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第四話 巫女との出会い

 少女は「とりあえずこの神社を調べさせてほしい」という青山の主張をあっさりと承諾し、青山は現在神社内部を捜索中。

 取り残された俺たち二人は、謎に包まれた少女について少しだけ探りを入れてみることにした。

 この少女に聞きたいことは山のようにあるが、まだ深くは切りこめない。まずは彼女に警戒を解いてもらわなくてはならない。そんなことを思いつつ、あれやこれやと話しているうちにいつのまにか話が弾んでしまった。

「でもこんなところに一人で何ヶ月もって、俺は絶対出来ないわ」

 そう言って笑う広川を少女は柔らかい笑顔で見つめている。

 最初こそ警戒心を見せていた少女も大分打ち解けてくれたようで、その美しい横顔にやっと笑顔が見受けられるようになった。

 しかし、こうやって近くで見ると本当に美しい少女だ。自然と微笑む少女の横顔に惹きつけられる。

 一体何が俺をここまで惹きつけるのだろうか。こんな感情は今まで抱いたことがない。見た目か、オーラか。

 思わず見とれる俺に笑顔を向けると巫女はまた空を仰いだ。

「ふふっ、私は平気ですよ? 日本は平和で、とてもいいところです」

 広川の冗談に小さく笑うと少しだけ寂しそうな表情になる。

「私の生まれたところは……争いで満ちていました。戦争が一つ終わればまた別の場所で戦争が始まる。そんな、汚れてしまった世界」

「えっ?」

「いえ、なんでもありません。変なことを言ってしまいましたね……」

 俺の疑問と驚きの入り混じった呟きを受け、少女はバツが悪そうに二人から視線をそらすと、薄暗い雑木林に視線を移した。

 隣の広川と目が合う。考えていることは同じだろう。目の前の少女は一体何者なのか……その謎がより深まっている。一体、少女の言葉はどこまで本当なのか。俺にも、隣で少女の視線の先にある雑木林の方を無言で見つめている広川にも分からない。

「あの、そういえばあなたのお名前は? お互いにまだ名前を聞いていませんでした」

 お互いに会話がないまま数分が経過した頃。ふと少女がこちらに振り返った。

 そういえば、俺も広川も自己紹介はまだだ。

「ああ、そういえばまだだった。俺は清水……清水 雅義。改めてよろしく」

「広川でーす! よろしくな」

 少女は俺達の名前を噛みしめるように小声で呟き、小さく、満足そうに頷くと笑った。

「私は、 紗代 さよ ともうします。こちらこそ……よろしくお願いしますね」

 純粋で透き通った笑顔だった。初冬の中で鮮やかな陽光に包まれたその笑顔に男性陣の挙動が停止する。

「あっ、ええっと、よろしく!」

 俺は慌てて言葉を紡ぐが紗代にも動揺が伝わったのだろう。可笑しそうに口元を押さえるともう一方の手を差し出してきた。

「では、信仰の証に……」

 動揺を悟られ頬が熱を持つのを嫌でも実感しながら、俺も手を差し出す。

 これでまた、謎の巫女さんとの距離が一歩縮まった……かな?



「なにもない?」

 紗代達三人が何気ない会話に花を咲かせていた頃、神社内を探索していた青山はあまりにも寂れた神社の内装に驚きを隠せずにいた。

 現在青山がいるのはおそらく神社の中心。神棚が置いてあるだけの部屋だ。

 探索してみての発見だが、巫女が済んでいたのは畳四帖ほどの空間で最低限の衣類と生活用品が置いてあるのみ。それ以外の部屋や空間には本当に何も置いていない。

 外装も酷い有様で、すっかり古ぼけた屋根には鬼瓦と宮彫りがあるだけだった。台石や道標はもちろんの事。賽銭箱や紙垂はなし。

 今歩いてきた廊下も床が抜けないか不安になるほど傷んでしまっていた。

「こんなところに一年も一人で?」

 内装を一通り見て回った青山は信じられないと言った風だ。かろうじて水道から水が出るだけの神社に一年。焼けるような暑さの日も凍えるような極寒の日もここに寝泊まりしていたのかと考えるとゾッとする。

「相当根性があるのか、はたまた何かここまでしなきゃならない理由があるのか、また別の理由があるのか」

 青山は半開きになっていた窓だったものから、外で楽しそうに笑う巫女を見ながら思考を巡らせるがそれと言った考えが浮かぶわけでもなく、その場を後にしようとした時だった。

