2018年6月7日 地方都市(3)
爆発は陽介が軽やかに、藤次がそれよりは粗くとも充分手早くコンクリートの塀を乗り越えた時点で起こった。幸いにして衝撃は塀が受け止めてくれたから二人は轟音と振動をしゃがんでやり過ごすだけで済んだ。
「アホかお前はっ!」
その直後に藤次の怒声が響き渡る。
「ガスが危ないって話してたのに何でそれを起爆させてんだよっ!」
「えー、なんで怒るんすか」
不思議そうに陽介は首を傾げる。
「俺的には自衛隊が出勤する手間を省いた感じなんですけど」
「今ほど本気お前の顔面をぶん殴りたいと思ったことはないぞ」
我慢できないというように藤次は固く握った拳を震わせる。
「やってもいいけど避けるっすよ?」
悪びれず陽介はそう言い、実際に避けるだろう。
「あのな、お前は人様の所有物を吹き飛ばしたという自覚をちゃんと持て」
「え、報告書にはちゃんと事故って書きますよ?」
「報告書を書くのは俺だ」
どこまで考えなしのかと藤次は大きくため息を吐く。
「えー、可愛い後輩なんだから庇ってくださいよ」
「平然とそんなことが言える度胸だけは尊敬してやる」
本当に一体どう育てばここまでふてぶてしくなるのか。
「いやでも考えてくださいよ先輩」
「なにをだ」
「俺たち兵竜を三匹殺したじゃないすか」
「そうだな」
それは厳然たる事実だ。
「群れがそれに気づいたら逃げるかすぐに行動を起こすかっすよね」
「まあ、そのどちらかだろうな」
兵竜からすれば群れの存在を気づかれたのは確定なのだから、選択肢は大筋で逃げるか対応される前に行動を起こすかの二択になる。
「どっちだとしても自衛隊に要請しても間に合わないっすよね」
「…………まあな」
現状を考えれば即応というのも難しいだろう。
「逃げられるならまだいいにしても、行動を起こされると住民の避難とか間に合わないじゃないすか」
目撃情報があった時点で地域住民には注意喚起はされている…………しかし避難勧告が行われるのは巣穴の確定がされてからだ。その場合確かに自衛隊の到着は間に合わず住民には避難ではなく自宅で籠って安全を祈って貰うことになっただろう。
「だから吹っ飛ばしたと?」
「ついでに俺たちの仕事も終わって万々歳じゃないすか」
「…………本当にお前は」
藤次は何度目かの大きな溜息を吐く。
「まあいい、とりあえず報告だ」
爆発のせいで忘れてしまっていたが未だに署への報告をしていない。報告するべきことが大きく変わってしまったが後始末にせよ報告は必要だ。幸いガスのほとんどは穴に溜まっていたおかげか隣家まで被害が及ぶようなことは無かったみたいだが…………あったら陽介のやつはどうするつもりだったのだ、本当に。
「あー、こちら…………」
無線を胸から外して藤次は署に繋ぎ…………それを遮るように振動が走った。
「なんすか、地震?」
「いや、それにしちゃここら以外が揺れてないぞ」
そして振動の伝わりから揺れの中心は今しがた爆発した一軒家だと藤次は感じた。揺れの中何とか立ち上がって塀の向こうを覗こうとしたその瞬間…………さらに爆発を起こしたように大量の家の破片が空へと舞い上がった。
「ちょっ!?」
「逃げろ!」
落下物は明らかに二人のいる範囲にも及んでいた。慌てて二人はその場を離れる。その直後にコンクリートや木材が砕ける音が後ろから響いてきて、それが直撃していたらと思うと背筋が冷えた。
「ガスが残ってたんすかね?」
パトカーを止めた辺りまで戻って来る頃には落下音は止んでいた。
「爆発にしちゃ火が出てないだろ」
破片は燃えてはいるがそれは最初の爆発の残り火だ。
「穴が崩落して地盤沈下、とか?」
「それならあんな風に瓦礫が吹き飛んだりはしないだろ。どちらかというとその逆で穴からなにか飛び出てきたような…………」
そこまで口にして藤次には嫌な予感がよぎる。そしてその予感は一軒家があった場所へと再び目を向けたことで確信に変わった。
「うわあ、なんすかあれ」
同じものを見て陽介が声をあげる。もはやそこに家があったとは思えないその場所から瓦礫の山を押しのけるように巨大な何かが姿を現していた。土茶色の硬質的な外骨格。それはまるで岩が組み合わさって四足の生き物を形作っているような存在だった。
