新時代の女達
2019年、あの石畳が続く緩やかな坂道と、いつもの柔らかくて、どこか暖かい雰囲気、人々の行き交い。ずっとそこにある街、変わるのは行き交う人々の人間模様だけ。街はいつもそこにあって、石畳の坂道も今も昔もこれからもずっとそこにある。きっと、そのとき、その町にいたそれぞれの人々の、あの時、あの感覚を辿れば、あの時のあなたに会いにいけば、どこにいても、あの街の姿がありありと浮かび上がる。
懐かしがるのも、未来に憧れるのもやめて、現実に生きることの大切さ、現実をどうにか乗り越えて行くことに必死になることが美しい時を重ねることになる。そのときを必死に生きていると、そんなことを思いつく余裕なんてないけれど。きっとあの町で起きた日々を数年後に思い返せば、悲しい思い出も、楽しい思い出も、少し浅はかな自分を振り返る勇気を持てば、愛おしい宝物になる。
その町は日本のミックスカルチャーにふさわしい、文化の交差点。古さと新しさが常に融合し、変わらない街並みの中で、毎日新しい出来事がおこる。街が優しく人々を見ている、そんなどことなく柔らかな雰囲気であふれている。歴史を兼ね備えていて、それでいて今っぽい。日本らしさもあるけれど、大使館や、外国人も多い、クラブで遊ぶ若者たち、朝まで飲み明かし、遊び疲れた人々が六本木から坂道を下ってきて、腹ごしらえをしたり、飲み続けたり、目を当てられないような騒がしさを抱えながらも積み重ねて来た歴史の長さからか、上品さを兼ね備えている町。何よりも石畳の商店街が素晴らしい。
この物語は、その町でおこった、女性の生き様に着目した物語。
一人目はいかにもな、東京で働くいけてる女子の代表格。女性用の雑誌をそのまま切りいて出てきたような女性。藤原舞(29)。IT企業の国際戦略部門で働いている、日本の本部は六本木オフィスにある。趣味は海外旅行で、3日以上の休みがとれる可能性があれば海外に行くことにしている。舞にとって、旅行先が先進国となると、満足が行かず、一緒に行ってくれる友達がいないので一人でも途上国に趣き、精神性や土着の文化に触れることで、新しい世界感を取り入れ、東京に戻った時に、他のどんな趣味でも得られないような新鮮味を感じることができた。父が大手の外資系投資銀行を渡り歩いた影響で、舞も幼少期を海外で過ごすことが多く、英語が堪能になった。
名門のお嬢様大学に通い幼少期から得意だった英語にさらに磨きをかけた。得意の英語を活かして日本の最高学府の大学院で国際心理学を研究し卒業した。舞にとって英語は幼少期に自然に身についたスキルで、海外から帰って来てからも両親は教育に費用を惜しまずに舞に英語スクールに通わせてくれた。舞にとっては特に努力をしなくても周囲よりも得意になっていた語学を活かして、大学院までを過ごした。
海外では慣れない環境ばかりだったし、いじめられることもあったけど、舞には強い姉がいた。いつも姉と一緒に行動した。いつでも姉に着いていれば怖いものなどはなかった。一歳しか変わらない姉はいつも舞のライバルだった。でも周囲に対応するためには団結し戦うような同盟を暗黙の内に結んでいた。いつもお互いの危機を乗り越えるためにお互いを必要とした、特に姉も舞も助けを乞うことはなかったけれど、ギブアンドテイクの精神を大切にした。何も言わずに助ける時はうまく助け合う、そして、お互いにそんなタイミングが来る時がわかっているから、今あなたを助けるけど、私がピンチの時には必ずあなたも私を助けてね、というようなところだ。何度も姉妹喧嘩を繰り返す内に、そういう同盟がお互いにとって一番効率がいいものだと二人とも暗黙の内に同じ答えにたどり着いて共有できていた。だから基本的には姉妹で仲の良い会話は存在しない、その代わりに、危機を乗り越えるための情報共有が存在した。
舞の性格は明るくて好奇心旺盛で天真爛漫、どんなに失敗しても常にポジティブ、いつも新しい物事に触れていたいタイプだ。そういう性格が関係するのか、友人も多く、彼女を支えてあげよう、新しい情報を提供してあげるチャンスがあるのならば、彼女に積極的に関わろうとする男性も数多くいる。見た目も無邪気な性格を反映したように、どこか少女のような可愛さを感じられる。
艶やかな健康的な肌と綺麗な長い黒髪を持っている。海外で過ごした期間も長いので、舞はどこか日本人ばなれしたファッションを好んだ。夏にはホットパンツをはき、たとえオフィスでも肩を丸出しの露出の激しいファッションをした。特にノースリーブスタイルを好んでいて、夏がこずとも、まだ肌寒い時期にノースリーブを来ることにしている。露出した舞の健康的な肩、背中、太ももの肌は男性を一目で虜にした。
実家は白金台なので、六本木のオフィスまではだいたいタクシーで通勤して、時間的、精神的にゆとりがある時は電車で、ゆったり物事(特に恋愛)を考えたい時は、歩いてオフィスまで行くことにしている。
つまるところ、舞は裕福な家に育ち、周囲が羨むような学歴、容貌、彼女を支える味方を持ち合わせている。
大学院を卒業して新卒で今の外資系大手IT企業を卒業した舞は、どこか刺激を感じられなくなっていた。
退屈を感じていた。一体、このままで私の人生はどうなるんだろう。舞は周囲と自分とを比較して、自分は全てを手にしているんじゃないかと思った。いつも、今以上、他人以上を求めて常に最上しか見てこなかった、でもこれ以上がない。そしてある時、舞は、他人のものを奪うことに興味を持ってしまった。
舞はわかっていた。私が望めばなんでも手に入る。手に入れていないものは、私が望んでいないだけ。ということを。舞の頭の中では世界はこう整理された。私が望んで手に入れたもの、望んで手に入れてないもの、その二分類。
舞はこの世の2分類はしてはいけない思考だとわかっていた。でも舞が少しでもいいなと思う物事に触れた時、それが特に他人の所有物であった場合は特に、癖のようにこの思考を再現してしまった。あの物は現時点で私のものではない、それは私が望んでいないからだ。と自分に言い聞かせた、すぐに手に入るけれど私は"あえて"望まないんだ。と。
彼女はその思考をしないように気をつけた、というよりも、他人からその考えを悟られないように気をつけた。なぜならば、それはモテない思考だと気づいていたからだ。男性は高飛車な女を嫌うだろうという憶測が彼女の頭の中にはしっかりと刻み込まれていたから、舞は一見すれば無邪気で少女のようなイメージを保とうとした。つまり舞はその思考を隠して、天真爛漫さを貫くように努力した。その世界の分類方法は天真爛漫さから来るもので、舞はいつも自然にそのような思考をしてしまった、つまり行き過ぎた天真爛漫さが、周囲から見ると傲慢さに変化してしまうタイミングを彼女は自分で制御しようと心の中で葛藤していた。
舞は賢くて、自分のことをよく知っていた。どうすれば、自分が魅力的に映るのかを理解していた。SNSの利用方法まで自分仕様にしていた。
舞には付き合って5年になる彼氏がいて、結婚はもう目前だった。学生の頃に出会った彼氏だった。
プロポーズもされていた。彼は同じ大学の医学生だった、いつも舞のことを大事にしてくれて、舞の行きたいところに連れて行ってくれて、望み通りの良い彼氏でいてくれた。でも舞は彼との関係性が気にいっていなかった。