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第二話 巫女との出会い

「……あっ」

 部屋中に響く携帯のアラーム音で俺こと清水雅俊は目を覚ました。

 部屋の中には十一月の柔らかな日差しが降り注ぎ、外からは微かに鳥のさえずりが聞こえてくる。見慣れた天井。シンプルな内装にわずかな家具。いつもの自分の部屋だ。

 なんというか、とても嫌な夢を見た。俺はベッドに上半身を起こした態勢のまま頭を抑え、今まで自分が見ていた夢について考えていた。

 誰かが殺され俺が斬り殺される。そんな内容だったか? 今までいくつも”嫌な夢”を見てきたがあんなにリアルな夢は初めてだ。まだ暖かかった鮮血の感じや木材が焼ける匂いまで、まるで自分が実際にそこで体験してきたかのような感覚。

「嫌なもの見ちまった」

 誰に問いかけるわけでもなく自室で一人愚痴をこぼしため息を付くと、枕元においてある友人から借りた小説を睨みつける。

「これのせい……か」

 友人に借りた小説はいわゆるパニックものの小説だった。

 とにかく人がたくさん殺されたり化物に食い殺されたりするもので、ちょうど神社のようなところに逃げ込んだ主人公たちが襲われ、ヒロインの一人が殺される……というシーンで眠ってしまった。


 こういうパニックものの本や映画などに耐性のなかった俺は、気に入っていたヒロインが殺されてしまったことに対して考えている以上にショックを受けてしまったのだろうか。

 それが夢に現れてしまったのかと考えれば、無理矢理にでも納得できる。まさか、デジャブというわけではあるまい。

「はあ、勘弁してくれ」

 見てしまったものは仕方ない。そう自分に言い聞かせ俺は朝食を取るべくキッチンへ向かうことにした。


 ここで俺こと「清水 雅俊」の紹介をしておこう。俺は某県の地方にある大学に通う大学三年生で年齢は二一歳。身長体重は平均的。スポーツはまあ得意。成績はどちらかと言えば良い方だろう。

 そんな俺の家族事情だが、両親と仲がそれほど良くない。理由は過去のいざこざだが、とにかく両親は俺に無関心……というか、無関与を決め込んでいた。

 大学に入学するとなった時も両親は全く関与せず、母方の祖父母が大学の費用やら今住んでいる家を提供してくれた。

 母方の祖父母は、とにかくお金持ちで俺に優しかった。大学の入学費から授業料までを一括で支払い、地方で土地が安いという理由で駅まで徒歩五分という場所に俺専用の家を建ててくれた。

 本当に過保護とかいうレベルじゃないほどに祖父母からは愛されていて、何から何までこちらの反対など一切聞かず提供してくれた。そんな提供物の一つであるこの家は俺が大学を卒業するか、途中でやりたいことが見つかって出ていくとなれば祖父母の別荘にするのだとか言っていた。


 そんな祖父母がくれた家の住み心地は恐ろしいほど快適で、通学はもちろん買い物や友人たちとの市内へのお出かけは徒歩五分のところにある駅から電車で行けばいいし、駅にはここらで唯一のコンビニもある。不便に思ったことは一度もない。

 ただ一歩駅と反対側へ行けば周りには何もなく、滅多に人ともすれ違わない。だが、生活に困ることは今のところ無いので俺は一向に構わなかった。

 生活面では特に不自由なく暮らし、学習面では四年間で取得しなければならない単位数である百三十単位のうち三年後期の段階でほぼすべての単位を獲得し、今期は週に二日、たった四時間の授業で済んでしまっている。

 暇だった。特にやりたいこともなく、何となくという理由で決めてしまった進学先。それでも大学に入る時祖父母は俺に「なにかやりたいことがみつかったら大学なんてやめてその道に進んでみろ!」 と笑顔で言い放つと送り出してくれた。

 こんな恵まれた環境で今のような生活を提供してくれた祖父母には感謝してもしきれない。

 そんな環境にいるわけだが、講義が週二日となり最近は若干引きこもり気味だ。


「あれ?」

 朝食を取るべく下階に降り冷蔵庫を開けた俺は、中を見てあまりの物の無さに起床して三度目のため息をつく。

 しまった……買っときゃよかった。

 先日街へ買い物に行ったばかりだった俺の心を後悔の黒い雲が侵食していく。幸いなのは数日中に街の方まで行く用事があることだ。その日にまとめ買いするとして今日はコンビニで済ませるか。

