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スライムサモナー  作者: おひるねずみ
プロローグ ダンジョン沼のプログレス
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第十一話 自宅でホームワーク①

月曜日に投降したと思っていたら投降されていませんでした。

それもあって五日前に書いたであろう前書きは記憶にございません。

 天鐘通あまがねとおるは母との二人暮らし。父は天鐘が十歳の時に他界。それからというもの息子に不便な思いをさせないようにとの一心で、一生懸命に汗水垂らして働き家計を支えてきた母親。

 自分の唯一無二の肉親にダンジョンで起きた出来事。その後、鳳月雅人から直接スカウトされ多額の前金を受け取った事情を一部を内緒にして意識を取り戻した母に打ち明けた。

 「怪我さえしてなければそれでいいわ」と母は詳しく聞こうとはしなかった。一人の勇気ある警察官が別の沼に飲み込まれた経緯を聞いたため、息子は精神的に不安定なのかもしれないと想ってのことだった。


「実は母さんに紹介したい家族がいるんだ」

「……どういうこと?」


 ダンジョンでペットのような動物を拾ってきたの? と食卓テーブルの椅子に腰掛ける息子の足元付近を探る母親。


(なにもいない)


 母親は目線を元に戻して息子の話を聞いた。


「紹介したい家族っていうのは召喚魔法で生み出す相棒のことなんだ」


 通は有無を言わさず、召喚魔法を唱えて食卓の上にプルを呼び出した。

 息子が聞きなれない言語を喋り、眼前に現れた丸い固形物に目を丸くする育ての親。

 しばらく無言だったが目の前の現実に直視し、我に返った母は色々と息子に質問した。


   ♤   ♢   ♡   ♧


 数時間後。和気あいあいと母とプルが料理? を作っている。

 プルは器用に疑似腕で包丁を握りリズミカルに玉ねぎを切り刻んでいく。


「プルちゃん助かるわ~~。目が沁みなくて済むから今度からプルちゃんに頼もうかしら」


 包丁を握ったプルと天鐘母の視線が交錯した。

 それを遠くで見守る通。プルを家族の一員として認めてくれた母に感謝し、二階にある自室に引き返す。ドアを閉めてから部屋の照明をつけ、ルームチェアに座ってから勉強机の上に置いてあるノートパソコンを開く。

 通は新規メールを作成しキーボードを押してダンジョン知識の数々を次々と打ち込む。

 送り先は『ダンジョン沼の秘密』。鳳月から譲り受けたサイト経営者への極秘メールアドレス宛てにだ。

 送付内容は世界各国が喉から手が出るくらい欲しい特記情報。


「今から六日後。あと百五十時間以内にダンジョンレベル2と3が解放されることは確定事項だから記入。そこの高難度ダンジョンはフィールド型なので十人以上の編成で挑むのが望ましい。入場条件はレベル1ダンジョンで技能を授かった人物のみ。レベル1ダンジョンのように通行人を捕食しない沼っと」


 天鐘はプルから知り得た金にも勝る知識を、タダ同然で見聞として広めることにした。現世界の資源はリソースの取り合い。誰かが余分にとれば他の取り分が減る。そのように世界は成熟し完結してしまっている。

 日の目を浴びない資源戦争が世界中で発生しているが、ダンジョンが世界に普及すれば話が変わってくる。世界資源は有元だがダンジョン資源は、まるで欲望渦巻く人を沼に引き込むかのように今後、一定のスタンスを保ちながら後から後へと湧いてくる。

 醜い欲という名の不徳で殺し合いをする人間を除き、人類同士が資源が元で争う必要性がなくなる日の訪れは近いかもしれない。

 

「ダンジョンレベル2以上からは家畜関係の動物も姿を見せる。家畜が存在するということは牧草地やら水辺があることを意味する。ダンジョンを最初にクリアした者に経営権がダンジョン消滅期間までの間、譲渡される。ダンジョンボスを倒せばモンスターは以後生成されなくなる。この間に食料、鉱石、植物、木材といった有用な物資を安全に現実世界へ持ち運ぶことができるようになる。これにより世界の資源問題は一歩前進する」


