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第五話 巫女との出会い

 その夜。

「……ここは」

 俺こと清水雅俊はまたあの神社に立ち尽くしていた。

「一体……どうなってやがる?」

 今回は、前回の夢の時のような状況ではないらしく、リンも異形の化け物もいない。静かで肌寒い夜だ。


 俺の服装は寝間着ではなく普段着で、ここは……神社の裏手だろうか? 俺のすぐ後ろには昼間訪れた神社が違った顔を見せており、目の前には一本の道が雑木林の奥に続いていた。


「そこに、いるのか?」

 誰かに問いかけたわけではない。なにかが、自分の目の前に伸びる一本道の先から呼んでいる気がしてならないのだ。

「よし」

 意を決し雑木林の中に足を踏み入れる。一歩、また一歩と歩を進めるたびに自分を呼んでいるのであろう何かの気配が強まっていく。

「あれは」

 月明かりに照らされた一歩道の先に、祠のようなものが建っていた。外見はどこにでもあるようなものだが、祠自体がまるで毎日手入れをされているかのようにきれいで、よくわからない不思議な雰囲気を醸し出していた。

 その祠は入り口にかけてあったのだろう鎖が外れ、戸が半開きになっていた。劣化か何かで偶然外れたのか、誰かが開けておいたのかはわからないが、あの中に何かある。俺はそう確信していた。


「……」

 俺は無言のまま祠の前に立つとゆっくりと戸に手を伸ばす。決して嫌な気配ではない。むしろ良いもののような気さえする。だが、それが何であれろくでもないことが待っているのは確かだろう。


 緊張で小さく震える腕を伸ばす。指が戸に触れ、躊躇はなく一気に小さな扉をあけ放つ。

 小さく軋んだ戸の奥に月明かりが差し込んでいき、中にあるものを照らし出していく。

「これは……銃?」

 そこにあったのは青をベースとした一丁の銃だった。

 俺は銃の知識には乏しいのだが種類くらいはわかる。リボルバーだ。白銀のシリンダーと宝石のように美しい群青に輝くバレル。波の代物ではないだろう。

「どうしてこんなものが?」

 疑問に思いつつも俺はリボルバーに手を伸ばし持ち上げてみる。

 かなりの重量だ。落とさないよう注意しながら月明かりに照らすと群青のバレルが美しく艶めいた。

「すごいな」

 そのあまりの美しさにしばし見入っていた時だった。


「美しいだろう?」


 突如として投げかけられた女の声に飛び上がると周囲を見渡す。

「なっ、誰だ!?」

 怒鳴ってはみたがあたりに人の気配はない。鬱蒼とした森と静寂が広がっているだけだ。


「そんなに驚くな。私だ。今君が持っているだろう?」


「なに?」

 今度ははっきりと”自分の手元から”聞こえてきた声にしばし時が止まる。外気は凍り付くように冷たいにもかかわらず俺の額を冷たい汗が流れ落ちる。

「まさか、この銃から?」


「そのまさかだよ。やっと見つけた。適任者を」


 半信半疑の俺の問いにその銃は当たり前だと言わんばかりに答えてきた。

「いっ、いやいやそもそもなんで銃が喋るんだ? っていうか適任者って何のことだ?」


「なぜかと言われれば私に意思があるからだな」


「そんな理由!?」


「ああ、それ以外に答えようがなくてね」


 いや、まあ、確かに答えようはないかもしれないが……。


「いや、ちょっとまっ」

「そんなことはいったん置いておけ。それよりも君は私がやっと選び出した適任者だ」


 手元の銃は嬉々とした口調でそう告げると、俺の意見などまるで聞こえていないかのように先を進める。


「君、あの巫女の護衛官にならないか?」


「……は?」


 突如としてわけのわからない申し出を受け、また俺の時間が止まる。


「簡単な話だ。君が私を使い彼女を守る。どうだい?」


「いや、どうだいって言われても」


「君には才能がある。この私が見込んだんだ。間違いない」

 一方的にまくし立ててきた銃をいったん黙らせ、俺はとりあえず話を聞いてみることにした。


「さて、まず聞いておきたいのは……君は何者なんだ?」

 俺はようやくおとなしくなった手元の銃に問いかける。

 なんとも異様な光景だ。極寒とまではいかないがそこそこ寒い雑木林の中で、俺は誰でもない、喋る銃に問いかけているわけで、落ち着いていられるのはこれが夢だとわかっているからだろう。