 こういう時コンビニという存在はとても助かる。手軽だし美味しいし家から近い。申し分ないが唯一俺の足を止めるのは、外の寒さだ。季節が季節だけに相当冷え込む。だが、お腹はすく。

 仕方なく、軽く準備を済ませ本日の食事を買いに外へ出ると冷たい風が吹き抜けた。

 先月までの暑さが嘘のように過ぎ去り気温も朝は十度ほど。ただ、昼間はまだ暖かく寒暖差の激しい時期でもある。

 外に出たついでに周りを見渡してみるが人っ子一人いない。辺りは静まり返っていた。

 まあ、いつものことなのだが。


 正直ここに越してきた当初はあまりの人の少なさに驚かされた。もともと市内に住んでいた俺からしてみれば全く人も建築物もない景色は新鮮で驚きの連続だった。

 仮にも都市という地域に慣れ親しんでいた俺には周りのすべてが新鮮に映った。整備されていない砂利道に、ぽつぽつと建っている朽ち果てた木造の住宅も、とにかく物珍しくまるで映画の中に転生したかのような錯覚を起こさせた。


 そんな誰もいない道を歩くこと五分。自宅の二階から見えているコンビニにはお客さんの姿はなく、レジカウンターには久々の人の姿があった。

「いらっしゃ……あっ! 雅俊。久しぶり」

「ああ広川か」

 レジで声をかけてきたのは俺と同じ大学に通う「広川 竜馬 ひろかわ りょうま」だ。大学に入学してからずっとこのコンビニでバイトをしており、すっかり常連となっていた俺と仲良くなった。


 こいつは、とにかく普通のやつだな。日本人特有のどこにでもいるであろう顔だちをしており、どちらかといえばにぎやかな奴だ。

 唯一特徴的なのは赤淵の派手なメガネくらいだろう。本人曰く大変お気に入りなのだとか。俺がここに住み始める前からこのさびれたコンビニでバイトをしているようで、なぜこんなところでバイトしようと思いたったのかは知らないが、本人は苦なわけでもないらしく、満足しているようだ。


「この時間までってことは……今日休みか?」

「そうそう。あっ、ちょっと待っとけよ。今バイト終了しようと思ってたんだ」

 広川はそれだけ言い残すと裏にいるのだろう店長さんに何某か伝え戻ってきた。

「待てって、何かするのか?」

「久々会ったんだしちょっと歩こうぜ」

「……はあ、少しだけな」

 本当はすぐ帰るつもりだったのだが広川とは講義の関係上ほとんど合う機会がなかったので、たまには良いだろう。少し考え了承すると広川は「よし」とだけ言い残し手短に今後について伝えると準備のために裏へと引っ込んでいった。


 借りていた小説の事もあるし広川も準備があるということで、俺は一旦買い物を済ませ自宅に戻ることにした。

「十分後にここに集合か」

 再度広川に言われたことを確認し俺は自宅に向かって歩き始めた。




広川と他愛ない会話をしながら人気の全くない林道を歩くこと四十分ほど。

 十一月の肌寒い気候に初めこそまいっていたが、四十分も歩けば体も随分温まってきた。外気温も朝一に比べればだいぶ高くなってきたようで、いつの間にか散歩にはちょうどよい気候になっていた。


 今俺たち二人がいるのは、三年ここらに住んでいる俺すら通ったことのない林道で、人の気配はもちろんのことあたりには建物もない。ひたすらに、静寂と、鬱蒼とした木々が広がっていた。

 もう日はだいぶ昇っているというのに、一歩林道の外に出て林の中に入ると、まるで今日の天気がウソのように薄暗い。


「なあ、本当にこの道進むのか? さっきも言ったけど俺もこの道初めて通るんだぞ?」

「大丈夫だって! こういう道、俺好きなんだ」

 広川は不安そうな俺に向かって親指を立てると笑顔を見せる。ここらに住んでいる俺のほうが気が進まない。というのも俺は、今いるようなどこに繋がっているか分からない道というのはあまり好きでは無い。

