もう一人の囚われた人
私の声? もしかして、俺と同じことが起こっているやつがいるのか!? メッセージが来たのは起動しっぱなしの『VRシェア』からだった。
ツイッターを開くのを止めると、メッセージが送られた方に目を向けた。相手が誰であろうか、間違いだとは考えなかった。とにかくつながりが欲しかった。こんなわけのわからない空間で、たった一人きりなんて水の中に沈んだように冷たく息苦しい、俺は人のつながりという温もりや空気を求めたかった。
VRシェア内のメッセージボックスには、運営からの他に俺当てのメッセージが二件あった。一つはさっきのと同じ、もう一つは今しがた来た新しいものだ。
『そこにあなたはいますか?』
「いる。ここにいるぞ!」
『確認しました。このメッセージを送信しますか?』
思わず叫びを上げてしまった声がSIRUに認識されて、自動的にメールに文字を打ち、助けを求める叫びを送った。俺が伝えたいのはまさしくその言葉なのだから。
メッセージを送信すると、数秒と掛からずに返ってきた。そこには『つながった』と短く、だが相手も俺と同じ気持ちであることが十分伝わるほどの文が入力されていた。
「閉じ込められたのですか?」
同じ境遇の状態か念を押して送ると、今度は『YES』という言葉が返ってきた。
よかった。俺と同じ境遇の人がいたんだ。このスマホの空間で一人きりで過ごすことになる事態が避けられたことに人心地し、全身の力が抜けて腰がストンと地面に落ちると、頬が物理演算よってか下に垂れ下がった。
焦りと興奮でいっぱいになったゴミ屋敷の頭が、掃除してすっきりしたように落ち着いた思考ができるようになってきた。――そうだ、コンタクトを取ってみよう。VRシェアなら直接会って話すことができるからそっちの方が相手にとっても楽だろう。
「こっちに顔出してこれるかな? 君とコンタクトを取りたいんだけど」
それを送信し終えてあとは向こうが来るのを待つだけ……と、ふと自分がさっきまで何をやっていたのかを思い出して、YouTubeを開くと生配信中のコメント欄には「モアちゃん?」「放送事故?」などモアが姿を見せないことを心配する言葉が流れていた。いけない、いけないVRシェア生配信中だった!
YouTubeの画面を開き、自分(といってもモアちゃんの体で、だが)が映るとコメント欄が戻ってきたことに喜色に染まった。
こんなにモアちゃんを心配してくれている人たちが、こんなに待っているなんて……Vtuberの冥利に尽きるな。けど、画面の向こう側で待っていた人たちには悪いけど、今こんなことになっているし、今日は放送事故として配信中止にしよう。
「えー、すみま……」
俺はとっさに両手で口を押えた。動画に流れ込んだ声が地の男の声で流してしまったのだ。そうだ、モアの姿をしたまま地声でしゃべっていたのを失念していた。
「待って、待って。ボーカロイドと接続して」
『はい、ボーカロイドと端末を接続しました』
小さくマイクに拾わないようにSIRUにボーカロイドと接続するように伝えた。数語声を発すると、モアの声用に調整しているボーカロイドの声が出た。
「え~と、すみません。先ほど事故りまして、皆さんにご迷惑をおかけしちゃいました。さっきも、音声バグのミスなんです。それでですね。VRチャットなのですが、起動したばかりなんですけど」
なんとか取り繕い、AI設定を生かしてバグとして済ませた。視聴者も「バグか」「バグならしかたないな」と空気を読んでくれている。あとは、このままバグのせいで放送ができないので中止にしますと言えばいい。実際にバグっていることだし、何も間違ってはない。
すると、コメント欄に変化が起きた。「まさかの分裂バグww」「となりのそっくりさん誰?」「モアちゃん分身!?」というおかしな言葉が出現した。何かまた変なことが起きているのか? とグルリと見回すと、プレイ・モアがもう一体そこにいた。一瞬目を疑った。だが彼女の上の小さな吹き出しには『AC-二七試作AI』と明らかにモアとは異なる名前が刻まれていた。
「コンタクトを取りたいと言った。だから来た」
笑みを絶えさせないモアとは異なり、真顔の表情で冷淡な女性の声がモアのヘッドホンに受け止められて伝えられていく。コンタクト? …………もしや! 俺と同じく閉じ込められた人か!
「えっ!? 君、まずいよ。今生放送中なんだから」
おいおい、どうなっているんだ。モアちゃんをつくった『カスタムチャット』は部位によってパーツが何十種もあり全く同じものはそんなにないはず。だが目の前には間違いなく同じくモアのモデルで、それも同じくスマホに閉じ込められた人が目の前にいる。いや、そんなことよりも放送をどうするかだ。
モアそっくりのモデルの彼女は小さく小首をかしげて一体どうしたの? と言いたげにしている。きっと彼女は今動画配信をしていることなんて知らないのだろう。どうしよう、放送事故が起きてまた放送事故の重ね塗りだ。さっきまでいなかったと思ったら、今度は動画配信していきなりそっくりのモデルが現れたなんてどう言い訳すれば……! 俺はわしゃわしゃとモアの髪を掻きむしり、青い髪が左右にふわりふわりとまるでクラゲのような動きで、現実とは異なる動き方をする。
そして、腕を大きく二又に大きく広げて彼女に向けると、
「はいっ! この子は、モアと同型の新型AIちゃんです~。今生まれたばかりで、タイミングを間違えて登場しちゃいました~!」
もうこれが今俺が考え着く限りの誤魔かし方だ。コメント欄では「え?」「ちょっと片言なのはそういう芸風なのか?」「というかその双子ちゃんの名前はよ」と彼女の突然の登場をサプライズととらえる人たちで認識されている。ホントノリがいい人たちに囲まれてモアちゃんは幸せ者だ。
「私の名前はAC-二七試作AIです」
「い、いや自己紹介はまだいいから」
「すみません。投稿コメント欄に私の名前を希望する方がいらっしゃたので」
見ると、コメント欄には「名前プリーズ」やら「機械ネームよりニックネームのほうを」など彼女の読みにくい謎の記号配列からニックネームをつけてほしいことを希望する人が多い。たしかにこの名前だとこの人をなんて呼べばいいのか、俺でもわからない。
「え~、ニーナちゃんです! 二七なのでニーナ。初めてのVRシェアアンドサプライズニューフェイス大成功!! これからも私たちをよろしくね! ほらニーナちゃんも手を振って」
「わかりました」
モアの締めのあいさつである笑顔で見送りで無理やり配信を終わらせようとする。ところが、ニーナの手の振り方が俺と異なっていた。俺のは手首だけを動かして小刻みに振るのに対して、ニーナはドラマで遠くの人に別れを告げるかのように腕を伸ばして大振りでしていた。
違う違う。それだと手が動画からはみ出ちゃうよ。俺と同じ動きをすればいいのに……この子天然なのかな?
こうして、とりあえず双子のVtuberデビューという形でプレイ・モアのVRシェアライブは盛況のうちに終わった。