その頭部は全体で見ても大きく、特にトラバサミのような大顎が印象強い。その両手も巨大なショベルのような形をしていて土を掘るような姿が容易に想像できた。
「あれが話に聞く土龍ってやつなんだろうな」
兵竜たちが湧き出て来る穴を掘っているとされるドラゴンだ。基本的に掘る専門であり地上に出て来ないせいで自衛隊でも退治に難儀していると聞く。今回は恐らく偶々地上付近にいたところガス爆発を喰らって飛び出てきたという所か。
「えっと、どうします?」
「なによりもまずは報告だな」
手早く藤次は無線機で署に状況を知らせる。状況が状況だけにほとんど一方的に伝えるだけだったが質問や確認は無視して無線を切った。
「で、どうするんすか? あれはまだ動いてないみたいすけど」
「お前はパトカーで周囲を回って住民に避難を促せ」
兵竜であれば自宅で戸を固く締めればやり過ごせる可能性はある。だが、あの土龍の場合はその家ごと粉砕されかねない。このまままた穴を掘って地下に戻ってくれるなら幸いだが、状況は常に悪化するものと考えたほうが慌てないで済む。
「えっと、先輩は?」
「あれが動くようなら時間を稼ぐ」
答えながら使用した分の弾丸をショットガンに詰め直していく。
「いや、そんなもん効かないっすよ」
見るからにあの土龍は固そうだ。歩兵がやり合うならそれころロケットランチャーや対戦車砲なんかが必要になるだろう。
「効かなくても注意は引けるだろ」
最初から当時に土龍を倒す気はない。あくまで住民の避難と自衛隊の到着までの時間稼ぎだ。
「あー、もうしょうがないっすね」
呆れるように呟くと陽介はパトカーの運転席へと乗り込む…………が、すぐに降りて来た。何か言い忘れでもあったのかと藤次が彼を見るとその後ろでパトカーが無人で発進する。
「あ、おい、パトカー!?」
「ハンドルとアクセルを固定しただけっす」
さらり陽介は口にする。その間にも無人のパトカーは真っ直ぐに土龍へと向かって速度を高めて突っ込んでいく…………そして追突し、盛大に潰れて爆発した。
「これで注意を引けたっすね」
「だから馬鹿なのかお前は!?」
その藤次の怒鳴り声をかき消すように土龍の方向が周囲に響く。慌ててそちらに目をやると土龍の視線は完全に二人に向けられており、それに敵意がないと考えるのはよほどの愚か者だけだろう。
「俺に説教してる時間あるっすか?」
「ほんっとうにお前って奴は!」
それが事実であることが余計に腹立たしい。
「それで先輩、なんか手はあるんすよね?」
「…………」
当然のように尋ねる陽介に藤次は頭が痛くなる。本当はこいつを追い払ってから使うつもりだったがこの場合はもう仕方ないだろうと彼は制服をはだける。そこから現れたのはズボンに差し込まれた数本のダイナマイトだった。
「うわ先輩、今時腹マイトとかマジっすか」
それにドン引きしたように陽介が顔を歪める。
「そんなもんどこで拾ってきたんすか」
「祖父が土建屋でな…………会社自体はもう畳んでるんだが古い倉庫の奥に眠ってた。もちろんほとんどは駄目になってたが数本は使い物になりそうだったからな」
それを文字通り肌身離さずでいたのだ。
「俺がこいつで奴の口に飛び込んで吹き飛ばす」
覚悟を決めた表情で藤次は宣言する。
「いやいや、いくら奥さんの敵討ちだって言ってもそれはないすわ」
だが陽介はあっさりとそれを切り捨てた。
「お前何でそれを…………」
藤次はそれを陽介に教えたことは無かったはずだ。
「いやだって巡査部長から頼まれてましたし。この前の火竜の襲撃で奥さんが亡くなって思いつめてるようだから気を配るようにって…………ただでさえ命が懸かってる現場で無謀な復讐を止めるように頑張れっていい迷惑だと思いません?」
「…………」
つまり藤次は戦闘力馬鹿高い代わりに性格の捻くれた陽介のお守りにあてがわれたと思っていたが、事実は思いつめた彼が無謀をしても止められる性格と能力を持った人間として陽介が任されていたということらしい。