「私は君が昼間話していた巫女……紗代を守るためにある武器職人から作られた「令器」だ」

「れいき?」

「そう。我々の世界の武器職人が一生に一度だけ作ることができる、いわゆる特別な武器さ」

「特別な武器だって?」


 俺は手元の銃を見つめる。俺をここに呼び寄せた美しい銃が只者ではないことを改めて思い知らされた。


「私はずっと紗代と適任者を探していた。紗代の護衛官としてふさわしい力を持つ者を。そして、君にたどり着いた」


 銃は一拍間を置くと力ずよく言い放つ。


「まさか、紗代が昼間言ってた人探しって」

「そう! この辺りに一人、適任者の反応があってずっと探していたんだ」


 なるほどな。これで紗代が昼間言っていたことの意味が分かった。

 紗代の言う探し人とは、自分を護衛してくれる人物。要するにこの銃の主となるものということか。

 そしてどういうわけだか適任者に選ばれた俺を探していた。ということらしい。

 しかし、疑問はまだ山のようにある。


「まった。なぜ俺なんだ? 俺より優れた奴なんてそこらに山のようにいるだろ? 俺なんて喧嘩もしたことないし」

 まず聞いておきたかったのは俺を選んだ動機だ。この地球上には七十億の人間がいるわけで、俺より優れた奴はゴロゴロしているはず。

 そんな中でどうして俺なのか。まずはそこをはっきりさせておきたかった。


「そうだね。いくつか理由はある。例えば……大前提として、君の運動神経だったり、人一倍の器用さ、心身の強さなどを見せてもらった」

 確かに周りからは器用だとか運動神経がいいだったりと言われてきたがそれも人並み。

 心身の強さについては普段触れもしないので何とも言えないが、こいつがそこまで言うなら本当なのかもしれない。


「それともう一つ! これが重要なんだ」

 銃は一層大きな声でまくしたてるとまたも一拍間を置いた。

 なるほど。こいつは大切なことを言うとき一拍間を開けるらしい。覚えておこう。


「君にしかないオリジナルスキル。まあ君を推薦した理由のおおよそ七割はこれだ」

「……オリジナルスキル?」


 一体この銃が何を言っているのかわからず、俺は首をかしげる。

 スキルってことはあれか。ゲームとかでいう特殊能力や超能力みたいなものだろうか?

 しかしここはゲームの中でもなければ漫画の中でもない。そんなものあるのかというのが率直な意見だ。


「あのな、ここはつまらん現実だぞ? そんなゲームの中の能力なんてあるわけ」

「あるんだよ!」


 俺の意見は銃の嬉々とした叫び声に打ち消された。

 そっ、そんなにさけばなくても……静寂に包まれている雑木林の中でひときわ大きな叫び声をあげられて俺は顔をしかめる。


「ああ、すまなかった。しかし、君は持っているんだ。そんなゲームの主人公のような特別なスキルを」

「はあ……」


 一体この銃になんと返していいかわからず答えが曖昧になるがそんなことはお構いなしに銃は先を続けた。


「君に備わっているのは「運命を見る能力」だ」

「……はい?」


 なんだそのピンとこない能力は。


「君にも覚えがあるはずだ。対象者がどういう運命を迎えるのか。見たことがあるんじゃないかい?」

「……」


 俺にははっきりと身に覚えがあった。

 実を言えば、以前からたまに見ず知らずの人間の「死」を夢で見ることが多々あった。

 それが俺の”嫌な夢”だ。 

 初めて「死」を見たのは確か小学生の頃か。初めて目の当たりにしてしまった「死」に当時の俺は当然怯え、一生消えぬトラウマになった。今ももちろん初めて見た「死」をよく覚えている。

 いったい自分の何がこんなものを見せてくるのか、当時の自分を支配したのは、自分をこんなものにしてしまった何かに対する憎悪と憤怒。そして激しい怯えの感情。

 それに支配され、睡眠という欲を恐れ、何度病院に連れていかれたことか。そのころからだろう。両親はだんだんとおかしくなる俺に嫌悪感を抱くようになった。

 俺と両親が疎遠になった原因であり、俺を徹底的に蝕んだもの。それが「嫌な夢」だった。


 俺は永遠に嫌な夢に苦しめられるのかと、当時は半場諦めていたが、現実はもっと残酷なほうへ傾いた。俺は、夢を見る回数を重ねるごとに、次第に「死」に慣れていってしまった。

