第二十六話 前金三億の仕事
「本当に世の中ってわからないものね。一寸先は光の由来も頷けるわ」
「まったくだ。ダンジョンが世界中に溢れた日に魔法は授かるし、チケットは当選。就職したい企業の上位に位置する会社の御曹司から直接指名の仕事依頼。近代稀に見る強運を俺にも分けてほしいくらいだ」
「そうね。チケットの当選確率は約八千万分の一。これは宝くじ一等を引き当てるよりも確率が低いわ。若手社長から高校生に対しての依頼も現実的でない――――だから分割で運気を私達に流してくれてもいいのよ通君?」
「これ以上、運を酷使したら心臓発作で急に倒れそうだよ……」
幾つもの要素が複雑に絡み合った先。天文学的確率の現状に歯を覗かせて力なく笑う通。
「通君だけ連行された時なにかあるんだろうとは思っていたけど、まさか車内で秘密の取引契約を交わしてたなんてあの人も抜け目ないわね」
「それもあるが、通がテレビモニターに放映された直後に外枠を埋め、他者が介入できないように少将を現場に配置させたことに俺は驚いたぞ!? 少将以上の階級は基本参謀、後ろから指示して現場には絶対に姿を現さないと、ボーイスカウトで仲良くなった退役軍人の爺さんから偶然聞いて知ったからな。現場にいるってことは国からか、政府からの命令で文字通りすっ飛んできたんだろ? こんなん異例中の異例だろ!? 他にもダンジョン沼が出現していたのにだ」
通だけに重点を絞った、重きを置いた鳳月の行動は完全に逸脱している。
「私の推測だけど緘口令が敷かれてたっぽいし、通君を連れだし接触したことに関しては封殺する気でしょうね」
防音対策が施されたリムジン。盗聴器が仕掛けられていなければ、人に聞かれたくない会話をするには格好の場所だ。用意周到に誘い込まれ、沼から生還したばかりの当時の通には逃げ道はなかった。
「たくらみがあるよな。通に的を絞ったたくらみが。天音さんを入れた四人以外には話していないチケットを言い当てたことからも嗅覚が鋭いだけでは済まされない。たぶん技能が一枚噛んでると思うが」
「授かった技能ではなくて先天的なものらしいよ。俺が言えるのはここまでかな」
必要なこと以外を口にしない通の口振りからして、契約で打ち明けれないと認識して追及するのは酷かと話を逸らす鋼。
「通が学生と知ってて契約を結んだんだろうが、今日発表された条約でダイバー稼業は十六歳以上なら学業と兼業してもオッケーだった…………そんな、まさかなぁ…………はははっ」
鋼が頭に思い浮かべる疑問の答えをデイジーが割り込み口に出す。
「あの人のことだから事前に情報を掴んでいたんでしょ? 日本に在住する前から私は両親の話を耳にして鳳月総帥に注目してたわ。調べれば小さな島国を牽引する若き彗星。世界シェア上位と争える軍、医療等のハイテクノロジー開発、多種多様な業種への着手。僅か二年で先代を大きく上回る結果を出してグループ関連銘柄の株価はうなぎのぼり。翌年から本社配当金は外資と同等クラスになり、日本の常識を覆す、今世紀の織田信長と形容されたりして世界での評判は良好よ。それほどの傑物が築きあげた情報収集能力を甘く見てたら、今後痛い目見るわよ?」
「ああ、頭の隅に置いておく」
「置いておいても意味ないわ! 記憶しておきなさいよ!」
「だってよ、それを認めたら未来を正確に予知、予測できることにならないか? スライム召喚もチートだが、こっちも普通にヤバイぞ!」
「それを言うなら私だってそうよ。歩く電子兵器みたいなものよ!」
今後、型破りの技能が世界に溢れかえることが鮮明に浮かび、自然と声を荒らげてしまったデイジー。あらぬ方向から突きつけられた言葉に心情穏やかでいられるはずがない。
「悪用しようと思えば魔法の効力が世界的に知られていないから誰でも簡単に犯罪行為を引き起こせる。現状に満足しない人々が持ってしまったら阻止する手段、方法は限られてくる。犯罪者は待ってくれないからね。だからこそ国の治安を守る防衛機構が率先してレベル上げに奔走することになる」
「国民を守る自衛隊、町を守る警官も取り締まりのためにダンジョン沼にダイブするから、近日中に世界の治安が間違いなく乱れるな。何事もなけれないいが」
「通君は実力があるからいいとしても、鋼君は他人事のように言わないでくれる? 技能を得た以上、当事者なのよ? 今から意識を切り替えていかないとダンジョンで……」
「わ、わりぃ……」
