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秘密の習いごと (心配編)

作者: ゆきのり

 コンコンと、僕が叩いたドアが鳴る音が響く。どうして こんなに響くように造ったのか不思議なんだけど、誰かに聞きたくても、誰とも会ったことがないから、どうしようもなかった。

「どうぞ」

 中から声がして、僕はゆっくりと扉を開ける。

 夕焼けの光が入る窓の前のベッドに、彼女はいつものように座っていた。

「いつもありがとう」

 彼女がそう言うので、僕は首を横に振った。

「帰り道だから」

 どんな表情が正解なのか、いつも迷ってしまう。『かわいそう』 と思っているという誤解をされないか、心配でならない。

「今日は、学校の連絡事項と進路希望調査のプリントを渡して欲しいって …」

「自分で来れば良いのにね」

 彼女がため息をつきながら言った言葉を無視して、カバンからプリントを取り出した。

「帰り道だからって、先生のお使いさせられちゃ、あなたも災難ね」

「そんなことないよ」

 僕が机の上にプリントを置くのを待って、

「嘘」

 彼女がグイッと顔を近づけたのは、僕がプリントを落とさないようにという、彼女なりの気づかいだと思った。

「じゃあ、何であなたは、こんな何のためにもならないことをしてるの?」

 僕は何も言わない。

「内申点が良くなる、とか?」

「内申点の心配はしたことない」

 嘘じゃない。

「罰ゲーム、とか?」

「そんなゲームしたことない」

 嘘じゃない。

「1回も学校に行けなくて、友達もいないから、かわいそうだと思って …とか?」

「残念だけど、ない」

 嘘じゃない。

「… 私のこと好き、とか?」

「それも … ない。ごめんなさい」

「謝らないでよ、こっちが惨めになるから」

 彼女はクスクスと笑って見せた。

「あなた、本当に正直者ね。気をつけた方が良いわよ、この世界を生きるなら」

「僕は、夕日が見たいだけなんだ」

 初めて、僕は彼女の前で自分ことを話した。もっと子供の時から、この近くで1番高いこの建物をずっと見ていた。この上から見た夕日は、どんな風に見えるんだろうと、ずっと興味があった。

「何でだか分からないけど、夕日を見るのが昔から好きで、何にも遮られずに夕日だけを見れたら良いなって、思ってた」

 僕が顔を上げると、そこには山に沈む直前の夕日があった。この病室は、カーテンがなくて、彼女を見るフリをして、ずっと夕日を見ることができた。

「私のこと、羨ましいと思ってる、とか?」

「うん」

 僕は素直にうなずいた。いつもなら、彼女を傷つけるかも知れないと思うところなのに、今日は言ってしまった。

「はぁ …」

 彼女は大きくため息をついて、

「私の忠告、ちゃんと聞いてなかったみたいね」

 僕のおでこをペンッと叩いた。

「あなたが悪いんだからね。でも、ありがとう」

 そう言った時刻と夕日が山に沈んだ時刻は、同じだったと思う。だから、僕は そう言った時の彼女の表情を見ることができなかった ―――

 気がつくと、僕は入院患者の服を着て、ベッドに腰かけていた。

 ふと 膝の上を見ると、紙がはさまったバインダーと鉛筆が置かれている。

 その紙には、進路希望調査アンケートと書かれていて、すでに第一問には、

『夕日が見える病室の入院患者』

 その他のところに丸がしてあり、欄外にそう書かれていた。

「お似合いだと思うわ」

 さっきまで僕が座っていたイスに、さっきまでベッドにいた彼女が制服を着て座っていた。

「私なんかより、あなたの方が ずっと」

 そう言うと、彼女は立ち上がって、ドアの方へと歩いていく。

「良い人生経験になったんじゃない?」

 こっちを見ずにそう言って、扉を開いてからこっちを見て、

「今度は、あなたが新しいお人好しを探す番。でも、あなたにとっては侵略者になるのかもね」

 夏のお日様が負けるくらいの笑顔で出て行った。

 それから、どれだけ時間がたっても、彼女は戻ってきていないし、僕は夕日を見続けている。

 そして、今日もまた、見たことも口を聞いたこともない同級生がプリントを持ってやってくるんだ。最後に必ず、丸文字で一文手書きのコメントがあるプリントを ―――

『今度の子は、あなた以上の お人好しさんかもね』

 …… 僕は、いつ この幸せが奪われてしまうのか、心配でならない。


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