第二十四話 ゴブリンミート
歯切れが悪いので今日は2話分投稿します。
「人類史に残る場面に私も立ち会いたかった」
気絶していた自分に腹を立てるが、すでに億の再生回数を達成している当時の動画を視聴して虫の居所を収めるデイジー。
「私の電波が失われてないところをみると家外まで運んでくれたんだよね? 別に変に疑っているわけじゃないのよ? 起床した時に服の着崩れもなかったし」
バツが悪そうな顔で聞いてくるデイジーに通は、ベッドに化けたプルの上に反応がない母と一緒に乗せ、玄関先へ運搬したことを教えた。
「それって、通君のお母さん大丈夫なの?」
「…………」
押し黙る通に鋼が代わりに答えた。
「プルの診断結果だと相性が最悪らしい。通や俺が呼びかけても反応なし。このままいけばクレハって奴が言ってたことが現実になる」
「そんな!」
「デイジーも人の心配するより早く実家の家族と連絡とった方がいいぞ。俺の家は風邪の症状が現れてるが意識ははっきりしてる」
鋼の話にデイジーはすぐにスマホで安否確認を取る。話す内容で無事を知る二人。
――――トゥルルルルルル!
「またか」
不機嫌を顔に出す通。暫くすると留守電へと移行し、決まった時間帯に電話が来ることを話すと、デイジーが自慢の胸部を張って得意げに口角を吊り上げた。
「そういう時こそ私の出番よ」
発生源である電話機の前まで行きデイジーから黄色い魔力が注がれる。
「これで悪意のある電話は全部シャットダウンできるわ」
どういった経緯で防止するのか聞くと、通話時の双方の感情、着信回数を遡りプロファイリングして勝手に弾いてくれるらしい。犯罪抑止に貢献できそうな魔法だ。
「通信系魔法は応用が利いて便利でしょ」
「個人で自衛するにも限度があるし、迷惑してたから非常に助かったよ」
憂いていた問題点が解決し、食卓に戻り席に座ると台所で作業をしていたプル達スライム五匹が朝食を完成させたらしい。食器に盛り付けて、その場から動かず疑似腕の触手をびにょーんっと二本伸ばして目玉焼きや、豆腐とお揚げの味噌汁、ほうれん草の胡麻和えなどを盛り付けた食器を食卓に置いて華やかにしていく。
「通が言った通り、指示を出していないのに連携が取れてて素直に感心するな!」
「さすがプルちゃん! 私もあの子たち欲しいなぁ~」
譲渡する約束をしていた通は『トークンスライム』で呼び出せる無料スライムを一体召喚して呼び寄せた。
「このスライムの権利をデイジーさんに譲渡するよ。名づけをすれば引き渡しは完了するから」
「本当に貰っていいの!!」
青い瞳を輝かせるデイジーは通からスライムを受け取り、大興奮した様子でスライムを力いっぱい抱きしめた。強制的に棒状に体積を変えたスライムは心なしから苦しそうに見える。
「名前は前から決まっていたわ! この子の名前はリリーちゃん。むかし家で大事に飼ってた犬の名前にするわ!」
抱きクッション代わりにされているリリーの体がほんのりと青く光り、契約が完了した合図が通に伝わった。
「デイジーさん、スライム使いになったわけだけど感想は?」
「家が所有する牧場の草原で、使用人に注意されることなく思いっきり転げまわって叫びたいくらい嬉しい気分よ!!!」
ふっふっふっ! と笑いながら鋼の方をチラチラ覗くデイジー。それは勝者の笑み。してやったりと狡猾な表情を宿していた。
「これで三人のスライム使いが誕生したわけだ」
「えっ?」
「デイジー。喜んでるとこ悪いが俺のほうが先に通からスライムを譲り受けてるぞ」
衝撃の事実を知り、スライムを先に貰ったと勘違いをして勝ち誇っていたデイジーの顔が一瞬にして赤く染まる。
「ひ、酷いわ通君! 私のほうが鋼君より先に予約してたのに!」
「ごめん、いつか渡そうと思っていたんだけどデイジーさん昨日は気絶してたから」
「うっ! それを持ち出されると強く反論できないわね……」
リリーを高速で撫でまわしながら気恥ずかしさを紛らわすデイジー。
通がリリーの能力をデイジーに伝授してリリーに小物になるように命令を下すと、リリーの形状が変質して青色ブレスレットの形になり、スルリとデイジーの腕におさまった。
「これって鋼君が身に着けている腕輪と一緒だから、もしかしなくてもそれは元スライムよね?」
「ああ、答えを知らないとスライムだって気づくことは困難だろうな」
「私の眼も欺いてたし、通君のスライムは幅広い活用性があるわね」
良い物を受け取ったと喜んでいる最中に全ての料理が食卓テーブルに並べられ、ひと仕事を終えたプルは台所を後にした。退室したプルを目で追う。どうやら母の寝室に向かったようだ。
「じゃあ、冷めないうちに頂こう」
「賛成ぃ! プルちゃんの手料理の味をお姉さんが清く正しく公平に評価してあげ…………肉が無いっ!」
「はあぁ!? 朝から肉は勘弁してくれよ」
「ええええ、嘘でしょ君達ィ!! 朝肉食べないと力でないよ!!」
