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2018年6月7日  地方都市

 田んぼはないが背の高いビルもそれほどない。駅周りはそれなりに賑わっているが商店街は廃れており、大きな買い物はもっぱら郊外のショッピングモールが利用される。過疎ではないが発展しているとも言い難い停滞した空気…………地方の都市などそんなものだろう。


 それでも都会ほど生き急ぐわけでもなく、田舎ほど不便なわけでもない。ただのんびりと暮らすにはちょうど良かったはずが、最近は事情が変わってしまっているようだった。


 経年劣化ではなく物理的な衝撃によってひび割れた建物。火災によって焼失したまま放置されてしまっている地域…………居住者を失ったことによって少しずつ廃れていく家屋。昼間なのに往来を歩く人の数もほとんどなく、偶に見かける人も小走りに周囲を伺いながら進んでいる。


 そんな光景を横目に見ながらパトカーが一台交通量のめっきり減った道を走っていた。


「先輩、自分思うんすよね」

「なんだ」


 助手席に座る後輩から話しかけられて彼、三嶋藤次は聞き返す。声色がぞんざいなのは彼の後輩である明石陽介はどうでもいいような話を延々と続けるような男だからだ。夜勤の暇つぶしにはちょうどいいが、そうでない時にはうんざりすることもある。


「自分達って警官ですよね?」

「そうだな」


 それ以外の何者でもない。だからこうして警官の制服に身を包み、パトカーに乗って街を警邏しているのだ。


「自分らって今何してるんですっけ?」

「目撃情報のあった兵竜の確認だな」


 兵竜はあのクソッたれのドラゴン共の使い走りだ。文字通りの使い捨ての兵隊だがそれでも武器を持たない一般市民にとっては充分すぎる脅威だ。その上地下に掘られた坑道を通ってどこからともなく現れるので常にその出現に警戒している必要がある。


「警察って犯罪者を取り締まる仕事だったと思うんすけど」

「市民を守る仕事には違いないだろ」


 犯罪を取り締まるのはその為の手段であって目的ではない。


「それはそうなんですけど」


 理解はしているものの納得はしてないという表情だ。


「しょうがないだろ、人手が足りないんだから」


 本音を言えば藤次も陽介の言い分は正しいと思っている。少なくとも熊並みに狂暴でしかも群れで行動するような相手は自分達ではなく自衛隊に任せたい…………しかし日本の各地に唐突に湧いて来る兵竜相手に自衛隊が捜索まで人手を割いたら圧倒的に手が足りない。だからある程度の対処と進入路の特定までは警察で済ませてから出動を要請することになっている。


「それはわかりますけどこっちだって足りてないじゃないですか」

「…………相変わらず緩やかに犯罪発生率も増えてるからな」


 藤次は溜息を吐く。


「みんな大変な時期なのになんで大人しくしてくんないんすかね」

「だから大変な時期だからだろうが…………」


 呆れるように横目で藤次が陽介を見る。


「なんとか被害は抑えてるとはいえあのくそったれなドラゴン共のせいで経済は停滞しちまってる。物価は上がる一方だし流通も滞ってそもそも物資が入ってこないなんてことすらある」


 何せ火竜は海沿いから日本中に飛来するし、兵竜は地下からいきなり現れる。どちらも対処は出来ても駆除は出来ていないから被害の復興もままならないし、安全と確定できる場所がないからどこで商売しても常にリスクに見舞われる。おまけにドラゴンの被害は世界中で出ているから貿易も途絶えがちで島国である日本にとってはかなり致命的だ。


 明るいニュースは何もなく、対処できているとはいえ被害者もゼロではない。こんな状況では国民の意識もどんどん荒んで犯罪が増えてるのも当然の帰結と言える。


「えーっと、僕らは公務員だから大丈夫ですよね?」

「まあ、それも治安維持担当だからな…………食うに困らん程度には上も保証してくれるだろ」


 最悪なのは治安維持担当のモラルが低下して無法地帯になることだ。もちろん優遇を過ぎればそれも反発を生むが、待遇が良くなければ苦しい仕事など誰もしたくないというのも真理だろう。


 ましてや現状命の危険も大きいのだから見返りがなくてはやってられない。


「…………それもこの国が続く限りだがな」

「えー、怖いこと言わないで下さいよ」

「怖いも何もこのままドラゴンがどうにもならなかったらいずれは破綻する」


 なにせドラゴンに対しては現状対処だけで根本的な解決の目途が立っていない。生物を駆逐するなら巣を殲滅するのが一番だが、その肝心の巣が未だに判明していない…………正確に言えば巣はいくつも発見しているが、それは飛来した火竜などが築いたいたものでその火竜が生まれたであろう大元が見つかっていないのだ。


