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第六話 巫女との出会い

 目が覚めた。

 重い瞼を開き、最初に飛び込んできたのは見慣れた自室の天井。外からは鳥のさえずりが聞こえ、柔らかな日が差し込んでいる。紛れもない俺の部屋だ。

「夢、覚めたんだよな?」

 それなのに俺はどうも夢から覚めたんだという実感がわかない。

 どうしてそう思うのか。俺は自身の手元に問いかけた。


「お前、何でここにいるんだよ」

「失礼な。わざわざ受け取りに行く手間を省かせたんだ。感謝すらしてほしいね」

 俺の手元で当たり前だといわんばかりに、威勢よく問いに答えた俺の契約器であるヴェルフィアは、夢と全く変わらぬ白銀の美しいバレルを輝かせていた。


「どんな力を使ったのか知らないけど、そんなことできるならわざわざ夢の中に出てこなくても」

「君が取り乱さないよう夢という便利な空間に出てきたんだ。おかげで今もこうして普通にお話しできているだろう?」

 ……確かに。こいつ、よく考えてやがる。


「はあ、それでなんでお前がここにいるんだ?」

「少なくとも今晩紗代が殺されるからさ」

 ああ、なるほど。それなら納得も。

「はあああああああああ!?」


 あまりに突拍子のない答えで思わずスルーするところだったぞ!?