「大体あれなんか飛竜ですらないじゃないすか。ドラゴンならどれでもいいなんて復讐というよりただのやけっぱちっすよ」
呆れるように話しながら陽介はひょいっと当時の腹からダイナマイトを抜き取る。
「お、おい!?」
「どうせなら自爆なんかじゃなくて、俺は死ぬまでドラゴンをぶっ殺し続けてやるくらいのことを言ってくださいよ」
喋りながら陽介は手慣れた様子でライターを取り出すとダイナマイトの導火線に火をつける。
「大体こんなもの口に突っ込みたいなら投げりゃいいんすよ」
そして言葉通りにひょいっと投げる。相変わらず軽く投げているようにしか見えないのに高い放物線を描いてダイナマイトは土龍の口へと滑り込む。それから数秒と経たないうちに轟音が響いて土龍の巨大な顎から炎が吹き出す…………そしてそのまま前に倒れ込んだ。
「お前は…………本当に滅茶苦茶だな」
何もかもの感情を置き去りにして藤次は呆れるしかなかった。
「褒めないでくださいよ」
「褒めてねえよ…………いや、褒めてるのか?」
藤次は首を傾げる。
「あ、まだ動いてるっすよ」
「マジか」
「残りのマイトもくださいっす」
「お、おお」
言われるがままに藤次は抜き取ったダイナマイトを差し出す。陽介はそれに火をつけようとするが、突然視界が暗くなる。巨大な影が二人の上を通り過ぎて土龍の方向へと向かっていった。
「え、あれ戦闘機っすよね?」
「そうだな」
呆然と見送る二人の前で戦闘機が土龍へと突っ込んでいく。直後に爆発が起こって二人はその衝撃波に地面へと転がった。
「先輩、土龍一匹に戦闘機とかコスパ最悪じゃないすか?」
「この状況にそんなことが言えるお前の精神は本当に尊敬する」
二人は転がったまま空を見上げた。爆発で巻き上げられた粉塵が周囲を白く染めているが、それでも空からゆっくりと降りてくる何かの影ははっきりと分かった。その形からするとパラシュートで降りてくる人間なのは間違いない。
「さっきの戦闘機のパイロットっすかね?」
しばらくするとその人影は地面に着地し、パラシュートを切り離して立ち上がった。
「すまない、巻き込んでしまったか?」
「いや、大丈夫っす」
「ああ、こっちは二人とも怪我はない」
声を掛けて近づいてくる声に二人は言葉を返す。
「墜落しても問題ない場所を探していたらあれが見えたんで突っ込ませたんだ…………巻き込まずに済んでいたならそれは良かった」
男はやはりあの戦闘機のパイロットのようだった。しかしそれなら陽介には疑問が浮かぶ。
「墜落って、損傷があったようには見えなかったすけど」
彼の動体視力は通り過ぎる機体をはっきりと捉えていた。見た限りでは機体に損傷はなく煙を上げている様子もなかったのだ。
「EMP兵器を知っているか?」
「知ってるっすよ。電子機器とかを駄目にする兵器っすよね…………えっ、マジっすか?」
陽介が青ざめる。
「もしかして雷龍か? でもあれは空も飛べないし発生する電磁パルスも大した強さじゃないって話だったはずだが」
伺うように口にする藤次に男はただじっと視線を返すだけだった。彼の言っていることが事実だとすれば現状の防衛体制は崩壊する。
「すまないが基地と連絡を取りたいから無線を貸してもらえるか…………部下の安否が気がかりだ」
「あ、ああ」
頷いて藤次は彼に無線機を渡す。受け取るとすぐに男は周波数を変更して自身の基地へと連絡を取ろうと試みる。
「無事だといいっすね」
気休めにしかならないと分かりつつも陽介は声を掛ける。
まだこの国に希望はあるのだと、それを信じたくて。
◇
土龍
上位竜の一種。土茶色の非常に固い外骨格を纏っており、特に前面の頭部と両椀は分厚く非常に高密度。大きく開く顎とシャベルのような両椀は硬い岩盤であっても砕き、また口内には喉とは別に後部まで坑道のような器官が繋がっており、噛み砕いた土砂をや岩石をそのまま後方へと排出できる。
非常に頑強な体躯を持つものの重量も相応であり地上では動きも鈍い。その為主な仕事は戦闘ではなく地下に兵竜が湧きだすための坑道を掘ったり、拠点となる巣を建設すること。その為発見する事すら難しく討伐例はあまり上がっていない。