第三十一話 企業クラン設立
「鳳月坊ちゃま。時間通りに到着しましたよ」
「ありがとう乾。さあ皆、降りてくれ」
全員が下車して鳳月が先頭に立ち、日陰の中で倉庫のシャッターを開けようと壁に設置された機器に一枚のカードをかざす。
するとシャッターが金属音を鳴らさず静かに地面から離れ、モーターに巻き上げられていく。
倉庫内部で待ち構えていたのは男女混同部隊で暗視ゴーグルと、銃器の先端にある消炎器が背から見え隠れる自衛隊員が十人以上。眼鏡をかけ白衣を羽織った細身の男性。クールビズのスーツを着用した中年男性が一人ずつ確認できた。機材は自衛隊倉庫車両と黒のキャンピングカー、照明の役割を果たす電子機器などがあるが、施設内部と比較すると思ったより数が少ない。
自衛隊員の装備は様々で剣、刀、槍、メイス、薙刀と、銃火器も合わせて多岐にわたる。目覚めた技能が関係していることと威力偵察を少数精鋭で行うため、余分な荷物を省き必要最低限の装備で侵入するのだとわかる。
「お待ちしておりました鳳月総帥」
「うむ。出迎えご苦労」
自衛隊の中の代表者らしき人物がスコープを取り素顔を晒して鳳月に近づき一礼し、後を追うかのように残りの人達も顔装備を取り外してその場で同じ立ち居振る舞いをする。完璧に調和された乱れのないフォームの挨拶は連帯感があり、鳳月はもとより外部からの客人である通達の受けもいい。掴みは良好と鳳月は早速仕事に取り掛かる。
「戸口君、連絡を入れてあった例のものは用意できているか?」
鳳月の呼びかけに反応したクールビスの仕事着に身を包んだ中年男性が、頭を下げながら最前列に躍り出た。
「もちろんです。抜かりなく準備は整っております。どうぞこちらへ」
道すがら彼、戸口と呼ばれた中年男性の自己紹介を耳に挟むと、彼は市の役場に勤務している商工観光を担当している部長とのことだ。わざわざ都会から進出して、使う当てのなかった辺鄙の土地で新事業を開いてくれるのだから地域担当している戸口は鳳月に頭が上がらないのだろう。悪いことをしていないのにもかかわわず、何回も平謝りするかのように忠犬心まるだしで会釈する。鳳月と市を繋ぐパイプライン的な立ち位置にいるのもあって気を張り詰めているようだった。
「あの感服した様子だと、鳳月さんに相当便宜を図ってるよね」
「見返りが凄かったんだろうな」
「あからさまな態度を見れば一発だわ」
市から派遣されている戸口の耳に入らないよう小声で話していると、倉庫の右奥に配置された複数の作業用机があるところに誘導され、机の上にある小さな金庫に戸口が鍵を刺して数枚の用紙と小さなカードを五枚取り出し、カードだけを学生三人と巡査二人に手渡した。
「「えっ!?」」
通達一同は身分証明書と同様の大きさの、つやつやすべすべで真新しいプラスチックカードに仰天する。そこにはダイバーナンバーと自身の個人情報が写真と共に刻まれていた。
鳳月からの着信はおよそ一時間前。通と共に挑戦する人数は不明瞭だったはずなのに五名分のカードが作成されている。市役所もダンジョン沼で人手が足りず苦労している可能性は高い。
そんな環境下で個人情報の塊を一時間で五枚つくることが出来るのだろうか? 本人のサインなし、しかもダンジョン条例によって制定された新規の手続きで。上からの説明が隅々までいきわたらずもたつく可能性すらあるのに。
今思えば、住宅譲渡は時間稼ぎかと考えなくもない。矢継ぎ早に指示を出して複数人で事に当たれば可能だろう。だがこの件はレベル2ダンジョンチケットが絡んでいる。必要最低限の人数にしか知られていないはずだ。
「戸口さん」
「はい?」
「よく五枚揃えることが出来ましたね」
「はは……」
ちらりと書類を持ちながら鳳月の顔色をうかがう戸口。説明しても構わないニュアンスを受け取り、彼は真実を口にした。
「実は天鐘さん、キャンベルさん、辻さんに大鐘さんのダイバー免許証は昨日のうちに完成していたのですよ」
なるほどと通は頭で納得しながら長財布にダイバー免許証をしまう。五枚の内、四枚できているのなら今日作成するのは鋼の分だけだ。鳳月の指示であれば迅速に仕事をこなし、一時間も猶予があれば十分だろう。
「急遽訪ねてくることになった鈴原さんのカードは先ほど出来上がったばかりです。人数が三人以上増えたら時間には間に合わなかったでしょう」
人員が追加されなくて心底安心している戸口。コホンと後ろでわざとらしく咳払いをした鳳月に、慌てて戸口は手持ちの紙を捧げる。
黙読し内容を頭に叩き込む鳳月。
