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第七話 紗代救出作戦 一

「いよいよか」

 俺はそれだけつぶやくと、立ち上がる。

「ああ、紗代に動きがあった。行くよ」

 ヴェルフィアは、人間の姿になった時と同じ要領で、自信を本来の姿に戻すとその身を一瞬輝かせゴーサインを送る。


 現在時刻は午後十時。本当に長い一日だった。ひたすらに待ち続けるだけの一日は、今振り返るだけでもゾッとする。しかし、十分に決心も付いたしもう思い残すことはない。

 ついさっき祖父母にも連絡を取っておいた。

 俺がやりたいことが見つかったと告げると、祖父は大変うれしそうな声で俺を送り出し、祖母はとことん心配してくれた。

「自分のやりたいことをやり遂げろ! お前の人生なんだ。守りたい奴ができたんなら全力で守ってやれよ!」

 と最後に祖父はそういうと電話を切った。

 俺は心の底から祖父母に感謝した。こんなにも突然の話だったのに、祖父母は不満一つ漏らさず俺を応援してくれたのだ。感謝してもしきれない。


「それじゃあ、作戦のおさらいだ」

 ヴェルフィアは一拍間を開けると先を続ける。

「間違いなく敵さんは神社内外ともに愚兵を配置している。まずはできる限り神社に近づき私が索敵をかける」

「オッケーだ」

 俺の回答と同時に、なぜか人間の姿に戻ったヴェルフィアは満足げに頷いた。

「そしたら後は侵入して助けるだけさ。敵がどこにいるかは逐一教えるからちゃんと聞いておいてね」

「あと、装弾数は気にしなくていい。私はあくまで力を打ち出すわけで、弾薬を使うわけじゃないからね。その辺の説明はまあ、今度ゆっくりとね」

「待ち時間使って説明しろよ」

 呆れ半分での発言にヴェルフィアは小さく舌を出す。……あざとい。

「一度に全部は、今の君にはつらいだろうしね。君は作戦に集中!」

 ヴェルフィアの愛らしいお説教に俺は小さく微笑むと玄関の扉に手をかける。

「それじゃあ、いきますか」

「ああ、作戦開始だ!」


 ヴェルフィアの一言を合図に俺は暗闇に飛び出した。

 さあ、紗代救出作戦の幕開けだ。



「周囲に敵の反応は?」

「うーん、今のところはないね」

 極寒の山道を一直線に突っ走りながら、俺はヴェルフィアの報告に神経を集中させる。

 辺りはすでに暗闇に包まれており、凡人の俺ではこの暗がりの中で敵を視認できない。

 すべてはこいつの索敵とやらが頼りだ。


 しかし、暗い。

 本当ならば月明かりがあたりをうっすら照らしているはずだったのだが、今夜はあいにくの曇り空。月はすっかり曇天に隠れてしまい、ただでさえ暗い雑木林はおろか今自分が走っている山道の先がどうなっているのかも定かではない。

「なるほど、戦力をあえて分断せず全員で神社に攻撃を仕掛けたんだね。外周警備すら置かないところを見ると、敵さん。相当作戦に自信があるみたいだね」

「そりゃ厄介だな。神社の様子は?」

「……だいぶ混在しているようだがまだ大丈夫だね」

「ならいいけど」


 兎にも角にも今は神社に向かわなければ。俺は漆黒に染められた山道を走り抜ける。

「そういえば、気づいているかもしれないけど、疲れにくくなってるだろう?」

「あ? ああ、そういえば全然疲れてないな」

「それも令器の力さ。武器のランクによっても違うんだけど、契約者は令器のもつステータスアップの効果をうけれるんだ」

「そりゃ便利だな」

「私は最高クラスだからすごいよ。持久力。攻撃、回避なんでもアップ」


 なるほど。どおりで疲れないわけだ。

 先ほどから上り坂を全力疾走しているにもかかわらず息が切れないのはヴェルフィアの影響か。しかし、なんでもアップって……。詳しくは聞かされていないのでわからないが相当すごい、ということでいいのだろうか。


