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2018年6月7日  地方都市(2)

「はー、やだなあ」


 愚痴りながら陽介はパトカーのトランクを開く。その動作も表情も重々しくトランクを開けるのすら重労働に見えるようだった。


「なんでお前はそんなにやる気がないんだ」


 呆れながら藤次はその横に並んでトランクの中へと手を入れる。取り出したのはショットガンとその予備弾薬。急所が小さく耐久力の高い兵竜に対して通常の拳銃では役に立たないとして今やショットガンが警官の標準装備となっている。急所が小さくて狙えないならまとめてぶっ飛ばしてしまえの精神だ。


「誰だって死ぬの可能性があるのは嫌じゃないすか」

「その可能性が市民に及ぶ前に体を張るのが俺たちの仕事だ」


 答えながら藤次はショットガンの状態を確認して予備弾薬を制服に仕舞っていく。愚痴を言いながらも職務放棄するつもりまではないのか陽介もそれに倣う。準備ができたら後は目的地である一軒家に向かうだけだが、陽介のやる気のない歩調に合わせているせいかその歩みはかなり遅い…………とはいえ状況の確認は大切だ。


 やみくもに突入するよりも外から観察も必要だろうと、藤次は何も言わず目的地を注視しつつ歩いた。


「ここに、入るんすよね?」

「そうだな」


 兵竜の目撃情報があったのは何の変哲もない二階建ての一軒家だ。周囲はコンクリートの塀で囲まれていて内側の様子は伺いづらい。建物の状態は外から見る限りでは傷んでるようには見えないが、人気は全く感じられない。


「住民はいないんすか?」

「ああ」


 藤次が頷くと陽介が少し表情を歪める。このご時世空き家になってしまった家は少なくなくその理由も共通していた。それを想像したのだろうが藤次としては彼がそのことに心を痛める感性をちゃんと持っている事に安堵する…………まあ、別の問題はあるが。


「安心しろ、ここの住民は疎開したって話だ」

「あ、そうなんすか」


 途端に陽介は軽い表情と声色を見せる。


「そうなんですかじゃないだろ。事前に貰った情報くらいちゃんと目を通しとけ」

「いやー、そういうのは先輩がちゃんとしてくれるかなって」

「…………あのなあ」


 これだから一人前にならないのだと藤次は眉間に皺を寄せる。


「それより疎開って意味あるんすかね」


 なにせドラゴンは日本中に出現している。もちろん未だに出現が確認されてない地域もあるが、それはこれからもその場所が安全であるという保障になってはいない。


「都市防衛がしっかりしてる場所に避難するのなら意味はあるんじゃないか? 戦時中みたいに田舎に避難って方向だと自殺志願みたいな感じになるかもしれんが」


 相手は軍隊ではなく生物だ。単純に考えて巣を作るなら人気がなく自然あふれる様な場所だろう。それに田舎ということは人が少なく重要な設備も少ない。つまるところ防衛目標としても重要視されておらずその為の人員も少ないということでもある。


「そのうち守りやすくするために国民を集めるようなことをしなくちゃいけないかもな」


 今はまだ国民は自由に生活できている。だが戦況が芳しく無くなれば守りに割く人手を最低限にするために人口過疎地を放棄するようなことは起きるかもしれない。


「自分も守られるだけの立場でいたいんですけどねえ」

「それならまず警官になったのが間違いだ」


 本当になんでこいつは警官になんかなったんだと藤次は思う。


「それよりとっとと中を確認するぞ」

「やっぱ入るんすか?」

「当たり前だろうが」


 そのためにここまで来たのだ。


「なんか人気のない民家って不気味じゃないすか」

「安心しろ、出て来てもオカルトじゃなくて現実的な存在だ」


 ちゃんと物理で対抗できる。


「あ、でも玄関は綺麗っすね」


 その発見に希望を見出したように陽介の声色が軽くなる。確かに彼の言葉通り門扉から覗いた先の玄関付近は綺麗なものだ。


「あいつらがいるならこんなに綺麗なわけないすよね」

「兵竜どもがご丁寧に玄関から出入りすると思うのか?」


 呆れたように藤次は溜息を吐く。


「とっとと入るぞ」


 促すように告げ、音を鳴らさないように藤次は門扉を開いた。そのままショットガンを構えながら敷地へと足を踏み入れ、迷わず玄関ではなく庭の方へと足を向ける。すると案の定庭に隣したガラス戸が盛大に割れているのが見て取れた。


