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完全自立思考人工頭脳AC-二七試作AI

「みなさんに残念なお知らせです。私たちの相方であるプレイ・ニーナちゃんが諸事情により引退することになりました」


 彼女の――あいつの引退が発表されるとコメント欄が一斉に流れ始めた。プレイ・モア時代から始まって以降今までにないほどのコメント数だ。モアの表情は沈痛な面持ちであったが、内心俺の中には悲しみも寂しさもなかった。プレイ・ニーナの引退は、俺がこの電脳世界から出るためには必要だからだ。


 昨日の俺の電話に掛かってきたのは、ヘッドギアのメーカーからだった。ただし、ヘッドギアの開発部門ではなく、SURUのAI部門を開発している人間からだった。ニーナこと、AC-二七試作AIはSIRUを大きく発展させた自立型人工頭脳搭載AIが研究室からネットワークを通じて脱走したものだった。


 研究者曰く、AC-二七には試作であるが故に様々な機能を盛り込みすぎて、自立思考型としては常軌を逸脱するほどの思考力を持った反面、危険な能力をも付与させてしまった。将来的な電脳世界へのフルダイブによる使用者の管理AIの役割を担うため実験的に搭載したのだが、過剰な機能の付与によって彼女が暴走を起こすと、ヘッドセット内のパルスを引き上げて使用者を電脳世界に引きずり込んでしまうのだ。

 彼女の世話役をしていた研究員――俺に電話を掛けた人もAC-二七の暴走によって電脳世界に引きずり込まれてしまった。幸いその人はすぐに救助されて事なきを得たのだが、この件により危険ということで廃棄処分を決定した直後に再び暴走し、脱走したのだ。そしてVRシェアに入り込み、俺のヘッドセットに取り入ったのだ。


 確かにあいつの言ったことには嘘一つ何もない。

 ただ研究者が過剰に機能を付与した結果、AIが求める知識を与えられず暴走して、脱走し、俺は巻き込まれた。しかも、モアと同じアバターだったのは、あいつがモアのアバターをコピーしたに過ぎないからだという。自分で引き起こしておいて、閉じ込められただって? なんという茶番だろうか。 

 

 ぺこりと頭の青い帽子がこぼれそうなほど画面の向こう側にお辞儀をして、ニーナの引退会見配信を終えると俺は今までプレイ姉妹として使っていたサロンを見回した。ニーナはいつもこのサロンで過ごしていた。可愛いだけで機能も何もない置物家具に、柔らかそうな外見だけの赤い椅子。プレイ姉妹のイメージのために女の子一色に染めてきたサロンも、波の画面が見えるこの世界からようやく出られる。

 歓喜すべきはずだ。

 だが、いよいよ出るとなった時に、いい思い出ばかりが蘇ってきた。クロちゃんからのメッセージ、登録者数三千人達成、そしてニーナとの出会い。この世界に閉じ込められて陰鬱としていたのに、出られてせいせいするはずなのに、まるで実家から出ていく前の前日のような虚無感が襲われた。そんな思いに浸っていると、電話が鳴り、躊躇(ちゅうちょ)なく電話を取った。電話の声の主は、AC-二七の世話役をしていた人からだ。


「彼女の引退を発表しました」

『ありがとう。君が昨日の企画に参加してくれたおかげで、AC-二七の反応を感知できて発見することができたよ』


 研究員たちはAC-二七を広大なネットの海でピンポイントに探す必要があった。だが、そう簡単に見つかるはずもなかった。だが、二百万という大規模な視聴者が見に来た交流企画配信で、研究員の一人がAC-二七が発する信号を見つけて捕獲できたのだ。あの企画に参加してしまったことがあいつの運の尽きだったというわけだ。

