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第三話 巫女との出会い

 それは紛れもなく青山のものだった。

 黒を中心にしたシティサイクルの自転車が、雑木林の中に伸びる獣道の入り口に駐輪されている。

 一体なぜこんなところに青山の自転車が? あたりを見渡してみるが持ち主の姿は無い。

「この道……進んでいったのか?」

 先が見えないほど鬱蒼とした、雑木林の中へ続く獣道の奥を睨むように見つめながらつぶやいた広川は、何やら考える素振りを見せると不敵な笑みを浮かべこちらを振り返る。


「行ってみるか?」

「断る」

 即答。あらかた予想はしていたが本当に言い出すとは思っていなかった。

 誰がこんな道進むか! 

「ええー、青山さんが心配じゃないのか!」

「あの人はプロ。俺らはただの一般人」

「なんだよそれ」

 なおもたたみ掛けてくる広川に自分でもよくわかっていない回答を返す。

 実際のところ、何があるかわからない、いかにも危険臭が漂う状況にわざわざ片足を突っ込まなくていいだろうというのが俺の考え。触らぬ神に祟りなしだ。

「いいからもう行こうぜ。あの好青年さんのことだしまた雑用でもたのまれ……」


「うわああ!?」


 踵を返し、その場を去ろうとした俺に聞こえたその声は、誰かの叫び声。

 どこか若さを含んだその悲鳴のような、素っ頓狂な叫び声は確かに雑木林の奥から聞こえてきた。

「今のは!?」

「青山さんの声だ。行くぞ!」


 広川の疑問に答えつつ俺は獣道へと走り出す。場の空気が百八十度かわり二人の間に緊迫した空気が流れるのを肌で感じながら、薄暗い雑木林を駆け抜けていく。

 危険が待ち構えているかもしれないと心の何処かで疑いながらも足が止まることはない。人間という生き物は、とっさの事態になればなんでも出来てしまうのではないかと改めて思わされた。

 そんなことを頭の何処かで考えつつも走り抜けることほんの数分。不意に開けた場所に出た。


「なっ、なんだ? ここ」

 深い雑木林に遮断されていた山の中の開けた土地。道の隣に広がる雑木林の向こう側にこんな場所があったとは、俺はもちろん、普段からちょくちょくこのあたりを散歩してきたという広川も信じられないと言った風だ。

 開けたと言ってもスペースはそれほど広くはなく、道幅は三メートルほど。まるで通路のように先へと続いていた。

「おい広川。これ」

「なんだ? ……これ、道になってんのか?」

 この場所は随分と長い間放置されていたのだろう。積もった土と薄っすらと草の生えた地面の下に、微かに等間隔で石が敷き詰められているのが確認できた。

 ということはここに何かしらの人工物があるということだ。


「……進んでみよう。青山さんが心配だ」

 俺の問いかけに広川はただ頷くとゆっくり、慎重に歩を進める。

 辺りには薄気味悪い静寂が広がっていた。あれから青山のものと思わしき声は聞こえてこず、二人の葉を踏む音だけが聞こえてくる。

 わずか十メートルほど直進したところで雑木林の中に忽然と姿を表した通路は大きく左に曲がっていた。


 他に行けそうな道もなかったので二人は道なりに進もうと左に曲がり……すぐ、お目当ての人物を発見した。

「あっ」

 状況のみを説明すると、左折して少し歩いたところに建っている古びた鳥居の下で、尻もちでもついたのだろう青山が白い服の女性に手を差し伸べられているところだった。


 本来であれば青山が無事なことにホッとしただろうが、今の俺にはできなかった。

 驚愕と信じがたい現実にまるで時が止まったかのような錯覚を覚える。


 美しい少女だ。今まさに青山に向かって手を差し伸べている巫女服の女性は、まるでこの世の者とは思えないほど美しく艶麗であった。

 そよ風に揺られた美しく鮮やかな黒髪が、どことなくあどけなく幼さが残る容姿が、その場にいた全員を釘付けにする。

 広川も、今まさに立ち上がろうとしていた青山もそのあまりの美しさに言葉を奪われていた。


「……そんな、馬鹿なこと」

 そんな中、俺だけは別の理由でその少女に目を奪われていた。

「雅俊? どうした?」

 こちらの様子に気づいた広川が我に返り声をかけてくるが答えられない。

 信じられなかった。そのあまりに美しい容姿と、後ろに見えるすっかり寂れてしまった神社が。


 そこにいたのは紛れもない、俺の夢の中で……斬り殺された巫女だったのだから。


一体どうなってんだ?

