランの班で線引きする形だが、意見があったら遠慮なく言ってくれていい」
「わかりました。それでは進む方角もこちらが決めていいですか? できれば自衛隊の皆さんには上の階層の探索をお願いしたいのですが」
自衛隊員一同、顔を見合わせ通の意見を快く承諾する。
「それで行きましょう。こちらは鳳月総帥から天鐘君の意見を尊重するように厳命されているので、それに一兆の価値があるチケットの持ち主は貴方です。我々が知らぬところで苦悩していたはずですからね」
「こちらの意を汲んでくださり、ありがとうございます武田少佐」
「礼は無用というもの。天鐘君の英断で家族の手元に最速で治療薬が届くのですから、畏まれたらこちらが困ってしまうというものですよ」
自衛隊と胃が痛くなるであろう交渉を回避できた通は、技能【階層地図】を通してトゥエルカ地下洞穴五層の全域マッピングを終える。
「南と西の通路が上階層に続いているようなので、そちらの方をお願いできますか?」
口角を吊り上げ了解する武田少佐。次の瞬間、顔からは笑みが消え仕事人の表情になる。
「鈴木中尉のSチームは南から、俺たちTチームは西から進軍するぞ」
「「了解!」」
全員の進行方向が定まり、青い宝石のメンバーは通を先頭にして、水気がないザラザラと乾燥した地面を蹴って東側へ歩みを進める。
スタート地点から通路に入っても光は途切れず、天井十メートルから逆さに生えて植生しているサンタンがLEDライト級の照明がわりとして役目を果たしていた。
「思った以上に整備されてる感があるな」
「行動の幅が広がるから大歓迎だけど、他のレベル2ダンジョンにも群生してるのかしら?」
「さあ、どうなんでしょう? サンタンという植物は別の場所、ライトラル原産の夜照植物らしく、トゥエルカには存在しない植物のようです」
中列にいる鋼、デイジー、大鐘巡査が観光気分で盛り上がる。
その一方で先頭の通はレベル2ダンジョン沼に入り、プルから【封印されし多重核機能】を通して伝わった医療資源情報だけを脳裏で精査し、ひとり考えごとをしていた。
(……ない、ない、Aランク資源が見当たらない、間に合わないのか?)
思案するのは母親を治療する特効薬のことだ。
(一般人が完治する効能クラスは間に合う…………けど重篤の母は違う。彫像化してしまえば助かる道は完全に絶たれてしまう…………このままでは父さんとの約束が……………果たせない!)
七年前。
梅雨どきの激しい雨が窓に打ちつけ、天が泣いていたあの日、病で命を落とした父親。十歳になったばかりの通に託した最期の言葉は、今も通の奥底で息づいている。
【母さんを俺の代わりに支えてやってくれないか…………頼んだ】
それが一人息子の通に託した遺言だった。
(また、病が原因で大事な人が俺から離れていくのか?)
「天鐘」
「…………」
「おい天鐘? 大丈夫か?」
「えっ? はい。敵の気配は、今のところは感じませんよ」
「そうか、ならいいんだ」
今はダンジョン調査の最中。しっかりしなければと精査をやめて、気持ちを切り替える。
通はそろそろ召喚してもいい頃だろうと、ストックしていたトークンスライムを全て吐き出した。その数39。
プルルと蠢く団体さんを拝見してしまった辻巡査は最後尾から最前にいる通の隣に並び立ち、スライムたちを指さして反響しやすい通路で我慢できずに声を出す。
「あまがねよぉ…………お前、先日のダンジョンではプル以外召喚してなかったのに、これはいったいどういうことだ? 詳しく説明しろよ? 話によっては俺はお前を許さない」
顔面に青筋立てた血気盛んな辻巡査にトークンスライムを習得したプロセスを、通と天音が一緒に話すことで浮き上がった血管と凄みを帯びた形相が元に戻っていく。最後には悪かったなと己の過ちを認めて非礼を詫びた。
「このスライムたちは戦闘力的にどの程度なんだ?」
「強さは俺の魔力に比例するのですが、そうですね…………ゴブリンくらいなら瞬殺する実力は持ち合わせています」
「それは朗報です」
「期待してるぞ、お前ら」