「ん? ずいぶんと敵の反応が近まったね。ということは」

「ああ、ここ、神社前の獣道だ」

 俺は目の前に伸びる獣道を睨みつけると、額の汗をぬぐう。

 昼間来た時とは全く違う。獣道が見せた全く別の顔に俺の足が止まる。

「真っ暗だが、敵の反応はない。やっかいだねー。全員を敷地内で待機させている」

「なに? 不安にさせるなよ?」

「はは、大丈夫。やることは変わらない。いいかい、まずは神社内に侵入することだ。幸い裏口付近に敵はいない。神社の裏手、ここから見て右側の木造のドア。鍵は開いているから、あとは……気合いだね」

「よく言うよ」


 俺は一度大きく息を吐きだすと改めて雑木林の奥、漆黒の闇を見つめる。

 今度は恐れたんじゃない。覚悟が決まったんだ。さっきとは違う。

「っしぁ!」

 俺は小さくも力強く一括すると走り出す。

 急げ。とにかく急げ。決して気配を悟られぬように雑木林を突き抜ける。

 やがて開けた通路に出た。あとはここを左に曲がれば神社の鳥居がある。

「敵数五。鳥居の下、左側に一、残りは視野外。切り抜けるよ」

「おう!」


 幸運だ。道中の敵は鳥居の下の一匹のみ。俺はさらに加速すると一気に左折。

「鳥居を目視、ついでに愚兵だったか? も目視」

 俺の声に鳥居の下にいた愚兵がゆっくりこちらを振り返るがもう遅い。

 俺は愚兵の視野に入るよりも早く鳥居を潜り抜けるとそのまま神社の右側面に滑り込む。

 去り際に愚兵のほうを振り返ると、気のせいだと思ったのか愚兵はまたゆっくりと元のポジションに戻っていた。

 そのまま全速力で神社の裏手に回り込み裏口に滑り込む。

 最後にゆっくりとドアを閉め……第一段階はクリアだ。


「……はあああ」

「まさか愚兵の横で声を出すなんて思わなかったけど、上出来だよ」

「わるかったな」

 心臓が爆発しそうだ。緊張と全力疾走で俺の鼓動は最高に大きく早まっていた。

 そんな俺に呆れたような声を投げかけてきたヴェルフィアは、さっそく索敵に精を出しているようで、応答がない。

 だが、自分でも悪くはなかったと思っている。まあ、ただ言われた道を全力疾走しただけなんだけど。


「……ふむ、紗代がいる部屋に一人と二の計三。通路に二、おっと外装に一人」

 ようやく息が整い、うるさすぎる鼓動が一段落したところでヴェルフィアの索敵報告が入った。


「紗代がいる部屋にはリン。外装にはメイドの部下?」

「ご名答。さて、いよいよ実戦だよ」

 いよいよ実戦か。そう思うと自然と俺の手に力がこもる。

「相手は人形だ。狙って引き金を引く。それに今回はほかの敵にばれたくないんでサイレンサーの機能付き。便利だろう?」

「サイレンサーってことは静かになるのか?」

「いいや、私の場合は音が完全にしなくなる」

 嘘だろ。


「さてグズグズしている時間はない。とにかく進むよ」

「ああ」

 俺は改めてヴェルフィアを構えると指示通りに神社内部を進んでいく。

 神社内に入るのは初めてだったが内装は想像していたよりはるかに酷い有様だった。

 いたるところに埃がつもり壁はところどころ剥げ落ちている。床は今にでも抜けそうだし、本当にこんなところに一年近くも滞在していたのだろうか。

「……おっと、第一目標だ」

 抜けそうな床を一歩ずつ慎重に進み、三つ目の角を曲がったところで不意にヴェルフィアが口を開いた。

「ああ、そうみたいだな」


 俺も目視した。角を曲がり二十メートルほど直進した先に槍のようなものを構えた愚兵が立っていた。


 向こうはまだこっちに気づいていない。やるなら今だ。

「落ち着いて、引き金を引くだけだ」

「ああ」

 簡単に言ってくれる。実際に打つとなると、ゲームの中のように簡単にはいかない。

