第十六話 変わりゆく日常の始まり 月曜日②
ちょうど何かのイベントがあったらしく、蜘蛛の子を散らすように生徒が各々に去っていく。
取り残された中心部には生活指導員の教員が、遠くからでも目立つ金髪ポニーテールのデイジーに厳重注意しているように見える。近づけば飛び火すると予想し歩行速度を二人してダウンさせる。
「……なにやってんだよ通」
鋼は通の行動に呆れ顔だ。通は鋼の背後にまわりこみ、腕をつかんで盾にしながら前に進む。気休めだがやらないよりはマシだ。発見されればデイジーと仲良くお叱りを受けなければならない。少しでも悪い事態を回避しようと悪あがきする通。
するとデイジーをガミガミと上から目線で説教していたであろう生活指導員は満足げに校舎内に入っていく。タイミング良く現場に接近できた通は鋼の横に躍り出て、何事もなかったような顔でデイジーに挨拶をした。
「おはようデイジーさん」
「おはよう通君」
目が笑っていない彼女。朝から理不尽な扱いをされて、ご機嫌斜めな雰囲気が表情を通して伝わってくる。
「それで、その横の人は誰? 通君のお友達?」
通が親友を紹介しようとする前より早く、鋼は自ら進んでデイジーに自己紹介をした。
「俺は通と同じクラスの鈴原鋼。気軽に鋼と呼んでくれ」
鋼の存在のおかげが、第一印象を損ねないようデイジーは無難な受け答えをして、終始微笑んで会話する。
互いに簡単な自己紹介を終え、朝のホームルームの鐘が鳴るまで時間があるので、十分前になるまで通行の邪魔にならないで人目に付かない場所、体育館の裏側に移動して三人は時間を潰す。
一番に話を切り出したのはダンジョン沼、未経験者の鋼。
ダンジョンに引きずり込まれた経緯。合流するまでに取った行動等々質問していたが、脳裏に声が届いて技能を授かった場面において、通とデイジーが経験した事象に差異が生じていたことに今になって気がつく。
「デイジーさんはダンジョン到着時に通信系魔法の『電波』を習得したのは間違いない?」
「う~~ん。一人で心細くて動揺してたけど間違いないと思うわ。通君みたいにモンスターを倒してレベル2になったら授けましょうなんてアナウンスは聞いてないわよ私」
通は「穢れし人間」と「本名」を当てられた部分をあえて言わずに伝えた。中二病を拗らせているのかと、当時は鼻で笑っていたがソレに何かしらの意味があるとすれば今は黙っていた方が都合がいい。
穢れし人間と称されたことに対して追及されたら面倒になる。弁明しようとも通には心当たりがないのだから話す意義が見いだせない。
押し黙っている通を余所に電波魔法に興味が湧いた鋼はターゲットをデイジーに絞る。
鋼は何かを感じ取ったのか、デイジーの所属している部活関連が技能習得に密接に関与しているのではないかという持論を二人に伝えた。
「確かに私は新聞部に所属してるけど……言われてみれば報道するにはインターネット、電波を通じてやり取りした方が効率いい。私が無意識に望んでいた願望によって得た能力? になるのかも?」
「でも鋼。それが事実なら俺の召喚魔法はどう説明できる?」
「それなんだけどよ通」
鋼はあの日、祖父から聞いた話。昔からこの地方に伝承として語り継がれている天鐘寺のことを通に教えた。召喚といったら胡散臭い黒魔術に関与する似非宗教団体が儀式をもってして悪魔を呼び出す場面が真っ先に頭に浮かぶため、通は自分の先祖が寺の住職をしていたことは気に止めていなかった。
「月に一度する感謝の祈りが関係してるんだと俺は踏んでいる」
「確かに鋼が言った祈祷が召喚に関係があるのかと考えるとあり得ない話では無いかもしれないけど、頭にピンと来ない。もう一押しあれば納得するんだろうけど」
「なら情報を追加しよう」
鋼が語った内容。伝承元の彦星役が織姫を迎えに行く現場である天の川。それが液体系モンスターのスライム召喚につながると鋼は予想した。
「スライムって水の塊を指名している所がミソだな。違う生物の召喚だったなら話題に出さなかったぞ通」
「なるほど。こじつけ感があるけど、一応は筋が通ってるし辻褄が合う。だけどたった二件で決定づけるには早計すぎない?」
白熱しかけた得られる技能の方向性。そこにデイジーが目を輝かせて金髪のポニーテールをゆらゆら揺らしながら鋼に近づき、両手で彼の利き腕の手を包み込むように力強く握った。
「個人の生い立ちを取り入れた鋼君の推察は説得力あるわね。どう? これを機に新聞部に所属してみない? 大丈夫! 不安がることなんてないわ。上には私が掛け合って説得して鋼君に幹部の座を約束! あっ!」
言い終える前に鋼がスッと手をあげ、頭部に左手が迫るのを視認してしまったデイジーは堪らず目を瞑る。
――――ペシッ!
