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2018年3月11日 首都地下鉄駅(2)

逃げなくてはいけないというのは子供でも分かることだった。だが本能のままに逃げたところですぐに追いつかれることは予想できる。自分達のとても近いところに死が迫っていることが駿にはよくわかっていた…………それはなんとしても回避しなくてはならない。少なくとも自分が守ると宣言した茜だけでも。


「ゆっくり、下がるぞ」


 恐竜のようなその生き物に視線を向け続けながら、駿は茜の肩を掴んで自分の脇に引く。出来れば今すぐあれから背を向けて走り出したいが、それは恐らく貴重な猶予を失う行為だ。熊などの野生動物は獲物が背を向けて逃げると本能的に追いかける。あの恐竜もどきが同じかどうか知らないが、様子見が続いてくれるならそれは思考するための貴重な猶予だ。


 カツン


 一歩下がったこちらに合わせるように恐竜もどきが一歩前に出る。さらに溜めるように後ろ脚を屈めて体を低くした…………飛び掛かる前兆だと見ただけでわかった。その瞬間に茜を突き放して逃げるように叫ぶ、自分が必死の抵抗をしている間に彼女は逃げられるだろうか?


 それが成功するか思索する時間はなく、他の方法を考える余裕もない。そうなるように祈って行動する事しか今の駿にはできそうもなかった。


「伏せろっ!」


 その声は恐竜もどきの後ろの方から聞こえた。それが誰かを確認するよりも前にただ一つの活路だと直感して駿は茜を引き倒してその場に伏せた。彼女の小さな悲鳴が聞こえたが今は気にしていられない。


見上げたその視線の先では恐竜もどきが突然伏せた二人に警戒してか一瞬体を硬直させていた…………そしてそれが解けるよりも早く轟音が響き渡る。


「っ!?」

「きゃあっ!?」


 銃声というものは非常に大きい。映画やゲームなどと違って現実のそれは近距離で聞けば耳をおかしくしてしまうほどだ。今回は距離こそあったが密閉された通路ということもあって音は四方から響いて二人の鼓膜を叩いた。慌てて両耳を抑えるがすでに耳の奥はぐわんぐわんと鈍痛を訴えてそれが視界までも揺らしていた。


「ち、しぶとい」


 それでも何とか銃声が止むと同時に呟かれたその声を拾えた。駿の視線の先では体中から血を滴らせた恐竜もどきがくるりと振り返るところだった。銃弾がしっかり撃ち込まれたのだと見ただけでわかるのにその動きは弱っているように見えない。そのまま自身に銃弾を叩き込んだ相手へと疾駆する。


「ちぃっ!」


 舌打ちが聞こえると共に連続した銃声が再開する。慌てて駿と茜は両耳を抑えるが視線だけは恐竜もどきの後姿を追い続けた…………その向こうに迷彩服を着た男の姿が見える。アサルトライフルを構えたその男は迫る恐竜もどきに対して銃弾を撃ち込み続ける。


「っ…………やっと死んだか」


 男まであと一メートルという所でようやく恐竜もどきは床へと崩れ落ちた。彼は周囲に気を配りながら腰から新しいマガジンを取り出して今しがた使用したライフルへと装填する。それからようやくして二人の元へと視線を向けた。


「おい、無事か?」

「…………っ、はい!」


 耳鳴りは多少続いていたが何とかすぐに駿は返事ができた。立ち上がり茜の顔を伺うが彼女もそれほど問題なさそうに見えた。手を貸して立ち上がらせて男の方へと足を向ける。


「俺は高崎だ。見てわかると思うが自衛隊の人間だ」


 名乗る男を改めて見ると駿よりも一回り背が高く、体格もがっしりとしていた。鍛えられたその筋肉と色黒に焼けた肌は培ったであろう厳しい訓練を想像させる。この場において何よりも頼りになる存在だと素直に思えた。


