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スライムサモナー  作者: おひるねずみ
プロローグ ダンジョン沼のプログレス
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第十九話 変わりゆく日常の始まり 月曜日⑤

 通の学び舎である公立清涼高校の平日授業が終わり、慌ただしい部活動の時間がやってくる。

 高二の夏はとても重要な時期だ。夏休み後の部活が終われば三年の先輩方からバトンが渡され、引継ぎ作業が待っている。

 さらには来年の受験や就職活動にも密接に関係してくる二学期の期末試験があるため試験勉強に回す時間を考えると先輩がたと一緒に活動できる時間は残り僅かで、県大会の日程も近い生徒たちの活力は日に日に増していた。

 デイジーと鋼も例外ではなく密かに湧きつつある心の闘志を胸にしまいデイジーは新聞部に、鋼は家庭科部の割り振りられた部活動の部屋に向かう。

 生徒の八割以上が部活に励み青春するなか、例外の立ち位置にいる帰宅部の通は学校での用事を終わらせた後、校門をくぐるまでに複数人が咳をしているのを見かけた。

 夏風邪が流行する前兆かと事案を考えながら学校の敷地を出て歩道を歩いていると、やはりここでも風邪の症状をした住民が所かしこで苦しそうに咳をしている。

 今朝デイジーが訴えた頭痛の件といい、目に見えない異変が起きているのを本能で感じ取った通は、外に留まるのは危ないと、帰宅途中にあるスマホを扱う店舗に急いで入店。アクシデントでひび割れてしまったスマホを若い店員に渡す。


「うわぁ…………これは」


 通のスマホを瞳に入れた店員の第一声がこれだった。後に続いたであろう「ひどい」の言葉を吐き出さず飲み込んだのは店員としての意地か矜持きょうじか? それくらいに液晶パネルはヒビ割れていて酷い有様になっていた。

 保証期間内なので修理費がいらないこともあり、通が使っている機種と同機タイプのアンドロイドスマホに取り換える手続きをしつつ、空き容量が残り少なくなってきたのでついでに自分のスマホに対応したマイクロSDカードを新たに購入してデータを転送してもらう。

 待っているあいだに店員と外の風邪について雑談していると「噂をすれば影が差す」ことわざのように話していた症状の客が来店。少し居心地が悪くなるも愛想笑いでやり過ごしているうちにデータを移す作業が終了した。

 ひび割れたスマホはショップ側が責任を持って処分することで今生のお別れとなり、SDカードの費用だけを支払って新品のスマホを手に入れた通は、わき目も触れずに猛ダッシュで帰路につく。


「ただいま」


 まだ日が沈むには時間がある十八時前に家に辿り着き、平常どおりに挨拶をするが帰宅しているであろう母親からのお帰りの返しがない。まさかと頭によぎり不安になって靴を脱いで家にあがると、プルが氷の上を滑るかのようなスピードでフローリングの床を滑り、通の前で身長の高さ付近までピョンピョンと左右にせわしく跳ねまわる。


「母さんに何かあったのか!」


 通の叫び答えるように落ち着きがないプルは跳ねながら、家の一階にある母親の寝室に向かいドアノブを器用に回転させて中に入る。ドアから覗きこむように室内の様子をうかがった通の瞳の先には、布団の中で寝込んでいる母親の姿があった。

 近づいて容態を確認すると、疲れた時の呼吸と似た息苦しさを感じるような寝息を立てて熟睡しており、プルの慌て具合から判断すると決して油断はできない。

 自分自身の病気に対する知識があるのだから風邪の特性は十分に理解しているはず。ただの風邪ならば賢いプルは玄関で高く飛び跳ねたり絶対にしない。

 緊急を要するような動揺したプルの仕草が気がかりになった通は、母の額に手を当てる。


「熱は……少しある」


 外で咳き込んでいる人たちと同じ症状なのかは判別不能だが、病気であることは間違いない。


「とおる?」


 目が覚めた母は上半身を起こし自身の症状と会社での顛末てんまつを通に伝えた。

 どうやら会社内で午後から体調を崩す人が続出し、帰宅際に問題になり大騒ぎになったらしい。そこで話が社員の間で大きく発展。

 今年の夏風邪は何かが違うと誰かが言いだし始め、普段なら全社員を集めて風邪の注意喚起を中礼を通して伝えるのだが、それを急遽中止して社内アナウンスで軽く流して社員の安全を第一とし、今日の仕事をきりの良いところで切り上げさせ順次帰宅させたようだ。

