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スライムサモナー  作者: おひるねずみ
第1部第1章 愛別離苦のアウロラ
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第三十五話 天鐘通の過去③

「すごい活気だ」


 時刻は太陽が沈み、薄暮うすぐれ黄昏時たそがれどきの午後六時。

 いつもはこの時間帯なら家にいるため、遊びに行っても混雑している時は見かけなかった、複数人で形成された仕事帰りの大人グループが店中に消えて吸い込まれていく。

 書き入れ時の忙しくなる時間帯。

 俺みたいな子供がお邪魔していいのか戸惑っていると、私服の鋼が俺に向かってダッシュしてくる。


「とおる待ってたぞ! こっちだ!」

「う、うん」


 俺は気後れしながら鋼に案内され、店内を進み彼の気の良い両親たちと言葉の交わして鋼の一人部屋にたどり着き、中にとおされる。

 見慣れた内部だったが、床に座る時に活用するテーブル中央には俺の好きなチョコパイと飲み物が用意されており、手前にはお客さんが注文する食事が数種類おかれていて、鋼の家族に歓迎されていると、俺の心にハッキリ伝わり我慢できなくて涙が一粒、一粒、ほほからあごに伝わり落ちて床のカーペットを濡らした。

 俺の父が病で苦しんでいなかったら、この気持ちに巡り合うのはまだ先の話だったはずだ。

 

「おい、俺の部屋で泣くなよ」

「だって…………俺、いつも助けてもらって…………嬉しくって。こんなの我慢できるほうがおかしいよ!」


 学校では決して流さなかった涙を見た鋼は、急いでディッシュを数枚抜きとり俺に手渡してくれた。


――――ズズズッ!


 涙を拭いて鼻をかみ、俺が泣き止んだところで鋼は食事を勧めてくる。


「俺が言った通り、まだご飯食べてないよな?」

「……うん! ぜんぶ入るとは思う」


 鋼が俺に出した条件が一つあった。それは新作メニューの試食評価。結果次第でお店の看板メニューとして取り上げられる非常に重要なこと。

 テーブルの上でひときわ存在感を放つメニューを俺は手に取った。


「お、それいっちゃう?」

「これを先に片付けないと後が大変だから」


 俺が選んだのは火の丸印が刺さった、湯気が出ているお子様ランチ。面積を多くとっているので最初に食べる必要があった。

 盛り付けられたピラフを底が深いプラスチック製のピラフスプーンで掬い、鼻水を鳴らしてひとくち口に放り投げる。


「っ! うま! うまいよこれ!」

「そうか! どんどん食えっ!」


 プリプリのエビが口の中で甘みを広げ弾ける。芯がきちんとある卵がコーティングされた黄金色のお米と緑の宝石グリーンピース、四角い形の人参、適度に散らばったトウモロコシ、彩り豊かな食材を一緒に口いっぱいに頬張り、味わってよく噛んで飲み込んだ。


「店に出せると思うか?」

「うん。全然いけるよ。美味しいもん」


 俺は率直に感想をのべると鋼は嬉しそうに自慢げに言った。 


「第一号だ」

「?」

「とおるが俺の客。第一号だ」

「それって……! これ、鋼が作ったの!? 凄いね!!」

「まあな!」


 俺は心底驚いた。以前、幼稚園の時に父に連れていってもらった場所の外食店で出された、お子様ランチより断然美味く感じられたからだ。


「通の許しが出たから商品化決定だ!」

「えぇっ!? そこまで段取りしてたの!?」


 審査基準が俺で大丈夫なのかと不安になったが、鋼が俺が押し通すから心配するなと頼もしい言葉をくれた。照れくさいけど。


 俺はお子様ランチや餃子、オムライスなどを全て平らげ、腹十分目になった息苦しさを抑えつけて、どうしても聞いておきたかったことを鋼に尋ねた。


「鋼は……さ。なんで自分を助けようと思ったの?」

「そんなことか。簡単さ」


 「友達だから」と、ありふれた言葉が返ってくると考えていた。けど、飛び出したのは意外な答えで。

 

「俺。生まれてくる以前に、通の両親に一度命を救われてるんだよ」

「ん? どういうこと?」

「詳しくは俺も知らないけど、おれの母さん。俺を産むときアクシデントがあったらしくて、その時近くにいた通の両親に助けてもらったんだ。それがなかったら俺は産まれていなかったらしい。だから――恩返し。通の家族には俺の家族みんな感謝してる」


 鋼の話を聞いて俺は――――誇らしかった。両親から生まれてきて誇らしいと本気で思った。

 小学校の入学時に両親に連れられて鋼の家族と知り合ったけど、そういった経緯は両親から一切伝わっていない。知らなかったのは俺だけだ。


「言っとくけど、とおるに聞かれなかったらずっと話す予定なかったんだぞ」

「ど、どうして?」

「陰から支えてるほうがカッコいいだろ!」


 こっちはありふれた理由だった。俺が女子だったら、今までの行動に上乗せされたこの言葉で間違いなく惚れている。


――――コンコン!