「この前北海道に上陸した奴がボスだったりしないんすかね…………あのバカでかい奴」

「そうだといいんだがな」


 一カ月ほど前に体長三十メートルを超える巨大な竜が北海道の東部に上陸している。その姿は竜というよりは陸を歩くクジラのような存在であったが多数の上位竜と兵竜を引き連れており、その上陸地点で自衛隊との大規模な戦闘が行われた。何とか自衛隊はその場での殲滅に成功したが上位竜の何匹かを取り逃がして今もその捜索に創作に追われている。


 公式に発表された調査情報によればそのクジラもどきが上位竜を出産していたのは間違いないらしいが、ではそのクジラもどきは誰が産んだという話になる。それとも上位竜が成長してクジラもどきになるのか…………未だにその生態もよくわかっておらず結論は出ない。


「だがあの一匹で世界中を網羅するのは無理だろ」

「ですよねー」


 あれが母体であるにしても他の個体が複数存在すると考えるのが妥当だ。だから北海道に移動して来たのも巣の移動ではなく、新しい個体が自身の巣を築く場所を求めて来たと考えるべきだろう。


「でもそうすると世界中にあれの巣があるってことですよね」

「そうなるな」


 ドラゴンは日本だけではなく世界中へ同時に飛来した。いくら火竜が長距離飛行できるといっても世界をカバーできるほどではないし、クジラもどきのように海を移動するなら相応に時間が掛かる。常識的に考えれば世界中にドラゴンの巣が点在していると考えるのが妥当だ。


「それって結構人類やばくないですか?」

「やばいに決まってるだろ」


 現状対処ができているといっても現状が続けばそれも苦しくなる。なにせ相手は生物でこちらは兵器で対抗しているという違いがある。一見すれば壊されても量産できる兵器の方が優位に見えるがそれを扱うのは人間で訓練が必要だ。兵器は量産できても兵士が量産できなくてはやがて限界が見える。


 そして肝心のその兵器も作るには物資と金が必要だが、今はそのどちらもドラゴンのもたらした被害によって消耗しつつある。特に島国である日本は輸入に頼っている石油関連が深刻で、それが尽きると戦闘機が飛ばせなくなり火竜に対して無力になってしまう。


「何とかしないとやばいじゃないすか!」

「だからこうして警察が出張って自衛隊の負担を減らしてるんだろうが」

「あ、そうか」


 ぽんと、納得したように陽介は手を鳴らす。


「俺たちは俺たちにやれることを地道にやるしかねえんだよ」


 自分に言い聞かせるように前を見たまま藤次は呟いた。


「あ、でも先輩」

「なんだよ」


 変わらず軽い声色に藤次も荒い声を返す。


「今の話って結局俺たちが兵竜相手にする理由にはなってないっすよね」

「どう聞いたらそう考えられるんだ、お前は」


 どう思い返してもそんな考えにはならないはずだった。


「いやこれが必要な仕事だってことはわかってますよ」


 馬鹿にしないで下さいというように陽介は手を振る。


「でも署には犯罪者取り締まってる役割の人達もいるじゃないですか」

「まあ、そうだな」


 幸いにして両方に割り当てるだけの人手は足りている。


「じゃあ俺たちがそっちの仕事でもよくないですか?」


 それは単純な不満だった。誰だって大変だったり危険だったりする仕事を好んでやりたいと思わない。他に仕事があるならそっちを選びたいと思うのが当然だ。ましてや選択肢を与えられることなく今の仕事を強制されているなら文句の一つも言いたくなるだろう。


「あのな」


 だが藤次はそれにさらに不機嫌な声で返す。


「言っとくが俺はお前の教育係だったせいで巻き添えになってるんだぞ」

「え、それどういう意味っすか?」

「この仕事を割り当てられたのはお前のせいだと言ってる」


 意味が分からないという様子の陽介に藤次はさらにはっきりと口にした。


「え、自分何か大きなミスしましたっけ? 言葉遣いなんかも先輩以外にはちゃんとしてたと思うんすけど」

「ああそれは俺がムカつくくらいにちゃんとしてたな」


 無表情に藤次は答える。


「だがこれはそういう問題じゃなくて適性の問題で…………」


 言いかけて途中で言葉を止め、藤次は緩やかにブレーキをかけてパトカーを停止させた。


「え、なんすか? 途中で止めないでくださいよ」

「到着だ」


 視線を三十メートルほど先の民家へ向けて、藤次は口にする。


「あそこが兵竜の目撃報告のあった一軒家だ」


 無駄話の時間は終わり、彼らの仕事の時間の始まりだった。


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