感情の起伏が激しい目を潤ませたデイジーに対して、鋼は反論する言葉を持ち合わせていなかった。事実、天音がダンジョンで命を落としているのだから。
場が湿った空気になりかけたが、通が話題を振り本来の道筋に軌道修正をかけた。
「はいはい。それで鋼とデイジーさんは俺に聞きたいことないの?」
「そりゃあ、あるに決まってるだろ! 御曹司が提示した報酬金額は幾ら貰える予定なんだ? 辞めたんだから、それくらい知る権利が俺にはあるだろ通」
自分の過失を認めている通は二人なら、打ち明けても構わないと正直に答えた。
「仕事内容はさっきの会話で聞いていたと思うけど、素材確保が主な任務になる。報酬は前金で三億。月に一億支払ってくれる予定だよ」
まさに棚から牡丹餅。羨ましすぎる親友がバイトを辞める心情に納得がいく鋼。
「リーマンが汗水垂らして働いても稼げない金額を貰えるなら、俺の家でバイトしてる場合じゃないな。俺が通の立場なら同じことしてるはずだ」
「そう言ってもらえると、少しは気分が晴れるよ」
「まあ、この件に関しては通が気に病む必要ないだろ? しっかり落ち着いて熟考しても一般人だったら大多数が引き受けるはずだ」
「そうよ、日本円で三億は大金だし、無駄遣いしないで謙虚に生活すれば一生困らないわ」
「二人とも肯定してくれてありがとう」
「それより準備しなくてもいいの?」
デイジーの一言で手早く食事を終わらせて後片付けをスライム達に任せる。通は一階で荷物をまとめ、秘密技能持ち以外には視認することができないサモナー専用服を取り出してから上から羽織り、出かける前に容体を確認しようと、プルが看病している母の寝室のドアを開き身を硬直させた。
「なっ!?」
「どうした通? うおっ!?」
後を追った鋼も中を覗くと体を石化させた。
母親を中心に蒼い文字列が規則正しく円状に並び描かれ。魔法陣が外気を完全に遮断し、カーテンによって閉ざされた薄暗い室内は、宙に浮かぶ塵に光が乱反射して蛍の光のように瞳に映り、別世界に迷い込んだと錯覚させるほど幻想的に青白く輝いていた。
「すっげぇぇ……! これ、どう見たってアニメとかで登場する障壁だ」
圧巻な光景に舞い上がりながら室内に入り、二人してまじまじと青い障壁を観察していると、障壁内から外に出てきたプルが足元に擦り寄り魔法陣の性能と母親に降り注ぐ力の詳細、危険性が知識として通の頭脳に刻まれた。
「鋼っ!」
障壁に触れようと近づいた鋼を強引に引っ張り、距離を取る。
「なんだよ通、いきなり腕を引っ張って?」
「危なかった……」
「はっ? どういうことだよ通?」
「とりあえず、この部屋は心臓に悪いから外に出よう。それに母さんの就眠の邪魔をしたくない」
母親の寝室から退出すると、身支度を整えたデイジーが黒い革製の肩掛けバッグでパイスラッシュを形成しながら二階から降りてきた。
白のタンクトップに新緑色の短パンの服装で、後ろ髪を白黒のシュシュバンドで結びポニテにして涼しさと動きやすさを追求した、令嬢とは程遠い格好だ。生傷を負いやすいデメリットが高いが彼女なりに考えた結果だろう。
「叫び声が聞こえたから急いで降りてきたんだけど、何かあったの?」
「それが、どうやら通のおふくろが眠る寝室が厳重警戒区域に認定されたようだ」
「えっ? 屋内なのに???」
鋼の皮肉な遠回しがデイジーに伝わらず、通がプルから得た知識を理解できるようリビングに移動して椅子に腰かけてから説明した。
「つまり上空から病気の発生源になってる魔法が、通君の母、障壁内の範囲に途絶えることなく集中的に注がれているってこと?」
「だから障壁を触ろうとした俺を遠ざけたのか」
「それもあるけど……プルを含んだ俺の家族以外が障壁に触れると、水圧で大怪我を負う設定なっていて鋼の場合、そのまま触れていたら確実に指を失う取り返しのつかない結果になっていたんだよ……」
「ちょ! 予測もへったくれもないぞ、その設定は! ギリギリセーフじゃないかよ!?」
「そうだよ。だからむやみやたらに珍しい物には手を出さないでくれ…………」
何事もなくて本当に良かったと胸をなでおろす通に向け、手を挙げて質問の構えをしたデイジー。
「ちょっと質問なんだけどリリーちゃんも障壁が使えるの?」
