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脱出方法を模索中

 空の日付が変わった。俺の声は外から聞こえないようで、すべてラインを通じて外の俺の体の様子を友人に伝えてもらった。

 医者に診てもらったら、意識を失っているぐらいしかわからないとのことだった。身体機能は正常そのもので、植物人間状態と変わらないらしい。植物人間という言葉は俺の傷心を受けた。本当に植物人間になった人間ならこんな言葉を聞くことは絶対にない、意識がないのだから当然だが、俺はこの愛機のスマホの中に間違いなく自意識が宿っている。

 ラインに送られた写真には、病院の白いベッドの上に布一枚も被せられず、頭にいくつもの電極が伸びたパッチがあてがわれ、腕には点滴が静脈に突き刺さっている。寝ている自分の姿を見るのは初めてではない、大学の研究室仲間がいたずらで、俺が寝ている間に顔に落書きをしていた写真を送ってもらったことはあった。笑いを誘うかわいい遊びだ。未だに、その写真は保存して残っている。

 だがこの姿は痛々しいとしか言いようがなく、すぐにでも消してしまいたいほどだった。


「スマホやヘッドセットに異常はなかったのか?」


 しかしその希望もすぐに打ち破れた。友人もすぐに機械の方に問題があるのではないかとメーカーに問い合わせたのだが、異常は見当たらなく原因不明とのこと。

 ポンっと友人からメッセージが送られた。


『辛いことを伝える。もしかしたら、お前は一生スマホの中に閉じ込められるかもしれない』


 友人が一呼吸おいて前置きしたが、ラインの背景である空色の画面に出てきた文字に目の前が真っ暗になった。いやいっそそのまま消えてしまえばどれほど楽だったか……




 俺は横になって目を閉じていた。仰向けに寝れば楽なのだが、あの画面の空を見るのが嫌だった。しかし不思議なことに眠ろうと意識すれば、バチンと電気のように夢を見ることもなく眠りにつき、起きようと意識すればまたパッと目が覚める。携帯のスイッチを入れるかのようだ。おまけに肉体から切り離されたから疲労感が発生しないのだ。もう俺の体はほとんどスマホと同じようになっている。これでは人間なのかスマホなのかわかりゃしない。


 ふと、自分の腕の中に包まれている二つの丸みのあるくっきりと見える女性特有の膨らんだ胸に目がいった。どうせ今はもう自分の体なんだから好きにしてしまえと、自分のキャラの胸をぐわしと力強く乱暴につかんだ。

 固い。右にやっても左にやっても柔軟に動くが、感触としての柔らかさに満足がいかない。ああそうだ、これ3Dだから本物のおっぱいじゃないんだった。いくら美少女につくったとは言えども、本物のおっぱいには絶対に届かない壁があった。いや、この際壁のようなおっぱいでもいいから肉体に触れたい。温かみが欲しい、誰か俺を抱きしめてくれと祈った。どれだけ祈っても叶いっこないのはわかっているのに……


「モア。起きてますか?」

「ああ、ニーナ……でいいかな。ユーザー名が呼びにくいからそう呼びたい」

「はい、問題ありません」


 VRシェアから送られてきたメッセージには、片言気味な言葉で綴られていた。何度か彼女とやり取りしていくうちに、彼女は日本語が不自由なことがわかった。おそらく外国人だろう、だが意思疎通が不可能と言うレベルではなく、俺の言葉をきちんと聞き取ってくれるので会話に支障はほとんどないので、問題はない。

 VRシェア内に移動すると、サロンには風が吹き抜ける音さえも聞こえない空っぽの観客席と会場に、俺と同じモデルのニーナ一人だけがぽつんと手を後ろにして待っていた。このサロンと言うのは、他のVRシェア利用者に直接3Dモデルを介して話すサークルだ。外から他の人を呼ぶこともできれば、制限をかけて二人だけで話すことも可能な場所だ。


「モア、しばらく返事がありませんでした。今見たら元気がないです」


 ニーナは、細い眉をUの字にして、目を潤ませて、いかにも心配しているという顔を見せた。そうか、Vtuberは表情認識を読み取るから表情の変化がはっきりと出やすいのか。ほとんど同じパーツのモデルを使っている彼女で現実と電脳世界との違いを確認しつつ、彼女が放った言葉をもう一度噛みしめる。元気がない、そりゃそうだ。二度と出られなくなるなんて告げられて、元気な顔を誰がするものか。