これが食文化の違いかと明確に悟る日本人二名。確かに肉類はない。通が朝から胃もたれするものは食べたくないと、プルにきのうの朝、命令したのだから。鋼も了承して居候の身だから何も言わなかったが、デイジーは海外の人。お肉大好きっ子派閥の引き留める人が皆無な重役の身。仕方なくデイジーだけに一品追加しようと重い足取りで冷蔵庫の前に行き、冷凍室の食材をどかして探してみるが見事に肉類が無い。
「ごめんデイジーさん。昨日の晩御飯でお肉完売したようです」
通の真実を聞き、この世の終わりが来た表情をするデイジーを見て、通はあることを思い出す。
「あっ! デイジーさん。いちおう肉と呼べる物はあるよ」
「? どういうこと」
「プル達が回収したダンジョン産のゴブリン肉」
「なんだって!?」
デイジーよりも早く鋼が条件反射で椅子から立ち声をあげた。
「そういうことなら俺に任せろ!」
鋼がダンジョン沼に潜る目的は家業で使用できる食材の確保。それに触れる機会がやってくれば料理人の魂に火がつくのは当然のことだった。
スライム核から保存された鮮度抜群の血抜きされたゴブリン肉塊がまな板の上に置かれ、鋼が手に触れると「おお!」と呟いた。
「通、授かった技能のおかげで肉の性質や鮮度が判別できるぞ。骨に近い部位は廃棄になるが調理できそうだ。ゴブリン肉の肉質は非常に硬いが、火を通すことにより鶏肉と似通った歯応えと味になる。あと乾燥させることでジャーキーとして仕上げることが可能だ」
鋼が得た能力『素材把握』は食材に関して抜群の相性を持つ。未知なるダンジョン産の資源情報開示に大いに貢献するのは間違いなしだ。通もプルのダンジョン情報にて理解しているが、すり合わせは必要不可欠だろう。ただゴブリン肉を食すには若干勇気がいるが……
「プルも鶏肉として認識してる知識があるから正解だと思う」
「そっか、なら安心して調理できるな! で、食べたい物のリクエストはあるか?」
「私、唐揚げ食べたい!」
「だ、そうです」
「よしきた!」
鋼は通に断りを入れてから材料の場所を教えてもらい、慣れた手つきでゴブリン肉を均等に切って醤油で下味をつけた後に片栗粉、コンソメスープの素、卵をボールの中に入れて菜箸でかき混ぜ、追加でサラダ油と卵を加えポピュラーなステンレス製の泡立て器でとろみが出るまで再度かき混ぜる。そこにゴブリン肉を浸し、適温になった鍋の中に投入。あとは待つだけだ。
「いろいろと調理法を試してみたいが今回が最初の異世界料理だから、調整なしでシンプルに完成させるがいいよな?」
「私はお肉が食べられるなら問題なしよ!」
「デイジーさんもあー言ってるから、鋼の好きなようにしていいんじゃないかな」
頃合いになり、キッチンペーパーを引いたお皿にゴブリン肉の唐揚げを菜箸で鍋から移す。
それを食卓の中央に添え、鋼が席についてから食事の挨拶をしてご飯を頂く。
「お肉も柔らかくて肉の旨みとコンソメ味がマッチして美味いし、プルちゃんの料理も絶妙な塩加減でいくらでも食べられそう」
バクバク、ムシャムシャと遠慮なく口に頬張る彼女の、常人の倍速で食べる速度に開いた口が塞がらない。
「美味しそうに食べてくれて料理人冥利に尽きるが……」
「よ、よく噛んで食べた方が健康にいいよ?」
やんわりオブラートに包んで伝えるが、デイジーは開き直って咀嚼する速度を緩めない。
「私、健康とか気にしてないから(ハグハグ)。人はいつか死ぬんだし、病気になるかはハッキリ言って運よ? (モグモグ)。なら好き放題に生きたほうがいいでしょ? 『人生とは、どれだけ生きるかではなく、どれだけ至福の瞬間をもてるかだ』映画の受け売りだけど一度きりの人生なんだから自分に正直に生きたいの(ゴックン)」
一心不乱に食飲みするデイジーの目見は非常に残念だが、感銘を受けた通は頭で復唱した。
(自分に正直……か)
すでに巻き込んでいるが、いざ本格的に行動に移そうとすると躊躇してしまう通。プルや自分が生き残れても仲間が一緒に無事でいなければ潜る意味がない。未知なる魔法の力が支配するダンジョン沼の世界。死と隣り合わせの領域に片足を突っ込む行為に、冷静になればなるほどリスクに対しての恐怖心が際限なく湧き、決断を鈍らせる。計り知れないメリットが目前にあるのにもかかわらずに、だ。
「後悔しない一生なんてありはしないんだから、難しいことを考える前にさっさと行動に移せばいいの! 老いたら何もできなくなるわよ?」
こちらはやっと二品目が終わったばかりなのにデイジーは早くも四品目に突入している、それもスライム達に頼んでお代わりした品だ。爆食する彼女を見て悩んでいるのが馬鹿らしくなった通は、デイジーの前向きな一言で迷いを振り切った。
「デイジーさん」
「ンぐっ!」
幸せそうにおかわりの唐揚げを食べていたところに通の振りが炸裂してしまい喉を詰まらせるデイジー。即座に水が入ったコップを差し上げる家庭的なスライム。水を流し込み、乱れた呼吸が安定したの見計らって通は隠していたチケットを取り出した。




