第二十三話 ダンジョン条約(じょうやく)
――――その日の深夜。極めればあれほどの大魔法を行使することが可能だと、現実として認め始めた各国の上層部達は、明日の予定を全てキャンセルしトップに進言。世界の首相クラスお偉方がテレビ会談の場を設け、不眠不休で今までのダンジョン沼や星滅の統治者が語った内容を吟味し、今後の人類の行く末を決める重大な案件『世界ダンジョン条約』を可及的速やかにまとめ、多国間でたったの五時間! 討論しただけで署名にサインし締結された。
第三条、ダンジョン沼に挑戦する者をDダイバーと呼称する。
第五条にダンジョン沼の所有権は土地の地主に委ねる(市役所に報告届けを提出する義務が生じる)
第十二条にダンジョン沼への入出許可は十五才以上からで証明書を持った人物に限る、なお有事等は全て自己責任。
第十四条にダンジョン沼で採取した資源は獲得した本人の個人財産とする。取引するときは国にダンジョン税を追加で支払う義務がある。二国間での取引は世界通貨を基準として分割。
第二十一条にダンジョン沼内での犯罪は年齢に関係なく即刻重罪、執行猶予なしの極刑となりダンジョン挑戦権をはく奪する。
第三十条に現代社会において魔法による大規模な犯罪行為を引き起こした場合、社会的制裁を加える。
などなど、この後ろにも条例がズラリと並ぶが、通たちに対しての主な重要項目はこの六つになる。
時が経ち時刻は火曜の午前六時。
気を失ったデイジーに二階を明け渡し、ある技能保持者を探しにいった天音は外出中。残りの男性陣は一階で一晩明かし、通と鋼は寝ぼけ眼を擦り、背伸びをしてから身支度を整えようと私服に着替える。
通の服装は白いアイスTシャツに紺色のセミワイドパンツ。細身体型のため、ゆったりとした少し大きめのサイズで体のラインを隠し華奢に見えないようにカバーした着こなしだ。
一方の鋼はというと、灰色のロング丈のレイヤードありタンクトップに黒のスキニーパンツ、上着に黒のビックワークシャツを纏い、ウェアとズボンの間が鮮明に判別できるように重ねレイヤードの特徴を上手に組み合わせた服装で、両者ともに今どきの高校生の格好で清潔感が感じられる。
着替え終えた後、二人はリビングでこれからのことを話し合おうとしていた。
「通、俺の家族は大丈夫だ、心配いらない。風邪の症状はあるが全員無事だ」
「それは良かった」
「それで……通のおふくろはどうするんだ?」
呼びかけに応じない通の母親。相性が悪い場合、一週間以内に彫像と化す未知なる魔法。病院に連絡を入れて入院させることも考えたが時遅く、病床数が不足している状況で受け入れは困難と、五つの病院全てで平謝りで返された時に時間の無駄だと見限って方針を切り替えた。
「自宅休養で側に置いて特効薬を服用させる」
「難題が山積みだな」
特効薬をつくるには『錬金』の技能を授かった人が必要不可欠で、治療を受けたい人数は数えきれない。需要と供給が追いついていないため、ワクチンが下々の摂取する分まで回ってくるには時間を要する。
薬効の効力と副作用を兼ねた臨床実験を繰り返し行い、精査確認してからでなければ認可されないのだから尚更だ。一週間で母親に服用させるのは不可能に近い。
さらに魔魂水晶化現象で手が離せない医療従事者がダンジョン沼に潜り『錬金』に目覚めたとしても、高齢化社会で医療に携わる人が圧倒的に不足している日本でレベル上げに時間を割けるとは思えない。特例で国から命令が下りれば話は変わるが希望的観測は後悔の元になりかねない。
ならば取れる手段は一つ。『錬金』持ちを探しだし、自分達で材料を持ち込むしか方法がないが、錬金の人もある程度のステータス、レベルが規定値に達していないと、そもそも作り方が解放されない。
あらゆる手段を使ってでも法人ではなく、一般人で錬金を習得した人をこちら側に取り込む必要性があった。
「天音さんを蘇生するためにも確実に必要な人材だから、のちのことも視野に入れて人柄も考慮すると、自分達だけで期間内に特効薬へ辿り着くのは若干厳しいってところが本音かな」
「だな。とりあえず錬金は後回しにして、通が当てたチケットを使って沼に潜り、素材を確保する方が先決だと思うぞ? 他より先行して己を高めればチケット以上の金額が手元に転がり込むのも夢じゃないんだろ? やっぱ男はロマンを目指さないとな!」