 資源問題はこれで目途がつく。例として釣った魚を海外の加工会社に卸し、自らの口に入れることが許されない安く買い叩かれた飢えた漁師たち。ある意味、先進国の属国である立場の人たちが長年苦しんでいる慢性的な食糧事情が解決する。

 それらを考えれば情報提供など大したことはないと、多くの隔たりの上に間接的に関わっている偽善者だが、指をくわえて行動を起こさないよりはずっといい。通はクールに割り切っていた。


【天鐘君は、いったいどれほどの情報をプルから譲り受けたのですか?】


 ノートパソコンにタイピングされた文字を天鐘の背後から覗く浮遊霊の柊巡査に、天鐘は椅子を半回転させて向き合い後頭部に手を当てた。


「上手く伝えることができませんが、一つ確かなことは膨大な量ということです。頭が破裂してしまうくらい圧縮された知識の塊が脳にインプットされてます。ところで不自由ではないですか柊さん」


 先ほどまで天鐘から離れ、近辺地域を浮遊していた柊巡査は認識した事実を天鐘に話した。


【私が思っていたより自由気ままで行動範囲が広いですね。天鐘君を軸として半径一キロ以内でしょうか。それ以上進もうとすると警告が表示されて、後ろから引っ張られる感覚がします】

「その警告は霊素維持が不可能になる距離だからです。それ以上進むと魂が跡形もなく消失しますので絶対に避けてください」


 そういった重要なことは先に言ってほしいと唇を尖らせる、年上の女性である柊巡査の子供っぽい仕草に天鐘は小さく笑った。


【それで天鐘君はダンジョンから無事脱出できたわけですが、本当に体への異常は感じないのですか?】

「良い意味での異常ならあります。体がダンジョンを経験する前より軽く、内から力が溢れてくる感覚。生命力が以前にも増して満ちています。これでレベルアップの恩恵がダンジョン外でも適用されることが身をもって証明されました。検証する必要もありません」


 服の袖をめくり力こぶを柊巡査に見せつける天鐘。


【標準的な肉付きですね】

「俺も自身もそう思います。今後ダンジョンでレベルが上がり身体能力が上昇すれば、誰に見られても恥ずかしくない肉体美を手に入れることも夢ではないかもですが」

【それが判明したらジムでトレーニングしてるお客さんはこぞってダンジョンに乗り込むでしょうね】


 天鐘は愛想笑いで返答を返して、マッチョの団体がダンジョンに押し掛ける光景を振り払い柊巡査の容態をつぶさに観察する。


(俺から数時間離れていても霊素の流失は確認できない。どうやら柊さんの霊素は霊体に無事定着してくれたようだ)

「柊さん。どうやら俺との魂の相性がいいようで霊素の欠如は異変がない限り大丈夫そうです」

【天鐘君。それはひょっとして新手の口説き文句ですか?】


 空中で足を組み、頬に手を当てて目を細める柊巡査。ちょっとした雰囲気の移り変わりに戸惑う天鐘。


【フフッ。冗談ですよ。少しばかり天鐘君をからかいたくなっただけです】

「ホントに止めてくださいよ~~。どう対応すればいいか本気で悩んだんですから~~。それで柊さんの方こそ異常はありませんか?」

【そうですね】


 霊体の体を首から手でなぞり、胸、肋骨、お腹の順に腕が下にさがっていく。


【特にありませんね】

「よかった。あと頼みたいことがあれば遠慮なく言ってください」

【それならテレビの電源をお願いします。私達のことが放映されているかもしれないので】


 天鐘はテレビをつけてチャンネルを色々と変える。どこも局もダンジョン関係のニュース番組に変更されて、その中の一つが自分たちのことを映したチャンネルだった。


【ここでいいですよ。ありがとうございます天鐘君】


 柊巡査がその場でプカプカと浮きながらテレビに釘付けになったことで天鐘は、鳳月から託された仕事の続きに取り掛かる。




 ダンジョンから排出された資源素材を扱うには、その道に精通した技術者、ダンジョンで授けられた技能が必要になる。

 ダンジョン産資源素材で製作した魔素が含まれた武具に『魔魂水晶(ソウルクォーツ』の液体を容量を守り染み込ませれば装備品の強度が保たれ上昇する。修理する時に『魔魂水晶(ソウルクォーツ』の原液を使用すれば瞬時に新品同様に元通りになる。但し少なくても品質が同等級でなければならない。