「いや、障壁、結界はプルの固有特殊能力で他のスライムは扱うことができない。けど物の収納、身の回りの世話、物質への変形、護衛といったものなら難なくこなせるはず。あと人間以外の生き物の模倣、変化は俺の従者から離れたスライムは実行不可能になるけど、例外で俺が指示、魔力を送れば犬や猫といった動物になることが可能。今は飲み込み、取り込んで手に入る生態データが不足しているから無理だけど、いずれはスライムの姿をペットに変えて生活に溶け込むようにすることができるようになるよ」
「ふ~~ん。壮大な計画が立てられそうな力ね」
「例えば?」
「それを私に聞くの通君?」
真っ直ぐ見つめてくるデイジーの表情は笑っているように見えても目が笑っていない。やはり勘づいてしまったかと、背中に悪寒を感じた通は笑い返しその場を乗り切ろうとすると、天井から音もなくスゥーと食卓中央に青白い人が姿を現した。
【ただいま戻りましたっ! デイジーさん元気になったんですね】
鋼とデイジーは椅子を引いてビビりまくるが、通は慣れたもので動じない。二人が天音の身の現しかたに物議をかもすが、ちょっとお茶目な悪戯好きの天音は笑いながら余裕の笑顔でけむに巻く。通が二人を嗜め、年上霊体の天音にも軽く注意するが、いつもよりも心なしか天音の表情が明るいような気がした。
【皆さん、朗報ですよ! なんと私! 『錬金』に目覚めた人物を偶然にも発見してしまいました】
「っ! 本当ですか天音さん!?」
【はい! しかも、ちょっとした知り合いです】
詳しく聞くと二ヶ月前。上司と一緒の仕事中に補導した女子高校生で、その時から何故か懐かれて今でも交流があるらしい。高二で通達と同世代。一緒に活動するにはもってこいだが……
「補導って、その子は悪事を働いたんですか?」
【その子というより、周りの取り巻き男子ですね】
「複雑な事情がありそうね」
【はい。名前は桜坂真奈美、年齢は十七才。マナの愛称で隣町の私立藤原学園に通う高校二年生です。背は小柄で男性に対しての風当たりは良いとは言えないですね、アハハッ……】
隣町の学園名が天音の口から出た瞬間。更に口が悪いと判明すると顔を大きく歪ませる通と鋼。
「私立の藤原か……」
私立藤原学園。喧嘩っ早い不良が数多く在籍し、学内の治安も県内では最悪の部類と風の噂で否応にも耳に入ってくる。
清涼高校と藤原学園との間で学生が言い争い、学生同士の縄張り争いに発展。争いに関与していない生徒にも被害が出ているので、正直いい感情を抱いていない。
敵対視する相手校の真奈美という子のことは知らないが、良い関係を築くことができるかどうか疑わしい。
「それで天音さん。真奈美さんはどんな人物なんですか?」
【そうですね。一言で言い表すなら――――少し個性のあるオタクです。決して悪い子ではないですよ?】
「不良校に通う腐女子か、なかなかのパワーワードだな」
嫌味を呟く鋼。彼から見てもプラスの方向に考えるのは難しいようだ。
「話すからにはうまくいく勝算があるんですよね?」
【交渉次第としか言えません。ですが彼女、いまちょっと精神的に追い詰められているようで……通君が話しかければ色よい返事が貰えると思います】
「どういうことです? もしかして……俺が頭を悩ませている流行病が原因ですか?」
【そこまで深入りしていないのでわかりませんが、深刻な様子なのは確かです。有名人の通君なら理由を話してくれるでしょう】
「有名人?」
【彼女、ひとり部屋で身を震えながら独り言を呟いてましたよ「テレビに映っていた学生に相談するしか生存する道が無い」と。その場にいて凍り付きましたよ。私が事態を緩和させてあげたいのは山々なのですが、霊体なので話しかけることもできません。けれど、手を差し伸べることはできます。念のため町内ではありませんが、辻巡査と大鐘巡査に話を通して隣町の警察署に説明するようにと言伝をしてきましたが、動機が分からないことには動きようがありませんし、今現在、警察署は巣をつつかれたハチのように警戒態勢ですから労力を割くことは難しいでしょうね】
時間を作ってでも早期に会いに行ったほうが良さそうな案件だが、今日はどうしても外せない予定がある。
「天音さんには悪いけど、さっき鳳月さんから仕事が舞い込んできてキャンセルできなさそうなんです」
【あっ、入れ違いでしたか。私、警察署内で鳳月総帥を見かけましたよ?】
鳳月が何用で警察署を訪れたのか推測はできる。同行願いたい人物が警察署に勤めている線が一番濃厚だ。
「ッ! 来た!」
話した時間通りに呼び出しのチャイムが鳴り、三人と霊体一人が玄関まで向かい鳳月を迎え入れた。




