表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スライムサモナー  作者: おひるねずみ
プロローグ ダンジョン沼のプログレス
29/77

第二十九話 外堀埋め

 そこにあったのは建設途中の小さな町と呼べるところだった。四方八方を取り囲んだグレーの外壁が完成しており、出入口のゲートらしきものもある。


「いつ着工したんですか鳳月さん?」


 学生の身なのでこういったことには疎いが、少なくとも一カ月程度で出来上がる規模ではなかった。


「着工したのは去年の十二月上旬だ」

「今から半年前ですか…………それにしてもスケールが…………」

「敷地面積は東京ドーム三十個分だから壮大だろう! 私自ら陣頭指揮を執り、グループ全体の社運をかけた新事業(一大プロジェクト)だからね!」


 どうしてわざわざ他県で展開する必要があるのか? 地元の東京で起こした方が有利ではないか?


「この手の、今世紀始まって以来のエネルギー、産業革命に対応する新事業を立ち上げる条件として早急に工業団地を一括で買い占め、確保する必要があってね。土地代と雇用費で莫大な諸費用が計上されるため都心部は問題外、政府主体で地方分権を推し進めているも決め手になっている。故に、言葉は悪いが立地が悪く見向きもされない、広大な工業団地が放置されている街に注目し、市と県と共同して社の命運をかけた壮大な計画。ダイバーシティ計画を実行することにしたわけだ」


 去年から実行に移したロマンを熱く語る鳳月雅人。男性陣は地元が潤い物流が良くなると期待するも、デイジーと霊体の天音は不信感を募らせた。

 鳳月は間違いなく何かを隠している。ダンジョン資源を使って達成しようとしている目的を確実に持っている。それが人に話せないものなのか? デイジーは切り崩そうと試みた。


「鳳月さんは何故、ダンジョン資源に固執するんですか?」

「何だい? やぶから棒に。新事業のスポンサーや投資者に頼まれたと言えば満足するのかな?」


 デイジーの思惑を直感技能で多少理解し、意地悪い返答をする鳳月。眉毛と頬をピクピク震えさせてデイジーは笑顔を取り繕う。


「そうですよね。流行り病の特効薬完成に関与してダンジョン関連の実績を世界に示せれば名声は思いのまま。更なる融資が望めてダイバーシティ計画は次の段階に入ることもできますよね?」

「はははっ、デイジー嬢は気が早いな。まだまだ先の話だというのに」


 流石に男性陣もデイジーが探りを入れていると感づいた。確かに流行り病終息後の行動方針は聞いておきたい。


「別に話しても構わないが――――全ては私のフィアンセの為だ」


 鳳月の口から予想もしない言葉が飛び出し、聞かない方がよかったと鳳月と似た境遇の一人娘であるデイジーは少し後悔した。裕福な家庭に生まれれば縁談の話が数多く舞い込んでくる。中には本当に良縁の話もあるが、大抵はありがた迷惑な話だ。そういったうんざりする経験しているデイジーは無意識的に結婚関係の話は避けていたこともあり、居たたまれない気分になった。

 それを踏まえて語るのなら鳳月は相当腹黒い奴だとデイジーは判断するが。


「私の婚約者は七年前の交通事件で下半身と右腕を完全に失い、今現在も意識はあるものの寝たきりの状態で入院中でね」


 それを聞いて腹黒いのは己自身だとデイジーは恥じて、自身を心中で非難した。


「もしかして婚約者は子供を産めない体に?」


 いつも自信にあふれた鳳月が、寂しげな顔をしたことが物語っている。子供が作れない。それは鳳月グループの後継ぎが生まれないことを意味する。


「私は鳳月家の一人息子でね。親からは血が途絶えてしまうから彼女のことは忘れなさいと当時は猛反発されたよ」

「あの時の親子喧嘩は今でも記憶にありますよ鳳月坊ちゃま」


 乾の記憶内に眠る過去の出来事。皆の視線が一斉に運転席へ向かう。


「……乾、口を閉じていろ、これは命令だ」

「どうやら珍しく照れているご様子。両者の関係は極めて良好だったため非常に残念でなりません、今でも仕事の合間に」

「いぬい!」

「はいはい。年寄りは引っ込んでますよ」


 要らぬことを喋ってしまう前に機先を制し、深いため息を吐く鳳月。


「私の父が彼女と親御さんを説得し、縁談で取り決めた婚約を破棄しても構わないと了承してもらったそうだが、私自身がそれを良く思わなくてね」

「諦めきれなかったと?」

「ああ、結婚を前提として大学に通いながら同じ屋根の下で共に暮らし、交際していたのが彼女だ。簡単に踏ん切りがつくはずがない。それに…………自分が言うのもなんだが今でも私達は相思相愛だ。生活に余裕がある私が、動けなくなってしまった彼女を支えてあげるのは当然のことだろう?」