 『魔魂水晶(ソウルクォーツ』の原液はダンジョンに潜った者の身体なら悪影響を与えることはない安全な液体だが、一般人には話が別。触れたら中毒を起こす劇薬に様変わりするため、取り扱いには注意が必要。

 などといったこれから需要が高まる製作技法や注意点を書き加え、ダンジョンの食材、毒性植物などを簡単に記載していく。

 一時間ほどで一仕事を終えてた通は椅子に寄りかかり凝り固まった体を解きほぐすよう背伸びをする。


「とおるぅ~~~~。ご飯よ~~~~」


 母に呼ばれた通は階段を下りて漂ってきた香辛料の香りに思わず笑みを浮かべた。


「今日の献立はカレーか!」


 日本国民の老若男女ろうにゃくなんにょが大好きな庶民的料理のカレー。通は洗面所で手を洗い自分の席に着く。

 葉の模様が描かれたテーブルクロスの上には湯気が立ち昇る大盛りのカレー。ガラスのコップには氷が入ったキンキンに冷えた麦茶。そして横に「今日の料理は私が手伝いました」と自慢げなプルが付属されている。


「母さん。プルの働きぶりはどうだった?」


 エプロンの前掛けをした母親に仕事ぶりを聞くとプルがプルリと波打った。


「この子、凄いわよ。料理道具の使い方を教えもしてないのに私以上に使いこなしてるの。まるで料理の鬼だった祖母がそこにいるかのようだったわ」


 最初の感想がべた褒め。それは料理を手伝ったプルのことを認めている証。これで家から追い出されるようなことはまずないだろう。家庭的な優秀スライムに、家の中でもプルの居場所があることに通は心の底から安心した。


「それで母さん。プルが手伝った料理はもう口にした?」

「いいえ、まだよ。食事をするときはいつも一緒って決まりでしょ」


 素晴らしい教えだと天鐘は思う。生真面目な性格が滲み出た家庭内での決まりごと。

 自分はつくづく愛されていると実感する。女手一つでここまで育てるのがどんなに大変なことかは、十歳の時から母の偏った生活サイクルを目の当たりにしている通自身がよく理解している。

 それもあと少しで緩和させて楽を、親孝行してあげることができる。先ほど画面がひび割れたスマホで確認した預金通帳には既に鳳凰雅人から前金が送金されていた。通の合計預金額は学生の身分に不釣り合いの五億四千万という大金。豪遊せず慎ましやかな生活をしていれば一生働かなくてもいい金額。

 通は育ての親にスカウトされた経緯を後日に話し、サプライズとして毎月三十万プレゼントする予定だ。多すぎず少なすぎず、これくらいの金額が息子から貰って嬉しい限度額だろうと考えていた。


「とおる? 何か嬉しいことでもあったの? 顔がだらしないわよ」


 非常にマズイと脳神経が反応したが後の祭り。母を喜ばせようと妄想していた通はぎこちなく「そんなことないよ」と答えるが、生まれた時から一緒だった肉親にはバレバレだった。


「は、はぁ~~ん。もしかして」


――――ドキッ! 


