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2032年7月16日 岐阜県各務原市(1)

 崩れ落ちたビルなどの建造物が並ぶ廃墟の街。俯瞰してその街を見ると違和感のある部分に気付く…………道だ。街中に張り巡らされた道路のアスファルトは所々が剥がれ、周囲の建物から崩れた瓦礫が道を塞いでしまっている個所も珍しくない。


 けれど一本だけ綺麗な道がその街にはあった。アスファルトは綺麗に舗装し直され転がりこんだ瓦礫も全て撤去されている長い長い直線の道…………さらにはその傍らにボロボロな工場がまだ形を残していた。それは周囲の廃墟と並べても遜色のない風体ではあったが、見るものが見れば的確な補修でその形を保っていることがわかる。


 そんな工場へと向けて整備された道を一人の少年が走っていた。一体どれくらい走り続けていたのかその髪は汗に濡れ、呼吸はひどく荒い…………けれどその表情だけはその先に待つものへの期待か弾けんばかりに輝いているようだった。


「おっちゃんっ!」


 少年はその勢いのまま辿り着いた工場の扉を開く。広い工場の中は電気が点いていないこともあって薄暗い。しかし採光の窓から洩れる光だけでも入り口付近に立っていた男性の姿は少年にははっきりと見えた。


「おっちゃんは止めろと前に言っただろう」


 それに驚くことなく、またかというように少年を見て中年の男が顔をしかめる。


「えー、高峰のおっちゃんはおっちゃんだろ?」

「男はな、何歳だろうと見栄をはりたいものなんだ」


 そしてその為の努力を高峰は怠っていない。年齢による顔の皺はどうしようもないが、運動と節制は軍隊時代と変わらずに続けており体型は若い頃と変わっていない。


「そんなことよりおっちゃん、あれやらせてくれよ!」

「はあ…………フライトシミュレーターを動かす電気だってタダじゃないんだぞ」


 溜息を吐いて高峰は少年を見るが、少年の方は期待に満ちた視線を送り続けている。さらにその表情が悪戯めいたものへと変わる。


「あれが駄目だならあっちでもいいよ」


 少年が向けた視線の先は工場の奥だった。影になってよく見えないがそこに平たいシルエットをした大きなものがあるのはわかる…………むしろそれこそが少年の本命でもあった。


「昔から何度も言ってるだろう…………あれはもう乗れたもんじゃない」


 そう口にしながら高峰は電灯のスイッチに手を伸ばそうとしてそれを躊躇う。貴重な電力を消耗することを躊躇ったわけではなく…………はっきりとその姿を見ることに彼は躊躇いがあったからだ。


「えー、でもおっちゃんが整備してるんだろ?」

「見よう見真似でな」


 もともと自分の乗る機体の理解はしておきたかったから勉強はしていた。しかし無数の部品からなる精密機械の整備には多くの経験が必要だ。これまで試行錯誤で行っては来たもののそれが正解だったかは彼にもわからない。


「定期的に火を入れるくらいの確認はしてるが…………いざ飛ばそうとしたらその場で吹っ飛ぶ可能性だってある」


 それが無くても飛行中に故障が起きる可能性はかなり高いだろう。そもそも飛ばすための燃料だって余裕は無く、保存に気を遣っているものの燃料そのものが劣化して飛ばせない可能性だってある。


「じゃあおっちゃんはそんなのなんで大事にしてるのさ」


 当然浮かぶであろう疑問を少年が口にする。このご時世で無駄なものに労力をかける余裕なんてないはずなのだ。しかし少年の知る限りその無駄なものを維持するために高峰は方々で部品を搔き集め、その対価として命懸けの仕事をいくつもこなしている。


「そりゃあまあ…………いつか飛ぶためだろうな」

「飛ぼうとした瞬間に爆発するかもしれないのに?」

「それでも、飛ぶ必要がある時が来るかもしれないからな」


 見えない空を見るように、高峰は工場の天井を見上げた。


「おっちゃん」

「なんだ」

「それでやらせてくれるの、くれないの?」

「…………先に水を飲め」


 もう一度溜息を吐いて、高峰は少年に水場を示した。


                ◇


「ほどほどにしとけよ」

「わかってるって!」


 喜び勇んでフライトシミュレーターに入り込んでいく少年を見送って、高峰はその隣に設置したリクライニングチェアに腰かける。その隣には小さなテーブルが置いてあり、そこから彼は読みかけの小説を手に取った。多少汚れや破れがあるものの、今の時代では貴重な娯楽の一つだ。