「なんだ?」


 青山が見つけたのは、神棚にまるで祀られているかのように置かれた一本の刀だ。

 ここに入るときには気づかなかった。青山が入ってきた扉の位置からは神棚の後方部分しか見えず、中央においてある刀には気づかなかったのだ。


「……」

 現在の内装には似つかわしくない、美しい群青の鞘に収められた二メートル近い刀……いやこれは太刀と呼ぶべきだろう。刀の知識など全くといっていいほど持ち合わせていない青山でも、目の前の刀がかなりの代物であることは一目で見当がついた。

 なぜこんなものが? 元から祀られていたのか。いや、綺麗過ぎる。錆はおろか鞘にはホコリ一つ見受けられない。


「まさか、彼女の持ち物なんてことはないよね?」

 青山はぎこちない笑顔でそう呟くと、先程まで覗いていた半開きの窓を振り返る。

 当然、若い巡査の質問に答える者はいなかった。


時刻は午後の一時を少し回った頃。ちょうど三人の会話も落ち着いたタイミングで一体どこを探索したのか、頭からホコリをかぶった青山が本殿から出てきた。

 実に二時間近く一体何を見てきたのか想像もつかないが、クタクタな青山の様を見ると相当念入りに調べてきたのだろうという想像はついた。

「ごほっ、いやーおまたせ。うん、特に異常は見受けられなかったしとりあえずは良しとしよう」

 鬱陶しそうにホコリを払いながら三人に笑顔を見せると、紗代は薄っすらと微笑みながら頷いた。

「ただ……二つだけ確認させてほしいんだけど……まず君、未成年?」

「いえ、もう成人していますよ。ただ、それを証明できるものを今は持ち合わせていません」

 紗代の答えを胸ポケットから取り出した手帳に書くと、青山はもう一度紗代を見つめ最期の質問を口にした。

「それと、神棚においてあった刀。あれは君の?」

 質問を口にした瞬間、ほんの一瞬だが明らかに紗代の顔が曇った。その僅かな変化を青山は見逃さない。

 紗代はそんなことはお構いなしに青山の質問に笑顔で答えていた。がその目はほんの少しだけ鋭くなっていた。

「いえ、元から置いてありました。美しい代物だったのでなんとなく綺麗にしているだけです」

「そう、か。よし、ありがとう」

 深追いしようかとも思ったが、青山の第六感が今はやめておいたほうが良いと警告を発しているような気がして、今回はここで切り上げることにした。

 なんというか、ここに来てからずっと誰かに監視されているような感覚に襲われていた。

 見えざる視線。この場所に近づいたときから建物の中にいる時もずっと感じていた視線が、刀の話題になった時、強まった。

 先程は第六感などと言ったが、本当の要因はこの突き刺さるような視線だったのかもしれないな。

 それに、この少女は何かを隠している。

 青山はこの瞬間確信した。


「それじゃあ僕は巡回があるから先に失礼するよ。君たちはどうする?」

「ああ、もう昼過ぎか……そろそろ帰ろうかな。雅俊は?」

 疑いを悟られても厄介なだけだ。青山は一旦派出所に戻りこの神社について相方である 関口 せきぐち に聞いてみることにした。

「ああ、俺も一旦帰るよ」

 ちょうど昼時ということもあり俺と広川も一旦解散することになった。

「そうですか。私もちょうど今から予定があって……また機会があれば遊びに来てください」

 紗代も少し残念そうな表情を見せると、渋々と言った様子で踵を返した。

「また立ち寄るよ」

 帰り際にそう叫んだ俺の声に紗代は嬉しそうに微笑んだ。




「はああ!? なんですかそれ」

 その日の夕方、一段と冷えた中で外回りをしてきたためか、鼻と頬を真っ赤にして帰ってきた中年の巡査 関口 の思いもよらない報告に青山は驚愕していた。

「だからー、あの神社は謎だらけなんだよ。あの神社の存在はここの地主も知らなかったんだとよ」

 あの神社は調べてみればみるほど奇妙なものだった。

 まず、誰が建てたのかが不明。目的も何を祀っているのかも不明。

 あの山の地主でさえ、偶然近くを通った時に見つけた住人の報告で存在を知ったのだとか。

 最初こそ気味が悪いといっていた地主だったが、その外見に惚れたのか取り壊すこともなくなんだかんだ言いながら手入れをしていたそうで、その後、厄介なことにあの山の地主が取り壊すのもあれだし……という理由で、宿泊施設として正式に自由解放してしまっていたのだ。