「うえぇ」


 それを見て嫌そうな声を陽介が挙げる。


「空き巣だったりしないっすかね」

「可能性だけならゼロじゃないな」


 目撃情報が間違いで、たまたまその家に空き巣が入ったという可能性はゼロではない…………ゼロに近い数字であるのは間違いないが。


「ここから見える範囲にはいないか」


 なので藤次は高い可能性の方を警戒する。ガラス戸は割れているがカーテンがそれほどめくれていないせいで家の中はほとんど見通せない。今のところは物音も聞こえないがそれは中に兵竜が居ないことの証明にはならないだろう。


「陽介、お前が先だ」

「えー、先輩が行ってくださいよ!」

「お前が適任だ」


 実際に適任なのだからしょうがない。


「あー、もう、危険手当なんてクソ安いのに…………」


 ぶちぶち文句を言いながらそれでも陽介はガラス戸に近づいていく。ショットガンを構えながら割れた隙間から中を覗き込み、その隙間から入ろうとはせずに鍵を開けてガラス戸を横に引く。いざという時の退路を考えるとその方が安全だからだ。


「とりあえずこのリビングは問題ないすね…………足跡っぽいのはありますが」


 そのまま上がり込んだ陽介がうんざりしたように報告する。それを聞いてから藤次も慎重にリビングへと上がる。電気がついていないので少し薄暗いがカーテンを開いたので部屋は問題なく見回せる。


 住民は戻ってくるつもりがあるのだろう、家具のほとんどはそのままで生活感はまだ残っている…………だが陽介の言った通り艶やかなフローリングの上には兵竜の足の形をした土跡が無数に残っていた。


「あっちか」


 足跡は廊下へと続いていた。無論先頭は陽介なので促すように顎でしゃくる。


「はいはい、ちゃんと従いますよ」


 ショットガンを構えながら陽介が廊下へと向かう。廊下は僅かな直線があって左右にトイレと浴室の扉、そして玄関へ続く横道が見える。そしてその先に二階へと続く階段が見え、さらに台所が伺えた。足跡を見る限りそれは台所へと続いているようだ。ゆっくりと二人は物音に気を配りながら進む。


「うわあ、当たりっすね」


 何事もなく二人は台所へ辿り着いたがそこはひどい有様だった。部屋の中央には床をぶち抜く大きな穴が開いており、その際に弾け飛んだであろう床材や家具なんかが部屋に散乱してその先のものをさらに破壊していた。食器なんかも割れて散乱しているので踏まずに歩くのは難しいだろう。


「兵竜は穴の中っすかね」

「どうだろうな」


 単純な構造で脳が小さいわりに兵竜は頭が悪いわけではない。群れで湧き出す前に情報を収集する傾向があるので恐らく目撃されたのは斥候役だろう。本格的に動き出す前に見つからないようにするなら穴に戻っている可能性は高いが、それを確定できるだけの情報があるわけでもない。


「とにかく穴は確認できたんだから一旦戻るぞ」

「そっすね、後は自衛隊のお仕事っすよ」


 警察の仕事は兵竜の存在の確定とその巣穴の特定までだ。流石にどれだけ湧いて来るかわからない巣穴の破壊は自衛隊の仕事になっている。だから二人の仕事は外に出て巣穴の存在を署に知らせるまでだ…………まあ、そのまま自衛隊の到着まで外からの監視を命じられるだろうが藤次はあえてそれを口にはしなかった。


「じゃ、また俺が先頭っすね」


 仕事の終わりが見えたことで気を良くしたのか率先して陽介が廊下に戻る。


 どすん、と。


 一匹の兵竜が二階に繋がる階段から飛び降りてきたのはちょうどそのタイミングだった。


「わーお」


 しかしそれに陽介が出したのは緊張感の欠けらもない気の抜けた声。廊下の横幅は一メートルほどあるが兵竜の体格を考えると横を通り過ぎるのは無理に近い。ちらりとショットガンの安全装置が外れている事だけ確認し、後ろに向けて口を開く。


「先輩、後ろは任せたっす」

「了解」


 その返答を聞くと同時に陽介は兵竜へと向かって突進する。恐怖の欠片も見出せない躊躇いの無さと速度だった、傍から見ればショットガンがあるとはいえ無謀にも見える思い切りの良さだった。


 だが兵竜というのは基本的に攻める立場の存在だ。ましてや学習するだけの知恵がある彼らは人間の肉体は脆弱であり距離を取って攻撃する生き物であると認識している。故にその認識と違う陽介の行動にどう対処すべきかの反応が遅れ、動きが一瞬止まる。


