第一話 漆黒の沼
誤字脱字が目立つかもしれませんが、どうかひとつよろしくお願いします。
今からおよそ一時間前。大小様々なサイズの漆黒沼が全世界に同時出現した。数は測定不能。黒き沼から触手のようなものが伸び、周囲の生物を取り込む意志を持った沼。もちろん人間すら軽々と飲み干す。
世界各国は一時騒然とするも緊急首脳会議を開き、対応に追われた。一時間後に沼は触手活動を止め、完全なる沈黙に陥った。
この間に各国の精鋭部隊や学者などエリートが招集される中、騒ぎから六時間後に沼の一つが光り輝き、遠方からバリケードを構築していた軍人が確認すると沼は完全消滅し、吸い込まれた生存者がぼろぼろの姿で地上に帰還したのを肉眼に捉えた。
生存者たちはすぐに保護され事情聴取される。その動画情報がすぐさま各国に駆け巡った。
「沼の中はダンジョンで構成されていて、ファンタジー世界に登場する小鬼、魔法生命体スライムなどが見境もなく明確な殺意を持ってこちらを殺しにくる。例えるなら戦場のような場所でした」
「良く生き延びられましたね」
「はい。頭の中に声……念話と例えましょうか。それが聞こえてきて魔法のようなものを継承したんです」
「ッ!? ちなみにどういった魔法ですか?」
「自分は火魔法ファイヤーボールを行使する力に目覚めました。同じく帰還した人たちも一つ何かしらの能力に目覚めています」
「実際に見せてもらうことはできますか?」
「一回だけでしたら」
次の瞬間。生存者の手のひらに野球ボールサイズの火の玉が出現した。
「おおっ!?」
「すみません」
「はい?」
生存者が謝ると火魔法はボッっと音を立てて消えた。
「疲労困憊でこの程度しかできません」
この生存者の映像と言葉が世界を震撼させたのは言うまでもなかった。TV報道、規制されていない沼に我先へと殺到する都市部の民間人。
一般教養を持った人達もが挙ってSNSやツイッターの情報源を基に集結するなか、雨音響く夜中、おやつを買おうと傘をさして近所のコンビニに向かっている学生がいた。
「おやつはポテチうすしお、チョコパイ、あとコーラでいいだろう」
彼の名は天鐘通。関東出身の高校二年生。授業予習のお供である甘いものをゲットすべく、水たまりを避けて歩道を歩いている最中だった。
「んっ? 地面が……?」
天鐘が足を止め腰を下げ、目を細くして暗闇の中で怪しく感じた地面。水たまりを凝視する。
「えっ? うそ……だろ……」
人生始まって以来のビッグチャンスの予感に天鐘は水たまりを二度見した。
「これって、今トレンドの沼――――なのか?」
未発見の、小型サイズの沼を偶然発見してしまった天鐘はその場で足を完全に止めた。沼の大きさは人が三人くらい入れる程度の大きさ。
周囲を見渡すも天候が雨で時間が夜中。更に場所が田舎のため人の存在が皆無だった。
「遂に俺にも運が巡り巡ってきた!?」
天鐘はその場で舞い上がり、完全に理性を失っていた。沼に近づいてスマホで撮影し、仕事の早い誰かが早々と立ち上げたサイト「ダンジョン沼の秘密」にアクセスし、生の沼写真を提供。反応は凄まじくサイトの翻訳機能が適用されたログ欄には「場所はどこだ」の文字がびっしりと並ぶ。
天鐘は想像以上の反応に喜びを隠しきれなかった。もちろん無料で情報を載せたわけではない。
沼の出現位置には早くも多額の賞金が懸けられており、オークション形式のサイトに出品すれば値段がつりあがっていく。二分前に取引された沼の位置情報はロシアで買値は十億ドル。買い手は世界中にいるが、沼の所有権が得られるわけではない。
国に政府に位置を特定されるのは時間の問題。従って情報購入するにしても近場でなければ全く意味がない。
「生存者の動画でダンジョンボスを倒すと沼が消滅して帰還できるから、民間人より圧倒的に戦闘技術がある軍が沼に突入すれば、より簡単にクリアできる。そうするとやっぱり需要より供給の方が今は全然足りないはず」
買い手の心理からすると未発見の沼は有限で時間が経過すればするほど沼への規制が強化され、魔法を得る機会が激減する。魔法は必ず犯罪に使われるのは誰の目が見ても明らかで説明するのも馬鹿らしい。国が徹底的に管理し入出するには何かしらのコネが無ければ不可能になるのは自明の理だった。
「そう考えると購入売買のチャンスの境目は日付が変わるまでか…………」
スマホの時刻を見ると二十時を少し過ぎた時間。考えても仕方ないと天鐘は気持ちを切り替え落ち着いて沼位置をオークションサイトに情報発信した。
購入希望者が金額を提示する。初回の金額は二十万から始まり、段々と値が上昇し軽々と百万を突破、一億円台まで来ると金額が落ち着き始め最終的には三億の値で落札された。手数料に税込みで二十パーセント引かれるが億単位の金額が舞い込んでくるため大して問題にならない。宝くじの1等を当てたようなものだと軽く解釈すればいい。
そしてサイトを通して購入者へ秘密裏に位置情報を教えた。取引が完全に終えるまでの作業、手続き時間は僅か三分弱。あまりにも迅速、手慣れすぎている感が否めない。サイト設立者は相当のやり手だと天鐘は認識した。
天鐘はスマホアプリを起動し、恐る恐る正月のお年玉とアルバイト代で貯蓄した自分の預金口座ページ残高を確認した。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくま…………ホントに二億四千万入金されてる…………」
天鐘は今になって自分が恐ろしいことを実行した過ちに気付いた。
恐らく情報を買った本人は信用できる仲間と一緒に沼へ向かうはず。
もし、もしもだ。沼に近づいても何も起きなかったとしたら俺はどうなる? 軽々と三億の大金をポンっと出す人物。確実に大人で世界的に見ても最上位カーストに該当するだろう。
そんな人達との間に間接的ではあるが関係を持ってしまった。どうするべきか雨の音を静々と癒しのBGMとして聞きながら熟考する。
「嘘をつかずに、全部正直に話そう」
今からでも遅くないと地元警察署の番号を入力して事の顛末を天鐘は伝えることにした。
――――プルルルルルル――――プルルルルルル。ガチャッ!