「開いてる――――」


 扉を叩いて鋼の部屋に入ってきた人物は、俺もよく知っている鋼のお爺さん。

 会話に加わり、鋼の出生話を初めて聞いたと伝えるとお爺さんは笑って応えた。


「通君、わしゃあ君の爺さんと父から託された言伝があってな、ちょっと付き合ってくれんか?」

「父さんから?」

「何? じいちゃんどっか行くの?」

「堤防がある海までちょっとな。折角だから鋼も来なさい」


 そして俺たちは鋼のお爺さんが運転する軽トラックに揺られ、さざなみの音が心を落ち着かせてくれる堤防までやってきた。

 月光と星が輝く闇夜が支配する時間。

 お爺さんを中心に三人が、堤防より一段低い位置の地面に腰を下ろす。


「通君、君は家の家系についてまだ何も知らされていないと聞いた」

「家系?」


 俺の反応で事実確認した鋼のお爺さんが、託された言葉、先祖について語り出した。


「今からおよそ四百年前、通君の天鐘家のご先祖様は水の神を下ろす祭司に従事していた、この辺では二番目に古い家系でな。昔はそれは力がある名家だったそうだ」

「へえぇ〜〜〜〜すごいじゃん! とおるの家」


 初耳だった俺は興味に惹かれて夢中で話を聞いた。


「いい伝えによるとまつりごとの翌日、大きな嵐で川が氾濫し、非常時の鐘が鳴り響くなか、空から遣わされた水色の髪を持つ二人の女性が、荒れ狂う水を不思議な力で全て止めたと言われておる。その女性は宙に浮き、夏の大三角形に浮かぶ北にある星ベガ、織女星しょくじょせいを目指して去っていったそうな。それ以来、天鐘家の先祖は水の神に感謝し、時代の流れで寺と神社を取り壊されようとも、現在の通君の父親に受け継がれ、継承されている」


 ここでわかってしまった。父親の跡を継いでほしいと。


「本来なら通君の父親が直接伝える予定だったのだがな…………病院では何に感謝するのか上手く説明できん。よってワシが一肌脱ごうと思ったしだいよ」

「じいちゃんかっけ――――イカすよ!」

「ま、まあの」


 俺は鋼のお爺さんの教えを真剣に聞き取る。


「感謝の祈りは海が近い場所で月初、夜から日が昇るまでのあいだ、織女星しょくじょせいに対して1分間の黙祷もくとうをすること。台風の日でも関係なしにヤツはやっておったな…………久しぶりに思い出した」

「ヤツ?」

「通君のお爺さんだ、ヤツとは腐れ縁でな、ワシも一緒に感謝の祈りをした仲よ」


 俺と鋼の家の距離は1キロメートル以上離れているのもあり、想像以上の長い近所付き合いを知って驚いた。


「あの輝いてる星?」

「そう、合っとるぞ」

「……祈る内容は感謝じゃないと駄目なの?」

「……通君は家族のことを祈りたいのか?」

「だめかな…………」

「じいちゃん、俺らがとおるの代わりに感謝の祈りを捧げれば問題なくない?」

「さすがワシの孫! 良案でナウイぞ!」


 祈って何がが変わるわけないが、力を持たない俺ができることは祈ることだけ。気休めのまじない。


 けれどもし、祈りが、水の神様に届くなら。

 俺は誰にも覗かれなかった、諦めに染まった真っ白(はくし)を、自分の祈りをしたためた手紙に代えて夜空に向けて解き放った。


「「……………………」」


 1分間の黙祷を終えて目を開く。


「終わったかの?」

「うん…………」

「とおるの祈り……届くといいな」


 用事が終わり軽トラックに乗り込み、もときた道をUターンして鋼の家に運ばれていく。

 そのあいだ俺は祈りを捧げた星が、遠ざかっていくのを目で追いかけていた。


――――ズズッ!


「とおる大丈夫か?」


 星を眺めながら思い出に浸った途端。

 泣き虫な俺は鋼の前でまた涙の粒を流しそうになったので、必死に耐えて胸に溜めていると、心配した鋼が俺の背中をあったかい手で優しくさすってくれる。


「通君――――人生ってのは苦い思い出もあれば、チョコのように甘い思い出もある。割合は人によってもちろん違う。しかしね、人間、苦い思い出がある人ほど強くなる傾向がある。通君は普通の人より強くなる」

「うん……」

「いまの通君は苦いチョコを無理矢理食べている状態だ。泣きたくなるじゃろ?」

「うん……苦いチョコ嫌い……」

「なら我慢しないで思い切り泣けばいい! 苦悩すれば良い! 泣けない人間は感情が枯れ果て死んでいると同じ。泣きたい場面で涙が流せないなど合ってはならない。それはもう人ではない、人の皮を被った機械そのものよ! 孫の鋼が死んだら、ワシは一晩以上大泣きする自信があるぞ! だから人の生き死にが関わってる時は気にせずに泣け! 人前でも我慢せず構わず泣け! そのほうが絶対にすっきりするぞ通君!」

「じいちゃん、やっぱかっけ――!」


 この言葉を聞いた後、胸を熱くした俺は海岸線を進む密室の車内で母に拒絶された場面を思い出して、我慢せずに目一杯泣いた。

小四の鋼がイケメンすぎた。


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