2018年3月11日 首都上空(2)
ドラゴン達は先ほどのポイントに固まって滞空していた。警戒しているらしく視線は全てこちらを向いている。彼我の速度差から無理にこちらを追おうとはせずに出方を伺っているのだろう…………逃げないのはこちらを脅威と感じつつも勝算があるからか。惑いの無いその行動には知性を感じさせる。
「奴らの頭は悪くなさそうだ、油断するなよ…………行くぞ」
告げて秋人は機体を下降させ部下達もそれに続く。しかし今度は急降下ではなく30度ほどの滑るような角度だ。先ほどの奇襲と違って今度はドラゴン達も警戒している。必要以上に接近するような真似はせず、射撃を行った後に即座に機首を上げて離脱することを想定した突入角度だ。
「目標密集!」
部下の声。秋人の視界でもドラゴンたちが距離を詰めて行くのが見える。こちらの動きに対応したのだろうか…………だが目標が密集したならこちらの攻撃の効果も高まる。いっそここでミサイルを使用すれば一網打尽にできる可能性も考えられた。
「ミ…………」
即決して命令を下そうとして秋人は思い留まる。この決断はあまりにも自分に都合がよすぎる考え方だ。こちらが密集したから相手も密集、そんな単純だろうか。奴らの頭が悪くなさそうだと判断したのは他ならぬ秋人なのだ。
「機首を下げろっ!」
背筋に悪寒が走って即座に叫ぶ。同時に操縦桿を前に倒しながら視界の向こうでドラゴンの体が膨らんだように見えた。一瞬の溜め…………そしてその口から炎が吹き荒れる。五体のドラゴンが並んで放ったその炎は宙に生まれた波のように迫って視界を赤に染める。だが咄嗟に機首を下げたおかげでその赤は上空へと消え去って、その代わりに地上のビル街が彼方に見えるようになった。
「このまま奴らの下を通り抜けて距離を取る!」
次の指示を叫びつつ、自分以外も無事切り抜けられたのか頭に浮かぶ。
「被弾した奴はいるか!?」
「二号機、損傷無し!」
「四号機、損傷ありません!」
「三号機、損傷無し!」
即答は三つ。
「五、五号機被弾! 機体が燃えています! 前が見えません!」
「っ!?」
咄嗟に後方に視線をやるが位置の問題か五号機は見えない。レーダーを確認すると後方の他の3機からはやや遅れた位置。だとすれば炎を受けたと言っても一瞬のことだろう。それなのに機体が燃え、しかもそれがすぐに消えていない…………つまりドラゴンの炎は火炎放射器のように可燃性の薬品を吹き付けている可能性が高い。
「落ち着け、視界がはっきりしてなくても飛行には問題ない…………焦らずに計器を見て操縦するんだ。それに機体はそう簡単に炎上しない。飛行してるうちに付着した可燃物質が燃焼しきれば火も消えるはずだ」
一瞬炙られただけならば燃焼もそう長くは続くまい。そしてそれ以外の損傷が無いのなら多少炎上が続いたところで機体に致命的なダメージはない。そうなれば怖いのは動揺による操縦ミスだけだ。
「りょ、了解……」
完全に動揺は消えずとも、秋人の言葉に訓練を思い出したのか応答する声。そのことにほっとしつつも秋人は次の指示を飛ばす。
「五番機は念のためにこのまま基地へ帰還しろ。整備の人間に詳細を伝えて機体のダメージ等を確認、即急に報告書を作成して上に提出だ」
「た、隊長! 自分はまだやれます!」
先ほど動揺を露わにしたばかりではあるが、戦列を離れるとなると即座に五番機のパイロットが反論の声をあげる。もちろん恐怖はあるが、仲間が戦闘を続ける中で一人だけ離脱しなければならないのは耐えがたい。
「駄目だ。お前の得た情報は今後の戦闘においても非常に重要だ。一旦帰還してそれを確実に基地へ伝えろ」
「ですがっ」
「これは命令だ」
黙らせるように強い口調で秋人は告げる。五番機の部下を案じる気持ちがあるのも否定しないが、実際にその情報は貴重だ。なにせ相手は未知の生物でありこれまで想定して来た兵器などとはまるで違う。その火炎のブレスでどの程度機体がダメージを受けたのかチェックすることは今後の戦闘において重要な情報になる。
情報。そう、情報だ。自分達はあの飛行生物との初の航空戦を行った部隊だ。この戦闘で得られた情報は今後の戦況を左右するだろう。
「っ、了解です…………離脱し、基地に帰還します」
感情を堪えるような返答。それと同時にレーダーで五番機が部隊から離れて行くのが確認できた。秋人に後できることは彼が無事に帰還することを祈るだけだ。
「五号機は離脱したが四機でもう一度目標Dに攻撃を仕掛ける」
一機欠けてもまだ部隊としての戦闘力は十分に残っている。
「だが敵が密集したままでまた火を噴かれると厄介だ。一瞬であれば問題ないが、長時間焼かれるようなことがあれば機体が持つかわからないからな」
五番機が基地に戻ればその推測も得られるかもしれないが、未来の情報を現在に生きる自分達が手にすることはできない。あくまで現状の情報で戦うしかないのだ。
「よって部隊を二つに分ける。三番機と四番機は北西から、二番機は俺に続いて北東から回り込め。目標Dが密集体勢を維持するなら両翼から攻撃、分かれて応戦するようなら各自の判断で迎撃しろ」
