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第八話 紗代救出作戦 二

「さて、どうする?」

「うーん」

 目の前で肩を落としたままのリンを横目に、俺はヴェルフィアに問いかけてみたのだが、返事はぎこちない。

「なんにせよ私の命を狙ったのは事実。そちらがどんな状況であれ私は戦います」

 俺ら二人とは違い、紗代は真っすぐにリンを睨みつけると、鋭くも落ち着いた声で言い放った。


「ふん、まあいいか。ここにいるのはお前さん達だけ。逃げる気もないようだし」

 リンはまるで開き直ったように、ケロッとした表情でそう呟くと手にしていた大鎌を振り上げる。

「なっ、なんだ?」

 俺は今自分が置かれている変化に頭がついていかず、またも混乱という厄介な感情が頭を埋めていく。

 室温が急速に低下したのだ。それに伴い、部屋中にうっすらと青白い霧が充満していく。リンの令器が影響したのか? しかしリンは自身が手にしている鎌を持ち上げただけだ。


「……っ!? 危ない! 右の襖だ!」

 突然のヴェルフィアからの警告。俺は反射的に銃口を右に向ける。

 刹那、ヴェルフィアが警告した襖を突き破り、一本の短剣が一直線に紗代に向かい飛んできた。

「あぶねえ!」

 一瞬の出来事だった。俺は紗代に駆け寄ると、その細い体ごと無理やり床に倒れこむ。

 短剣は俺と紗代の数ミリ上を飛豹し、壁に突き刺る。まさに一瞬。ヴェルフィアのステータスアップに助けられた。


「ほう、避けますか。あの霧の中でよく私の存在に感づきましたね」

 紗代を守るように自身で覆いかぶさりながら、冷酷な声の主へ視線を向けると、そこには夢で見たリンの護衛であろうメイドが立っていた。

「いいですねぇ、強い子は嫌いではありません。殺しそこなったのは癪に障りますが」

 メイドの顔が歪む。いや、正確にいえば笑ったのだろう。その声と同様に冷酷な笑みは俺を、それまで感じさせたことのない恐怖へと誘った。

 決して狂気には染まっていない。しっかりとした自我がありながら、それでいて殺すことを、強者と遭遇したことを心底喜んでいる表情。

 はっきりしたのは、手加減でもしようものなら一瞬で殺される……ということだ。


 最悪だな。今の状況を例えるなら、薄い紙きれを一枚挟んで死がこちらに来ようとしているような状況だ。リンと人形だけなら何とか逃げ切れたかもしれないが、メイドの乱入により逃げるという行為が難しくなったわけだし、今は打開策を練ることに意識を集中させなければ。


「っと、紗代けがは?」

「あ、えっと、大丈夫です」

 だが今は恐怖にかまっているわけにはいかない。俺の仕事は紗代を守ることだ。

 とりあえず紗代にけがの有無を確認し、立ち上がる。

 数秒遅れてほんのりとだが顔が赤くなった紗代が立ち上がりほこりを払う。

「さて、これで形は違えど役者は揃ったわけだ。そうだろリン?」

 紗代の様子も気になったが、ここはリンと部下の気をそらすほうが先だ。出来ることなら争いたくはないし、なによりここでの正面衝突だけは回避したかった。


「お前さんなんで私の名前を知ってるのかな?」

 そんな俺の策略に乗ってきたのはリンだ。

 そりゃ現実世界で会うのは初めてだから当然の疑問だが、これもなんと説明するべきか。

「まあ、あれだ。知ってんのは名前とこの奇襲ぐらいだから」

「それだけでも十分に不思議かつ重要なんだが。どこの情報?」

「お前さんらの」

 俺の回答にリンの表情が曇る。

「はあ? お前さん……ばらした?」

「答えるまでもありませんが、答えはノーです」

 リンの問いに、いつの間にか真顔に戻ったメイドは即答すると服についた埃を払い始めた。


「だよねー。……じゃあ、どういうことだ?」

「リンは彼が嘘をついているという可能性を考えていますか?」

「ああ、そういえばそうだ」

 ……リンって天然なのか?

「嘘つきか?」

「えっ?」

 俺に聞くのか!?