「うるさいよ。まあ、襲撃は夜さ。それまではおとなしく」

「いやいやいや紗代が今晩殺されるって、そんなときにおとなしくなんてしてられ……うわ!?」

 あまりに突然の告白に俺はすっかり混乱状態に陥ると、急いで立ち上がろうとしたために思いっきり足を引っかけベットから見事に転落した。

 おそらく頭から落ちたのだろう鈍い衝撃音が部屋に響き渡り、しばしの悶絶タイムが幕を開ける。


「まったく、少しは落ち着け。それに今の私たちではどうすることもできない」

「いって……どっ、どうすることもできないってどうしてだ?」

「とにかく落ち着いて、まあ、朝食でも取りながら話そうじゃないか」

 ようやく涙目で立ち上がり、すぐにでも助けに行きたい衝動をどうにか抑えヴェルフィアの言うとおりにすることにした。

 確かに、今ここで飛び出してむやみに動くよりこいつの意見を聞いたほうがいい。なんだかんだ言いながらしっかりと先をよんでいるみたいだし。


「それで、どうするんだ」

 食欲はなかったので、キッチンでコーヒーを淹れ一息ついたところで、改めてヴェルフィアに問いかける。

 ヴェルフィアは俺が落ち着いたのを見届けようやく口を開いた。

「まず、大前提として今の段階で私たち二人がどうあがこうが「運命」は訪れる」

「運命は訪れるって、ここで手を打っても打たなくても?」

「そう、どう手を打とうが君が見た「夢」の終わり方を……いやこの表現は正しくないな。正確に言うなら死を迎える」


 ヴェルフィアの話によると、終わり、要するに死は夢の中でも言っていたように”運命”として何をしようが絶対に訪れる。

 ということは。

「今動いても変わるのは途中の部分だけで死の運命は絶対訪れるってことか?」

「そう、しかも今むやみやたらに動いて君が夢の中で見た敵に悟られればもっと厄介だ。巫女を守ろうとしている者がいると知れば当然相手は手を変えてくる」

「ああ、確かに。んん? まてよってことはだ。道中が変われば死に方も変わるってことか?」

「ああ」

 厄介なことになった。

 ヴェルフィアの話によれば、俺が夢で見たデッドエンドは俺が道中何もせず訪れた未来ということらしい。

 ということは、道中で俺が何かしてしまった場合や、何かとんでもないタブーを犯してしまった場合、「死は訪れるが夢とは違うシチュエーションで訪れる」ということになる。


 今回の予知においてのタブーは「リンにこちらの意図を悟られること」だ。危うくチャンスをパーにするところだった。


「ということは俺は夜までおとなしくしておいたほうがいい?」

「もちろん、君とお友達二人が紗代に接触してうち一人がだいぶ切り込んで調べていたようだし、敵もおそらく君について感づいている。こっちの護衛たちは暢気なもんさ」


 手元からここまで聞こえるため息が飛んできた。

「ちょっと待て、紗代に護衛がついてるって」

「ああ、言ってなかったっけ。本当は専属の護衛と部隊が一つ」

 聞いてねえよ。

「そもそもお前らいったい何者なんだ? 地球人?」

「違うよ」

「さらっと否定すんなよ……」

 今度は俺からため息が漏れる。もう何言われようが驚かない自信があるぞ。


「ってことは異世界人?」

「君の視点からするとそうだね。私たちは異世界人。もっとも転生したわけじゃくて一時的に転移してるだけだよ」

「ってことは俺の職場は異世界?」

「もちろん。もっともみんな優しい人ばっかりだし、君が引き受けたのは最高クラスの地位とお金がもらえる仕事さ」

 今もう何を言われても驚かないといったがまさか職場が異世界だなんて……っていうか異世界に転移しますって前もって告げられるパターンは聞いたことないな。


「はあ、それはそうと本当に俺で奴らに勝てるのか?」

「ああ、君に殺す。という行為に対して躊躇いが生まれなければね。ただ今回はうまくいけば「愚兵」だけで終わると思うよ」

「ぐへい?」

「ああ、君が見た敵の護衛をしてた化け物さ。あいつらはあの敵さんの生み出したものでね。愚兵という名の人形を護衛としてるんだ」

 またも知らない単語の登場に首をかしげているとヴェルフィアが説明してくれた。

 気が利くやつだ。こちら側の一方的な質問攻めにも嫌な声一つ上げず答えてくれる。


「人形か」

「ちょうどいいじゃないか。ここらの敵は愚兵と敵さんとその直属の部下だけ。ちょうどいいチュートリアルだ。無論私もサポートするから心配いらない」

「そう……か」

 確かに相手が人形ならばこちらもずいぶんやりやすくなるし、きちんとヴェルフィアがサポートしてくれるらしい。なんとも心強い味方だ。

 俺はコーヒーを一口すすると改めて机の上に置いていた銃を見つめる。

 ここで今まで気にしていなかったある疑問が浮かんできた。

 せっかくだ。聞いてみるか。


「なあ、お前どうやって俺にしゃべりかけてんだ?」

 そう、こいつ口もないのにどうやって俺に語り掛けてるんだ?

 声量が大きくなると部屋に声が響くところを見るとテレパシーで俺に直接語り掛けているわけではないらしい。

「ふふ、気になるかい?」

「そりゃもちろん」

「君は契約者だ。教えてやってもいいけど、あんまりがっかりするなよ?」

「しないしない」


 意外にも前向きに教えてくれるようだ。こういうのって聞かないで置いたほうがいいことだったりするのかと思ったが、そういうわけでもないらしいな。

「では! ポン!」

「はっ? なっ、な、なんだ!?」

 まさにヴェルフィアの口に出した通りの擬音を経て、気が付けば俺が座る直ぐ前の机に一人の少女が座っていた。

 美しい群青の瞳に純白の服。その整った顔立ちは紗代にも後れを取らないレベルだ。年齢は……わからないがかなり若い。

 その少女は、どちらかといえばお姉さん風の笑みで俺を見るとゆっくりと口を開いた。


「改めまして契約者君。これがヴェルフィアの人間の姿さ。私は武器であり人の形を持つたった一つの令器。喋れる理由。分かってもらえたかな?」


 おれはただただ納得した。


「えっと、ヴェルフィアさんって、元は人間だったの?」

 突如として目の前に現れた可愛い少女にあっけにとられ、またも俺の思考が一瞬マヒした。いったい何度こいつに驚かされればいいのか。俺はため息交じりにこめかみを抑える。

「ははは、急にさん付けなんて、いつも通り呼び捨てで読んでくれていいんだよ? 設定年齢は君より若いからね」

「設定年齢って」

「私を作った職人さんの趣味さ。大丈夫。二桁だ」

 そういうことじゃねえよ。


「にしてもこのコーヒーっていう飲み物は何度飲んでも飽きないね」

 ヴェルフィアは俺が入れたインスタントコーヒーをおいしそうに飲みながら年相応の笑顔で笑った。

「そりゃよかったよ」

「うん。百点満点!」

 なんというか、人間の姿になったヴェルフィアと喋っていると色々と調子が狂う。

 初めて聞いたこいつの声はもうちょっと年上のイメージだったので想像以上のギャップにそう感じているだけかもしれないが。

「それにしても……お前銃なんだよな? 元は人間だったとかじゃなく」

「ん? そうだね。私は武器。決して人間じゃない」


 ヴェルフィアはあくまで武器であって、銃の形に変形できる人間ではなく、人の形に変形できる銃なのだと念を押す。

「武器が飲んだり食べたりするのか」

「ほんとは必要ないんだけど、せっかく食べれる構造をしてるんだし、堪能しておかないとね」

「へえー」


 何気なく繰り広げられるヴェルフィアとの会話だが、俺は今にもと飛び出したい感情を必死に抑えていた。

「なあ、ほんとに夜まで何もしないのか?」

「もちろんだ」

 こうしている一瞬一瞬がもどかしい。

 本心を言うならば、今すぐにも紗代を安全な場所まで連れて行きたかった。

 だが、それはタブーに引っ掛かる。こんなにももどかしい時間を、俺は味わったことがなかった。


「そうだねー、確かにこの時間はもどかしく落ち着かないだろうが、今は何もしないのが最善策。それにこうも考えられるだろう。この待ち時間で覚悟を決める猶予が与えられたんだ。有効に使わせてもらおうじゃないか」