天鐘の予想に反して混みあっていることはなく、すぐに受話器を取ってくれた。
「こちら○○警察署。どうしましたか」
受話器先の相手は若い女性警察官。そのことで不安が少し和らいだ。
「沼が、沼が近くに発生しています!」
「そうですか。では名前をお願いします」
「天鐘通です」
「あまがねとおる…………」
対応している人がキーボッドをタッチしている音が耳元に響く。
「発生場所は?」
「○○交差点の――!」
天鐘が言いかけた時、後ろから両腕、両足、手首、足首。計八か所を何かにつかまれ拘束される感触を感じ取ると同時に、後方へと勢いよく引きずり込まれた。見ると三十メートル離れた場所の漆黒沼から触手が伸びてきていた。
「天鐘さん?」
「うわあぁぁぁぁ!!!」
スマホと傘の持ち手をギュっと強く握り放さない天鐘。彼は抵抗することできずに漆黒の沼へと落ちていった。
ガタッ! 椅子から立ち上がり電話の受け手であった警察官が大声で上司の名を呼ぶ。
「佐々岡警部っ!」
「どうした柊」
佐々岡と呼ばれた警部は尋常ではない部下の様子に、今ホットな話題である沼の関連事件だと推察した。
「沼の位置を提供してくれる人がいたのですが、悲鳴を最後に通信が途切れました」
「演技っぽかったか?」
警察官の柊はさっきまで、幼稚じみた情報提供者を電話ごしに相手をしていた。その経緯から芝居ではないと断定づける。
「あれが演技なら俳優の才能がありますね」
「そうか。わかった。俺の権限では解決不可能なヤマだから県警に指示を仰ぐとするか」
要約すると、担当地域の部下だけでは不足な事態が起きかねない超危険な場所にほっぽり出すわけにはいかない。
戦力を増強してから未知なる沼に備える必要があった。それにダンジョンに突入するのは民間警察ではなく自衛隊が先頭に立つべきと世論も後押しすることだろう。
「はぁ―ー。佐々岡警部が欲のない話が通じる人で良かったです」
「おう! 出世には興味ないからな。こんな危ない橋、渡れたもんじゃない。相手が犯罪者なら躊躇、容赦しないがモンスターが相手なら話は別だ。対応の仕方が全く違ってくる」
「我々警察官に危険手当は無いですからね。万が一があった場合、恨みをぶつける相手がおらず、残された家族が可哀想です」
「まあ、それは置いとくとして柊。朝方には自衛隊が各地の沼に突入するみたいだが…………一般人がダンジョンで少なく見積もっても半日、持ちこたえられると思うか?」
雨音で聞き取りにくかったが話していた相手は一人で周囲には誰もいない感じがしていた。乾いた笑いしか出てこない女性警官の柊。常識的に考えて生存者の証言に鑑みれば絶望的に近い。
「憶測ですが……生き残ってダンジョンから帰還するのは難しいでしょう。奇跡が起きない限り」
「ならその奇跡とやらに期待するしかない。案外、神様も捨てたもんじゃないかもしれないからな」
「あれ? 佐々岡警部って確か無神論者だったはずでは?」
「ああ? そうだぞ。俺は無神論者だ。神なんてものはいない」
この人、断言しちゃったよ。柊警察官は罰当たりと思うが口にはしない。それが処世術なのだから。
「お~~し。お前ら、俺が電話してるうちに何時でも出発できる準備をしておけよ」
この場にいる警察官に指示を飛ばし佐々岡警部は県警に連絡し指示を仰いだ――――結果。○○交差点を軸にして沼を特定する即席の捜査隊、三人一組が四組結成された。
最初に沼を見つけたのは若手の巡査ふたりと組んだ新人の柊警察官の隊だったが、地面と沼の見分けが困難で対応が遅れ、連絡を入れる前に体を拘束され三人まとめて沼に捕食されてしまった。
その十分後。四組のリーダーである佐々岡警部に、沼の位置情報と共に三つの警察帽が現場付近に落ちていたと連絡が入った。