 無駄足になるかもしれないし、普段から歩き慣れていないのもあり、林道や山道などそもそもどこにつながっているかもわからない初見の道はどうしても躊躇してしまう。


「それに、最近は……その、色々物騒だろ? こういう道は危ないんじゃないか?」

「……まあ、それは言えてる。雅俊の集落じゃもう三件か」

 俺の困惑したような、どこか不安を感じさせる雰囲気に広川は今年に入ってこの辺りで発生した「連続殺人事件」について思いを巡らせていた。


 清水が住んでいる地域は、十七世帯二十二人が暮らしている。この地域は、殺人や強盗といった事件が何年単位で発生していないほど”そういったこと”とは無縁の集落だ。

 集落の皆の仲も非常によく、人間関係に困ることはない。この雰囲気に憧れて越してくる者もいるくらいこの集落は平和だった。


 そんな集落を揺るがせた最初の事件は、今年の二月に発生した「老夫婦惨殺事件」。

 この地域に住んでいた「田奈城 たなしろ 夫妻」が何者かに殺害され自宅内部は見るも無残に荒らされていたという。


 警察は当初、強盗もしくは怨恨の両線で捜査をを行ったのだが、怨恨の件は容疑者も浮上せず、目撃情報も現場からの物的証拠も出てこず、捜査は難航。

 そんな矢先。今年の四月に「白石」という一人暮らしの男性が田奈城夫妻と同じように自宅で殺害され、室内は田奈城家と同様に荒らされていた。

 警察は、二件の事件で、被害者の殺害方法が一致したことと、室内がひどく荒らされていた点から犯人は同一人物であるとし、この事件を連続強盗殺人事件に切り替えた。本格的な捜査本部を設置し隣町から応援を要請。これ以上の被害者を出さないようにと徹底した捜査が行われたのだが……殺人を止めることはできなかった。


 結果的に十一月現在で俺の集落で三件、近隣の集落で二件の計五件、八名もの犠牲者を出している。

 これだけの人間を死に追いやっておきながら、相変わらず犯人の逮捕には至っていない。



「でも、あの事件だけは何が目的なのかわからねえ。青山さんの話だと、破壊が目的なのか、何かを探しているのか区別がつかないくらい荒らされてたって」

「やっぱりただの事件じゃないか……雅俊も気をつけてくれよ? って言ってもお前んちで異常があったら俺と店長が駆けつける!」

 そう言って笑う広川に俺もただただ微笑み返す。

 表では大丈夫だと言ってはいるものの、実際のところ、心の何処かで次は俺なんじゃないか? と感じることもある。だが、殺される覚悟などない俺達にできることはただ不安に耐えることくらいだろう。


 ここで頼りにしたいのは警察だがこれだけ派手な事件にも関わらず証拠も目撃証言も全く出てこない状況で、今の警察に出来るのは地区内の監視の強化くらいだ。

 さっきの会話に出てきたこの地区のたった二人の常駐巡査の一人である「青山」も最近はずっと地区内の監視と見回りを行っているらしい。


「でも、ほんとにわからねえよな。犯人の狙い」

 最後の方は誰に問いかけるわけでもなく、ただの独り言のように小さい俺の呟きは肌を刺すような寒風に打ち消された。

「……」

 林道に一時の静寂が訪れる。お互いに何かを語りかけるわけでもなく、俺たちの視線は自然と初めて目にする林道の外、薄暗い雑木林に向けられる。


「……ん?」

 度々風に揺られ、聞こえてくる葉の擦れる音に耳を傾けている俺の視線に突如何かが映る。

 何かはわからなかったが何か……人がいたような気がしたのだ。実際に姿を見たわけではない。何かいるのかと視線を戻した時には、俺の視線から逃げるように忽然と姿を消してしまった。

「どうした雅俊? 動物でもいたか?」

「ああ、そう、そんなとこだ」

「脅かすなよー、急に真剣な顔して雑木林覗き込んだ時は何かろくでもないもの見たのかと」

 広川に伝えようか迷ったがここは黙っておくことにした。本当に気のせいかもしれないし無闇矢鱈に不安を煽ることもないだろうと考えたのだ。


 俺の答えを聞き広川は安心したように歩きだす。最近色々ありすぎて疲れも溜まってきているし、さっきのはきっと気のせいだと自分に言い聞かせ俺も広川の後に続こうとして、足を止めた。

「あれって」

 広川の問にうなずき返すと俺も前方に止まっている自転車に目を移す。

 林道の中に一本だけ伸びている獣道の入り口に置かれた黒い自転車をここらで使う人物は、俺たち二人の知る中ではただ一人。

「青山さんの自転車だよな?」

 俺の問に今度は広川が小さく頷いた。

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