 人情味溢れる話に辻巡査が鼻をすすっている。気づけば質問したデイジーの目頭も熱くなっていた。

 ここまでくれば彼の目的がおのずと見えてくる。


「鳳月さんの両親が結婚を認めてくれないから、ダンジョン産の素材、魔法を利用して現代医学では復元することができない肉体の再生を試みようとしているわけね。なら、通君に注目したのも偶然じゃないわよね?」

「それについては私の秘密技能、物心つくときは備わっていた先天性の力が関わっている」


 秘密技能。技能名は秘密技能持ちでない限り、喋っても理解できないことを通から実際に体験してわかっている。そこを問いただす必要はないとデイジーは頭を切り替えた。


「つまり通君が鳳月さんの切実な願いを叶えてくれると確信しているから契約を結んだってことね?」

「平たく言えばそうなる。私は彼女の肉体的しがらみ、未来の不安を取り払った後、両親の御墨付きを頂いてから正式な手続きをもって後腐れなく結婚をしたい。その為ならば全てを投げ打つ覚悟で挑む所存だ」


 通達とは根本的に方向が、本気度が違う。

 男前が放つセリフに男衆は、コイツは言葉より行動でしめせる男の中の男だと、嫉妬が多々あるが認め、女性陣は「身体欠損したのにもかかわらず、結婚したいと考えを変えない。好きになった人が一途な男性だったらどんなに幸せかと」鳳月の健気な配慮に配偶者予定の彼女を心底羨ましく思った。力を貸してあげたいと一考するほどに。


 そして約一名。感情の堰が崩壊した警察官の辻巡査が鳳月の肩をがっちりつかんだ。

 長身の大人が警察官が大粒の涙を流してガチで泣く。確かに情に訴えてきたが、そこまでいかない冷静な男子高校生と大鐘巡査は若干引き、話した本人自身は予期していなかったのか、もっと彼の扱いに困った顔をしている。


【辻巡査、そんなに力を込めて握ると鳳月さんのスーツが傷んでしまいますよ】


 機転を利かせた天音が発言したことで車内騒動が収まり、デイジーは続きを付け足す。

 

「鳳月さんは本能的に彼女と結ばれるのが後に良い結果を生み出すと、秘密技能で分かっているのね」

「未来が確約されているサクセスストーリーか。まるで三流映画だな…………おっと、もうまもなくのようだ。目的地の敷地内に到着するぞ」


 僅かに見え隠れするフロントガラスの先には、踏切で見かける遮断棒が降りており、両サイドには自衛隊を着た人が一人ずつ、夏の直射日光を浴びながら検問所にて待機している。

 侵入車両に気づいたのか、ヘッドセット付きの軍用インカムのマイクでどこかに連絡を入れながら、黄色と黒のコントラストに彩られた遮断棒が自然と上にあがっていく。

 タイミングが噛みあいスピードを落とすことなく検問ゲートを通り過ぎる白リムジン。車のナンバー、車種、事前の報告、いづれにしてもスムーズに顔パスで通過した事実に変わりはない。

 自分が特別な存在になった気分を始めて現実で実感し、酔いしれる通と鋼。雲の上の存在、鳳月と組めば自身が形成する世界の色が一新されるとある程度は予想していた。


 だが予想と現実は必ずしも差異があるもの。まさか、これほどまでに県内の片田舎に大規模参入して事業計画が練られていたなど思いもよらなかった。

 敷地面積は東京ドーム三十個分。これは東京ディズニーランドのおよそ三倍の面積に相当する。

 敷地内部は現在進行形でスケジュールに基づいて今もなお拡張中。三車線道路の道端にはセメントで道路を舗装中のローラー、ダンプやクレーン車など重機が数多く点在し、首にタオルをかけ、背中に鳳月と書かれた白色の作業着タンクトップを着用した建築技師達、約千五百人が建材と格闘しながら一丸となってマスクを着用して作業従事している。