チョップを当たる直前で止め、素早くデコピンに移行して額に食らわす鋼。
「痛い!」
「お生憎様。俺は家庭科部で来月の夏休みに開催される料理大会出場に向けて忙しいから無理だ! けど人材を推薦することはできる」
片目を開けて痛がる振りをしてオデコを摩るデイジー。
自慢げに喋る鋼は横にいた通に視線を移し、ニヤリと悪戯を思いついた子供のような無邪気な笑みを見せた。
「鋼。まさかとは思うけど」
「そのまさかだ。俺は通を身代わりとして推薦する」
「身代わり言うなよ!」
すかさず反論をいれて肘で鋼の横腹を小突く通。二人の馴れ合いを思わず笑っていたデイジーが突然、左頭部を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「鋼のデコピンのせいでデイジーさんが、す・ご・く・痛がってるけど?」
「はあぁ? そんなわけないだろ? たいして力込めてないぞ俺は」
最初はデイジーが冗談のつもりでわざと痛がった振りをしていると思っていたが、どうも様子がおかしいことに心配して二人して駆け寄った。
「ううっ……頭痛いっ!!」
「うおい! 大丈夫かよ!?」
「急いでデイジーさんを保健室に連れていこう。立てる? デイジーさん?」
ダンジョンの件もあることで焦りを覚え、デイジーの手を取り肩を貸す通。
「これ普通じゃないな。顔色に血の気が全くない! 通、俺いまからデイジーさんの教室に行ってクラスメイトに事情を説明してくる」
「頼んだ!」
鋼が走り出そうとしたとき、デイジーが苦しいそうな声で静止を呼びかけた。
「待って! 治まってきたから…………平気。これ以上さわぎを起こしたくないから、三人だけの秘密にしておいて…………お願い」
息絶え絶えで必死に説得するデイジーの、他者に迷惑をかけたくない強い意志を感じ取り、通と鋼は本人がそういうならと彼女の意見を尊重することにした。
♤ ♢ ♡ ♧
頭痛が治まった彼女を看病していると時間が差し迫ってきたので各々が所属する教室に向かう一同。
「ごめんね。自分勝手な我がまま言って」
「いや、別に俺はいいけど。保健室が嫌なら今日は早退するなりすればいいんじゃないか? 今からでも遅くないし」
気を利かせた鋼の言い分に通も同じ考えだ。
「ダンジョンであんなこともあったし、デイジーさんには自分の身をもっと大事にしてほしい」
「それはそうなのかもしれないけど、通君は私が今日お休みしても本当にいいの? 今日一日辛くならない?」
「それは…………まあ、なるようになるよ」
曖昧の返答をする通。実際のところ今日デイジーが早期に早退してしまうと、非常にしんどいことになる。
「ダンジョンが世界に進出してから初めての通学日。全校生徒から質問攻めにされる通。高温多湿な日和だから教室がサウナ状態になって干からびるな」
「俺に降りかかる不幸を完全に楽しんでるだろ鋼」
恨みがましい視線を投げかけると鋼は肩をすくめ、調子に乗りすぎたと素直に謝った。
「デイジィィィ~~~~」
階段を上ろうと足を踏み出した最中に、デイジーを呼ぶ女子生徒の声が上の階から聞こえてきた。知り合いの声に反応したデイジーは相手を見つけて満面の笑みで手を振って答える。
「呼ばれたから私いくね」
笑顔で別れを告げて金髪のポニーテールを鞭のようにして揺らし、制服のスカートを左右に大きくはためかせながら、二段越えで階段を駆け上がって踊り場を通り過ぎていくデイジー。
取り残された二人は元気を取り戻したデイジーが風のように去っていく後ろ姿を目で追いながら、鋼は彼女について感想を口にした。
「なんていうか猪突猛進な娘だな彼女。出会って間もないのに部活動の勧誘してくるとか思ってもみなかったぞ。あれは手綱を握るにはかなりの覚悟が必要と見た」
接待業を営む家系に生まれた鋼は、物心つく頃から看板息子としていろんな人と会話をしてきたため、人物を観察する眼は人並み以上に優れている。
通も似たり寄ったりでデイジーの行動力に溜息を吐いた。
「鋼のご想像通り、ソレはダンジョンでも遺憾なく発揮してたよ。俺の召喚した正体不明のプルを一番初めに抱きしめたのが彼女だし、恐れを知らない彼女のポジティブ思考は良い個性だけど、振り回される身になるのは勘弁かな」
二人の目先でクラスメイトっぽい友達に囲まれながら教室に入るデイジー。賑やかで格段に大きな声が階段の上り下りするところまで届いた。
「始まったな。聞き取り聴取という名の歓迎会」
「鋼……俺、今さらだけど、猛烈に教室の中に入りたくないんだけど」
「今頃になって怖気づいたのかよ! もうここまで来たんだ。今さら後戻りなんてできないだろ? 諦めて腹をくくれ通」
学校で目立たないように過ごしていた通は、きょう一日中、注目されるストレスに晒されなければならないのかと沈んだ気分で鋼と共に教室に入室。さきほどのデイジー同様の喝采がクラスメイトから通へ送られ、あっという間に教室のドア近辺で取り囲まれた。