「救助に来てくれたってことですか?」

「一応そういうことになる」


 一応という言葉が駿には気にかかったが、それでも高崎は二人に頷いた。


「二人は高校生か?」

「そうです。さっきまで地下鉄の構内に避難してて……」


 それまでの経緯をかいつまんで駿は彼へと話す。


「そうか」


 渋い顔で高崎は頷く。


「あの! 救助は高崎さん一人だけなんですか!」


 そこに茜が溜まりかねたように口を開く。それは駿も気になってはいたがすぐに聞くことが躊躇われたことだった。


「…………」


 高崎は一瞬押し黙っていたが、すぐに諦めたように息を吐いて話し始めた。


「俺たちの目的は地下鉄駅構内の避難民の救助だった」


 俺たち、と複数形で彼は言った。


「ところが現地に到着前に救助対象たちが通路を逆走して来た…………おまけにあの恐竜みたいなやつらが大量にそれを追っかけて来た」


 いくら訓練された自衛隊員でもどうにもならない状況もある。波の如く押し寄せる避難民たちに落ち着かせる間もなく飲み込まれ、また彼らがいるせいで恐竜もどき相手に満足な発砲すらできない。そんな状況下でまともな部隊行動が維持できるわけもなくあっという間に大混乱に陥った。


「で、俺はその混乱で原隊とはぐれて合流しようと歩いてたわけだ」


 そして駿と茜を見つけた。


「あの、無線機とかは?」

「残ってればよかったんだがはぐれた時に落としたらしくてな」


 あの混乱の中で高崎は避難民たちに何度もぶつかり縋られ掴まれた。怪我をしなかっただけマシではあるが気づいた時には引きちぎられるように装備を何点か喪失していた…………無線機もその一つだ。


「そっちはスマホとか使えないのか」

「それがずっと圏外なんです」

「駄目なままか」


 高崎は頭を掻く。


「ならとりあえず外に出るしかないな」

「僕らもそのつもりだったんですけど」


 そこであの恐竜もどきに遭遇したのだ。


「あの恐竜みたいなのがどれくらいいたかわかるか?」

「…………多分、地下鉄の線路を埋め尽くすくらいに」


 直接見えたわけではないが足音の量から想像すると多分間違ってないだろう。


「そうか、ならまた遭遇する可能性は高いな」


 高崎がそう呟くと同時に茜がびくりと震えたのが駿にはわかった。安心させるように手を強く握るがそれが気休めになったかどうか。


「おい、えーっと」

「あ、僕は金崎駿です。こっちは宮島茜」


 名乗ってない事を思い出して慌てて駿は名乗る。


「そうか、じゃあ駿。生き物を捌いたことはあるか?」

「…………ないですけど」


 いきなりの質問に怪訝に思いながら駿は首を振る。残念ながら普段料理もしないので魚すら捌いたことはない。


「そいつを捌けるか?」


 けれど高崎はそう続けた。


「捌くって…………」

「腹割いて内蔵を確認するってことだ」


 答えながら彼は腰に提げた鞘から大ぶりのナイフを抜き払う。


「な、なんでそんなことを駿がやらなきゃいけないんですか!?」


 非難するように茜が声をあげる。生き物の、それも食べるでもない大きな生き物の腹を裂くなんて普通に生きてきた彼女にとっては許容できない行為だった。


「時間の余裕がないから手短に答える」


 視線を駿に向けたまま高崎が告げる。


「あの恐竜もどきはタフ過ぎる。正確な急所の位置を調べて効率的に殺せるようにしないと弾も足らんし距離が近いと対応が間に合わん」


 そこに転がっている一匹を殺すのにライフルの弾をワンマガジン消費している。予備の弾薬はまだあるが一匹殺すのにその量ではとても足りない。


 それに確殺距離の問題が一番大きい。殺すまでにかかる時間はそれだけ相手に近づかれる時間でもある。先ほど倒した時は何とか近づかれる前に倒せたが、あと一メートル近い場所から戦闘を始めていたらその牙も爪も彼に届いていただろう。


「それでもなんで駿が……」

「俺はあの恐竜もどきが現れたら即座に対応する必要がある」


 確殺距離の問題がある以上は発見から一秒でも早く攻撃に移る必要がある。それに恐竜もどきの腹を捌けば確実に手は血に塗れる。拭いている暇などあるはずないが、そのままアサルトライフルを扱えば滑って誤射する可能性がある。そのリスクを避けるなら最初から他の人間がやるのが一番早い。