 中には医療従事しているであろう白衣を着こんだ男女がマスクを着用しないで手を握りながら横断歩道を渡り、どこかに向かっている人達もいた。

 この敷地内には鳳月グループ傘下の企業が多数存在しており、スーパー、病院、洋服店や宝石店、鍛冶場やエネルギーを生み出す巨大施設などがある。

 鳳月が受けた近状報告を総合すれば半年のうちにニ割弱が完成しており、施工着手から二年で全ての工程が終わる予定なのだそうだ。

 複雑で高度な建築物がある東京ディズニーランドの建設期間が二年四ヶ月だったことを踏まえて考えれば、潤沢な資金源で急ピッチに推し進めていると解釈でき、先の話が虚言きょげんでないとわかる。

 そしてリムジンの速度が徐々に緩み、完成した立派な新築住宅の庭先で下車。そこにはネクタイスーツ一着を着こなした社会人達が列を正して待ち構えており、一斉にこちらに向けて見事なお辞儀をする。歓迎されている雰囲気がヒシヒシと伝わり悪い気はしない。

 ここは鳳月が所有する自宅の一つで忘れ物でも取りに来たのかと通達は考えたのだが、鳳月の口からは思いもよらない言葉が漏れた。


「あの住宅丸ごと天鐘君の生活拠点として贈呈しよう。マイホームとして自由に使ってくれて構わない。受け取ってくれるかい?」


 気軽に鳳月は都会の高級団地クラスと遜色ない四階建ての家をプレゼントすると言った。

 あまく見積もっても一億はくだらない物件だ。子供がはしゃぎまわれる広さの庭、整えられた芝生に観賞用の池や植木鉢に飾られた盆栽、車庫には高級自動車もあり、加工された大理石を庭石や外壁材として使用している時点で高額なのは明らか。防犯装置も完備していそうで鳳月が通に寄せる期待度が半端ない。高級品に慣れているデイジーを除いた一同が、口を開けてポカーン状態になるのは仕方が無いことだった。


「えっっと…………はい?」


 気おされながら間をおいて疑問形で返事をする通。

 圧倒される敷地内、手がけた費用が莫大すぎて頷くより他ない。社員の前で鳳月の礼遇れいぐうを断ったら彼のメンツが潰れる。これがいつまで続くか不明だが、好意的な接し方に対して無礼を働くわけにもいかない。


「そうか貰ってくれるか! 吉沢君、例のモノを持ってきてくれ」


 気分良さそうに一人の部下を呼びつけ、一枚の用紙を通に手渡す。初めて見る正真正銘の不動産取引契約書に戸惑う通。それを見越して吉沢社員が必要なことだけを簡潔に伝える。


「天鐘様。贈与税、登録免許税、不動産所得税などの全ての税金に関する代金は譲渡後も総帥が支払いますのでサインするだけで結構でごさいます。面倒事は一切合切いっさいがっさいこちらが処理致しますので、天鐘様が気に病む心配は何一つないのでご安心ください」


 丁重な説明を受け、それならと家の譲渡契約書に震える腕でサインをする。


「はい。結構です。ではこちらへどうぞ」

「へっ?」

「では行こうか天鐘君。なに、時間はそうは取らせない」


 通の手を離さないように指の間をがっちりと交差させる鳳月。先頭に立ちニューハウスへと案内する吉沢氏と数十名になる社員たち。

 とおる同様なすがままにされる五人は室内に通され、生活に必要な家具類。不思議なことに通のサイズにピッタリ合う洋服や、いま流行りの最新電化製品は全て押さえてあり「いち学生に厚遇すぎるのでは?」と感想を漏らす。

 更にここから学校に通学する場合、お世話係に任命された社員が車で送迎してくれるオマケつき。そのまま移り住んでも通が不自由することはない。

 鳳月の期待という名のプレッシャーの圧をこれでもかと一身に浴びる通。通以外の付き添いは、ここまで徹底的にやるのかと外堀埋めを着実に進行させている日本を代表する総帥の鳳月に心から畏怖した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