「ははっ、俺は鋼と違って堅実派だったけど、魔法で世界の常識が覆された今、チャレンジしないでじっとしているのは人として健全じゃないと思う」
通は昨日当選してしまった、緑色に輝く『レベル2ダンジョン沼チケットナンバー00』の紙切れを親指と人差し指で軽くつまみ、垂直に立たせピラピラと扇いだ。
「にしてもこれ一枚で千億近い金額が飛び交ってるのが、本当に空恐ろしい」
通は昨日の深夜を思い返す。
チケットを手に入れた通が鋼と共に『ダンジョン沼の秘密』サイトにアクセスし、オークションに登録されたチケットのページに辿り着いた当初は目を疑った。十分も経たないうちに軽く億超えする金額で購入者が名乗り出ていたからだ。
流石の通もこれには肝を冷やした。鋼が馬鹿な真似して十年以上育んだ友情が儚く消えるかもしれない。身に余る大金は人を、人生を狂わせる。親友の鋼も例外ではない。
だが親友は昔の出来事で通の家族全員に恩を感じている。
通自身も言葉で言い表せないほどの鋼にはずいぶん助けてもらった。
愚かなことはしないと信じて彼の横顔を確認すると鋼の横顔は真剣そのもので、言葉を発せる状態ではなくスマホに釘付けになっていた。
そして鋼が我に返り、通に視線を送る。嫌な間が流れるが鋼が口を開き「俺は金のために通と争いはしない。それは俺の信条に反する」と、本心から出た言葉か判断はする方法はないが、次の言葉「だって考えてみろよ、通がスライムで俺を取り押さえることは簡単にできるだろ? それに貴金属を消化できるなら…………この後の言葉は言わなくてもわかるよな?」を聞けば醜悪な争いに発展するのは限りなくゼロに近いといえる。
この発言のおかげで金銭が絡む話でも互いにギクシャクしていない。鋼の実力分析は半分ほど正解で犯行に及べばスライムに指示しなくても、レベルアップを果たした肉体能力と武術レベル1の力で返り討ちすることは容易で、簡単に取り押さえることができる。
そのこともあって以前と変わらずに鋼と気軽に相談することが可能になっていた。
「すでに一千億クラスが七件落札されてるな。マジで組織とか怪しい黒ずくめの連中に狙われる危険性があるぞ?」
「TVドラマに毒されすぎと言いたいところだけど、チケット所有者探しに躍起になっているのは売り手求むのログ量からある程度は察せるよ。世界的に見ても安全な日本でさえ例外じゃないくらいにはね」
「だよな――通のチケットはゾロ目でファーストナンバーだから十倍の一兆提示してる人もいるしな」
「兆超えは個人で動かせる額じゃない。国が威信にかけて何が何でも落札しようという気概を感じる。下手したら暗殺されて奪われる可能性を考慮するとネット公表なんて馬鹿な真似はできない。動いた金額で銀行が把握して足がつくから、言い逃れることは皆無に等しい」
オークションで沼情報を開示して現金振り込みから今日に至るまで、押し売りセールや宗教勧誘、詐欺まがいの電話が、番号の変更しても留守電に十回以上来ていることを鋼は通から聞いている。それが今以上に酷く、鬱陶しさが増すのなら売り払うのは論外だ。
「それなら売買で得たお金でおふくろを助ける案は駄目だな」
「代案としてチケットと特効薬の物々交換もいいかもしれないと考えたけど、渡した人に悪意の矛先が向くのを最悪の想定で考えると交換するのも気が引ける」
通が喋ったことは起きてもおかしくないと鋼はおもった。自分たちが何も知らないだけで、実際には地球裏でチケット争奪戦が繰り広げられ血の争いが始まっている可能性もゼロとは言い切れない。現に日本の国際ニュース報道は偏っており、基本日本人が事件に巻き込まれるか、米国が事件を取り上げない限り大々的に扱うことはない。
「チケットは使おうと決めてたんだけど――――例の条約の五と十二が厄介でさ」
「確実に表沙汰になり、注目を浴びることになるな」
「そうなると鋼とデイジーさんが標的にされる……」
――――トン、トン、トン
二階から降りてくるデイジーの足音に気づき、慌ててチケットをズボンポケットに隠す通。
「なになに? 二人して驚いちゃって?」
リビングにやってきた寝間着姿のデイジーに副作用や異常は見受けられず、昨晩のイベント詳細などを食事を待ちながら話そうと食卓を囲んで椅子に腰かけた。