単純ではあるが速度はこちらが大幅に上回っており火力も高い。先ほどのように意表を突かれることさえなければヒット&アウェイで十分対処できるはずだ。
「「「了解!」」」
迷いのない返答。三番機と四番機が隊列から離れて行く。それに合わせて秋人も自機を大きく旋回させてドラゴンに対して北東から回り込む動きを取る。速度ではドラゴンを上回っているもののその速度が仇となっているのは否めない。空中で静止することのできるドラゴン相手だとどうしても接敵は一瞬となり、再びの交戦には大きな旋回が必要となる。
「できればこの接触で仕留めたいところだが…………」
今相手をしているのは五体だけだが、都市の有様を見ればこの五体のみで全てを行ったとは言い難い。あくまでこの群れは陸軍が空に追いやった一部に過ぎないのだ…………つまりはいつ次が上がって来てもおかしくない状況だ。ただでさえ未知の相手だというのに不意打ちまで受けるのだけは避けたい。
「…………焦るな」
自分に言い聞かせるように秋人は呟く。一機欠けたとはいえ撃墜されたわけではなく余裕を持って帰還させただけだ。まだ機銃の残弾もたっぷり残っているし、奥の手のミサイルだって温存できている。必要なのは状況を見極める冷静な思考力だ。
「接敵まで五秒」
冷静な声色で修介から通信が入る。普段と違い実に頼れる声に秋人は唇を緩める。ドラゴンの群れは左右から迫るこちらに対してまだ動きを見せていない。先ほどのように密集して滞空したままこちらの様子を伺っている。
「三番機と四番機は速度を落とせ。こちらが先に接敵する」
閃くものがあって秋人は咄嗟に通信を送る。
「撃てっ!」
これで三度目の機銃掃射。それにドラゴンたちは大きく羽ばたいて上昇する…………その極端な縦移動は戦闘機では対応し難い。だがその為に直前で通信を送ったのだ。距離があれば機首を上げて対応できる。
だが突如として目の前に生まれた炎の壁に彼の視界は埋め尽くされた。ドラゴンは炎をこちらに向けてではなく自身の真下へと一斉に吐いたのだ。
「ちぃっ!?」
咄嗟にいくつかの選択肢が浮かぶが秋人は下降も上昇もせずただ機体を加速させた。どちらへ逃げても回避が不可能な距離なのであれば少しでも早く炎を通り抜けるしかない。突っ込むと同時にキャノピーが全て燃え上がって視界が完全に埋まる。だがそれはすでにわかっていたことであり秋人は計器を見て冷静に機体を操作する。
「二番機、無事かっ!」
「無事です!」
即座に戻って来た応答に秋人は安堵するが、それに浸っている余裕はない。
「機体の状況は?」
「視界を完全にやられました」
「こっちもだ」
幸いにしてそれ以上の被害はまだ計器には現れていない。燃えているのは表層だけで機体の耐熱限界を超えてはいないようだ…………だがこれを何度も、もっと濃密に喰らっていたら流石に機体も持たないだろう。
「四番機、一機撃墜」
「三番機、命中弾多数も撃墜無し」
「機体状況は?」
「両機ともに損傷無しです」
タイミングをずらしたおかげで三番機と四番機は無事攻撃に成功したようだ…………だがそれでもようやく一体。サイドアタックを仕掛ける時にはまたドラゴンたちはこちらに対応した行動をとって来るだろう。
頭のいい連中だとは理解していたつもりだが、秋人のその想定以上にドラゴンたちは知恵が回る。こちらがその速度ゆえに急激な上昇や下降が出来ないことを把握し、炎をこちらに向けるのではなく壁として置いておく対応を取って来た…………たった二度の接敵でだ。
「一旦下降して合流だ…………ミサイルを使用する」
躊躇いながらも秋人は決断する。その躊躇いは市街地での使用であることと、奴らにミサイルを見せてもよいのかという躊躇いだった。
「いいんですか?」
「必要であると俺は判断した」
今の接敵から判断する限りこのまま機銃だけで倒しきるのは厳しくなっていくはずだ。だとすればいずれミサイルの使用は必須…………それならとっとと使って有効性を確認した方が被害は少なく済む。万が一外れた可能性の被害を抑える為に一旦下降して上昇、空に向かって撃ち込む。
「Dが下降してきますっ!」
四番機からの報告。こちらの考えを読んだわけではないだろうが、一体やられたことで向こうも戦術を変えたのかもしれない。確かに下降するだけであればドラゴンたちもかなりの速度を出せる…………おまけにこちらが上昇の為に反転するタイミングは致命的な隙になる。さらに戦闘空域が下がるということはそれだけ市街地への誤爆の可能性も高まるということだ。
「俺が囮になる。二、三、四番機はこのまま予定通り下降して反転しろ」
「隊長っ!?」
「以後の行動は二番機が指揮をとれ」
思わず声をあげる修介に秋人は告げる。それと同時に付着していた燃焼物が燃え切ったのか視界が開かれて編隊を組む両機が肉眼で見えた。
「お前らが戻って来るまで俺が存分に引っ掻き回しておく…………外すなよ?」
最後にそう告げて、秋人は操縦桿を大きく引いた。