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運命の如く

「らっしゃっせー」

「醤油ラーメン1杯」

「マコト、醤油1人前」

 この世界はひどくつまらないものだ。

 バイトの最中だというのに、ふと考えが頭を過ぎる。

 別に悟ったつもりだとか達観ぶってるつもりは全くない。もっと、漠然としていて先の見えないそこはかとない将来不信だ。

「お待たせしました」

 僕は注文されたラーメンを客のテーブルへと運ぶ。

「兄ちゃん・・・まだ若いのに目が死んでんよ。そんな目をするのは俺らみたいなオッサンだけでいい。覇気を持てよ」

 客は僕の心を見透かしたかのようで、そしてまるで僕を殺さんとする勢いで僕に刺さる言葉を投げかけてくる。

「そうですかね?」

 すっとぼけてみるが、僕の汗腺を刺激するなんとも形容しがたい嫌悪感は恐らく伝わっているであろう。

「ま・・・兄ちゃんのためにと思って言ったんだが・・・気を悪くしたらすまんな」

 客のおじさんは気まずそうに視線をラーメンに落とす。


 そういえばいつも僕の人生はこうだった。何かに憧れる訳でもなく、恋を味わう事もなく、ただただ空虚で満たされない。得体の知れない失望にも似た感情を呼び起こす。

 ふと気が付くと、僕は帰り道の途中で何かの音を聞いた気がした。

 ――それが気のせいではない事に気が付いたのは、目の前の光景を見てからだ。

 帰り道にある普段気にも留めないような小さなライブハウスに、長蛇の列が出来ていた。

 こんな列、地元じゃそこそこ人気のラーメン屋であるうちのバイト先でも拝んだ事がない。

 次の瞬間には、僕は列の尻に縋りついていた。

 チケットなんて持ってはいないけど、ただこの列には並ばないといけない気がした。

 どうしてかはわからない。チープな言い回しになるけど、”運命”だったのかもしれない。

「こんにちは、チケットはお持ちでしょうか?」

 受付のお姉さんがこう声を掛けてくるのは極めて自然な事である。

「いえ・・・」

 僕はバツが悪そうに伏し目になる。

「でしたら、此方の当日券でのご入場となります」

 お姉さんは微笑み、当日券を手渡してくれた。

 なんだ、案外ツイてるじゃないか。


 ライブハウスの中は存外に暗く、特に腰から下なんかは殆ど見えない。

 そんな暗い場所なのに、列の人達・・・いや、そこのお客さん達には希望しか見えていない様な気がする。ライブハウスとは不思議だ。

 やがて、前方のステージで本日の主役達が文字通りスポットライトを浴びる。

 中央は・・・ギターボーカルで僕と同い年くらいの男だ。

 メンバーの全員が黒い衣装で身を包んでいる。そして、派手な髪形も印象に残る。このファン全員がこの派手な外見を目当てに来ているのだろうか・・・?

 いや、彼らの真の目的は――。


 やがて爆音のギターが鳴り響く。メンバー紹介でさらっと流すオープニングのようなものだ。

 歓声が上がり、スポットライトは激しく色を変える。

 そしてメンバー全員の紹介が終わり、演奏に入る。

 すると、僕は吸い込まれるように見入って、先ほどまで考えていた不安が嘘のようだった。

 

 素晴らしいライブだった。ちょっとカラオケが上手いくらいで、音楽知識は全く無い僕の素人目から見てもわかるように。

 彼らの演奏を聴いた後、ずっとモヤモヤしていた。そのモヤモヤの正体を暴くのにさほど時間は取られなかった。

「――僕も歌いたい!」

 僕は近所のカラオケ屋に駆け込み、「1時間で」とオーダーする。

 やがてカラオケボックスに入り、持ち前の曲を入れる。

 1曲目を歌え終える直前に店員が入ってきて、ワンオーダーのドリンクをテーブルに置き出て行った。

 ・・・何曲目だろうか、歌い終えたタイミングだ。

 突然部屋のドアが開く。予期せぬ来客に少し戸惑う。

「あれ、部屋間違えたか・・・ごめん、ってお前・・・」

 僕にとっては完全に初対面なはずなのに、相手は僕の事を知っている様子だ。

「えっと・・・」

 僕が困惑した素振りを見せると、「わからないか、ちょっと歌わせろ」

 それだけ彼は伝えると、マイクを握る。

 そして状況を理解した、この人はさっきの――。

 ツンツンにセットしていた髪を降ろしたせいか、メイクを落としたせいか、はたまた両方・・・いや、更に変化する要因があるからなのかは分からないけど、気付かなかった。先刻ライブを見に行ったバンドのギターボーカルだ。

 よく見ると赤髪のミディアムヘアで、意外と面影が残っている。


「・・・おはよう」

何に対しての「おはよう」なのかは分からない。喉の調子がよくなったから「おはよう」なのか、それとも夢見心地だった僕を醒ましたから「おはよう」なのか。

「お前も歌ってみろよ」

 彼はそう告げ、マイクを手渡してくる。

「ほう・・・」

 彼は興味深そうに聴いている。

 掴みは良好か。


「どう・・・かな?」

僕が尋ねると、彼はこちらにゆっくりと歩いてきた。

そして僕の胸倉を掴んでこう叫んだ。

「お前!なんでもっと早く音楽に出会わなかった!」

怒号がカラオケボックスに響いた。

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