表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

2018年3月11日 首都上空(3)

 秋人の懸念はドラゴンたちが自分に喰らいついて来るかだった。ドラゴンたちの頭がいいのは間違いないから囮であることはすぐに見抜くだろう。問題は彼らがその囮をどういった意味合いで捉えるかだ。秋人が自分達に決定打を与える時間を稼ぐ為の囮と捉えるか、それとも味方を逃がすための囮であると捉えるかでドラゴンたちの反応は大きく変わる。


 秋人は後者であると読んでいた。恐らくドラゴンたちはこちらを速さはあっても非力であると考えている。そうでなければ三度もこちらの攻撃を待ちうける対応はしなかったはずだ。速さはあるが自分達を殺せるほどの攻撃力はない、そう判断したからこそ無理に追いかけず迎え撃つ判断を下していた。


 で、あればこの状況をドラゴンたちはどう考えるだろうか…………速いが非力な連中がまぐれで仲間を一体倒した。だがそれが限界で逃げようとし、一人が仲間を逃がす為の囮になろうとしていると見えるのではないだろうか。一番機と二番機の表面は奴らの炎で焼け焦げているはずだし、説得力として充分にはある。


「ま、考えても仕方ない」


 ドラゴンどもが喰らいつくならそれで良し、喰らいつかないなら無理やりにでも喰らいつかせるだけの話だ。結果が決まっているのにその理由を今考える必要などない。そもそもそんなことを考えている間に彼我の距離は縮まってドラゴンたちは機体に迫っている。その動きを見れば彼らが自機を狙いに来ていることはすぐに分かった。


「はっ」


 だが秋人はそれにトリガーを押し込むのではなく、操縦桿を倒す。ドラゴンに向かって上昇していたはずの機体は地面との並行飛行に戻り、ドラゴンたちが同じ高度に降下する頃には後方に置き去りにしていた。


 そもそも秋人にドラゴンをまともに相手にするつもりはなかった。囮といってもこちらの方が速度は上なのだから一瞬注意を引ければそれで十分。上昇してくる秋人の機体にドラゴンたちは羽ばたいて降下速度を緩めていた。それだけで充分味方との距離は開いたし、わざわざ接近して炎のブレスをくらいに行ってやる必要などどこにもない。


「だがまあ、逃げてもやらん」


 即座に反転して再びドラゴンへと機首を向ける。今度こそ突っ込むとでも見せるように射程外から機銃も掃射…………それに散開しつつも応じようとするドラゴンだが、直前でまた秋人は旋回する。先ほどまではこちらも機銃の狙いを定めるために速度を落としていた。だが攻撃を考えず本気でバーニアを吹かして翻弄するだけなら捉えられることはない。


「流石に熱くなってきたか?」


 二度、三度と繰り返したところで四体のドラゴンが四方に散った。こちらを追い込もうとでもいうつもりかもしれないが、それは完全に失策だ。確かに秋人が一機のみであれば戦力を分散しても囲い込みが成立すれば封殺できる…………だが、彼は囮だ。例え彼が味方を逃がすための囮であると判断して行動したのだとしても、その仲間が戻って来るという可能性を完全に破棄すべきではない。


 不意に爆音と閃光が三つ、それが収まると全身の至るところが欠損し焼け焦げたドラゴンが三匹地面へと落下していく。


「さすがだ」


 下方から放たれた三発のミサイルは必中しその威力を存分に発揮した。残る一匹のドラゴンはその状況に対応できず戸惑うようにその場で滞空する。正解は即座に都市部へと下降することだっただろう。単純に空を飛べば戦闘機からは逃げられないが、ビルの辺りまで逃げ込まれたらこちらの対応も狭まって逃げ切れた可能性もあったはずだ。


「的だな」


 だが最後のドラゴンはただ動揺していて、秋人には狙う時間がたっぷりあった。ミサイルを撃ち込めばそれで終わるだろうが、余裕があるからこそ彼には試したいことが思い浮かんだ。秋人たちはドラゴンたちの息の根を止めることを優先して機銃で彼らの中心線を狙っていた。頭か心臓を破壊すれば即死だし、そうでなくても胴体を複数貫通すれば普通の生物は死ぬ。


 だが、ここは空だ…………翼を失えば戦闘機もドラゴンも落ちて死ぬ。その片翼を狙って秋人は機銃を撃ち放った。羽ばたく翼にはもちろん全弾は命中しない…………だが、翼膜に無数の穴が開けば当然空気を押し出す力は弱くなる。翼骨が折れれば、そもそも羽ばたく力が失われる。


