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2018年3月11日 航空自衛隊基地

  人は空を飛べない。だから空を飛べる道具を作った。だがそれは同時に同じ人間を攻撃するのには適した道具でもあった。けれどその道具は今初めて人以外を攻撃するために使われようとしている…………空を飛べない人々を守るために。


                ◇


 基地は正に騒乱と言って相応しい状況だった。突然の首都襲撃。しかもそれが航空兵器ではなく未確認の飛行生物群だというのだからそれも当然のことだった。訓練で厳しい規律を身に付けた軍人であっても限度はある…………そしてこの状況はその限度を超えていた。

 だがそんな様相の中にあっても彼、高峰秋人は平静を保ちながら進んでいた。日本人にしてはやや高めの背にがっしりとした体格。その歩幅の大きさもあってか、傍目からは急いでいるようにも見えないのに廊下を進むペースは速い。


「先輩っ!」


 不意に声高に声を掛けながら誰かが横へと追いついてきた。軽く視線を向けるとそこに居たのは彼の後輩であり部下でもある林修介の姿。元々の童顔とその性格のせいか未だに高校生くらいにしか見えない。その頬はやや紅潮しており彼が興奮していることが見て取れた。


「あの映像観ましたか!」

「見た」


 端的に秋人は答える。


「あれって本物の…………っ!」

「修介」


 まくしたてようとする彼を秋人は冷静な声で黙らせる。


「ここであれこれ考えなくてもすぐにわかる…………その為の招集だろう」


 秋人達は緊急の招集をブリーフィングルームへと向かっている…………そしてその原因は今この基地を騒がせている原因に違いない。だとすればその説明は必ずされる。


「そ、そうですね」


 秋人の言葉に我に返ったように修介は勢いを収める。


「俺達に求められるのは冷静な判断力だ、それを忘れるな」

「…………はい」

「まあ、気持ちはわかるがな」


 シュンとして縮こまる修介に秋人は表情を緩める。


「そ、そうですよね!」


 途端に勢いを取り戻す彼に秋人は苦笑してその頭を叩いた。


「だがものには程度ってもんがある」

「…………すいません」


 再び縮こまる修介に秋人は肩をすくめた。


「行くぞ、遅れたら俺までどやされるからな」

「あ、待ってくださいよ!」


 歩くペースを速める秋人に慌てて修介は追いすがった。


                ◇


「よく集まってくれた」


 秋人たちがブリーフィングルームに着席してしばらくして司令官はやってきた。その言葉を一字一句聞き逃すまいと秋人は集中し、周囲に座る彼の同僚たちも緊張した趣で司令官を見やっている。


「本来なら休暇中にも拘らず招集に応じてくれた諸君らを労うところだが、今日はその時間も惜しい。本音を言えばすぐにでも飛んで欲しいところではあるが事態が事態だ…………まずは説明から始める必要があるだろう」


 言葉と共に司令官が手を上げると正面のスクリーンに映像が流れ始めた。それは見慣れているはずの東京市街…………だがそこは今や戦場と呼んでいいような惨状と化していた。ビルが崩れ至る所から火の手が上がっている。そしてそのほとんどの場所で人々が逃げ惑い、傷つき倒れる様子が映し出されていた。


「…………」


 秋人はその光景を睨みつけるように見ていた。周囲からは呻くような声がいくつも聞こえてきている。日頃つらい訓練をこなしてはいるがここにいる隊員は戦争を体験していない世代の人間だ。実戦経験は無く、目の前の凄惨な光景も見慣れていない…………だが、そこから目を逸らしてはいけないのだ。


「あ」


 誰かが声を漏らす。スクリーンの中で画面が切り替わり、空を駆る巨大な飛行生物の姿が捉えれられる…………それは漫画やゲームに出てくるようなドラゴンとしか言いようのない存在だった。だがその存在は虚構ではなくそこに脅威として存在している。


 縦横無尽に空を飛び、地上を逃げ惑う人々を炎で焼き払う…………さらには喰っていた。その牙と爪で無辜の人々を切り裂き、食い千切り、その腹に収めている光景までその映像は撮らえている。


「…………うっ、ぐ」


 隣で修介が吐き気を堪えるように呻く。だがこれはさすがに秋人も気分の悪くなってくるような光景だった。先ほどまでの決意をよそに目を逸らしたくなる。


「これが今東京で起こっている状況だ」


 司令官がそう告げたところで映像は止まった。さらに画面が切り替わり空にドラゴンらしき生き物が飛んでいるところがスクリーンに大きく映し出される。


「この未確認飛行生物…………とりあえず現状では仮に飛行生物Dと呼称するが、このDによって現在東京市街地が被害を受けている。これから諸君等には順次出撃してもらいこのDを撃破、市街上空の防衛をしてもらうことになる」


 飛行生物D。そのDが何を表しているのかは誰も尋ねる必要がなかった。ドラゴン。あえてその単語を使わず仮称するのはその単語があまりにも常識と乖離しているからだろうか。その単語が連想させるものはあまりにもファンタジー過ぎていて、現実的な思考を旨とする軍隊として好ましくはない。


「正直に言えば情報はほとんどない。あれがどのような生態で、我々の戦闘機に対してどのように応じて来るかの情報を諸君らに与えることはできない…………だがそんな状態でも私は出撃の命令を下す必要がある。例えそれが無謀な行為であったとしても、だ」


 だがその言葉と裏腹に司令官の表情には罪悪感も迷いもない。それでも国民を守るために命を懸けるのが軍人であると彼は思っているし、その思いは目の前の部下達も共有していると確信している。


「これから先行して飛ばしたドローンによる映像を流す。それが今私から諸君らに与えられる唯一の情報だ…………心して見てくれ」


 司令官が告げるとスクリーンの映像が再び切り替わる。それは最新鋭の軍事用ドローンに搭載されたカメラからの映像。その視点はパイロットである彼らに近く、スクリーンに流れていく空の景色は普段彼らが見ているものだ…………けれどそこに異物が混ざる。


 飛行生物D。空を駆る異形の獣。全長が十メートルを超えるような巨体でありながら背中の翼で羽ばたいて空を飛ぶその姿は冗談にしか思えない。だがそれは冗談でもなく現実なのだと秋人は映像に集中する。見る限り、羽ばたくだけではそれほど速度は出せないようだ。羽ばたくことで高度を得て、速度は滑空することで稼いでいる。


 さらに集団での狩りも適応しているのか複数でドローンを追いこんでいく様子が映し出された…………最後に画面いっぱいにその口が映りこみ、次いで画面が朱く炎に染まって映像が途切れた。


「以上だ…………後2回だけ繰り返す」


 司令官の言葉と共に最初から映像が流れ始める。


 その場の全員が、繰り返される映像を全力でその脳裏に焼き付けた。


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