「あいつに聞いて、はいと答えると思いますか?」

「確かに」

 なんというか、想像以上に取り留めのない会話になってきた。


「状況は確かによろしくありませんが、我々がやるべきことは一つ。奴らを殺すことです」

 メイドの表情が曇る。どうやら時間稼ぎはここまでらしい。結局ほとんど時間稼ぎはできなかったな。このままではメイドとリンと戦闘だ。

 俺の頬を嫌な汗が流れ落ちる。自然と鼓動が早くなり手に力がこもる。

「戻ってこい「バルナルク」奴らを狩る時間だぞ」

 メイドが右手を突き出したままそう呟いた……その瞬間。俺の目の前で、信じられない現象が発生した。


 先ほど室内に充満した青白い光が手のひらに集まり、ゆっくりと、その手に短剣が表れ始めたのだ。

 それは先ほど紗代に向かって飛んできた短剣。

「まさか」

 そのまさかだった。振り返った俺の目に映るのは、傷ついた壁のみ。突き刺さっていたはずの短剣は消えていた。


「バルナルクか、厄介な令器だね。技量だけなら紗代と同じか、少し上だ」

「嘘だろ?」

「戦闘はできれば避けたいが……護衛の部隊がこちらの様子に気づいたみたいだから……もし戦闘って事態になったら勝つことより粘ることを優先したほうがいいな」

 できれば冗談であってほしかったのだが、ヴェルフィアの深刻そうな声を聴く限り本当なのだろう。


「さあ、次は避けれるでしょうか? 巫女はとにかく、あなたはただの市民であれば手は出せませんが、今は立派な排除対象者です」

 メイドは完全にその身をあらわした短剣を握り直し、また笑った。


「こりゃ積みか」

 俺も覚悟を決める。感覚が研ぎ澄まされた脳に、足の震えが嫌でも伝わってくる。

 今自分の足が震えている原因は死に対する恐怖ではない。これから人を傷つけることに対する恐怖に震えているのだ。

「行きますよ?」

 メイドが勢いをつけるべく体を倒す。

 それに伴い俺と紗代も戦闘態勢を取り、メイドの攻撃を防衛する……はずだった。


「――なっ」

 突如としてメイドが驚愕に目を見開き挙動が停止する。

「――!!」

 刹那聞こえてきたのは、室内を揺るがす銃の発砲音。

 その場にいた全員が音の出所に視線を向ける。

 そこには一人の若者が立っていた。

「あいつは、あいつはどこだああ!!」

 誰も予想していなかったであろう、刺客は血に染まった顔を歪めると狂ったように絶叫した。


「あっ、青山さん?」

 そこには変わり果てた若い巡査の姿があった。



 そこにあったのは、間違いなく昼間あったばかりの青山の姿だ。

 だが、あまりに変わり果てた姿に、俺も紗代も初めはその人物が青山であることを認識できなかった。

 暗がりでもわかる。今の青山は、全身が血で染まっていた。制服、シャツ、顔に至るまでいたるところを赤く染めた青山は、血走った眼を見開き銃口をリンたちに向けていた。

 何があったのか、俺には想像もつかなかったのだが、リンとメイドは心当たりがあるようであからさまに口をゆがめる。


「天使の憐憫の奇襲を受けてなお生きていましたか。運が……いえ、悪運が強い方ですね」

 メイドは今まさに切りかかろうとしていた俺たちから視線を外すと短剣を消滅させた。

 幸か不幸か、青山の登場でメイドの興味が俺らから青山に移ったようだ。

「天使の憐憫? なんだそれ?」

「彼らの国で蔓延しているカルト教団ですね。簡単に言うなら戦争教です」

 俺の問いに答えた紗代は、憐みのこもる瞳で青山をみる。

 なるほど、わかりやすい説明だ。要するにやばい奴らってことだろう。


 ……しかし、困ったことになった。まさかの第三者の乱入。青山がこの現場に現れるなど夢の中にはなかったし、いったいどうなっているのか。

 これが紗代を助けたことによる変化ならいいのだが。


「そんなことはどうでもいい!! この中の誰かの関係者なんだろ? さっさと出せ!」

 青山はまるで人が変わってしまったかのような形相で怒鳴りつけると天井に向かって一発発砲した。

 銃声が大気を揺らし、零風が満ちる室内に再び緊張が蔓延る。

 混沌とした状況に、俺と紗代はリンたちと青山、どちらに注目すべきか視線をさまよわせた。

「落ち着けお前さんよ。どんな奴だったんだ? 君たちを襲った男とやらは」

「君達って?」

「ふん、青山ともう一人巡査がいたはずだろう? そいつのことだ」

 つい口に出た俺の素朴な疑問に答えながら、リンは青山を見据えた。

 そうだ。青山の派出所にはもう一人年配の巡査がいたな。

 まさか、あの血は……いや、余計なことは考えるな。今は真偽が定かではない情報に翻弄されている場合ではない。

 俺は考えるのを止め、リンに注目点を置く。

 青山の回答を待つ、リンのゴーグルの奥から覗く深紅の瞳が細められる。いったい何を考えているのか。今の俺には想像もつかない。


「髑髏の仮面をつけたイカれた野郎だ。無残で悲惨で非道で残酷で冷酷な……殺してやる」