 それからは一度も手続きが更新されることはなく、自由解放、要するに「この近くに来た旅人は自由に泊まっていいよ」という事になっているらしい。

「だから電気も水も来たままなんですね」

「ああ、今も地主の一族が今も管理してるらしいぞ。最近急に電気代と水道代が発生してたから驚いてたな」

 さらに、話しによれば一年に数回、業者さんが電気と水道の調査を行っているのだとか。

「まあ、とは言ったものの、このあたりでその神社について知ってるやつは少ねえだろうなー。俺もつい最近、急にかかるようになった光熱費の件で地主のおっちゃんに聞いたんだよ」

 地元歴のかなり長い警察官ですら知らない建築物があることに度肝を抜かれた青山は関口から受け取った「?神社について」の資料をめくっていた。

「この神社、名前すら不明なんですか?」

「ああ、百年位放置されてたんだったっけ? そもそも神社なのかも謎だよ」

 関口の話によると、とりあえず外見が神社なので神社になった。……なんだそりゃ。

 正式な手続きを踏んではいたらしいのだが、当時は今ほど手続きが厳しくもなく、今のような状態になったのだとか。

「ああ、そういえば、最近その地主一回だけ妙な男と会ったって言ってたっけ」

「変な男ですか?」

「おう。なんか人を探してるらしいんだ。的なことを言ってたらしいな」

 関口はコーヒーを啜りながら当時のことを思い出していた。たしかにおかしな話だが、所有者が不明な建物は全国的に見ても結構な数が存在しているし、そこまで深刻には捉えなかった。むしろ青山がなぜ突然、あの神社に執着するようになったのかの方が気になったが、今は体を温めるほうが先だ。


「人を探す?」

「俺も詳しくはしらねえけど、そんな感じだった」

 曖昧な答えではあったが青山には引っかかることがあった。

 紗代はこう言っていた。「何かを探しに来た」いや、正確に言えば人を探していると。

 そしてこのあたりに目星をつけた。ちょうどその頃から謎の連続強盗殺人事件が発生した。


 ただのこじつけと言われてしまえばそこまでだが、青山にはこの一連の事態はつながっているように思えてならなかった。

 今はまだつながりも見えないが、偶然だとはとても思えない。

「一体何が起きてるんだ?」

 青山の呟きに関口は首をかしげる。

 この若い相棒がいったい何を考えているのか。関口は手元の資料を睨みつける青山にため息をつくと空になったカップを机に放りだした。


 青山は相変わらず手元の資料を睨んでいるが、聞きたいことがあったのを思い出し、関口は青山に向き直る。

「そうだ青山。紗代だったか? その女の子の話、聞いてりゃ聞いてるほどおかしなことばかりだろ」

 青山から今日合ったという、不思議な巫女についての報告書に目を通した関口は隠す様子もなく口元をゆがめると、二杯目のすっかり冷めてしまったコーヒーをすする。

「しかし、本当にあの神社に住んでるみたいなんですよ。身分証明書とかも本当に持ち合わせてないし」

「未成年だったら大変なことだぞ……ただの家出なんじゃないのか?」

 その可能性については青山も考えてみたのだが、家出だったとしてもただの家出ではない。

「だってですよ、私服が巫女服ですよ? そんな家出聞いたことあります?」


 実をいうと、清水たちと解散した後どうしても巫女のことが気になった青山は、こっそりと神社に戻り巫女にいくつかの質問を投げかけていた。自分でもさすがにどうかと思ったが確認せずにはいられなかったのだ。

「巫女服は私服で、食べ物には特に困ってないし、見張りがいるから安全だとか」

「ドラマの見すぎだ。それかお前が騙されてるか」

「少なくとも私服の件は本当のようで、洋服ダンス見せてもらいましたもん」

「……そりゃアウトだろ」

「同意のうえでですよ!?」

 関口は後輩の問題行動に頭痛を感じながらも報告書を読み進めていく。なんとも変わった女だ。というのが長年警察職に関わってきた関口の感想だ。

 確かに報告書の内容が真実なら、この女の目的はただの家出ではないだろうが、こんな世の中だ。十中八九ただの家出で、青山はうまく言いくるめられたのだろう。

 巫女服の件はそういう趣味なのか、本当に巫女なのか。とにかく気にすることではあるまい。

「人探しで、連続強盗殺人が起きているなか一人で廃神社に寝付いている変な女か。一応刑事課の連中に報告しとくか」

 関口は冷めたコーヒーを飲み干すと固定電話に手を伸ばした。

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