Vtuber企画での違和感
憧れの電脳少女クロから主催の交流企画当日、俺の指は目の前の画面にある集合場所のサロンへ直行するログインボタンを押すか押さないかの位置で震えていた。
「あと十五分で開始ですよモア。どうしてボタンを押さないのですか?」
「こ、これを押したら、クロちゃんさんだけでなくりあるさんとか大物Vtuberとご対面できるんだ。そんな人たちに直接、それも企画に参加できるんだぞ。感激していて、入っていいのかわからないんだ」
「モアの感情はやっぱりわからないのです。あと八分で開始ですよ、このままでは遅刻ですよ?」
ニーナは頭上に、感情わかりやすくするために追加オプションで入れたクエスチョンマークのエフェクトを浮かべた。Vtuberに慣れ親しんでいないニーナにはこの感情はわからないだろう。俺がVtuberを知るきっかけとなったのが電脳少女クロちゃんだからだ。彼女がいなければ俺はVtuberプレイ・モアをつくらなかっただろうし、ニーナとコンビを組むことがなかったかもしれないほどの大Vtuberなんだから。目標としていた人物に、画面の向こう側の人に直接会えるという感動は何を言っても伝わらないだろうな。
さすがに時間が迫ってきたのにいつまでたっても入ろうとしない俺にしびれを切らしたのか、ニーナが俺の手をつかみログインボタンを押させた。
企画会場は、いつも撮影場所として使っていた殺風景な円形状の会場であったが、俺たちの所とは違い多種多様のアバターが隙間がないほど会場の座席をぐるりと埋め尽くしている。その数は、全部の指でも数えられないほどの人数だ。
そして会場の中心には、いつも動画の向こう側で見ていた王冠のように見える黒い帽子を被った黒髪の少女が俺たちが来たとみるや、甘ったるい声で歓迎の声を上げた。
「いらっしゃ~い、あなたがプレイ姉妹ですね」
「は、はい! で、電脳少女クロさんですね。あ、あのずっと、まだチャンネル登録が二千人台の時代から見てました!」
「わはぁ~、うれしいな。まだあんまり大きく取り上げられなかった時代からのファンの人なんて」
「あと、最近投稿しましたクロちゃんのダンスも拝見しまして」
俺は憧れの大物Vtuberを前にして、我を忘れるほど興奮していた。今のように注目されていなかった時代の動画の内容やら、最近投稿した動画の話などまもなく企画の配信が始まるというのに俺はまくしたてるように熱意をぶつけ続けた。
「あ、あの~。もうすぐ配信が始まるのでそろそろ」
「嬉しい。これは会えたことに対しての意味なのでしょうか?」
「ニーナちゃんだね。今日はよろしくね」
後ろに控えていたニーナの姿をクロちゃんが発見すると、腕を前に出しただけで挨拶を済ませた。 ん? 握手しないのか? まあクロちゃんはいつも挨拶はあんな感じだから、やり慣れたほうをしているだけなんだな。
俺が一人考え込むと、続々と参加予定の他のVtuberが会場内に出現していき、最後に出現した羊の被り物をした男性アバターが登場と共に企画開始の音頭を取った。
「はいはいはい。VRシェア内Vtuber交流企画始まります! 司会は私、世界初のVtuberりあるで~す。ふぅふぅふぅ~」
「はいこんにちは。ご存知主催のクロちゃんです。今回は新顔さんとか話題のVtuberさんが目白押しですね。あと自分の動画が面白くない以外は最高の腕前の羊野郎もついでにいますね」
「やっだな~、そうやって僕の動画に誘導するなんてクロちゃん誘導うまいんだから」
「本当のことを言ってるんですよ~」
開始早々にりあるさんの持ちネタと同じく持ちネタであるクロちゃんの腹黒漫才で会場を早々に笑いの渦に巻き込んで、企画が開始された。さすが大物Vtuberと言うべきか、既に視聴再生数が二百万を突破している。これが本物であるかと、身震いした。
りあるさんが他に参加したVtuberの紹介をしていき、俺たちの方に近づいていくと顔の表情がこわばり、体が動きにくい感覚に襲われた。なるほど、現実世界で芸能人に会った人が大はしゃぎしたり、緊張したりするのはこういうことなんだな。この部分は現実も電脳世界でも変わらないんだ。
「さて次は、初の双子のAIモアちゃんと、ニーナちゃんです。こんにちは~。こっちの青髪で元気溌剌のがモアちゃんで、赤髪でぎこちないのがニーナちゃんでーす」
「よろしくでーす!」
俺の体はこんな緊張にも対応してくれていて、モアちゃんモードのお仕事の笑顔でりあるさんと視聴者に挨拶をして、握手のために手を伸ばした。だが、りあるさんは伸ばした手に意にも介さず通り過ぎ去ってしまった。りあるさんがそういう人であったのかと一瞬疑問を持ったが、他の人を見ると誰も握手をしようとしていない。せっかくアバター同士で 不思議に思って隣のVtuberにこっそりと聞いてみた。