 青山の声が憎しみに染まる。その声には明確な殺意があった。

 ”その時”何があったのか思い出したのだろう、青山の表情が絶望に染まるのが見える。

 普段の彼を知っている俺からは、到底信じられないような表情だ。温厚かつ穏やかが売りだった青山は今や瘋癲病者。

 どうやらリンたちよりはるかに質の悪い連中がうろついているらしい。


「髑髏の仮面……嘘だろ」

 リンにはその「やばい奴」の正体が分かったらしく、もううんざりだといわんばかりに顔をしかめた。

「知ってるなら出してもらおうか! 断れば……撃ち殺してやる」

「知ってはいるが、どこにおるかは知らんな。お前さんは知ってるか?」

 リンの問いにメイドは首を横に振る。

「いえ、姿どころか気配すら感じませんでした。しかし……」

「なんだ? 言え!!」

 メイドは先を続けるべきであるかどうか躊躇した。一体その行動にどう意味があるのかはわからないが、リンが諦めたように首を縦に振り、それを合図に先を続けた。


「……しかし、これだけ派手に挑発したんです。おそらく向こうからやってくるでしょう」

「なに? それはどういう」

 青山の怒鳴り台詞が、最後までその口から発せられることはなかった。

「これは……」

 紗代のつぶやき。全員の視線の先で変化は起こった。

 目の前の大気が歪み、まるで自分がそこに一瞬取り残されたような錯覚に陥る。

 それが何なのか、俺には察しがついた。壁越しでありながら、大気を湾曲させるほどの膨大なエネルギーが室内になだれ込む。


「危ない!!」

 ヴェルフィアの遅すぎる警告がこだました瞬間、リンの力で下がっていた室温が失われ、刹那、青山が立っていた左側面の壁が消し飛んだ。

 比喩なんかじゃない。まさに文字通り、脆く今にも崩れ落ちそうだった木壁は、その面影を微塵も残さず吹き飛ばされた。

 渦を巻く疾風と木片が、室内にいたすべての人間に襲い掛かり、あたりを混沌と戦慄が支配する。

 木片が顔を切り、体にぶち当たる。鋭い痛みに嫌でもその身を小さくしてしまう。

 だが、そんなことにかまけている場合ではない。

「青山さん!!」


 俺の叫び声に青山はうっすらと答えた……かろうじて生きていたようだ。爆風と大量の木片の直撃を受けながらも、青山は何とかその身を起こそうと傷だらけの腕を持ち上げようとしている。

「青山さんを!」

 紗代の訴えに、俺はいまだ吹き止まぬ暴風のなかを前に進もうとするがうまくいかない。

 まるで俺の進行を妨害するかの如く、目の前で吹き荒れる暴風に俺はなすすべもなく立ち尽くす。

「くそ! この風は一体なんだ!?」

「令器……それも恐ろしいほど膨大なエネルギーを秘めた…………これは……逃げたほうがいい」

「なに?」

 ヴェルフィアから発せられた、想定していなかった返答に俺の動きが止まる。


「なっ、何言ってんだ! 青山さんを助けないと!」

「無理だ。奴の狙いはそれだ。あの巡査を生かしているのは、助けに来るだろう君と巡査の二人をまとめて殺すためだ」

「でも……」

「君の目的は紗代を守ることだ。ここで彼を助けに行けばその目的はおろか、君の命すら危険にさらすことになる。分かるかい? 今回は相手との技量が違いすぎる」

 そんなこと百も承知だ。だが、俺には見捨てるなんて行為はできない。短い期間ではあったが青山には色々と世話になってきたのだ。

「俺には……」


「ははは、悩んでいるようだねぇ、いい判断だったよ初陣の護衛官君」

 苦悶する俺の言葉を遮り、透き通るような声が俺の耳を撫でた。

「……っ!? 誰だ!」

 いつの間にか、消し飛ばされむき出しになった外壁部に第四者が立っていた。

 静黙ながらも、その身から発せられる圧倒的な力に体がすくみ上る。

 その容姿は、悪趣味な髑髏の面と、基本色が黒の正装だろうか? のせいで定かではない。

 そいつはこちらに攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただじっとこちらに視線を送っていた。


「クーベリック卿」

 一向に口を開かない第四者の代わりに、その名を口にしたのはヴェルフィアだ。

 クーベリック卿……どうやらその名を知らないのは俺だけのようで、自分以外の三人はその来客を心底歓迎していない風だ。

「なぜお前がここにいる」

 リンは手にしていた大鎌をクーベリックへ振り上げると一括した。

「はは、そうだねぇ、私はその令器に用があったんだよ」

 クーベリックの返答は限りない喜びに満ちていた。その令器とは、リンの持つ鎌でもバルナルクでもない。俺の手元にあるヴェルフィアのことだ。

「さぁて、ようやく見つけた……その令器、頂戴しようかねぇ。巫女はついでだ」


 ……勘弁してくれ。

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