 そして明日はもしもの時を想定して臨時休業になるとのことだった。


「母さん。体のほうは大丈夫? 今日は俺のことは構わず無理しないで安静にしてていいから」

「……!!」


 プルも同じ気持ちか上下に胴体を揺らす、頷き動作で強く返答した。

 自分が帰宅するまで看病していたであろうプル。主人に同調する青いスライムに通は胸の中で感謝する。


「悪いわね。それじゃ、息子の言葉に甘えて今日一日休息を取って、明日から元気な姿を見せられるようつとめるわ」


 母は一言いい残して床に就く。

 通は睡眠の妨げにならないようプルと一緒に部屋の外に出て、手洗いうがいを終えてから台所に行くと、食卓には料理にサランラップで包まれた状態の皿と置手紙が添えられている。


『冷めてると思うからチンして食べてね。あと冷蔵庫の中に野菜と果物があるから好きなの選んでいいわよ。母より』


 病気になっても食事の支度を忘れない健気な母。亡くなった父は良い妻を貰ったんだなと改めて実感すると共に、愛情を注いでここまで成長させてくれた母に親孝行する目星はついていたが、本当にお金のためだけに身の危険を冒してまでダンジョンに潜る意味はあるのだろうかと、ふと脳裏に浮かんだ。


 ドラマでも世間でも、親より先に死ぬ子供は親不孝者と言われる。実際にその通りだと通は思う。だが頼もしい従者のプルがいる。不思議なダンジョンで成り上がれる力がある。そしてそれは世界を震撼させる力にも成り得るし、逆も然り。自分以外にも極めてまれな能力を授かった者は必ず現れるだろう。

 もしその人物が危険な思想の持主だった場合。力を持たない身近な人達に悪意を向けられたらと思うとゾッとする。自分が習得した現段階のスライム召喚と同等の力だとしても一般人クラスでは横槍が入らない限り、為すすべもなく一方的に強者に好き勝手される確率が高い。

 ダンジョン能力者による弱肉強食の世界へ繋がる扉は最初から規制されていない。世界のどこで起きてもおかしくない傍若無人な横暴な行為を阻止できる、脅威を退けられる力が手に入るなら、あとは手を伸ばして掴み、立ち止まらずに歩みを進めるだけだ。

 身近な大事な人を守るため、ひいては自分を守るためにダンジョンに挑戦する価値は十分にあると脳裏で必死に言い聞かせた。

 それに――――もう賽は投げられてしまった。権力者である総帥と前払いの取引が完了した時点で退路は絶たれてしまっている。


 母親におかしな病魔が忍び寄り、環境の変化で生まれた心情の雑音を無理矢理振り切った通はラップで包装されたオムレツや鶏肉などが入ったお皿をレンジに入れてスイッチを押すと、プルは通の茶碗にご飯を大盛りで盛り付けていた。

 育ち盛りだからいっぱい食べなさいとのプルからの有難い意思表示だろう。


「プル、そういえば天音さんの姿が見えないけど?」

「……!!」

「外の異変が事件性を秘めているから見回りに行った? 折よくば辻巡査か大鐘巡査に言伝を?」


 なるほどと一人納得する通。それから食事を食べ終えて食器をプルに渡し、通はリモコンでテレビの電源を入れると夕食時にいつも視聴しているニュース番組が映った。だが報道しているのは普段の男性ではなく、珍しくも若い女性リポーターの人だ。それに他局のリポーター達も中継地に大勢駆けつけている。

 物々しい雰囲気に姿勢を前のめりにすると警報音のSEが鳴り、上のテロップに世界各地で夏風邪流行か? との文字が流れ、通の視線を釘付けにした。


「え~~。こちら今、渋谷駅に周辺に来ています。ご覧になられますでしょうか? 通行人の三人に一人の割合で咳をしながら辛そうに通り過ぎていきます!」


 明らかに異質な駅周辺の近況報告。冬の新型インフルエンザ発生時でもここまで酷く映らない。これはもはや流行など生易しいものではなく、大流行と呼べるに相応しい惨状だった。


