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Vtuber『プレイ・ニーナ』デビュー!!

 ブルンと震えると体に力が流れ込んでくる。目覚めた時の感覚は、眠りから覚めるような緩慢な感じでなく、いきなりスイッチが入るかのようによみがえった。


「起きました?」


 ニーナのモアと同じ顔が目の前に入ってきた。表情は同じく眉を下に向けた心配の様子だが、どこか寒心しているようにも見える。そりゃそうか、いきなりバッテリー切れで倒れたんだ。彼女をまたこの電脳世界で一人っきりにするところだった。


 画面の上部を見ると、バッテリーの横に雷マークが入っており、通知には『生きてるか!?』という友人からのラインメッセージが入っていた。メッセージを見て まだ俺は見捨てられていないようだと、少し苦笑を浮かべて『おせーよ。死ぬところだったぞ』と少々大げさなメッセージを送ってやった。

 ニーナを心配させた罰だ。


 画面を閉じると俺はようやく違和感に気付いた。あれ、()()()()()()()()()()()()()()? 俺の体は、ニーナに膝枕される姿勢で寝かされていた。これは異常なことだ。だいたい3Dアバターは、ほかのアバターとボディーを抱けるようにできていない。せいぜい手と手がぶつかるぐらいだ。もしかしたらVRシェアの機能のおかげなのだろうか? だとすれば今この状況は、まるでモアに介抱されているようだ。ニーナのアバターがほとんどモアと同じなので必然的にそう思えてしまう。


 俺は体を起こすと彼女の肩のあたりに顔を埋めて抱きしめた。肉の温かみはない、けどいつも画面の向こうにいたモアちゃんいたわってくれているみたいだ。どっちも本物ではないのに奇妙な感覚だと自分でも思えるが、自然と泣き顔の表情になる。涙の粒は一ピクセルも出てはいないが。


「泣いている?」

「うん。でもありがとう、君がいるから俺は大丈夫だ」

「どうしてですか?」


 多分言っても彼女には伝わらないだろう、それほどまでに自分でも理解できない感情だから説明なんてできようにない。辛うじて伝えれるなら、誰かが絶対に傍にいて抱きしめられることに安心感が感じられるんだ。


『ツイッターに新着メッセージが届きました』


 SURUがこのひと時に水を差すように、無機質な声で知らせた。タイミング悪いなとカリカリとイラつきながら開くと、ツイッターには「モアちゃん、今日の配信ないの?」「ニーナちゃんデビュー楽しみ」「双子Vtuberガンバ」といつもより配信を求める声が多い。


 三件。

 いつもは一人か二人しかメッセージが来なかったのにもう一件来ている。プレイ・モアを求めている人がいる。その時、俺の頭の中に欠落していたことを、その催促の言葉で呼び起こされた。


 そうだ、俺は今はプレイ・モアでもあるんだ。もし外の人たちに見捨てられても、プレイ・モアを求めている人たちは数は少ないが、活動を続ければ決して見捨てはしない。そうだよ、今脱出できないこの時間を無為に過ごしてはいけない。いつまでゴロゴロとしているんだ。時間の浪費だ! 俺にはVtuberプレイ・モアの中の人……いやもうその人としてまだ生きているじゃないか!!


 リプをくれたユーザーの皆さんに今すぐ配信することを送り、YouTubeの画面を開くと、体がこわばって緊張する。自分が自分でなくなる怖さだが襲ってきた。けど俺は頬をパチンと叩いて――痛みはないが消し飛ばした。

 その震えは、全くの間違いだと俺の体に理解させるためだ。俺はもう正真正銘のプレイ・モアだ。プレイ・モアである自分を怖がっては矛盾するじゃないか。そう自分に言い聞かせて配信スタートのボタンを押した。


「ハイハイ、プレイ・モアだよ! ごめんねいきなり配信始めちゃって」


 口調をモアちゃんスタイルに体が自動的に変換される。すると、ぽつぽつと空白のコメント欄が書き込まれて、新緑が地面から出てくるように増えていく。俺の画面の上に見える時刻は、お昼の十三時を過ぎていた。この時間帯はだいたい仕事や授業に入っている人が多くあまり人が来ないのだが、こんな時間にでも見に来てくれる人の生活には一切考えず一人一人コメントを返していく。


「お昼からなんて久しぶり」

「乙。ニーナちゃんは?」

「相方はマダー?」


 モアを歓迎する声も多数あるが、ニーナを求める声も少なからずあった。

 前の配信で、コンビのVtuberとしてあの場で言ったから視聴者としても彼女がどんな子なのか期待しているのだろう。俺は横にいるニーナに視線を移動させると、彼女はひざを折ったまま小さく首をかしげる。そして、VRシェアのメッセージ画面を開き、手入力で彼女にメッセージを送った。


