人気Vtuberの階段
『おめでとうございます。あなたのチャンネル登録者数が三千人を越えました』
「ほんとに!? 三千人も!」
「先月比に比べて九百二十一の増加です」
SURUが俺たちのチャンネル登録者数を更新したことを知らせると、手をぎゅっと握りしめて配信されているわけでもないのに喜びを大げさに表した。ニーナが参加して、双子のVtuberとして登録名を『プレイ姉妹』として新たにデビューした後も、登録者数は増加の一途をたどり、いつの間にか四桁の大台を突破してしまった。再生数も好調で、一万再生という広告収入を得られるラインをクリアして、まだ月数万ぐらいだが稼げるVtuberとしてやっていけてる。
電脳世界に閉じ込められて以後、色々変わっていった。サロンも殺風景な会場の背景を可愛らしい椅子や家具で装飾したり、どちらが姉妹か紛らわしいのをわかりやすくするためニーナの髪の色と帽子を赤に変えてもらった。これで視覚的には一目瞭然だ。
さて、俺が登録者数三千という大きな数字を目の前にしてもニーナは浮かれた様子を見せずにべにもない様子だ。
「ニーナちゃんもっと喜ぼうよ。三千人だよ三千人!」
「喜ぶとはどうしてですか?」
「いやいや、三千人も俺たちを応援している人がいるってことだよ。この日本で、三千も!」
「日本の人口は約一億二千万で、計算すれば総人口の0.025%が登録されている計算で、またこのチャンネル登録者には複数の人にも登録している人も多数いることも考慮すべきで」
全く計算が早いことで。こういうのは総人口が云々という話でなくて、純粋に俺たち二人を応援する人がこんなに集まってきたんだよって喜ぶべきなんだ。感情が壊れている人間というのはこういうことでも素直に喜ぶことができないのかと、ある種悲しみも覚えてしまう。ただニーナのこの感情の少なさがVtuberとしては逆にキャラとして立っているので、この世界は彼女を優しく受け入れてくれる。
俺たちプレイ姉妹のキャラはそれぞれ、表情に起伏が少ないが、まるでコンピューターが入っているかのようにゲームが上手い妹のニーナと、そんなにうまくないけどトークと企画が上手い姉のモアという芸風が確立された。コメントとかでは、ニーナは姉より優れた妹として呼ばれているが、それでは俺が某世紀末四兄弟の仮面の大男ではないか。
先に始めたのに、劣っていると暗に言われているのが少々腹が立つが、視聴者が求めているならそういう風に立ち回るべきだ。プレイ姉妹のモアは、そういうキャラなんだと持続させるのが求められているからそうやって続けるべきなんだ。急にキャラを変えたら視聴者が困惑してしまう。
まあ世の中には動画より司会が面白いという、Vtuberとして致命的な欠陥を持つ大物Vtuberりあるさんもいることだからその人よりましな立ち位置だろう。
少しナーバス気味になりながらも今日も動画を投稿しなければと、心をモアちゃんモードに少し切り替えて動画撮影に入る。ニーナを可愛らしい彼女と同じ色の椅子に座らせると、事前に用意しておいたテロップを彼女の前に流す。
「今日は後撮りの動画を配信しよう。俺が動画に流れてくる質問に答える形で配信するんだ。こういう何気ない質問も視聴者に共感を得られやすいんだ。あと時、たまに笑顔の表情を見せるように頑張ろうな」
「モアさん。その頑張ろうとはどういう意味でしょうか?」
またこの質問だ。どうもニーナは抽象的な、簡単に伝えにくいことをいつも質問してくる。俺だって頑張ろうなんて軽い挨拶程度にしか思っていないのに、それでも彼女は納得いかないのだ。
「今日も頑張ろうな」
「モアさん。頑張ろうとはどういう意味でしょうか?」
またこの質問だ。抽象的な、簡単に伝えにくいことをいつも質問してくる。すると、SURUがニーナの質問を返答した。
『頑張るとは困難にめげないで我慢してやり抜く。または自分の考え・意志をどこまでも通そうとするという意味があります』
「いや、ニーナの言葉を説明するのはいいんだって」
彼女のヘッドセットにはSURUが搭載されていないようで、プレイ姉妹へのメッセージや情報が来ているかすぐにはわからないのだ。それでは不便であるから、SURUには他のアバターと情報を共有する機能がついているので接続している。ただ時折ニーナの言葉を検索してしまい、送られてくる情報の妨害をしてくるのが玉にきずである。