「命中」


 片翼を損傷したドラゴンはバランスを崩して錐もみ上に地上へと落下していった。今のように狙えるタイミングは少ないだろうが、これまでの戦闘から考えると機銃では翼を狙って削ったほうが良いのではないかと秋人には思える。


「さっすが隊長ですね!」

「…………修介、まだ戦闘中だ」


 聞こえてくる軽口に秋人は苦言を返す。秋人たちの戦闘空域の敵は排除したが都市全体の敵が居なくなったわけではない。これから追加が上がってくる可能性だってあるし、他の空気から救援要請が来る可能性だってあるだろう。


「まあ、それはそれとしてお前達も見事だった」


 きっちりドラゴンの不意を突いて三匹に対してミサイルを命中させた。


「赤外線誘導が問題は無く働きましたから」

「それは朗報だな」


 小回りが利くドラゴン相手に誘導が利かないとなると相当に当てるのが難しくなる。弾数に制限があるとはいえ必中確殺の兵器があるのは今後の対ドラゴン戦で大きく優位に働く。


 そう考えたところで管制から帰還命令が下る。確認したところ戦況は概ね軍が有利に働いているようだった。余裕のある内に一旦帰還させて戦闘情報のすり合わせを行っておきたいということだろう。


「よし、帰還するぞ」

「「「了解」」」


 四機は即座に編隊を組んで基地の方角へと旋回する。四機の戦闘が終わっても下方の街では未だ爆発や閃光、鎮火されることのない火の光があちこちでその存在を主張している。それは下では未だ戦闘が続行中であり…………避難できていない都民の安全が脅かされているということでもある。


「これ、今日中に片が付くんですかね」

「…………」


 思わず呟いただろう修介の言葉に、秋人は咎める言葉が出なかった。基地に戻るまで気を抜くな、普段の彼であったら即座にそう苦言を口にしていたはずだ…………けれど下に広がる光景を目にした後だとそんな気にはなれなかった。


「敵の正体も、数も、目的もいまだ不明だ」


 ドラゴンどもがどこから来たのか、自然発生のものなのか、それともどこかに国が作り出した生物兵器なのか。後者であればこれは侵略の為の一手なのだろうし、前者であってもこれが餌を求める遠征か、それとも巣になるような場所を確保するためかで大きく変わる。


「それに、Dが一種類だけとは限らないしな」

「…………それ、当たりみたいです」


 暗い声で三番機の鹿島が応答する。


「今管制から聞いたんですが地下から小型の敵対生物が大量に出現したらしく地上部隊がその対応に追われているみたいです」

「小型、か」

「ええ、といっても体長が二メートル弱はあるらしいですが」


 あくまで今しがた戦ったドラゴンと比較すれば小さいだけで、生身の人間にとって見れば十分脅威となる大きさだ。


「下、大丈夫かな」

「それは今考えても仕方のないことだ」


 修介の呟きにあえて冷淡に秋人は告げる。


「全機、余計なことを今は考えるな。まずは無事に基地に戻る…………これからのことはそれから考えろ」


 例え地上がどんな有様になっていようと、ここから戦闘機で降下してそれを解決なんてことは不可能だ。陸のことは地上部隊に任せて自分達は空でできることをやるしかない…………その為にまず帰還して手に入れた戦闘データを報告する必要がある。


「周囲の警戒を怠らず、迅速に帰還するぞ」


 それでも、秋人にだってはやる気持ちはある。


「「「了解」」」


 部下たちの返答に頷き、秋人は操縦桿を握る手に力を籠める。


 この空を護り続ける、その意思を新たにしながら。


                ◇


 火竜

 上位竜の一種。全長が八~十メートルほどで全身を赤い鱗に覆われており、蝙蝠のような巨大な翼を持ちそれを羽ばたくことで飛行する。トカゲのような目にワニのような長い口に四肢を備えるなど西洋のドラゴンに酷似した外見をしている。


 鱗は非常に頑強で熱に強く、例え戦闘機の機銃であっても角度によっては弾いてしまう。しかしミサイルの直撃に耐えうるほどではなく、その誘導性能から逃れることも出来ない。


 武器はその長く並んだ牙と四肢に生えた長い爪。しかし最大の武器は口から放射する炎である。これは口内に存在する二本の管から二種の化学物質を噴出し化合させることで燃焼を引き起こすというものである。燃えているのはその化学物質であるため水などをかけても容易に消すことはできない。


 知能が高く、群れでの連携を取るなどの行動を見せるが、総合的に比較しても現状において戦闘機パイロットにとって対処できない相手ではない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