 ここは現実だ。俺は、俺自身の手であの化け物を殺さなくてはならない。

「いくぞ」


 俺はまっすぐ銃口を向けると引き金を引いた。

「――!」

 小さくもはっきりとした反動が、俺の手から伝わってくる。

 ヴェルフィアが言っていた通り発砲音は全くならなかった。しかし、目の前の化け物が崩れ落ちるその一連の動作が、弾が発射されたことを証明する。

「ふう」

 俺は額の汗をぬぐうとゆっくり息を吐きだす。緊張が一気に解け、危うく膝をつきそうになるのを必死にこらえ俺はヴェルフィアのほうを見る。


「上出来だ。あの人形は死んだよ」

 ヴェルフィアにそう言われ、俺は改めて自分があいつを殺したのだという現実を思い知らされた。

 俺があいつを殺した……いや、違う。あいつは人形だ。人形を撃ち殺したのだ。何も問題ない。

「……そうか。よし、次だ」

「大丈夫かい?」

「ああ、問題ない」

「次の角に一。さっきの要領でいい」


 ヴェルフィアにそう言われ俺は歩き出す。

 頭を打ち抜かれ倒れていた化け物を一瞥すると、まるで殺されたことにも気づいていないといった顔だ。

 息はしていないようだ。していたら困るのだが。


「よし、二人目だな?」

「ああ、さっきの要領でね」

 先へ進むと今度は通路の角に人形が立っていた。

 あいつもまだこちらには気づいていないらしく、微動だにせずただただその場に立ち尽くしていた。

「……」

「――!」

 二度目の衝撃。音がしないので相手に命中したのかはおろか、発射されたのかもこちらはわからない。

 だが、正面の化け物はまたも無言でその場に崩れ落ちる。

「……よし、あたってたみたいだな」

「ああ、今回も上出来だった」


 作業としてはねらって撃つだけの簡単な作業だ。

 その場に静止している場合なら外すこともないしこの反動だ。少しくらい動き回る相手にも苦戦はしないだろう。

 それに今回は相手が二体だったということもあり苦も無く……。

「ちょっと待て、いくらなんでも内部の見張りが二体って少なすぎないか?」

「うーん、私もそれは思ってたんだけど、敵からしてみれば奇襲されるなんて思ってもみないだろうし、こんなもんじゃないかな?」

 いわれてみればそうだ。

 こちら側は、今夜行われる相手の奇襲を前もって見ていたのだが、向こうからしてみれば全く予想外の敵襲のはずだ。

「相手からすれば、この奇襲が読まれることはまずないと」

「そんなところだ」


 無駄口をはさみながらも俺は一歩一歩慎重に歩を進める。

 もうすぐ目的の部屋だ。俺は慎重に指示された角を曲がろうとして……足を止める。

 手元のヴェルフィアが小さく震えたのだ。

「待った。これは……よろしくないな。紗代が危ない!」

「はぁ!? どういうことだ? まだ時間は」

「わからないが急いでくれ! この通路の一番奥の襖の向こうだ」


 突然の事態を前にして、俺はヴェルフィアに言われた通り無意識に走り出す。

 これまで、何に対しても冷静沈着だったヴェルフィアが、初めて見せた戸惑いと焦りのこもった悲痛な叫びに俺の心にも焦燥が押し寄せる。

 もう潜伏など考えてはいない。俺はとにかく、目の前に迫る襖に向かって全速力で突っ走る。

「よし! 相手は手元に集中してる。今だ!」


「っしゃあ!!」

 俺は全力疾走のまま襖に体当たりすると室内に転がり込む。

 ボロボロだった襖は、ヴェルフィアのステータスアップもあり体当たりで木端微塵に吹き飛び、敵さんたちの気を引くいい材料にもなった。

「へっ!?」

「なっ!?」

「……!」

 まさかの乱入者に紗代、リン、刀を振り下ろそうとしていた化け物の動きが停止する。


「させるか化け物!!」

 俺は受け身を取った状態からすぐに体勢を立て直すと、刀を持ったほうの化け物へ銃弾を叩き込む。