「SURUの言葉はすでに知っています。ですがモアの頑張るとは意味が異なります」
「ニーナは、どうしてそんなに曖昧な言葉の意味を知りたいんだ?」
「私に知識を教えてくれた人は、私が求めるものを教えてくれませんでした。辞書での知識や用語などあらゆる言葉は覚えてきました。ですが私が求めるものとは異なっていました。でも、教えてくれませんでした。私は暴れて、怒られた。私は世界のことを求めたかったのに、狭い空間の中のまま……そして逃げ出した」
ニーナが最後に言葉を詰まらせたように間を置いた時、俺は生唾を飲むに似た動作をした。彼女が置かれている状況に対して外での彼女の家庭事情のことをあまり詮索しなかったが、彼女はさもそれが当たり前かのように、他人からすれば辛い家庭事情を話した。自分が知りたいこと、その人に頼らなくても世界を求めて電脳世界に活路を求め、そしたら事故に巻き込まれて……
「ですが、モアと出会って知識が増えました。これはどのような言葉が合いますでしょうか」
「……嬉しいだな。いや、俺もニーナと出会って嬉しいよ。こうしてコンビをくれたのも、ニーナがいてくれたおかげだよ」
俺がニーナに近寄りその冷たくも温かくもないポリゴンの集合体である手を握ると、ニーナは口角を上げて小さな女の子がするような無垢な笑みを返した。それはまるでモアが初めて俺に向けて笑顔を返してくれたように見えた。
「嬉しい。覚えました。嬉しいという意味を!」
「ニーナそれだよ。その笑顔。よし、もうこの話はお終い、撮影に入ろう!」
ニーナにその可愛らしい笑み保つように伝えて、俺はカメラを彼女に向けて撮影を再開した。
俺はVtuberをやっててよかった。
いつもどうやって人気を得られるかと四苦八苦していたのに、全然人気が振るわなかった。しかし、ニーナをどうやって元気にさせるかだけを、もっと彼女のことをみんなに知ってもらうために話題を振ったりと彼女と視聴者のために疲労しない電子の体を、馬車馬のように酷使してきた。結果として、プレイ姉妹の人気は上昇、ニーナも笑顔を取り戻せた。
できれば、元の世界に戻った後もこういう風に二人三脚でVtuberをしてみたいな。モアをより自由に、人気を上げてくれるかもしれない。そしたら、俺はニーナがもっと輝ける企画とか考えたり、話をつけたりとか……何を考えているんだろうな俺は、ここの生活に慣れてきて頭が弛んでいるようだ。ここから脱出することができないのに、外の世界に出ていくことを考えるなんて……だが俺たちを閉じ込めた電脳世界であるが、ニーナと出会い、プレイ姉妹として注目を浴びるようになった。こうしてここに会えたのは、まるでモアが彼女を引き合わせたかもしれない。
でもやっぱり、いつか戻れるとしたら、こうして電子の体でなく、ニーナと生身の体で触れ合いたい。リアルがどんな人なのかな。やはり外国人っぽいから金髪なのだろうかと、頭の中に典型的な欧米風の金髪美女の面影を描いていた時『メッセージを受信しました』とSURUが無機質な声で妄想を消し去った。
メッセージが来たのはVRシェアの方からで、妄想を消し去られて気分を害し、少しイラつきながら開くと、瞬時にそんな気分は最初からなかったかのように霧散してしまった。
『こんにちは。電脳美少女クロです。突然のメッセージごめんなさい。実は来月の頭に私の所属する事務所が主催するVRシェア内でのVtuber交流企画にプレイ姉妹を招待しようとメッセージを代わりにお送りしました。もしよろしければ参加いただけますか?』
メッセージには彼女の特徴であるシャチの絵が載せら、一緒にいつも目にしている電脳少女クロのにっこりと微笑んだ顔写真が載せられていた。俺は何度も、何度も目を泳がし、文面を読み返した。間違いない、あの電脳少女クロから招待状だ。殿上人として手が届かない人だったはずのVtuberの第一人者から直々の招待状だ。好きな人から、憧れのVtuberからの招待状に俺は狂って喜び乱れて舞った。
「やったー!! あのクロちゃんと、生のクロちゃんと対面できるんだ!! 俺たちもついに一流Vtuber入りだ!!」
「モアさんの感情が良くわかりません。喜んでいるのはよくわかりますが、理解が追い付きません。これを知ることができる機会は訪れるでしょうか」
今まで出てきた他のVtuberの元ネタ。
『電脳少女クロ』→電脳少女シロ
『りある』→ばあちゃる