 自問するが答えなどわかるはずもなく、おれはただただ絶句する。なぜ、自分の夢で殺された少女が目の前に立っているのか。俺はすっかり混乱に陥っていた。


「いや……他人の空似だ。そんなことあるわけ……」

 口ではそう言っても現実はそんな甘い考えを受け入れさせようとはしない。

 空似なんてレベルじゃない。実際に俺が見た夢を他人に見せることが出来たなら、見た者全員が間違いなくあの少女だというだろう。


「あの、大丈夫でしたか?」

 そんな中、巫女服の少女は未だに尻餅をついたまま呆然としている青山に声をかけていた。

「あっ、いや、申し訳ない!」

 ここで初めて我に返った青山 輝彦 あおやま てるひこ 巡査は勢い良く立ち上がると制服についた枯れ葉をはたき落とした。

「すいませんでした……脅かしてしまったみたいで」

「いやいやこちらこそ。まさか本当に人がいるなんて思いもしなかったので、申し訳ありません」

 なるほど。とりあえず二人の会話でどういう状況かつかめてきた。

「ときに、なんで君たちがここに?」

 巫女さんと謝り合戦を中断し、制帽をかぶり直した青山は、今度は俺たち二人を振り返る。

 やっと驚きの渦から抜け出した俺はなんと説明するか考える……話せば長くなりそうだが。

 とりあえず俺達が今日コンビニを出てからの足取りを簡潔に説明すると、青山もいままでの行動を説明してくれた。


 青山は巡回が一段落し、交番に戻ろうとしたところで偶然近くを歩いていた住民から「無人なはずの神社に明かりがついている」という情報を得てこの場所を調べようとして、突然出てきた巫女に驚き素っ頓狂な声を上げてしまったのだとか。


「そうか。……君たちがここにいる理由はわかった。それじゃあ次に……君なんだけど……こんなところで何してるの?」

 俺たちから視線を外し、青山は目の前の少女へ当たり前の質問をぶつけた。

「……私は巫女です」

 そんなこと見りゃわかる。ぎこちなく、何と言っていいのか困惑した声に青山の目が鋭く細められる。

「ええっと、巫女なのはわかるけど、ここはもう何十年単位で人はいない無人の神社なわけだよ」

「この荒れ具合を見たら、なんとなく想像はつきます」

 青山の説明に巫女は淡々と答えていく。

「ですよねー」

 なんだこの……何とも言えない会話は!? 俺はため息交じりに、なんと返したらいいものかうなだれる青山に問いかける。

「ちょっと青山さん、彼女困ってますよ」

「そんなこと言われても、とりあえず君身分証とか持ってる?」

 青山の問に、少女は首をひねるばかりで一向に返事が帰ってこない。

「持ってない……です?」

「持ってない!?」

 まさかの回答に青山の声が裏返る。今時身分証を持ち合わせていないことなどあるのだろうか。

「身分証って自分が何者か示すもの……ですよね?」

「そうだけど、何か無い? 免許証とか、学生なら学生証とか」

 その問いにも少女は首を横に振る。

 一体どういうことなのか。最初はからかわれているのかと思っていたが、どうやら本当に所持していないようで、さすがの青山も困ったように頬を掻いていた。

「それじゃあ、君、いつからここに?」

 このままでは埒が明かない。幸い質問には答えてもらえているので、青山は違う趣旨から質問を投げかけてみることにした。

 青山の問に、少女は一瞬考える素振りを見せて、ゆっくり口を開いた。

「えっと、なんていうんでしたっけ? 一年の最初からくらいです」

「一年の最初ってことは一月の上旬?」

「はい、多分」

 細かいことかも知れないが、なんとなく俺には変わった回答に聞こえた。まるで「一年の最初」の言葉が出てこないというか、わかっていないのかのような不安定な回答だ。

「なるほど。それで何をしにここへ?」

 青山も気になってはいたのだろうが、ここは質問を進めることにしたようだ。

「……探しに来たんです」

「探しに?」

「……はい、あるものを、とても大切なものを……探しに来たんです」

 また考える素振りを見せ、幼くも美しい少女が発した答えに、広川と青山は思わず顔を合わせ、俺は自分の指先が小刻みに震えるのを感じた。

 寒さのせいではない。俺の脳裏に、今おきている連続強盗殺人事件について話している時出てきたフレーズが蘇ったのだ。


 犯人は、まるで何かを探しているかのように家中を荒らし回った。それ故に今回の事件は強盗殺人事件に切り替えられた。


 今年の初め頃からやってきて、何かを探しに来た少女。

 こんな偶然があるのだろうか。

「巫女は副業です。本来の目的は日本全国を旅しながら……探すことなんです」

 こちらの様子などお構いなしにそう続けた巫女は、ほんの少しだけ悲しそうな顔をして空を仰いだ。

 不思議と今の言葉に嘘偽りは感じられなかった。

「あの、それじゃあもう一つ。何を探しているのかを聞いても良い?」

「人です」

 即答だった。目の前の少女は空を仰いだままはっきりとそう告げると今度は焦ったような、悲観に満ちたような表情になった。

 感情表現が豊かな少女だ。思ったことがすぐ顔に出てしまうらしい。

「なるほど……ちなみに誰を探してるの?」

「まだ……わかりません」

「えっ?」

「わからないんです。まだ、今は……でも見つけないと、その人がいないと……予言のとおりになってしまう」

 だから見つけなければ。と彼女は質問者である青山を怯ませる勢いでまくし立て、そのまま視線を地面に落とした。

 疑問点が多すぎる。なぜ誰かもわからない人を探しているのか。予言とはなんなのか。見つからなければどうなってしまうのか。

 青山はなんと返して良いのか分からなくなったのだろう。懸命に次の問を絞り出そうと口をモゴモゴと動かしていたが、諦めたのか口から漏れたのは短い吐息だった。


「ええっと、まあ、要するに君は誰かは知らないけど人を探して全国を旅している。いやまった。それじゃあなぜ君ここに一年近くも滞在してるの?」

 青山の質問は最もなものだ。人を探して全国を旅していると言っていたがここに来てもうすぐ一年。考えられる可能性は……。

「まさか、その探し人の可能性がある人がこの近くにいる。とか?」

 俺の出した想定に少女はゆっくりと首を縦に振った。


「その通りです」

 力強く答えた少女の目は真剣そのものだった。

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