「おっちゃん!」


 本を読み進めていると時折少年が叫ぶ声が聞こえる。その内容は操縦に関することがほとんどで、高峰は自身の経験に基づいてアドバイスを返す。けれど最近はその頻度も減って本を読み進めるペースも早くなっていた…………それくらい、少年の操縦技術が向上しているのだろう。


「実機に乗せてやりたいがな…………」


 結局のところシミュレーターはシミュレーターでしかない。シミュレーターでどれだけ良い結果を出せたとしても実機でうまくいくとは限らいないし、本当の空で感じるあの恐怖と高揚は乗って見なくてはわからないのだから。


「っ!」


 不意に表からエンジン音が聞こえて高峰は身を起こす。自然と腰に伸びていた手には固い銃の感触が伝わる………今の時代に車両を運用できる人間は限られている。機械修理ができる技術が最低限必要であり、なおかつ貴重なガソリンを潤沢に用意できなければならないからだ。


 そんな今のご時世に置いて一番車両を使っているのはなりふり構わず燃料を集めることが出来る野党の類だ。燃料や部品を狙ってこの工場に現れたことも一度や二度ではない…………全て返り討ちにしてやったが。


「高峰ぇっ!」

「整備長っ!?」


 しかし外から響いたその声に高峰の戦意は一瞬で霧散した。驚きを隠せないながらも立ち上がり声の聞こえた入口へと走り出す。後ろから何事かと少年の呼び止める声が聞こえたが今は返事する間も惜しかった。


「おお、久しぶりじゃのう高峰」


 扉を開くとそこにはかくしゃくとした老人が立っていた。真っ白に染まった薄い髪に顔に刻まれた深い皺とそれが明らかに深い年齢を感じさせるが、自身の足で立つその姿勢は揺ぎ無く弱々しさを感じさせない。


「整備長こそお久しぶりです…………最後にお会いしたのは10年以上前になるでしょうか」

「ううむ、それくらいになるかのう」

「正直に申し上げれば生きていらっしゃるとは思っておりませんでした」


 高峰が最後の作戦に参加した際に整備長は後発でやって来る予定になっていた…………しかし出発の直前に基地にドラゴンの大軍が押し寄せて壊滅したと知らされたのだ。


 帰国後に一応生存者の情報を調べようとはしたのだが世情の混乱もあってうまくいかず、状況から生存の見込みは薄いだろうと高峰は勝手に判断していたのだ…………なにせ整備長の年齢も年齢だ。襲撃を生き延びていたとしても老人が生きるには過酷な状況だったはずだ。


「まあわしも流石に死ぬかと思ったが…………見ての通り塀の向こうに拾われてな」

「そのようですね」


 老人の後方にはこの時代にはありえないほど綺麗な装甲車が停車している。そんなものを保有しているのは城塞都市くらいしかなく、彼らに助けられたのであれば目の前の老人が壮健であるのも納得がいく。


「そう嫌うな…………というのも無理か」

「ええ、私は国民を守るために自衛官を志しましたから」


 国民の大半を切り捨てて城塞都市に引き籠る事を選択した政府に良い感情はない。


「じゃが今日はそれでも話を聞いてもらわねばならん」

「それであなた、ですか」


 やりきれない感情を抑えるように高峰は息を吐く。流石に彼とて長年命を預けてお世話になった恩人を無下には出来ない。


「中で話しましょう」

「うむ」


 老人は頷くと装甲車に向けて視線を送る。


「わしが高峰とさしで話してくる。お前らはそこで待っとれ」


 整備長の言葉に装甲車の中から慌てふためくような気配が伝わって来るが、じっと睨みつける老人にそれもすぐに収まった。


「行くか」

「ええ」


 高峰は頷く。


 懐かしい人がその記憶の中と変わりないことに安堵しながら。

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