警官二人とスライムたちが挨拶してから、二人にもスライムの有用性を説き専属スライム契約を結ぶ。
辻巡査は「リキ」と名づけ、大鐘巡査は「ツバタ」と命名した。
リキの由来はデイジーのリリーと同じく愛犬の名で、ツバタは今交際している彼女と出会ったきっかけになったカフェテリアの名前らしい。
【署ではわからなかったですけど、意外と大鐘巡査はロマンチェストで彼女を大切にしてるんですね】
「よしてください。面と向かって言われるとこそばゆいですから」
「それでそれで? 付き合ってどのくらいになるの?」
「お? 二人の出会いのいきさつを聞きたいか?」
大鐘巡査の嬉し恥ずかしの過去を知る辻巡査。大鐘巡査に魔の手が迫る。
「別に、馴れ初めを話すのは構いませんが、僕にも考えがありますよ辻巡査?」
「そいつはちょいと怖いな……」
ブラフかも知れないが、早くも対策を練られて辻巡査が言い淀む。今の話はなかったことしようとデイジーに視線を移して、その身を硬直させた。
「話してくれないなら、電波の技能を使って勝手にこっちで調べちゃうけど?」
デイジーの手には自身のビーズデコレーションされたピンクスマホが握られている。悪魔か。
「おい、おい、俺らは仮にも警察官だぞ?」
「デイジーさん、これは脅迫罪、強要罪に該当しますよ」
「それは重々承知の上で私は話してるの」
真顔で電波技能を悪事に使おうとするデイジー。たかが大人の諸事情を聞きたいだけで能力を行使するのはあまりにも馬鹿げている。
「それで話すの? 話さないの?」
聞き分けの悪いデイジーに、辻巡査は諦め気味になっていた。
「大鐘、話してもいいか?」
「もういいです。僕自身が話しますよ。その代わりデイジーさんに尋ねますが、なぜ凶行に走ろうとしたのです? 訳を話してくれるなら今回の件は水に流しましょう」
「わかったわ。理由を話すけど簡単よ? 私、実験してたの」
「実験ですか?」
「そそ、会話して注意を逸らしている間に、二人のスマホを遠隔操作してたの」
「はっ? 何言ってんだデイジー。スマホ操作してないだろ?」
「ええ、自分のスマホは使用してないわ。けど自衛隊と一緒に電波能力を付加したでしょ? それによって私だけが見ることができるVR型モニターを脳処理、感情で操作可能なのよ」
ここで彼女の能力の一端を知る。付加した電子機器は全てデイジーの掌にあるのだと。
完全に理解した二人は慌ててスマホの電源を入れる。変わったところはないと思われたが、大鐘巡査が一通のメールに気がつき内容を読んで絶句した。
「な、なんてことを」
メールには「沖縄への旅行のお誘いありがとうございます。今から楽しみにしてますね」と彼女からの返信が書かれている。
「やるな、大鐘!」
「いや、いや! 僕、楓さんを旅行に誘った覚えありませんよ!」
全く身に覚えがない大鐘巡査は辻巡査に弁解し、デイジーがエイヤと死角から塩をすり潰し、傷口に塗り込む。
「それと一言付け足すけど、大鐘巡査のスマホから送ったメールはプロバイダーは勿論のこと、サーバー経由含めて完全に削除したから、足がつく形跡は残ってないわよ」
完全なブラック作業に血の気が引く巡査たち。天音も物欲から解放された霊体の身なのにデイジーを恐れた。
これで彼女は何食わぬ顔で他人に気がつかれず、メールを利用してプライベートを引っ掻き回せることが判明した。
通と鋼も今頃になって鳳月が語った「デイジー嬢に逆らった者は現代社会では死を意味する!」を頭で復唱して戒める。
「デイジー、調子に乗るのも大概にしとけよ? ガチでブタ箱行きになるぞ」
彼女の身を案じ、鋼がすかさず釘を刺すが。
「大丈夫よ、鋼君に心配されなくても私はそんなヘマは踏まないから」
負けん気が強い金髪留学生に反省の色はない。
「それで大鐘巡査、理由を話したんだから次はそちらの番よね?」
「仕方ありません、約束しましたから話しましょう」
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