「あの、なんかみんなあんまり握手とかしていないですね」
「握手? いや元からできないですよ。そんなアバター同士が密着できる動作なんて、むしろそれができるプレイ姉妹がすごいですよ。いったいどんなプログラム使っているんですか?」
握手ができない? そんな馬鹿な。俺はニーナとは握手どころか、抱き合ったりもできたのに。それに俺のアバターは特別な技術も何もない普通に配信されているアプリで作成しただけだ。ニーナも同じアバターだからそんな高度なプログラミングは組んでいないはず……
「さてさて、さっそく双子で話題のお二人に質問ですが、プレイ姉妹は最初モアさんが先に初めて、その後にニーナちゃんが加入したんだよね」
「そうなんですよ。私がニーナと一緒にやってみないかと誘いまして」
彼女と俺の事情とかを伏せた内容で答えると、りあるさんは質問をニーナに傾けた。
「なるほど、ニーナさんはこの世界に踏み込んでみてどうでした?」
「ニーナは、もっと世界を知りたいです。私は今までこういう世界を知りません。そこにモアと出会いまして、世界を知り、色々なことを教えてくれました。だから、これは……」
「感謝だよこういうときは」
「感謝。覚えました。感謝です!」
感謝という言葉を何度も連呼してニーナは明るい笑みを浮かべた。それにつられて俺も思わず笑みがこぼれてしまった。
「いや~、いいですね相棒と言うのは。僕もねクロちゃんと同時期にこの仕事を始めてね、二人とは境遇が違うけど負けないぞってこの仕事続けてきたんだ。わかるわかるよ」
「あまりに人が来なくて一時休業状態になった癖に、戻ってきて早々先に始めただけで先輩面しているだけなんだけどね。あと勝手に相棒認定しないで、すっげーうざい」
最後に主催者二人の腹黒漫才で締めて会場が一層盛り上がると、いよいよ企画も山場に入ろうとしたその時であった。
ブツンとニーナのアバターが消滅してしまった。まるでテレビの電源を落としたかのように、一瞬で。
その場にいた全員が一驚して固まり、俺が慌てて彼女がさっきまで座っていた所を探るが、ニーナがいる感触はない。画面のバグでもない、ニーナは消えてしまった。俺と同じく精神がアバターの中に入っている彼女が消滅してしまったということは、もう彼女は……
「ニーナ? どうしたんだ? ニーナ!!」
認めたくない。彼女は生きている。彼女が、死んだなんて!!
頭の中でそれを必死に否定しようと頭を座席に埋めて必死に否定しようとするが、頭は決してその言葉を引きはがそうとせずまとわりついている。
「あー、はいはいはい。ちょっと放送事故ですね。ちょっとニーナちゃんが戻ってくる五分ぐらい尺を引き延ばしてくれって。オーケオケー」
りあるさんとクロちゃんがざわめく会場を静粛させていくと、クロちゃんが俺の傍に近寄った。
「一度会場から退出したほうが良いよ。こっちでもニーナちゃんがどこにいるか企業さんに伝えて探してみるから」
彼女の言葉に従い、会場からログアウトして、俺たちの拠点であるサロンに戻ってみた。しかし、ニーナの姿はどこにもなかった。彼女が座っている赤の椅子にも、家具にも、どこにも彼女の姿は見つからなかった。
「ニーナ? どこに行ったんだ? SIRU彼女に連絡して」
『……ニーナに連絡をしましたが、通じませんでした』
SIRUと共有をしているはずが、彼女は応答しなかったと無情にも告げられた。一体ニーナは、どこに……
プルルルと目の前に電話の画面が表示された。電話の相手は病院のものでもない、見たこともないナンバーが表示されていた。もしやニーナのことを知っている人からの電話からなのではと、俺はその電話のボタンを押すのに指が震えた。もしや本当にニーナが……そんなことはない。そう信じたかった。信じようにも確信できるほどの自信がないのだ。
コールが五回目のコールを鳴らした。そうだ彼女が目覚めた可能性だってある。そうだ、希望を持て、その可能性だってなくはないんだから。そして俺は意を決して、受話器のマークを押すと、ヘッドホンからは知らない男性の声が流れてきた。男はどこかしら喜んだようすなのが電話越しにでもわかった。
「もしもし?」
『プレイ姉妹のプレイ・モアの中の人ですね。AC-二七試作AIを発見いただきありがとうございます。これよりAC-二七を削除してあなたを救出いたしますので、ご安心くださいませ』
電話から聞こえてきた知らない人物から、ニーナの前の名前と消去という二つの言葉に理解が追い付けないでいた。そして男から今現実世界で何が起こっているのか、そして電話の主から彼女が何者であるかを告げられ、情報の濁流が一気になだれ込み俺はフリーズを起こした。
彼女は……ニーナは……人間ではなかった。彼女は、俺をこの世界に引き込んだ張本人で、本物の人工頭脳だった。