「覚悟か」

「そんなに気に病むもんじゃない。休日にはこっちの世界に帰れるし、後で説明されると思うんだけど、紗代の公務中は君達護衛官の仕事はなくフリータイムだ」

「……」


 俺はカップの中で揺れ動くコーヒーを見つめながら、ヴェルフィアの言葉に耳を貸していた。

 紗代を守る覚悟。出来ていたつもりでもいざ問われてみれば不安のほうが大きかった。

 紗代の護衛を引き受けたのは、もちろん紗代を守りたかったからだ。彼女に降りかかる死という運命を捻じ曲げるために、またもう一度、昨日会ったばかりの美しすぎる少女の笑顔を見るために、俺はこの力をふるおうとしている。


 動機は自分の中では十分だった。そういえば、昔祖父がこんなことを言っていた。好きになった女は何があろうと、どんな困難にぶち当たろうと、とことん守ってやれ、それが男であるが故のお前の使命だと。

 俺は決意し、契約したんだ。この現実を捨て、彼女の護衛官になると。


 それでも不安で心が支配される原因……というか問題は俺にそれを遂行するだけの力があるかどうかだ。

 失敗すれば、紗代は夢の中で見た通りの運命を迎えてしまう。それが怖かった。俺がどれだけやれるのかで、紗代の生死が決まる。

 その現実がプレッシャーとなり俺の心を染め上げる。


「全く君ってやつは」

 そんな俺の心境を感じとったのだろう、ヴェルフィアがため息交じりに口を開いた。

「今の君は一人じゃないだろう。君には私がついている。紗代を守るために作られた令器がね」

 その声に俺は顔を上げるとうっすらと微笑みを浮かべたヴェルフィアと目が合った。

「一人じゃない……」

「そうだ、君には私がついている。今後どんな困難が待っていようと、いつでも、いつまでもね。私は君を信じているよ」

「はは、お前はなんで、出会ってまだ数時間の俺をそこまで信用するんだ?」

「私が特別で、君のすべてを知っているからかな。大前提、力とかの前に信じてなきゃ、初対面の君に巫女の護衛なんていう大役をやらせるわけないだろう?」


 全く、調子がいいやつだ。こいつといるとやはり調子を狂わされる。

 しかし、悪くはない。

「そうだな……今の俺は一人じゃない。二人で運命を捻じ曲げよう」

「正確に言うなら一人と一器だね」

「はは、悪かった」

 ヴェルフィアとなら、何とかなるかもしれないな。

 俺は空になったカップを持つとヴェルフィアに微笑みかけた。



 ……その頃。

「一体どうなってるんだ?」

 鬱蒼とした雑木林を抜け、少し下ったところにある派出所の入り口で、リンは内部のあまりの変わりように深紅の瞳を見開いた。

「分かりません。しかし私が発見した時にはもうこのありさまでした」

 隣で、メイド服姿の部下が忌々しそうに報告するのを聞きながら、リンは壁中に飛び散った鮮血を掬い取ると舌打ちした。

「だれがだれの指示で? 少なくとも我々ではない……巫女の関係者か?」

「いいえ、彼らに動きはありません」

「では今晩作戦で使う小隊か?」

「そちらも以下同文。動きなしです」


 メイドの淡々とした報告に、リンはため息をつく。

 太陽に曇天が覆いかぶさり辺りがうっすら暗くなる。それに伴って、蛍光灯に照らされた内装が一層目立つ。

 今や派出所内は地獄と化していた。

 机、椅子、床、天井、いたるところに大量の鮮血が飛び散り、ここで凄惨な何かがあったことを証明している。

 これは、ただ殺したんじゃない。楽しんだのだ。相手を切り刻み、徐々にゆっくりと殺す。非道で残酷、冷酷で無慈悲な快楽殺人。


「「天使の憐憫」関係者がいるか。お前さんはどう思う?」

「その意見に賛成です」

「はあ……」


 天使の憐憫、ここ最近リンたちの国で爆発的に信者を増やしているカルト教団。

 奴らは戦争、紛争を愛し、冷酷、残虐なんて言葉がぴったりの連中だ。


「しかし、派出所内には巡査が二人いたはず。この出血量は二人分ではありません」

「奴らの襲撃を受けて逃げ延びたラッキーボーイがいると?」

「はい。死体がないので何とも言えませんが、総出血量がこれだけなら少なくとも一人は生きているはずです」

「作戦に支障は?」

「今のところは何とも言えません。しかし、何があっても遂行しなくては」

「そうだな」


 リンはすっかり曇天に隠れてしまった太陽を見上げると、思いがけない来客に肩を落とした。

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