「閉じ込められたからな。外からもどうやって対処するかお手上げのようだ、内からやろうにもできない」

「なにをしたのですか?」

「友人にパソコンをスマホとつないでそこから移動できないか試したが、何かに阻まれてできなかった。ダメだった」


 無為に横になっていたわけではない。こちらからでも外へのアプローチを試みた。しかしどれも無駄だった。パソコンに俺のデータを取り込んで送ってもらうようにした。パソコンとの接続された表示がされると、俺の体は急に宙に浮いて目の前の波の画面がプツンとテレビを消したかのように消えてしまった。そして俺の体は真っ暗な中をポンプで吸い上げられるかのような感覚に囚われた。おそらく、ケーブルを通じてパソコンに移動していく感覚だった。これはうまくいく――と思われた。急に吸い上げが止まり、今度は濁流に押し戻される感覚が襲われて、一瞬目を閉じた次の時には元の所に戻ってしまった。どうも『このファイルは移動できません』と表示されて動かすことができなかったようだ。


 次に電話をやってみたが、これは全く何も成果が生まれなっかった。ただテンキーが表示されて、普通に電話をするだけだった。ただ、収穫があるとすれば、電話からなら現実世界への声が送れた。けどそれが何だというんだ。全く解決にはなっていない。自分でやってなんだが無性に腹立たしい。何か殴るれるものがあれば殴りたいものだったが、あいにくスマホの中には何もなかった。俺のやり場のない怒りは奥底に押し込められることになった。

 とにかく今はほかの情報が欲しい。彼女にこの世界で得られたものはなかったか聞いてみよう。


「そういえば、ニーナはいつから閉じ込められたんだ? 俺と同じタイミングか?」

「三か月です。そしてここであなたと会いました」

「……え? 三か月!? ほかに人と会わなかったのか!? 外との連絡は?」

「一人だけ、でも数日で帰ってしまいました。外からは一人だけです。今はもう見ません」


 無機質な声で、彼女は表情を変えずに片言な日本語で答えた。


 彼女のメンタルに、彼女の閉じ込められた期間の長さに開いた口がふさがらず、何をするか忘れてしまうほどだった。おそらく今のモアの顔は、目が点にあるというデフォルメした驚きの表情をしているはずだ。

 しかし、これは本当のことなのか、いやたしかVRシェアはまだ日本国内限定配信だ。ニーナが在日外国人なら知り合いがあまり多くないことも納得いく。そしてニーナに唯一付き添っていた人にも見捨てられた可能性だって……

 俺はまだ友人や両親がすぐ近くにいたから幸運な方か?……いや安心できない、もしもニーナのように長いこと電脳世界に閉じ込められたまま、時が過ぎて見捨てられる可能性だってある。それに病院代だって馬鹿にならないはず、原因不明だからメーカーが補償する可能性も低い。最悪病院から追い出されることありえる。


「……とにかく他にも俺たちと同じ症状になっているやつを探さないといけない。それで、他に脱出方法を探し出さないと」

「いないかもしれないです」

「なんだって? それはどういう意味なんだ!」

「そのような例は、ありません」


 例はない? 言葉の違和感に寸秒戸惑ったが、おそらく話を聞いたことはないという感じだろう。それが本当のことか試しにSURUに検索を頼むと、『検索しましたが、出てきません』と答えが返ってきた情報がすぐに流れてくるネットニュースでも話題になっていない。つまり世間的に俺は、ゲームのやりすぎで植物状態になったというぐらいにしか話題にもされずに過ごしているということになる。


「今、何をしたのですか?」

「SURUに検索を頼んだんだ。俺、検索はSURUを使う派だから。紛らわしかったか」

「あの私――」


 ――刹那、彼女の会話が言い切る前、唐突に画面が薄暗くなった。

 まるで立ち眩みが始終続いているかのように、体がズンと重たく、ニーナの姿や空っぽの会場が夕日が沈む寸前の時のように暗くなった。今度は何がどうなっているんだ! その疑問を答えてくれたのはSURUだった。


『バッテリーの残量が少なくなりました。省エネモードに切り替えます』


 重たく鈍い頭を働かせて、SURUの言葉を何度もガムを噛むように咀嚼した。そうか、スマホを動かしているんだからバッテリーが減るのは当然か。だとすれば、あれがあるはず。スマホでいつもよく見る右上の小さな電池マークに視線を動かすと、メーターはほとんど空で、残量があと十を切っていた。

 体が冷却されるような感覚が襲われた。充電のマークも見えないとなると、スマホが放置されたままだ。このまま外の奴らが充電することを忘れてしまうと俺は……その先のことを考えると、余計に恐怖が増す恐れがあり思考を止めた。


 大急ぎでラインを呼び起こして、メッセージを打った。ニーナの声が聞こえてくるが、無視したそれを聞くほどの電力を割きたくなかった。そして『急いで充電してくれ!』とラインを送り、残量を見ると数字が一からゼロに変わり、皮肉なことに本当に目の前が真っ暗になった。


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