「一緒にダンジョンから脱出した、確かデイジーさんだったかしら、あの子とダンジョン内で何かあったんでしょう。白状なさいとおる! じゃないと晩御飯のカレーは抜きよ!」


 通の朝食と昼飯は母が気を失って倒れていたこともあり、朝はコンビニで販売しているとろろそばと野菜たっぷりのサンドイッチ。昼はインスタントのカップ麺。

 普段料理をしない通は、やっとまともな食事が食べれると心内で歓喜していたのだが、面白半分に母から食事抜き宣言を言い渡され「そんな殺生な」と、カレーとデイジーと三十万のトリプル板挟みに苦しんだ。

 苦悶の末。お金のことを話さず、母が好む、望む展開の内容をさっさと白状して食事にありつきたい結論に到達した。


「デイジーさんに抱き着かれました。以上。いただきます!」


 最短言語で手短に伝え、恥ずかしさを紛らわすように最速でスプーンを右手に持ち、横から具と共にライスを口の中にかきこみ塞ぐ。


「んっ!?」


 ニヤニヤ笑う母親。


「いつもとルーが違う!」


 やられた。サプライズが成功した瞬間、母は喜色満面きしょくまんめんにあふれていた。


「カレーのルーは通販で今一番売れてるグルメ御用達の黄金ルーを使ったのよ、他にもあるわよ通? どういう原理が知らないけど、この子が触れた食材が一瞬で取れたてのみずみずしい鮮度になるのよ。母さん驚いたわ」

「!?」


 その時、通の頭にプルから知識が流れ込んできた。


『スライム細胞と鮮度復元』

物質の劣化を止め、スライムの復元細胞により鮮度を若々しく保つ。人体にも有効。


 これはまた非常に実用性が高く需要があるヤバイスキルだと通は実感した。サバイバル関連は言わずもがな、時の権力者達や美を追求する女性が欲しくて堪らない恋して病まない技能。それをプルが所持している。

 バラすことが出来ない秘密がもうひとつ増えた。他人に認知されたらプル争奪戦が勃発しかねない。


「母さん。このことは絶対に誰にも話さないと約束してくれる?」

「……そうね。普通に考えたら非常識すぎて、ご近所さんにも言えないわ」


 すぐに危険性を察知してくれた母。すると今まで置物だったプルが通のカレーが入った平たい食器に音もなく、摩擦抵抗抜群のテーブルクロスの上を不思議と滑るように近づいてきた。


「なんだプル?」

「この子。きっと料理カレーの感想を聞きたいのよ」

「そうなのかプル?」


 体でコクコクと返事をするプルに通は親指を立てて美味しいと伝えると、プルはその場で体をプルプル振動させた。


「嬉しそうね」

「母さんもプルの感情が区別できるの?」

「気のせいかも知れないけど、そんな気がするわ」


 自分がいなくても母とコミュニケーションが取れそうなプル。学校にいる間、家でお留守番させても問題はなさそうだ。


「ところでさっきの話の続きなんだけど」


 再び息子に意地悪する顔つきになる母。気を紛らわすようにカレーを食べながら話を聞く通。


「外国人のデイジーさんって日本人と違って外見が大人びてるわよね」

「そ、そうだね」

「長身で、高二なのにでてるところも服の上からでも判別できるくらい強調されてるし」


 通はナチュラルに、別れてから一日も経っていない抱き着かれた当時の、デイジーの肉体の感触を思い返していた。


「抱き着かれてラッキー! って心の中で叫んでたんでしょ? 母さんは何でもお見通しよ通」


 脳裏に浮かべていたダンジョン内部での体験。感想がその通りで的中しているため反論できない。


「まあ――――弄るのはこれくらいにして、通。デイジーさんも危険な目に遭ったのよね」


 言いづらい。たとえ気軽に話せる肉親でさえ言い難い。


「…………一歩間違えれば死んでいたかもしれない」


 息子の深刻な顔に気づいた天鐘母は追及することを止めた。


「そうすると留学生のデイジーさんは心に深い傷を負ってるかもしれないわね。もしかしたら|心的外傷後ストレス障害《PTSD》の可能性も」


 十分にあり得る話だった。ダンジョン内部で行われたのは生存をかけた血生臭い争い。

 プルの技能で精神が安定している通には異常がないため、色々なスキルを得たり他の要因が積み重なって、今の今まで気が回らなかった。

 そんな簡単なことを見落とす愚かな自分に通は軽く嫌悪感を抱いた。


「通。デイジーさんが困っていたら力になってあげなさい。男をあげるチャンスよ」


 通はカレーを食べるのを止めて無言で頷いた。



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