「必要、なんですね?」


 高崎の握るナイフに見据えつつ駿が訊ねる。


「生存の確率を高めるならな…………今のままだとあの恐竜もどきが二体同時に現れたらほぼアウトだ。もちろん遭遇しない可能性もあるから無駄な時間になるかもしれんがな」


 だが高崎としては安全性を高めておきたい。保険が無駄になるならそれは幸運だったというだけの話だ。不幸であった場合の対策こそ必要だ。

「やります」

「駿!?」


 驚いたように茜が駿を見るが彼はもう決意を固めていた。


「よし、何も解体するわけじゃない。掻っ捌いて中身を確認するだけだ」


 そう言って高崎はナイフを駿へと手渡す。


「わかりました」


 受け取って駿は恐竜もどきの死体へとしゃがみこむ。躊躇いはあったが覚悟もあった。奥歯を噛んで哺乳類ならへそがあるあたりへとナイフを突き立てる。そのまま深々と突き刺さったそれを胸元へと引いていく…………意外にも抵抗はそれほど強くなかった。柔らかく伸びるゴムのような感触だ。


「え?」


 駿にだって最低限生き物の身体についての知識はある。だから切り裂いた腹部からは腸などの内臓が溢れて来るものと思っていた…………だが、それがない。血とも違う半透明のどろどろが代わりに溢れ出てきた。


「どうした?」

「えっと、内臓がほとんどない…………です。胃が見えますけどそこから繋がってる腸もないですし、腎臓とか? そういうのも見当たらないです」


 見えるのは異様に膨らんだ胃らしき袋だけだ…………そこにパンパンに詰まっているものがなんであるかを確かめる勇気は駿にはない。銃弾で穴だらけのそれは今にも破れそうに何かがはみ出しているが、それも見えないことにした。


「内臓がない? 肺とか心臓もか?」

「…………あ、それはあるみたいです」


 胃をさかのぼって胸骨の方を手で広げると肺らしき二つの臓器、それと中央に心臓らしき塊が見つかった…………心臓は穴が開いてグズグズに崩れているがそれはライフル弾が命中したからだろう。


「他は?」

「…………ない、ですね」


 心臓と肺と胃だけが詰まった体。胃があっても栄養を吸収する腸などの器官がないのでは何の意味もない。それではただ喰ったものを体に保存するだけでしかないだろう。


 こいつはどこかの国の作った生物兵器か何かかと高崎の頭に浮かぶ。行動するための最低限の臓器はあっても生き続けるために必要な臓器はない。最初に与えられたエネルギーの続く限りだけしか行動できず、繁殖もしないというのは高崎の常識では生物とは呼べない。使い捨ての兵器といった印象だ。


「高崎さん?」


 思考の海に沈みそうになったところで声を掛けられて現実に戻る。今必要なのはこの恐竜もどきの来歴ではなくこの場を生き延びるために必要な情報だ。


「頭を持ってくれ」

「はい」


 言われるがまま駿は恐竜もどきの頭を持ち上げる。


「重いか?」

「そんなに、ですね」


 頭の重さはそのまま脳の重さだ。軽いということは脳が小さいということであり、ただでさえ銃弾が滑って逸れる頭部を狙って仕留めるのは難しいということになる。


「よし、もういい」


 結果は芳しくないがこれ以上は必要ない。


「もういいんですか」

「ああ、頭と心臓をしっかり狙うしかないということはよくわかった」

「…………それって駿がこんなことする意味あったの?」


 思わず皮肉気に茜が口を挟む。頭と心臓が急所なんてことは確認するまでもなくわかることに思えた。


「もちろんあった」


 だが高崎は微塵の躊躇いも見せずそう言い切る。確かに期待した成果では無かったがあの異常なタフさの正体はわかった。活動するのに最低限の臓器しかなく、それも頭蓋骨や胸骨に守られているのだからそれはしぶといに決まっている。


 普通の生き物であれば無数の銃弾を体に受ければ、急所に命中しなかったとしてもそのショックや痛みで動けなくなる。それはこれ以上動けば命に関わるという本能による危険信号のようなものだ…………だがあの恐竜もどきにはそれがない。元々長く生きる様な構造でないのだからどれだけ損傷しても動ける限りは動き続けるだろう。


「それしかないと最初からわかってるなら集中できる」


 基本的にアサルトライフルなどの銃撃は狙って撃たない。大体の生き物は頭を狙わずとも胴体に複数銃撃すれば殺せるのだからその方が早い。とかく時間を要求される時ほどその傾向は強くなる…………が、あの恐竜もどきはそれでは殺せない。それが分かっているのだから最初から狙って撃つことを心掛けられる。


 もちろんそれは劇的な効果があるわけではない。高崎自身により高度な技術と冷静さが求められるというだけの話でしかない。


「行くぞ」


 けれどそれをわざわざ口にする必要もない。


 自衛隊員として、彼は己のやるべきことをやるだけだ。


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