「確かにダンジョン沼出現日と住所に不備はない――――これまで無理難題を押し付けてしまったが良くやってくれた。戸口君、これはこちらで後々受理しておく。市長には今後ともよろしくと君の口から伝えておいてくれ」
「過分な褒め言葉、ありがとうございます鳳月総帥! 必ずや市長にお伝えしておきます!!」
想像できないほど巨大な利潤が、ここを、県を中心に回っていくことを確信している地方公務員の戸口。生まれて初めて巡ってきた大企業トップとの大口取引を無事遂行したと、感極まっている。
通も仕事を完了させたらああなるのかと、戸口を自分と見立てて未来を思い浮かべた。悪くない関係だ。母さんの為にも自分の為にも必ず成功させると意気込む。
「さて通君」
「なんですか鳳月さん?」
取引が終えた用紙をクルクル筒形に丸め、残ったうちの一枚の紙を通に授け、改まって通と対峙する鳳月。
「急な話ですまないが、通君をリーダーとした鳳月グループ専属の独立した企業クランを、今この瞬間に設立したいのだが――いいかな?」
手元の紙は企業クラン証明書。
クラン名は『青い宝物』
読み進めると企業と提携して同じ営利目的、思想を持つもの同士で結成される集団の証明書で、それを国に提出して登録することにより不慮の事故が発生した際に手当を支給されたり、弁護人を雇う緊迫した事態になった場合、事実報告をすれば手続きも企業が率先して動き駆けつけてくれる。更にクランの評判が良ければ国からの直接依頼にも繋がる。
要するに企業と国の後ろ盾を公式に得るに等しい。どんな場面でも優先順位が最優先の。
「ほんとうに急ですね」
鳳月の後ろ盾は国以上の価値がある。英国の才女であるデイジーも両親から情報を貰い注目していた鳳月グループだ。海外の資産家達と友好関係を持っていると見ていい、その影響力は日本のみならず一国に留まらない。
「前にも言ったが通君が望む条件は全て頷く。書類にも記載されている通り、私と通君のクランメンバー間で生じる資源取引での十パーセントのダンジョン税はこちらが全額受け持つ。どうかな?」
遠慮がちの様子から、駄々をこねれば更に引き出せそうだ。
「わかりました、ですが追加として取引によって国に支払われる残りの消費税の支払いと、ここにいない二名のクランメンバーの入会を認めてくれるなら企業クランの署名にサインをします」
「ははっ、それだけでいいのなら可愛いものだ」
現場にいた警官以外の大人が一回りかけ離れた年齢差がある鳳月と通の密な関係に驚き、鳳月が童心に帰ったかのような笑顔に当てられ、反対意見をぶつけられる剛の者はここにはいない。巡査二人も事の重大性を理解している。
恐らくこれがダンジョン沼の資源を求め、日本で初めて民間人ダイバーと企業間で取り交わされた正式な取引ということを。
「メンバー二名の拡充と、二十パーセントの税を含めた条件で契約しよう」
鳳月の胸ポケットにぶら下がっている金箔の刺繍が施された黒い万年筆を受け取り、通の直筆で名前をサインする。
「天鐘君、万年筆の使い心地はどうだい?」
「手になじみ、抵抗なく滑るように文字が書けて扱いやすいです」
「そうか、そうか。天鐘君が気に入ったのならその万年筆は私に返さなくていい」
餞別代りにとっておいてくれと、瞳を瞬きしてアイコンタクトを送る鳳月。自衛隊に二人の関係をひけらかすことで今後の仕事がスムーズに運ぶ下準備だと認識して、備品も有難く頂く。
そのあとに渡された企業クランメンバー記入用紙を、天音の代わりに通が代筆し、残りは各個人の同意のもと万年筆で書きこむ。
「なるほど、神隠しで行方不明中の柊巡査をメンバーとして計算していたか――――私もそこまで頭が回らなかったな」
「無理を言ってすみません」
「天鐘君が謝ることはない。残り一名のメンバーも遠慮せずに記入してくれると仕事が捗るのだが」
書きたいのは山々だが、通は藤原学園に通う彼女とは面識がない。意見を交わさずに気軽に筆を躍らせることは無責任と一人悩んでいたが、隣にいたデイジーの提案が通を救う。
「通君。仮入隊にしておけば、あちらもこちらも角は立たないわよ」
デイジーに礼を言い、晴れ渡った心で天音から彼女の名づけの漢字を教えてもらい、一文字ずつゆっくり綴る。
クランナンバー JNー0
企業クラン名 青い宝物
クランリーダー 天鐘通
空番 柊天音
クランメンバー デイジー・キャンベル
鈴原鋼
辻健太郎
大鐘弘
仮隊員 桜坂真奈美
明日の32話ですが、プロローグの閉めなので通常の倍以上の文字数になっております。お楽しみに。