「よっと」


その隙を突いて陽介は勢いのままに兵竜に向かって跳躍する。そして両足を開いて壁に叩きつけてその頭上で体を固定しくるりと上体を傾ける…………そのまま逆さになった視界の中で兵竜の後頭部へとショットガンの銃口を押し付けて引き金を引いた。


「いっちょ上がり」


 反動で体が跳ね上がると同時に壁から足を離し、倒れ行く兵竜の身体を器用に避けて廊下の隅へと着地する…………その直後に風切り音が聞こえて即座に彼は半身をずらす。


 その類まれな動体視力が二階から跳び下りて来た二匹目の兵竜が自身の横を通り過ぎていくのを確認させる。それを目で追いながら陽介は冷静にショットガンのハンドグリップを往復させて排莢を済ませた。


 ゴスン


 目標を損ねた兵竜が勢いそのままに廊下の壁へと頭をぶつけて止まる。その側頭部にショットガンの銃口を添えて引き金を引く…………二匹目の兵竜が動かなくなった。


「…………だからお前はこの仕事に回されるんだよ」


 後方を警戒しつつその一部始終を見ていた藤次が思わず呟く。誰でも何かしらの才能を持っているというが、明石陽介という人間の才能は今しがた目の前で見せたそれだった。類まれなる動体視力に柔軟に鍛えられあげた高い身体能力。それに全く物怖じしないふてぶてしい精神が組み合わさることによって彼は署内でも屈指の戦闘能力を誇っている。


 全体で見ればそれなりに警官にも兵竜の被害が出ている中で、彼だけは無傷で兵竜を屠り続けているのだからそりゃあ仕事を押し付けられもする。


「…………っと」


 思考を中断し僅かな物音に反応して後方へとショットガンを構え直す。穴から飛び出してきた兵竜が自分へと向かってくるのが見えた。


 藤次は自分と陽介が違うことを理解していた…………もちろん訓練は怠っていないし身体能力もそれなりに高い。だがまあ、凡人の範疇だろう。


 だから無謀な冒険はせずに着実に対処する…………狙いをあまり定めずにとりあえず一発撃ち込んで動きを止める。その隙に排莢を済ませて一歩踏み込み、正確に頭部へと狙いを定めて引き金を引いて止めを刺した。


 もちろん実行するにはある程度の度胸は必要だが、それは凡人でも持つことはできる。


「そっちも終わったっすか?」

「とりあえずはな」


 穴から追加の出てくる可能性はあるが今のところその気配はない。二階で二匹、そして大穴の入口で一匹が警戒の為に残っていたというところか。群れの本体は今のところ穴の奥深くにいるに違いない。


「ところで今気づいたんですけどガスくさくないですか?」

「…………確かに匂うな」


 言われてみれば玉ねぎが腐ったような独特の匂いを感じる。しかし考えてみれば大穴が開いているのは台所なのでガス管が壊れていても不思議ではない。恐らくは漏れた大半が穴に流れ込んでいるので今まで気づかなかったのだろう。


「着火しなくてよかったっすね」

「ああ」


 下手をすれば先ほどの銃撃で大爆発の可能性もあったわけで藤次は胸を撫で下ろす。


「とっとと離れよう」


 追加で兵竜が現れたら今度は誘爆の危険を冒して迎撃する羽目になる。


「ういっす」


 陽介もそれに反対はないようで先頭を切って歩き出す。藤次もそれに続くがこの後の報告の際にガス漏れについても報告せねばと考えていたせいで、彼が道中で花瓶や本なんかを手に取っていた事には気づかなかった。


「あ、ちょっと先行っててください」


 リビングの手前で陽介が立ち止まる。


「ん、なんかいたのか?」

「や、この後の手間を減らそうと思いまして」


 それほど気にせず藤次は通り過ぎようとしたが、陽介の手に持っているものに気づいて足を止める。花瓶に破り捨てた本ページが差し込まれ、彼は今そこにライターのオイルを流し込んでいるところだった。


「おい」

「いやー、そろそろ補充しようと買ったばかりでよかったっす」


 笑いながら陽介は空になった容器を放り捨てる。そして本来補充する先だったライターを懐から取り出し紙の先端に火をつける。


「待っ…………!?」

「ほいっと」


 藤次が止めようとする間もなく陽介は花瓶を放り投げた。それは軽く投げたとは思えないほど長い放物線を描いて一本の廊下を隔てた台所へと吸い込まれていった。


「じゃ、逃げるっすよ」


 軽く言って陽介は背を向ける。


 文句を言う前に藤次はそれに従うしかなかった。

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