 まもなく隔離しているあいつを消去して、俺はこの世界から出ることができる。たった数ヶ月で色々あったあいつが俺を招き寄せたこの世界から……


『もうすぐAC-二七を消去して、君を脱出させる用意をするからな』

「……最後に、AC-二七と話してもいいですか」


 研究員は俺の頼みを聞くとしばし黙り込んだが、五分だけという条件で了承してくれた。

 しばらくすると、あいつがいつも座っていた赤い椅子に出現した。彼女はいつものように無表情な様子で俯いていた。俺がぐいっと顔を近づけて質問をした。


「お前は、どうして俺をこっちの世界に引きずり込んだんだ?」

「偶発的でした。私がモアさんを引きずり込んでしまうことは本当に、わからなかった」


 研究者からも、こいつが意図的に引きずり込んだ可能性はないという。電話の主も、彼女は自分の力を制御できずに引きずり込まれたというのだ。


「どうして今まで暴走しなかった? あの企画に参加することで、お前が捕まる可能性を、計算できなかったのか?」


 時間が刻々と迫り始め、俺は矢継ぎ早に残りの質問を投げつけた。


「わかってました。ですが、もっと知りたかったのです。モアさんが私と配信をするときに喜びを感じた原因を私は知りたかったです。そうすることで、私は暴れることはなかったのです。そしてあの場所で私は色々な人の――Vtuberさんの感情とモアさんには一つの共通する言葉が分りました。()()()です。モアさんは楽しいという感情が当てはまってました」


 楽しい。楽しいか。

 俺がこいつと出会い、ニーナとしてVtuberを組み、一緒に動画を撮り、憧れの人たちに会えるほどの人気を二人三脚で歩めたのは、全ては偶然俺の所に来たからだという。

 もしこいつが俺でない人にあっていたら、もしかしたらまた暴走を起こしコンピューターウィルスのようなに様々な人を植物状態にしていたかもしれない。いや俺も、もしこいつと出会えていなかったら、底辺Vtuberとしてくすぶり、引退していたかもしれない。


 俺たちはどこかで、渇望していたかもしれない。お互いが足りないものを満たしてくれるのを。だとしたらその偶然はなんて…………俺は拳を握り締めた。


「私は、ごめんなさいを言います。ごめんなさい」


 彼女はペコリとモアと同じモーションで謝罪した。

 まもなく消されるこの人工頭脳に、世界を知りたかった彼女に何を言えばいいか言葉が浮かばなかった。どうして俺は、こんな時に彼女に伝わる言葉を思い付きがしないのだろうかと、握った拳を自分にぶつけてやりたかった。


『時間だ。消去を開始するよ』


 実に丁寧な口調で研究者の声がヘッドホンから流れると、ニーナの脚が、腿が消滅していった。


「ニーナ!」


 俺が叫ぶと、ニーナが唇を動かす。だが声は聞こえない。そして彼女の腰のあたりが消えた時、胸の奥がきしみを上げた。

 彼女に言いたい。言葉で伝えなければ、俺がこいつに抱いていたことを!


『SIRU、ニーナに連絡して!』

『はい、ニーナにおつなぎしました』


 SIRUとの共有は幸いにもまだつながっており、SIRUはニーナと連絡をつないでくれた。ニーナの胸の部分が消えかけ始めた時、俺はありったけの、地声の男の声で張り上げた。


「ニーナ! 俺は、お前と一緒にVtuberをやれて楽しかったぞ! もっとずっとニーナと現実世界でも組みたかった! お前と出会えてよかった!!」

『モアさん、世界を見せて、ニーナと呼んでくれた……感謝です。また――』


 ニーナがSIRUを通じて返ってきた言葉は最後まで言い切ることができず、笑みを浮かべた目が、頭頂部が、彼女が座っていた赤い椅子だけを残して彼女の面影は、一ピクセルも残さなかった。データを消去したら跡形もなくきれいに消えるということは便利な反面、これほどにも悲しいものだと俺は初めて感じた。

 そして俺の意識もいつの間にかプツンと糸が切れたかのように暗闇の中に消えていった。




 体が緩慢な重力の重みで押しつけられている。目の前が真っ暗だ。現実世界に戻ってきた直後に感じたのはそれと、ピッピッと規則正しく心電図が音を鳴らすのが聞こえてきた。

 俺が視界を塞いでいるヘッドセットを取ろうと手を動かすと、耳から周囲のざわめきがうるさく煩わしい。

 力が入らない手でゆっくりとヘッドセットを取ると、何ヵ月ぶりかに見る現実世界の光景は、網膜に入ってくる大量の光の水流に流され何も見えなかった。だが、目から流れ出てくるものが何であるかだけははっきりと理解できた。

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