『ニーナ、Vtuberになってみないか?』

『なぜあなたは、私になにをさせるのですか?』


 誤字まみれの拙い言葉で書かれた返事が返ってきた。もしかしたら彼女は三か月と言う時間の中で精神が壊れてしまったのかもしれない。俺は医者ではないが、三か月もたった一人、見守ってくれた人からも見捨てられたあとでも、あんな風に表情を変えずに機械のように感情薄く伝えるなんて正常ではないだろう。ニーナを見捨てていない人が大勢いることにVtuberを通じて知ってほしい。我がままかもしれないが、彼女を俺一人きりでは支えられないかもしれないから……


『楽しんでほしいんだ。Vtuberの活動や視聴者たちみんなが見ていることを』

『楽しむとは? それを私に教えてくれるのですか?』


 ほどなくして彼女からの返事が返ってきた。やはり彼女も心のどこかで欲していたかもしれない、自分が孤独であることから解放してくれることを。『もちろん』と返事を送ると、彼女は『了解しました』と承知してくれた。俺は、腕を大きく広げて手首を左右に回転させてニーナを呼び込んだ。


「オケオケ、今呼ぶからね。さあ、ニーナちゃん、キャモーン!!」

「こんにちは。 ニーナです」


 アバターが同じ姿の彼女が姿を現すと、コメント欄はどっちがモアかニーナかで内輪揉めというじゃれ合いを始めた。「右がニーナで、左がモア?」「いや両方とも俺の嫁だ」「おまわりさんこいつです」とこんな具合だ。

 意外と反応が良いようでよかった。ただ、さすがに区別がつきにくいから髪の色だけでも変えて判断がつきやすいようにしないと。


「えーとじゃあですね。FPSゲームのリアルタイム実況をやっていきます! ニーナはこのゲームやったことある?」

「いいえ。私はゲームはやったことは一度もありません」


 ありゃま。ゲームをやったことがないんだ。まあ、世の中ゲームを禁止されている人だっているのだからそういうこともあるか。手元の画面を操作して、スマホ用FPSゲームをYouTubeの画面に映して、大まかな説明をする。



「百人が銃やら回復アイテムやらを取って、最後の一人まで生き残れば勝利だよ。最初はあたしが後ろからアドバイスするからニーナやってみて」

「よろしいのですか?」

「大丈夫大丈夫。ニーナちゃんが楽しめばみんな喜ぶんだよ」

「どうして喜ぶのですか? 実際にゲームをするのは私のはずですが」


 彼女の素朴な疑問に、いったん思考を停止させた。たしかに、他人のゲームをプレイする様子を見て何が面白いのかだよな。ゲームをしたことがない彼女らしい意見だ。けど、Vtuberとしてはゲーム実況は将棋で言えば歩のように、基本の配信の方法だ。みんなにニーナがどんなキャラなのか知ってもらうには手っ取り早い配信方法だ。けどそれを懇切丁寧に説明をしたら、視聴者は離れて行ってしまう。

 そんなニーナは、ゆらゆらとモアと同じく頭にちょこんと乗せている帽子を揺らせて俺の答えを待ち望んでいる。


「あー、ニーナが一生懸命頑張ってゲームをするとみんなが応援してくれるんだよ。そこ危ないよとか。で、そんな頑張るニーナをみんな好きになってくれるの。そんで、みんなニーナが頑張っている姿を見て幸せになるんだよ」


 結構いいことを言ったはずであるが、ニーナは何か要領を得ないような、難しい顔をこちらに向けた。


「頑張るとは、どういう意味でしょうか?」

「あ、あー、……いいからやっちゃいましょう!! 今日はドン勝だ!!」


 彼女があいまいな言葉を繰り返し聞いてくるので、言葉を遮ってゲームを起動させた。意外とめんどくさい子だ。




 パン、パン、パン。

 乾いた音と炸裂音が交互に響き渡る。そしてニーナの画面上には彼女が稼いだキル数カウンターが刻まれていく。すでにキル数十七。初心者としてはありえないほどの数だ。


「ニーナ……たしかゲーム初心者だよね! ものすっごい数稼いでいるよ!?」

「はい。敵の方向と射撃位置を計算して射撃をしているので」


 淡々とまるで簡単な問題の解き方を教えるかのように画面を見つめながら答えてくれた。

 計算? まじで、俺もこのゲームやったことあるけど最初のプレイは開始早々六分でキルされたんだけど……会話の間にもニーナは建物の物陰に隠れていた敵をライフルで撃つとそれが最後の敵だったようで、ニーナの画面が切り替わり『やったやった今日はドン勝だ!』と彼女の勝利とキル数一位を称える画面に変わった。

 コメント欄も、彼女の圧倒的なゲームプレイの上手さにちょっとしたお祭り騒ぎだ。まあ、これでニーナがどういうキャラかみんなに知ってもらえたからいいか。



 後日、プレイ・モア&ニーナの初配信で見せたニーナの凄腕FPS動画が、どこかの有名まとめサイトに取り上げられ、この回を収録した動画の再生数がプレイ・モア活動初の一万再生越えの大記録とチャンネル登録者数がぐんとはね上がったのはそう遅くないことだった。

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