「すみません! お尋ねしたいのですが」


 行き交う帰宅途中の学生、主婦、仕事帰りのリーマン達に勇ましく積極的に声をかける女性リポーター。急いでるから、感染するからと邪推に扱われる中、マスクをしている小太りの男性が彼女に応対してくれた。

 彼はなんと個人診療所の開業医で今回発生した夏風邪について語ってくれるそうだ。どうやら世界で稀に見る特殊ケースで自分の手には負えないらしい。


「事の発端は午後十五時前後。それは前触れもなく訪れた」


 淡々と話す開業医の話に集中するリポーターはもちろん、お茶の間の住人も少しでも有益な情報を聞こうと耳を傾けた。


「最初は馬鹿に今日は風邪の患者が多いと不思議に感じていたが、院内でも知らず知らずのうちに風邪の症状を訴える看護師が現れ始め、何とか手を打とうとしたが咳をする患者が途切れることなく次から次へと診療所に足を運んでくる。医者になって三十年以上になるがこんな異常事態は今回が初めてだ」

「つまり相手ウィルスを甘く見積もり、悪循環に陥ったと?」


 鬼気迫る顔で語る医者と対話するリポーターは緊張して息を呑み込んだ。


「君の述べた通りだ。三十分したら取り返しのつかない事態になっていることに看護師の報告で気づいたが、もう手の施しようがなかった。君は信じられるかい? 今から三十分前の十七時半に全ての診療時間を終え、たった二時間患者とやり取りを介しただけで、総勢十二名いる院内で咳をしていないのが私を含めてたったの二人だ。二時間足らずで私の診療所は――完全に汚染されてしまったんだよ。私は得体のしれない恐怖を身に感じたね」


 映画に出てくるパンデミックを題材にしたような話にリポーターは声を詰まらせた。医師のあとに続く言葉が出てこない。驚かせてしまった医者は申し訳なさそうに唯一、病状の良い点を口にした。


「ただ今回の夏風邪は潜伏期間から症状が現れる時間が極めて短いと思われるが、命に係わる危険性は全くない。感染力が極めて強い突然変異の夏風邪だろう」

「そ、そうですか。命に別状はなくて、ひとまずは安心しました」


 話し終えた医者に礼を言い別れる女性リポーターを放送局から労う男性ニュースキャスター。

 渋谷駅の中継地点からお届けしたリポーターの仕事が終わり、放送担当を引き継いだ男性キャスターの隣に裏方の人間がやってきて、耳元で言葉を交わして場を後にする。


「えー、いま入ってきた情報によりますと世界保健機関WHOが現在、流行の兆しを見せている夏風邪について緊急記者会見を開いたのことです。繰り返します。今入ってきた――」


 時間の引き延ばしがミエミエの放送局。英文の翻訳もしなければならないので仕方がないだろう。


――――ピンポン!


「もう来たのか!」


 玄関のチャイムが通の座る席にまで届き、急いで立ち上がり来訪者を迎えに行く通。病気で寝込んでいる母の手を煩わせまいと最高速で飛んでいく。


「思ったより早かったな鋼」


 玄関を開けるとマスクで鼻と口元をしっかりと覆い隠し、大型のボディバッグを背負った同級生の鋼が肩で息をしながら呼吸を整えていた。


「ちょっと訳ありでな」


 鋼が家に来た理由は残り開放時間が限られているダンジョン沼レベル1の内部に潜入し能力をその身に宿すために他ならない。


「時間も限られてるしサッサと終わらせよう」

「そうだな。その前に水を一杯貰えると助かる」


 通は先に部屋で待っていてと鋼を二階に上がらせ、通は元居た場所に戻りテレビをリモコンで消して食卓の上に居座るプルを見て口角を吊り上げた。

前にも話した通り十九話で一時休載します。書き置きが溜まり次第、次話を投稿していくスタイルで三月上旬に投稿再開する予定です。

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