「――!!」

「うおっ!?」

 これまでの二発とは違い、今度は盛大な発砲音が室内に響きわたり弾丸の直撃を食らった化け物が吹き飛ばされる。

 ここまでは完璧だ。バカでかい発砲音以外は。


「なっ、ななな、何で清水さんがここに!?」

 そんな中、紗代は殺されかけた状況から脱した安心感と、まさかの乱入者のダブルコンボを食らい涙声&涙目で俺に駆け寄ってきた。

「とりあえず説明は後だ。っていうかヴェルフィア! サイレンサーはどうしたんだ? びっくりして死にかけたぞ!?」

「ああ、すまなかった。ついつい焦ってしまって」

 ヴェルフィアは、俺の苦情にいつものそっけない返事を返すと小さく笑う。

 よかった、いつもの調子に戻ったということはとりあえず一難は去った……ということだろう。


「ヴェルフィアって……その令器!? もっ、もしかしてあなた」

 はじめこそ俺が誰に語り掛けているのかわからない様子の紗代だったが、俺が握っていた純白、群青の銃を見て今度はこれまでで一番クラスの驚愕した表情で俺とヴェルフィアを交互に見た。

「ああ、そういうことさ紗代。君も異論はないだろう?」

「異論って、ちょっと待って。じゃあ、清水さんが私の新しい護衛官?」

「そう、だが、今は詳しく話している暇はないよ。紗代も令器を」


 ヴェルフィアの指摘を受け、紗代は小さくうなずくと室内に備え付けられていた祭壇に駆け寄り、そこに備えてあったずいぶんと長い鞘を持ち上げると抜刀した。あれは、確か昼間に青山さんが言っていた刀だ。

 鞘から刃が抜かれる独特な音が静まり返った室内に響き渡る。

「……きれいだ」

 銃口をリンともう一体の化け物に向けながら、紗代が抜刀した刀を見た俺の第一印象はまさに美しく、それでいて力強い。というものだ。


 その刀は月明かりを受け、怪しげにその身を輝かせた。

 恐ろしい刀だ。令器のことなど全く分からない俺ですらも、その刀の力に圧倒される。


「さてと? 一体どうしてこうなったのやら」

 紗代には刀を。俺からはヴェルフィアを向けられたリンは、何とも言えない困り顔でそれだけ呟くとずれていたゴーグルをつけなおした。

「寝込みを襲うとは。どこの誰だかは存じ上げませんが褒められた行為ではありませんね」

「お前さんもう立ち直ったの?」

「ええ、切り替えが人気の秘密でもあります」


 数分前の挙動はどこへ行ったのか。リンに言い返す今の紗代は強気一色だ。

「ああ、困ったな。流石に令器持ち二人を相手にしては……厳しいな」

「……」

 困り果てた様子のリンに、生き残ったほうの愚兵が何某か呟く。

「ああ、やっぱりまずいよなぁ」

 その呟きを受けてだろう。リンはがっくり項垂れた。


「おいヴェルフィア。あいつのあの行動。油断させるための罠か?」

「いや、おそらく違うな」

「本当に?」

「ああ、そんな気がするよ」

 リンの一連の行動が、もしや罠かと思ったのだがそういうわけではなかったらしい。


「そもそも、お前さんはなんだ?」

 リンは俺を指さすと悲観に満ちた表情で質問を投げかけてきた。

 なんだっていわれても。何と答えるべきかと一瞬思考を巡らせる。確かに、現実世界でリンに会うのは初めてなので、今の反応は自然なものだろう。

 答えてやりたいが洗いざらい話すほど俺もバカではない。ここはちょっとごまかす程度に本当のことをしゃべろう。

「俺はスカウトされた一般人ってところかな?」

「その一般人がどうして私の奇襲を知ってて、ここまでたどり着けたのかな?」

「それは企業秘密」

「はああ……」

 俺の答えを受け、リンのため息がより大きくなった。

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