 当時は葛藤したものだ。人の死に慣れるなんてどうかしている。その自覚はあったし、だからこそ悩み悩んだ。

 何度こんな自分に涙を流したものか、もう数えるのもやめてしまった。

 しかしこれも、数多の死でまた慣れた。

 どちらかといえばあきらめに近かったのか。割り切ることにした。

 異常なのはわかっている。こんなのただのサイコパスだ。何十人の死を目の前に、何の感情も抱かなくなっていく自分を恐れ、憎み、そして諦めた。


「人の死を見る」

「そう。それが君のオリジナルスキル。運命とは私の中では「死」なんだ」


 銃はこう語った。

 私の中での死とは、その人物の運命であると。

 確かに未来は予測できやしない。しかし、それに明確な「終わり」という名の運命があるとするならば、中間はわからずとも終わり……要するに死は見えるのだと。

「運命の定義はあいまいさ……勿論この世で起こる森羅万象、未来なんて何も決まっていない。分かるはずがない。という意見も当然ある。しかし君の世界にも様々な意見が転がっているだろう? 中には生までも定められていたなんて言う者もいる。これはあくまで私の意見。私の運命に対する解釈だ」

「その私が出した解釈に乗っ取って、私は自分の力を「運命を見る能力」とし、自分の器名を「運命」としている。まあ、暴論だと言われればそこまでだけどね」


「……じゃあ俺は実際に生きている人間の未来を見ていた……と?」

「そうだ。定義は決まっていないが、通学中にふと見かけた人間の死、テレビなどで偶然見かけた人間の死、そして自分の近くにいるものの死。そういったものを見る」


 自分が今まで見ていたのは、現実に起こっていた。その現実が自分の心にのしかかるのを感じた。

「そして君は見たはずだ。巫女……いや紗代がどうなるかを」


 その名前を聞いた瞬間、俺は目を見開いた。そう、そうだ。俺は紗代の「死」を目撃したのだ。その運命を見る能力とやらで。

 ということはもうすぐ紗代にその運命が降りかかる。

 当然助けたかった。

 その感情を抱いたのは今回だけではない。だが、これまでは死んだ人間が目の前に現れるなんてことはなかった。それ故に、死の夢は、自分の妄想が勝手に生んだ幻だと思っていたのだ。だが、今回は違う。たった一度とはいえ、会話した人間の死を先に目撃したのだ。今までは救えなかった命を、自分が何十と見てきた中で初めて救うチャンスが訪れた。

「……俺は彼女を守れるのか? あいつらから」

「ああ、だが今の君では無理だ」

 そんなことわかってる。実際に一度経験したのだ。

 異形のものに襲われ、一人の大切な者の命が目の前で朽ち果てたのに俺は何をしていた?

 ただ茫然とその様子を眺め、何もできぬまま殺された。

「わかってる。なあ、銃さん。お前となら、どうだ?」

「もちろん勝率は九十パーセントってところかな」

「百パーじゃねえんだ……」

「ふふ、あとは気持ちだ。君の一目惚れした少女を守りたいという気持ちがあれば百パーセントだね」

 初めて面白そうに笑う銃に俺の頬が熱くなる。こいつ、俺の心が読めてんのか?


「では、改めて清水雅俊に問う。君のその能力を使い紗代を守る護衛官にならないか? 無論生ぬるい道ではない。君は彼女とその護衛のために力を振り、時には命を奪わねばならないかもしれない。巫女を狙った奴らを」

「ああ、わかってる」

 どのみち俺もこの「運命を見る能力」のせいで敵の標的なのだろう。夢の中のリンが言っていたセリフが蘇る。ここで断っても俺の死は直ぐそこか。

「だったらこの命、誰かのために役立てたい。それがどんな末路をたどろうとも」

 たとえどんなに険しかろうが俺は彼女を守る。俺が初めて一目惚れした紗代を守るため。ずっと救いたいと思っていた願いをかなえるために。

「契約しよう。銃。俺を護衛官にしてくれ」


「ありがとう。……ここに令器「ヴェルフィア」との契約を成立とする」


 その瞬間俺の意識は薄い光に包まれ、消えた。

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